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楽しいことを考えているところです

日高市議の川田とらおさんは元々福祉関係で知り合った友人で、たまたま同じ時期に同じ党から選挙に出たのです。
来年のはじめくらいに、党とか議員であることと少し離れて、山口の地域福祉学会に誘ってくれたshin1さんなんかも含めて前からの仲間で何かイベントをやろうかと話しているんです。
昨日のブログで書いた、市民の主体性と議会の関わり、みたいな、市民として何をしていこうかと考える会をやりたいなと。
具体的には、皆で条例を作ってみるというのが良いか、何か他にあるか、これから詰めていこうとしています。

昨日、会派の電話番を終え、いくつか仕事をしてから、夜になってその打ち合わせに出かけました。

選挙に出ると決めてから、川田さんとはちょくちょくお会いするのですが、お互い初めての議会定例会を経験して、ちょっと久々の再会。

以下川田さんと会って最初の会話。

川田さん「加藤木さん、なんかフニャフニャしてるけど、眠いの?」
私「えっ、いつも通りなんだけど」
川田さん「そうか、いつもこんなだったか。久しぶりに見たから忘れてただけか」
私「…」
…私、フニャフニャしてますかね?(^_^;)

川田さんの議会は議員が18名で民主党は川田さんのみ。名誉職的にやってきた議会と戦っているとメールでは聞いていました。議会改革が必要だと思うのは練馬も同じですが、それでも若い人も多く民主党の仲間が9人いる練馬は、もっと充実した議会を作るための土壌には恵まれてるんだなあと思っています。

今回はもう一人、いつもお世話になっているAさんが一緒。私も川田さんもずっとお世話になっているから気にかけてくださっている方なんですが、都内の社会福祉協議会の方だしいろんな方とのつながりもあるであろうという中で「民主党系なのか」なんて言われたら申し訳ないので、ここでは本名ではなく「Aさん」としておきます(^_^;)

飲みながら議論していると盛り上がるのになぜ内容を忘れてしまうんだろうか。録音すれば良いんだろうか。いや、録音したって後で聞いたら意味が分からないはずだ。
という議論をし、「よし、次からは30分~1時間は飲まずに議論をしよう」ということだけが決まりました…




ところで私がずっと関心を持っているのは「地域福祉」です。
今の介護の制度の中では一人の人の生活全般は見られない。どうしたら地域で見守っていけるか。
そんな悩みの中で出てくるキーワードが「地域の中のネットワーク作りをしよう」ということ。

でも私の「地域」の原点を考えてみると。

小学校低学年まで住んでいた地域は新興住宅街。転勤族が多かった。同級生達は「僕のお父さんは東大出なんだ」「僕んちは○○大なんだ」なんて会話をしていた。私は今以上にボーっとしていたので、「灯台出って何だろう・・・」と思っていたけれど。


子どもの誕生日が来るとおめかしして誕生会を開く。お友達がお家に集まりプレゼントを渡してお祝いをする。


私が小学校4年までいたのはそんな地域でした。学歴社会とは縁遠い私の両親は、「そんなの、面白くない」と言っていたけれど、その言葉の裏になんだか複雑なものを子ども心に感じたりして。


私のひいおばあちゃんの認知症が重くなり、介護が必要になる中で、10歳の時に引っ越しをすることになった。引っ越した先は下町。


選挙にひょいと出ちゃうくらいだから小さい時からちょっと変わり者ではあったと思うけれど、下町の中では転校生というだけでも既に異端児。ずーっと近所の人の目を感じていた。


歩くたびに近所からひそひそ、という声が聞こえてくる状況で多感な時期を過ごしていると、それは「地域の見守り」というよりもむしろ「見張られている」という気分。


見守りと監視は紙一重。だから、なぜ近所づきあいが減ってきてしまったのか、なぜ見守りネットワークが現実的にはなかなか進まないのかは、感覚的には分かる気がする。


地域の中のどろっとしたものを子ども心に感じてきたから、地域なんて嫌いだ、と思っている。だからこそ、なんとかして克服してやりたい、と思っている。だから仕事にしたんです。


来年初めにやるイベントは、多分練馬区外でやります。多分、練馬から30分圏内の場所ですが。


でも、練馬区外に出たらかえって何の気負いもなく議論できたりする可能性もありませんかね?


