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ハンセン病問題

7月15日、練馬文化センターで「新・あつい壁」という映画の上映会がありました。

これは、ハンセン病問題に関する映画です。
ハンセン病療養所に入るようにいわれた男性が、親戚を殺したのではないかという疑いをかけられ(この男性がハンセン病であるという通報をしたことを逆恨みして殺したのだと言われた)、きちんとした証拠調べもしないまま簡単に裁判が終わってしまい、そして死刑になったという、実際にあった事件をもとにした映画です。

何度かブログにも書いたことがあったと思いますが、ハンセン病問題は、私が社会の問題に関心をもつ最初のきっかけとなったものです。私の大学の卒業論文も、「ハンセン病問題と文学」でした。

「らい予防法」という法律と、人の心の奥底にある差別意識が車の両輪のように機能し、病気になった人を社会から排除してきた。
身内からハンセン病患者が出たことによる差別を恐れ、家族も沈黙をした。
たまたまハンセン病という病気になっただけで、患者さんは社会からのみならず、家族からも見放されてしまった。

法律が廃止されたのは1996年。私がこの問題を知ったのは1997年。
廃止されるまで知らずに普通に生活していた、私のような人間がいるから、問題が長いこと放置されてしまったのだと、ショックを受けたのでした。

しかし、その後のハンセン病問題の置かれている状況を見ていると、制度を変えるだけでは人の心は変えられないという無力感を覚えます。心の中にある差別意識は、いったいどうしたら消せるのか、ということに悩んでしまいます。

この映画の中でも少し触れられていましたが、数年前、ハンセン病元患者が温泉の宿泊を拒否された事件がありました。
その後の謝罪も心のこもったものではなかったために、元患者さんたちは「問題にもう一度しっかり向き合った上で謝罪をしてほしい」と言った。それが「謝罪拒否」と報じられると、温泉側ではなくて元患者に対するバッシングが始まったのでした。税金で食わせてもらっているくせに・・・などなど。


なぜ、ちょっとしたきっかけでバッシングへと転じたのか。
それは、ハンセン病問題を、当事者の人権の回復という視点から捉えているのではなく、自分より一段下の存在、施しをしている・恵んでやっている存在として捉えている人がいたからではないかと思います。
かわいそうだと言ってやっているうちは良いけれど、ひとたび当事者が意見を言い始めると「上がってくるな、引っ込んでいろ」とその頭を殴る。

他人を自分よりも下に置くことでしか、自分の存在を相対的に高められないという人は、実はおそらく自己肯定感が低い人なのだろうと思います。

そして、自分は一番下ではないはずだと思いたい気持ちは、実は多かれ少なかれ誰でも心の奥のほうには潜んでいるのかもしれません。その醜い思いを顕在化させるという意味で、制度は罪深い。
ハンセン病問題も、部落の問題もそうでしょう。

しかし、制度がなくなった後も沸き起こる差別感情は、どうしたら取り除くことができるのか・・・大きな課題です。

どこに解決を求めたら良いか、なかなか答えは出ませんが、しかし過去にこうした問題が起きたことを、私は忘れてはいけないと思っています。
無知が再び同じ問題を起こすかも知れないから。
そして、もしかしたら私の先祖が、無知によって差別をしたことだってあったかもしれないから。

自分の心にだってもしかしたら差別意識はあるのかもしれない、ということは、いつも自らに問うていかなくてはならないと思っています。


映画の後、監督と、元患者の森元美代治さんが舞台挨拶をしました。
森元さんは、私は20歳くらいのときからの知り合いです。2年ぶりくらいに再会しました。

ハンセン病療養所に入ると、ほとんどの場合、偽名を名乗ります。
家族に迷惑をかけないため、今までの自分を捨てる思いで偽名を名乗るのです。

そんな背景がありながらも、森元さんは実名で、体験を書いた本を出版しました。
10代から療養所に入所し、過酷な人生を生きながらも、いつも周りにいる仲間を信じて前へ向かって進む人です。

森元さんがこんな趣旨のことをおっしゃっていました。
家族は、「小さな社会」だ。この、「小さな社会」の中でさえも、ハンセン病は差別されてきた。ここに大きな問題がある。社会を変えるためには、家族というものを見つめなおす必要があるだろう。



これは、ハンセン病問題だけではなくて、どんなことにも共通することであるように思います。
子育てや介護を家族の中で完結しようとするあまりに虐待などが起きてしまう問題だとか。
障害のある子どもを支えるために家族の負担があまりにも重くなってしまう問題だとか。
家族という小さな単位でひずみが生じるのはおかしい。
家族の関係が健全であるために、社会全体が果たすべき役割というものがあるのだと思います。


ハンセン病療養所は東村山市にあって、資料館もあります。
私は大学時代はよく行ったものですが、近いですから、みんなで資料館に出かけて、森元さんに解説してもらうなんていう企画をいつか、立ててみようかなあ、などと、思いつきました。


※かとうぎ桜子のHPはこちら

2件のコメント

[C256] まだまだ深刻

これらの問題は、まだまだ深刻なものがありますね。
いろいろな意味で「無知」ということと「上見て暮らすな!下見て暮らせ!」のような発想が残っていると思われます。
何とも、やりきれないものがありますね。
今度機会があったら資料館に行ってみたいです。
  • 2009-07-23
  • 投稿者 : ベンチャーの貧者
  • URL
  • 編集

[C257] Re: まだまだ深刻

ベンチャーの貧者さん

人の心はそう簡単に変わらないですからね。
考えの多様性は面白さでもあるけれど、差別の問題に関しては暗澹たる気持ちになります。

> 今度機会があったら資料館に行ってみたいです。

ぜひ、みんなで行く機会を作りたいですね。ちょっぴり遠出となると、かなり企画をよく練らないといけませんが・・・。
  • 2009-07-25
  • 投稿者 : かとうぎ桜子
  • URL
  • 編集

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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