Entries

最近の事件から考えること

★少年の事件


お母さんを殺してしまった犯罪が最近起きて、報道されています。ぎょっとするような事件がよく起こるようになったのはいつごろからでしょうか。オウムの事件が起こって以来常にぎょっとする事件が起きているような印象が私にはありますが。


特に少年事件が起こるたびに、ゲームの影響ではないかと言われますが、ゲームに影響されるほど人間は愚かだとは私はあんまり思いたくないのですが…。


教育関係の先生いわく、若年者の事件はいつの時代にもあったけど、報道の仕方でセンセーショナルに伝えられているだけだ、ということで、そうであってほしいと思いますが。


ゲームの影響といわれると、あまり私にはピンと来ない(私自身にあんまりゲームをする習慣がないので)のですが、文学に置き換えるとちょっと分かる気がします。


私は大学で近代文学(明治、大正、昭和初期くらい)を専門にしていたんですが、「どうせ近いところならばなぜ現代に関心を持たなかったの?」とよく言われました。


私の印象としては、現代文学はなんだかグロテスクで、性的にも暴力的にも、あまり美しいとは思えなかったからでした。


逆に、現代芸術って、グロテスクにすることが芸術だ、という感じがします。私は好きじゃないけど、まあ百歩譲ってそれはそれで芸術として良いとしても、それは本来芸術という枠のものであるべきで、それが現実と見極められなくなったらちょっと怖いなとも思っていました。


現在のぎょっとする事件の犯行声明分はちょっと不可解で、見ようによっては芸術的なものと紙一重な気がします。


私が文学を離れた理由は、ずっと前にブログでも書きましたが、そんなところです。文学的、芸術的、といわれるところと、現実の社会がかけ離れると、気持ち悪いことが起こる怖さを感じたからです。


 


★赤ちゃんポスト


私は何が起こっても赤ちゃんポストは賛成です。


赤ちゃんポストって呼び方はいやだけど。こうのとりのゆりかご、ですね。


 


設置した院長の話と熊本県知事の意見に触れる機会があり、私自身保育士の資格も持つという状況での判断です。


反対派の人は、命が粗末にされるのではないかという。


賛成派の人は、それでも命が救われるではないかという。


そういう議論だと、3歳児が置き去りにされたと聞いて動揺が起こる。


私はそのどちらもちょっと違うと思っています。


その子の命を何らかの方法で救うことは、その親の命を救うことにもなるんじゃないかな、というところで、私は賛成の立場にいます。


反対派の意見を見てしみじみ思いますが、日本の社会は「臭いものにはフタ」ですね。赤ちゃんポストがなくたって、命は粗末にされてますよね。


でも、赤ちゃんポストは、粗末にされずに済むはずの命を救うことができる可能性があると思うのです。


子どもをトイレだとか外だとかに産み落として結果的に殺してしまうお母さん達の供述を聞くと、「どうして良いか分からないし、誰に相談して良いか分からないうちに産む時期になってしまった」というのがかなり多いと思います。それは、未成年であったり、知的障害のボーダー(知的障害の状態だけど、日常生活ができるからか周りの人も自分も知的障害があることに気づかずにいる、社会で生きにくい状態の人たち)であったり、とにかく、社会とのつながり方が分からないままにいる女性がたくさんいるということなのだと思います。


赤ちゃんを捨てる人が悪人だといわれるけど、そうとも言い切れない。産む人、産ませる人がそもそもまだ社会的に成熟していなかったり、誰かにサポートして貰うべきなのにされていない人がいるのだと思うのです。


だから、「なんで育てられないんだ」というのではなくて、「どうして周りが支えられなかったのか」というところから考えて行かなければ本当の解決にはならないのではないでしょうか。


それからあまり言われてないけど、3歳児が置き去りにされたと公表したのは誰なんでしょうか。病院は、赤ちゃんポストに置かれた子の情報は公表しないと明言しています。その子のプライバシーのためです。それじゃあ誰が公表したのかというのが気になっています。もしそれを報道機関に伝えたのが医療・福祉関係者ならば私は同じ立場の人間としては許せないと思います。どんな立場であれ、立場を超えて利用者の存在を守るのが福祉従事者の義務です。誰かは分かりませんが、3歳児が置かれたということは公表するべきではなかったし、どうにかしてそれを公表した人を罰するべきだと私は思うのですが、どなたかご意見があればお願いします。利用者に対する守秘義務も含めて、職業人として守るべきものに対して福祉関係者は少し甘い気がするのです。


 現に、これだけ「3歳児が置き去りにされて、なんてかわいそうなんだ」と報道されてしまって、その子が大きくなった時にそれを知ったらどれだけ傷つくか。病院の体制としてこの「ゆりかご」を作る際に情報は公開しないと決めた以上、それを守るべきなのが専門職だと私は思います。


とかく、制度は「強者」の立場で作られてしまう。私は「弱者」という言葉は嫌いだけど、現行の制度の中にある「当たり前」の感覚では生きられない人っていっぱいいるんだよということ、理解し合える社会を作りたいと思います。

スポンサーサイト



Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

カレンダー

04 | 2007/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

過去ログ