練馬区在住とか在勤とか言わなくても参加できるわけだし。また詳しいことが決まったらお知らせしますので、区内の集会には参加しかねる方も含め、ぜひご参加ください。


下の写真は、まだ区議・市議になるなんて夢にも思っていなかったときの川田さんと私。


議員の年数を重ねるごとに目つきが悪くならないようにしなさい、と周りの方によく言われますので、「使用前」の写真を載せておきます(笑)


DSCN0537.jpg


で、下の写真は、きっと今度のイベントも一緒にやるであろう仲間達です。


DSCN0535.jpg  


 


※かとうぎ桜子を育てる会ホームページ

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区議会の定例会、終了しました

昨日で定例会、終了しました。会議自体は結局最後まで「あれ、これで終わり?」みたいな感じのものばかりでしたが、後半はホームレス問題のおかげで私の頭は活性化することができました・・・。


今日は朝、保谷駅でご挨拶した後、区役所の会派控え室で電話番をしております。


次回の定例会は9月中旬~10月中旬の1ヶ月。おそらくこのときの一般質問は私がやることになるという風に内定しております。


一般質問は今のところ、皆さんからいただいたご意見をもう少し自分で調べて深めて質問にしたいと思っています。おおまかに言うと、大泉学園駅周辺を歩くときの使い勝手の問題、区内に道幅の狭いところが多いということ、それから保育園の民間委託のこと、ホームレスの施設のこと。


・・・書いてみたら結構いっぱい聞きたいことがあるもんだなあ。調べていく中でもう少し絞るかもしれません。


他にも「これを聞いて欲しい」みたいなのがあればご意見ください。


ご意見をいただく連絡先ですが、このブログのコメントへの書き込みでも構いませんけど、メールは


sakurako_happy_society@yahoo.co.jp


にお願いします。


 


さて、しばらくは、7月29日に行われる予定の参議院選挙の準備も忙しくなることでしょう・・・。


私は、高校生の頃から比較的政治に関心はあったんですが、選挙の前の政治家の妙な盛り上がりと、終わった後の社会のしらっとした雰囲気にずーっと違和感があります。


そして、一般市民として見ていると、議員さんって選挙のとき以外は何をしてるんだろう?と。ひとつ選挙が終わると、次の何かの選挙のために動いている、という印象。


実際に議員当事者になれば違うものが見えてくるかなと思っていましたが、今のところあまり印象は変わらず(笑)


民主党の仲間の選挙を応援するのは当然だと思ってはいるんだけど、でもなんだか心の中ですっきりしないものがあるのは何なんだろう??とずーーっと考えていました。


昨日の朝、そのことをぼーっと考えていて、はたと分かった気がしました。


「自民党の政権が続いていると良くないから、民主党に変えよう」という言葉の間にあるはずの言葉がすぽっと抜けているからではないかと。


なんだか政治と生活がかけ離れて感じるのは、「政権が自民党だから」ではなくて、有権者が「自民党でもなんでも、どうでも良いや」と思っているためではないかと。


選挙に行っても何も変わらない、という言葉の裏に「誰か変えてくれる人が出てくれば良いのに」という思いがあるんではないでしょうか。かっこいい騎士がやってきて、世の中をばら色に変えてくれるのならその人に投票するために出かけても良いけれど、そんな人はいなそうだから投票に行ったって何も変わらない、と。


今、だいぶ市民参加っていうのが言われて、練馬区でも何か決定するときには公募区民で検討することが増えている。本来は自分の住むまちのこと、自分の住む国のことは自分の手で決めなくてはいけない。決める権利があるはず。だけど、仕事もあるし、全部自分で決めることはできないから、自分の代わりに参加してもらうために議員を選ぶ、というのが選挙の本来の姿だと思うんです。別に、カリスマ性のある素敵な英雄を見つけるためではないはず。


逆に、選ばれた誰かによって世の中が劇的に変わるというのは、それは独裁者を選んだということかもしれません。そんなに劇的に変わってしまったら、ついていけないはず。


だけど、例えば私の出た区議選は投票率が47%くらい。投票に行こうかなと思った人は有権者の半分以下。そして「誰かに頼まれてお付き合いで入れてあげた」なんていうのを除いたとしたら、自分の意思で自分の地域社会について考えた結果投票した人はかなり少ないんではないかと予想されます。


社会をより住みやすくしていくためにはまずは、「どこの党がどうこう」という争いより以前に、一人一人の市民が、主体性を持って社会に関わっていく土壌を築いていくことが必要だと思います。


