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制度の狭間を埋めていくために

私が考えている福祉って、なんだか説明しづらいなあ、とずっと悩んでいたのです。


うまい説明の方法になるものを、ここのところいくつか見たり読んだりしたので、それらを引用しながらちょっと頑張って書いてみます。


 ・・・若干、理屈っぽいですが、我慢してください(苦笑)


 


日本で「福祉」っていうのが考えられるようになったのは、戦後のことです。


戦災によって生じた問題(障害者、孤児、貧困)を解決するために、福祉が必要となったのです。高齢者に関しては、高齢化が進んできた1980年代頃から。


そんな歴史があるから、多くの人が福祉と聞くと「障害」「貧困」「高齢者」を思い浮かべる。


その対策としてすぐに思い浮かぶのが「施設」。


 


けれど、今、「福祉」の対象となるべきものの幅はさらに広がり、複雑になってきています。


ホームレス、多重債務、虐待、等々。


複雑で多様な課題を抱えた人が今、世の中にはたくさんいます。共通点があるとするならば、「社会」との結びつきが弱まってしまっている、閉ざされてしまっている、ということ。


私は高校時代からハンセン病の問題に関心を持っていますが、ハンセン病は、手足や視覚に障害が起きるという身体的な障害だけではなくて、さらに大きな問題として「社会からのけものにされてきた」という社会的な障害があります。


「社会から排除される」ということが、今はより多くの人に対して起こっています。


誰の身にも、いつ起きてもおかしくないほど。


 


昨晩のNHKの「NHKスペシャル」で、「ひとり団地の一室で」というドキュメント番組をやっていました。千葉県松戸にある団地で、孤独死を防止する取り組みをしている人たちの話。


私も、福祉の仕事をする中で、高齢者の孤独死を防ぐための取り組みをしている自治会の方の話を聞いたことがありました。声をかけ続けても、どうしても防ぐことのできない孤独死があるということ…。


今回の番組を見て驚いたのは、孤独死するのは独居高齢者だけではなく、半数近くが5,60代の男性であるということ。


例えば、脳梗塞で障害を負って、家族とも別れて一人団地に住み始めた人が、仕事を探しても年齢的にも障害的にもなかなか見つけられず、でも医者からは「仕事ができないというほどの障害ではない」と言われるために年金も出ない状況(おそらく生活保護も無理でしょう)になっている、などです。


まさに、「制度のはざま」です。


近所の人は気になっていても、そばにいて励ますことしかできない。


なぜ家族と別れることになってしまったのか。それは番組では言われていませんでしたが、もしかしたら「高次脳機能障害」の場合もあるかもしれません。


脳の病気が起きた時に、脳に障害が起き、記憶が悪くなったり怒りやすくなってしまうことがあります。一見今までどおりに元気にしているように見えるので、周りも本人もそれが障害と気づかないまま軋轢がおきてしまうことがあります。


近年高次脳機能障害に対する取り組みも少しずつ進みつつありますが、制度的にも社会の認知度もまだまだという状態ですので、これまた「制度の狭間」となっている問題です。


病気の後に離婚したり家族と離別した人の中には、この高次脳機能障害があるのではないかと、私は思います。それが仕事を見つけられなかったり、見つけてもすぐ辞めさせられてしまう原因にもなり得ます。そして医療機関、福祉機関がそれに気づかなければ、その人はいつまでも社会から隔絶された状況になってしまう。


一見「普通」の人が、実はどこかの部屋の一室で、誰にも気づかれずに一人苦しんでいるのかもしれない。それが起きてしまっているのが今の社会なのです。


福祉は「障害」「貧困」と簡単にくくれる範囲を超えています。


 


1月1日号の「福祉新聞」で炭谷茂さんと宮武剛さんの対談の特集がありました。とても勉強になる記事でしたが、その中から特に共感できた部分を引用します。


福祉サービスの供給者は、ともすれば「法律に定められた基準に基づいてやっていればいい」「官からきたお金を誤りなく使えば褒められる」状態でした。(中略)でも、これからは独自にどんどん工夫し、現在ある法律を越え、開拓して行く姿勢が必要です。(中略)日本で地域福祉が育たない理由は、法律に縛られているからです。これが日本の福祉関係者の最大の欠点ではないでしょうか。(炭谷氏)


また、冒頭で私が書いたように、障害があること、高齢であることなど、目でとらえられることだけを福祉のニーズと捉えるのではなく、「社会から排除されている」「孤立している」という視点でも考えていき、「社会の仲間に入れる」方法を考えて行く必要がある、と炭谷さんは言っています。


 


私が福祉の仕事という枠を飛び出し、練馬の地域の活動をしたいと考えたのは、介護保険事業所で働く中では「制度で捉えることのできるニーズ」以外のものに関わることができなかったからです。狭間の人には誰が関わるのか。今は善意の隣人が関わり、どうして良いか困っているケースが多いのです。そこに福祉の専門職として寄り添う必要があるのではないかと。


制度の狭間を埋めていける仕組みや仕掛けを作っていく必要もあると思います。


そしてまずやらなくてはいけないのは、一人でも多くの人に、課題が目の前に迫っているということを伝えていくことだと思っているのです。


 

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桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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