だから、私は、「自民党じゃなくて民主党を選んだほうが良いですよ」と言うのではなくて、「自民党で良いや、という選び方ではなくて、どっちが良いかを主体的に選んでください。よく見てください」と言うことが必要かなと。たとえ自民党を選んだとしても、有権者一人ひとりが自分の住む社会についてよく考えて自分の意思で選んだ結果ならば、それで良いのではないかと。


でも、特段政治に関わる仕事をしていない人にとって、区政と都政と国政と、いつ何をやっていてどこが何を担当していて何を話し合っているのか、全部理解するなんて至難の技ですよね。


それを伝えていくのが私の役割かなと思っています。


かとうぎ桜子を育てる会ホームページ

ホームレス問題

ここのところ、とても率直で心からのご意見をいただき、とてもありがたく思っています。


メールで保育園の民間委託についてのご意見もいただきました。これも色々と思うところはありますが、もう少し実態調査してから皆さんと一緒に考えたいと思います。今の段階で一般論として私が思っていることを書くんでは、ただの「福祉評論家」になってしまいそうなので(^^;


保育園は、区内の実態調査と、他自治体の状況、そしてできれば今の保育が抱えてる問題まで調べた上で、報告させていただきたいと思っています。


ブログのコメントでは、ホームレスの問題についてご意見いただいています。これは、私だけ閲覧できる設定になっているので残念ながら皆さんは見られませんが、趣旨だけ書きたいと思います。(本当は書いてくれた方とメールででももっと意見交換できたら良いんだけど、ちょっと歯がゆいですがこのブログでいただいたコメントのお返事にさせてもらいます)


ご意見は


「施設そのものに反対というのではなくて、なぜ学校のそばにあるあの場所なのか。どうして今まで全然公表しなかったのか。せめて候補地として上がった段階で言ってくれたら区民も意見を出せるじゃないか。


大泉学園高校跡地はスポーツで使われると言われてたこともあったし。(←これは、かとうぎ桜子も絶対そうなんだと思っていました。)


そして、やはり多くの人の心に偏見はあるんだろう、ということ。」


 


今朝、大泉学園駅で話しているときにも何人かの方からこの施設の問題について話しかけられました。


それらの意見を統合して考えてみて、これはいくつかの課題が重なっているなあと思いました。


①ホームレスということに対する不安


②自分達の身近な施設の使用方法が、知らない間に勝手に決められてしまった憤り


③子どもを持つ親の心配


これらは、ちょっと次元の異なる3つの問題だと思います。それが全部ごちゃごちゃに混ざり合って、共通点としては「反対」というところになる。でも本当は、この3つを解きほぐして1つ1つ解決方法を考えないと、わけが分からなくなってしまうのではないかしら、というのが私の印象。


ただ、「反対!」というムードに押されてしまうと、郵政民営化に賛成か反対か、といって踊らされたのと同じ程度のものしか残らないことになるんじゃないかな。


 


ブログにコメントいただいた方がありがたいのは、(多分ご本人のことではなくて周りの人たちの反応を見ていてだと思うけれど)「偏見ってやっぱりあるんだよな」っていう率直な気持ちを教えてくださったことでした。


それは間違いなく誰の心にもあることで、隠してしまわない方が良いんじゃないかと思います。隠すと余計に問題がこんがらがるから。


偏見とか差別―。


私自身にもあると思います。逆に私も女性ということで差別を受ける側になることもあります。


人の心が完全にフラットだっていうことはあり得ないんだと思います。誰にでも属性があり、性別があり、目に見える「身体」を持っている。理念や理想だけで生きているわけではない。


私が議員だとか候補者であるということとまったく違う次元で、「若い女性が駅に立っている」ということで興味を持つ男性がいるなあということを、なんとなく雰囲気で感じることがあります。これは、ある意味では女性に対する差別だと思います。私としては女であるかどうかではなくて地域社会をどうするかを訴えたいのに、そうじゃない目で見られているんだから。


一方で、そうやって私に対してなんらかの気持ちを持って近づいてくる男性を、私は直感として感じて「嫌だな」と思っている。これまた、ある意味ではその男性に対する差別ともいえる。だって相手は口に出して何かいやらしいことを言うわけでもないんだから、ただ単に根拠なく私が「嫌だ」と思っているだけだとも考えられるから。


でも、嫌だなあと思ってみても、私が「理想の地域社会を実現したい議員」であるのは事実である一方で、「27歳の独身の女性だ」というのも間違いなく事実なのですから、そこに生じる人と人の心の葛藤にフタをすることはできないわけです。


ここまで考えて、「それじゃあ、なんで人には差別の心が生まれてしまうのかな」と考えました。そして、それはもしかしたら、外敵から自分の身を守るための本能的なものなのかもしれないと思いました。


差別って多くの場合、自分の立場と違う人を排除する形だと思うのです。自分と違うものを受けいれると、自分の身が崩れるかもしれない。


考えてみたら細胞でもそうですね。移植をすると、自分の細胞ではないものは拒否しようとして拒絶反応が起きる。人の心も同じなのかも。完全にフラットだったら敵にやられてしまうのかも。


でもそれは不当な差別を容認するということではなくて。自然と生じてしまう差別意識を自分自身で認識した上で、「これって、本当に拒否する対象なのかな?うまくやっていく方法はないのかな?」と検討するのが人の文明の力なのではないかと思います。


 


今日、改めて区の職員の方にお願いして今までの経緯を教えて貰いましたが、決定の経緯は残念ながら皆さんが認識されている通りです。


・・・うーん、区の職員さんの痛みも感じるから、あんまりはっきり書くのは私の心も痛むけど。でも、「区民の皆さんが身近に感じられる分かりやすい区政をめざす」って言ったんだから、分かりやすい言葉で書かなくてはね。


ギリギリになって大泉学園高校跡地の名前が出たのは、「前もって早めに施設候補地を明かしたらその分反対されるだろうから」ということです。


でもそのために区の職員さんがヨレヨレになっている感じ。わざわざ資料を持って私のところに来てくださったんですが、なんか疲れてるからよっぽど「ヨレヨレになってますけど大丈夫ですか?」と言おうかと思いました。。


昨日大泉で説明会があったそうですが。私はハンセン病関係のNPOの監事をやっていまして、議員になったので今回で退任したのですが、その総会が昨日あったために大泉の説明会には参加できなかったのです。


話によるとだいぶん長い時間がかかったんだとかで。とにかく上の①~③の複合した課題を整理していかないと、ただ大騒ぎをして終わるだけで根本的な解決にならないということをまず考えていかなくてはならないということかひとつ。


それから、ホームレスも人格を持った人間だし、区民の皆さんも人格を持った人間。だから、ホームレスだからって否定されちゃいけないし、区民の皆さんが身近な施設を使う方法について考える権利も侵害されてはいけない。それと同時に、区の職員さんも、やっぱり人格を持った人間だということもどこかで考慮に入れなくては、実のある話はできないと思うのです。区の職員さんだって、一人の人間なんだから怒鳴られればドキドキするだろう、わーっといっぱい怒られたらつい壁も作っちゃうだろう。区の職員さんが辛い思いをしたときの心のケアも考えていかないと、なんかほんとにヨレヨレだったからちょっと心配。


私は区の職員の答弁のまわりくどさは嫌いだけど、まわりくどく言わせてしまう心の壁はどうしてできてしまうのかも考えていくのが、本当の意味での住民主体かなあと思います。腹が立つならば、なんで腹が立つのか住民からも理論的に説明すること、「なんで大泉学園高校跡地なんだ」って言うならば、じゃあどこだったら良いと思う?自分の近くじゃなければそれで良いってことではないよね?それは根本的な解決じゃないよね?と考えること。


・・・まあでも今回はそんな機会も与えられなかったから腹が立つっていうのはあると思うけどね。


そうだ、区の職員さん個人を責めず、区民の皆さんの心も汲み、そして私の立場としても言いやすいことが一つありました。


こんな風に住民主体からかけ離れていて、結果的にホームレスの差別を助長し、区の職員を疲弊させるようなやり方をする、区長が悪い!4年後には区長を変えましょう。


 


それから、私自身は、完全に中立な立場として活動しているつもりです。一般的に従来の議員さんは地元住民の代弁者ということだったけど、私は社会福祉士としてすべての人の中立になりたいと思っています。


社会福祉士のあるべき姿として、利用者の思いを代弁する機能というのがあります。私は、今回の事例で言うとホームレスの代弁者にもなりたいけど、もちろん同じ大泉学園町の住人として近所の皆さんが感じている心・憤る心の代弁者でもありたい。そして、福祉の仕事をきっと頑張っているんであろう区の職員さんが責められる矢面に立っているその心の痛みも見逃さないようにしたいと思っています。


今まで政治の世界で「福祉に詳しい」という人の多くは、当事者だったと思います。「子育てをしてきたから分かる」とか「障害を持っているから分かる」とか。それはそれで大事だけど、私には、当事者ではない強みもあると思っています。


動物好きなもんで、例が動物になってしまって、語弊があったらごめんなさい。


小さい時から猫が好きでした。でも、小学生だった一時期、金魚を飼っていました。金魚を飼っている間は、好きだったはずの猫は私にとっては敵になっていた。


今度は猫を飼うようになったら、どこかから鳥を狩ってきた猫を見ても「あらよくやったわね。可愛い」と思った。鳥好きの人から見たらとんでもない話でしょう。


でも何も飼わない第三者になれば、猫も鳥も金魚も全部可愛い。狩ってしまう気持ちもなんとなく分かるし、狩られてしまう痛みも理解できる。


当事者にならなくては分からない心は絶対あるけれど、第三者だから見えてくるものもあると思っていまして、私はそのスタンスでずっとやっていきたいと思っています。


 


ホームレス問題に関しては私にできる範囲で何かやろうと心に決めて、今、友人知人に相談しているところです。前に書いたあしがらさんの監督だとか。福祉関係の仲間だとか。


私自身はまだまだ未熟者ですけど、私の周りにはユニークな人がたくさんいて、こうやって困った時に助けてもらえて助かります。近々動き出したいと思いますので、それはまた改めてご報告します。


かとうぎ桜子を育てる会ホームページ

①常任委員会の会議 ②大江戸線延伸の会議 ③ボランティアセンターの会議を傍聴 ④板橋寮見学

ちょっと久しぶりの更新です。


今週も盛りだくさんでしたものでなかなか書くこともできず・・・その分長くなります。


①6月20日と22日 常任委員会の会議


私の参加している健康福祉委員会は資料のボリュームからしてもりだくさん。ホームレスの施設のこと、障害者の施設のこと、保育園、地域福祉、さらには野良猫対策まで。「猫に関する検討委員会を行います」という説明に対して、委員の一人の方が「犬は含まれないんですか?」と質問。区の職員さんが「今回は猫ということで・・・」と答弁するというのもありました。職員さんはそんなときも真面目に答えており、でも口にする言葉は「猫」というのが、なんとも面白かった。猫好きの私は「その検討委員会に参加したい」とニヤニヤしていましたが。・・・しかしこんなやりとりも議事録に載るんですかね。ちょっと楽しみ。


そんなわけで健康福祉委員会はいつも3時間コース。会議って一般的に、2時間を超えると辛いですね。やたらと質問をする人が3,4人いるのも遅くなる理由の一つだと思いますが(ちなみにその3,4人のうちの1人は私ですが・・・)


何回かやるうちに、大体、説明が終わると必ずひょこっと手を挙げる数人というのがパターン化されてきて、なんだか笑点の大喜利みたいだなあと思いつつ私もひょこっと手を挙げる。


質問しても大体「ははあ!」と納得できたり心を揺さぶられるような答弁があるわけもないのです。職員さんは決まったことを答えるだけですからね。「いやあ、実は私も困ってるんですが仕方ないんですよ」みたいな本音が聞けるわけでもないですし。


だから、私が委員会を長引かせている一因であるにも関わらず、私自身が途中で空腹に陥り気が遠くなったりもしましたが。でも寝てません、念のため。


納得できる答弁がないからあまり心に残っていないのですが、例えば質問した内容としては、


以前ブログでも書いた福祉のまちづくりの助成について。協働のための助成と言っているのに、8人の審査員のうち2人が区の職員だったら実質的には区の職員と区民が上下関係になるのではないかというのが私の疑問。委員会資料でこの助成事業が出てきたので、ブログで書いちゃったからには直接確認しなくちゃただの陰口になっちゃうわ、と思い、質問。


「審査員の1人1人が1ポイントずつを持っており、8人で合計8ポイントになりますが、1つの事業に対して5ポイントを超えたら助成するという仕組みにしているので、大丈夫です」


・・・だから、1人1ポイントだったら、区の職員だけ2ポイント持ってるってことじゃないか。それでなんで大丈夫なんだろうか、さっぱり分からん。


・・・と思っていたらそれには説明してる方も気づいた模様。


「えーと・・・審査員である区の職員は、この助成事業のもとになる条例の検討にも関わっていたので、理念をよく理解しているから参加してもらっているのであって、職員が2人になったからってそれが協働にならないとは考えていません」


・・・そうですか。


区の職員が審査員に入るかどうかということが区と区民が上下関係になるということには関係がないという意味ですね。


ほんとに、区の人との応酬(!?)では、自分の不勉強さを感じます。今の段階では「そうですか」としか答えられないような感じで。


でも感覚としては、なんだかおかしいと思うのです。区の職員が自ら「区の職員が区民を評価したって良いじゃないか。それでも協働だ」と言うのって、なんだか。区民の側から「それでもOKだよ」という声があるのならば良いと思いますが。一般的な感覚として、審査する人と協働する相手は別じゃなくちゃいけないように思うんですが。


今回の答弁だと、区の側の見解しか聞こえてこないので・・・例えば男女の関係で一方が「私はあの人を好きだから、当然これは恋愛関係なんだと思っている」と言ったとしても、もう一方の相手が「そんなこと思ってない」と言えばそれは恋愛関係ではなくて一方通行なわけです。区の側が一方的に「区民と協働してると思ってる」と言ったって、区民の側もそう思っているというところがきちんと証明されていなくてはいけないと思うんだけど、理論的に反論できなかった。ちぇ。


理論的に反論するためには実際にこの助成制度を活用している区民の方に意見を聞いてみたり、他の自治体の協働のやり方を調べてみる必要がありますね。


・生活保護基準の説明。これは国レベルの問題で、区はそれを運営しているだけではあるんですが、国がダメなら区でどうにかできないか考える必要があると思って質問しました。


生活保護は、基本となる金額があり、そこに「この人は家賃を払えないから、その分も特に出す」「介護保険を使う人には介護保険相当分を出す」みたいに、その人に合わせた保護費が出されます。


さらに、妊産婦や高齢者、障害者、母子家庭など、なかなか個人の努力で収入を得にくい立場の人たちには「加算」というのがついていました。


このうち、高齢者に対する加算が廃止され、母子家庭に関する加算もだんだん削られている現状があります。これは、政治的な背景がどうということではなくて、福祉関係者の中では「こんなんで本当に良いのか」という議論がある問題です。


高齢者は、高齢者だという理由で加算をつける必要がないじゃないか、ということで廃止された。でも、高齢になって自分で仕事をすることも難しくなって、医療的な部分等、必要なものも増えてくるという中で、人間らしい生活を続けるためにはやっぱり高齢者に対する配慮は必要なんじゃないかという議論がある。


母子家庭に関しては、母子加算を付けると、生活保護を受けていない母子家庭のほうが収入が低くなるという逆転現象が起こるので廃止の方向という。でも、それって生活保護が高すぎるんじゃなくて、本来保護されるべき母子家庭が生活保護を受けずに頑張ってるだけなんじゃないの?という議論がある。


でも、そもそも今まであった加算を削っていくのは、不況で生活保護を受給する人が増えていて出費が増えているから削っていこうというのがあるからです。


で、練馬区としては加算を削られた人に対する支援はどうなの?という質問をしました。


母子家庭・父子家庭対策についてはさらなる充実を図りたいということで結構具体的に答えてくれてました。


そうか、特に力を入れている部分について質問するといっぱい答えてくれるんだー、と発見。


 


でも、高齢者の加算の廃止については「国で十分に検討した結果のもので、適正だと考えている」との答え。


ふーん。


これは答えてる区の担当者本人、本当にそう思ってるか分からないよなあ、と思いました。これは私の質問が悪かったと若干反省。国レベルの制度がそう決まったからには、たとえ現場で混乱していても公式の場で聞かれたら「うまくいってる」としか答えようがないですね。そこを追及したいならば具体的な事例を示して「こういう部分はどうなってますか」と聞くしかない。一般論として聞いたら区の人も一般論で答えるしかない。私が逆の立場だったら、福祉の仕事をしていながら、国レベルのヘンチクリンな制度を擁護するような答弁をしなくちゃいけないのは嫌だなあ。答えた福祉職の方に複雑な気分にさせちゃってたらごめんなさい。というわけでこれは私の質問ミス。ちゃんと調べます。


 


特に今、思い出したのはそんなところです。


そのうち委員会の議事録が、議会のホームページに載ると思います。説明に対する質問が大喜利形式だとすると、今回の私の質問は木久蔵レベル(?)と自己評価していますが、今回は、前にも書いたように縦割り行政的な部分と、私が福祉の仕事をしている立場で素朴に疑問に感じた部分を思いつくまま質問しました。心で思っただけで口に出さないと形に残らず、自分でもすっと通り過ぎてしまうと思ったので。議事録に残るからにはきちんと責任を持って、今回質問した内容は次に一般質問なんかでもっと詰めた質問にできるように、自分を締め付ける材料にしたいと思っています。同じ委員会の橋本牧さん(生活者ネット)は、実際に区民の集まりに参加した上で感じたことを質問していらっしゃいました。


おそらく私が答弁する立場だったらドキドキするであろう、池尻成二さんや橋本牧さんのような質問ができるように頑張りたいのです!(←会派は違うけど・・・)


②6月21日 大江戸線延伸に関わる、「まちづくり協議会」に参加


私は住まいは大泉学園町で、ちょうど大江戸線を延伸したら駅になる地域に住んでいます。大江戸線延伸のまちづくり協議会の委員に、一区民として応募したら「選挙に出る人はダメ」と断られたのですが(涙)、当選したらめでたく「傍聴しても良いですよ」と声をかけていただけたので参加。


私のブログでしょっちゅう出てくるワークショップ形式でした。


ワークショップ形式、大好き。


会議というのは、議会でも分かるように、旧来の会議形式でやると停滞してしまいがち。形式的なものになってしまって、心の中で感じていることが気軽に言いにくい。会議中は皆静かなのに、「これで終わります」と言ったとたんに皆がくつろいでざっくばらんに思ったことを言い始める、なんて経験がある方も多いんじゃないでしょうか。「なんだ、この意見を会議中に言えばいいじゃないか」みたいな。


ワークショップ形式というのは、少人数のグループに分かれて、お互いに発言を促しながらざっくばらんに話すやり方なので、皆楽しみながら思いついたことを気軽な気持ちで口に出すことができるのです。


議会もワークショップ形式にすればいいのに、と思うほど(笑)


練馬区は、これだけワークショップ形式で進められている区民懇談会が多いということは、もっと自慢して良いと思いますよ。・・・なんとなく、区の職員さんがブログを読んでるような気がしたので呼びかけてみましたが(^^;


新宿は区民との協働って言ってワークショップ形式をやってますけど、それよりも練馬のやり方はもっと安定してると思います。


グループごとに別れて、議論をするんですが、参加者が皆安心して楽しく自分らしく発言できるようにそっと促す役割を「ファシリテーター」と呼びます。練馬区は、区民が参加してワークショップを行なう場合にコンサルタント(←相談役をする専門家)の会社に依頼してファシリテーターをやってもらってるのが当たり前みたいですね。私が参加している特別委員会である「総合計画等特別委員会」で「基本構想を見直すための区民懇談会のファシリテーターは誰がやるんですか?」って質問をしたら「コンサルタント会社に依頼してます」って答えが返ってきましたが、それを答えてる職員さんが「へ?そんなの当たり前じゃん」って顔をしていたので。


自治体が計画作りをするときにコンサルタント会社を使うと頼り切ってしまう場合もあるから使うべきかどうか、って議論もあるということで、山口の地域福祉学会でその関係の発表をされていた方もいらっしゃいましたが、活用の仕方次第なんだろうなと思います。


私は新宿で区民会議に参加していましたが、新宿では一参加者である私がファシリテーターをやっていた時期もあったり、混沌としていたのです。だから、「協働」を全面に出している新宿よりも、実態としては練馬区のほうがシステムとして落ち着いているように思いました。


そこはもっと誇りを持ってアピールしたらどうでしょうかね。


 


大江戸線と、それに伴う道路整備に関するグループごとの話し合いを聞いて思ったのは、道路を整備するということは生活全般が変わり得るということだという実感が、もしかしたらあんまり区民の皆さんの中にはないんじゃないかなというのがちょっと気になりました。今までと同じ自然環境、閑静な住宅街というところは変わらずに、道路整備はちょびっとだけ拡張する程度という前提の下に議論をしているような気がして、ちょっと気になった。


大江戸線が地下を通るためには、その部分の地上の道路が整備をされている必要があるんだそうです。地下鉄の上にもし民家があると、地下を利用する権利は誰のもの?という問題が生じるから、地下鉄の真上は道路にしておいた方がすっきりいくんだそうで。


ってことはかなりの規模の整備が必要なんじゃないかと私はイメージしているんですが。例えば目白通りみたいな道路だと私はイメージしてたんですけど、そこまでじゃないのかしら・・・?でも、少なくとも今大江戸線が通っている付近の街並みは、今の大泉町・大泉学園町にはないような大きめの道路が走ってますよね・・・。


なんだかその基本部分の合意形成がなされていないような、ちょっと不安を感じたんですけれど、どうなんでしょうか。。


 


そんなことを考えてたら、グループワークに参加しているうちの一人に、なんだか見覚えがある。


あれ?あれ?


それは、私が大学2年だったか3年だったときに教育心理学を教えて貰った先生だったのでした。


私は国語の教員免許を持っているのですが、それを取るために教職課程を履修していた、そのときの先生です。


私はあまり授業を受けることは好きではないのですが、大学時代にはその教育心理学の先生と国文学の高橋博史先生、福祉の専門学校時代には北島英治先生。今でも時々思い出す先生達です。大江戸線延伸の会議に参加していたという時点で色々個人情報が特定されると思うので、教育心理学の先生の固有名詞はここでは書かないでおきますが、ずーっと「いつかまた会いたいなあ」と思っていた先生に、まさか大泉町で再会するとは思っておらず、感慨深かったです。


③6月22日 ボランティアセンターの会議を傍聴


これは、「ぽけっと」っていう、練馬のボランティアセンターの広報誌を見て普通に申し込んで傍聴させてもらったのです。


区議選に出るなんて決めるよりもずーっと前から知ってる人のそのまた知り合い、みたいな人が何人かいて。特に今まで親しかったわけではないんだけど、たしか4年位前に一緒に飲んだことがありますね、という人がいる会(?)でした。


私の友人は社会福祉協議会で働いている人が多いので、今回練馬のボランティアセンターは初めて傍聴したにも関わらず、まったく緊張せずに参加させてもらってありがたかったです。


仕事の会議は停滞した会議ばかりなので、久々に楽しい会議に参加できて良かった。


ものすごく感覚的でうまくは説明できないんだけれど、こういうところに参加すると心に活力がわきます。


・・・あえて言うならば、私は変わり者だけど同時に小心者。だから、こうしてブログに好き放題書いたり、議会でひょいひょい質問したり、そんなことを勝手気ままにする一方で「こんなに好きにやってて大丈夫かしら」とドキドキしている自分もいるのです。でも、福祉関係の打ち解けた仲間と会うと「私以上に好き勝手やってる仲間がいるな。私以上の変わり者は世の中にいっぱいいるんだな」と安心をするわけです(笑)


④6月23日 板橋寮見学(今板橋にあるホームレスの緊急一時保護センター)


今度大泉学園高校跡地に来るホームレスの緊急一時保護センターは今は板橋にあります。同じ会派の三戸さんが見学に行くっていうので、私も一緒に連れて行ってもらうことにしました。


綺麗な建物で、普通のおじさんが生活してました。


・・・説明が簡単すぎるか。。


でも、本当にそんな感じです。反対している人と一緒に見に行けたら、反対するほどのことはないと分かってもらえるのにな、としみじみ。百聞は一見にしかず、です。


板橋寮を管理している所長さんも私と同じ社会福祉士だとふと判明。というか、社会福祉士の中でずーーーっと偉い方だと判明(^^;


「はじめは反対する方もいて、汚れた洗濯物がいっぱい干されるとしたら嫌だから外に洗濯物は干さないで欲しいといわれたり、そういうものには一つずつ対応してきました。今ちょっと乾燥機が壊れているので、直るまでの間は外に干させてほしいと思って近所の人たちに説明しに行きましたが、『一体なんのことだろう?』という反応だった。今はすっかり落ち着いています。入所している方も、ホームレス時代には寒い中で食事も満足に取れない生活をしていたから、ここではお風呂に入って病院にも行けて食事ももらえて、いつかは自立できるんだと思えている。もしここで問題を起こしたら出て行かなくてはならない、というのがあるから、問題を起こさないように努力をしている。」と所長さんの説明。


前回この施設について書いたときにコメントをくださった方もいらっしゃいましたが、気になる方は一緒に板橋寮見学に行きませんか?見れば安心できると思いますから。


念のため近所の家に訪れて意見も聞いてみましたが、「はじめは心配してたけど全然大丈夫だった」という意見ばかりでした。


見ていない方で反対意見の方は「褒めてばっかりじゃ怪しい」と思うかもしれませんが、とにかく板橋寮の所長さんは社会福祉士だから、自分の都合の良い解釈はしていないと私は保障したいと思います。


三戸さんは、「所長の言ってること、本当かなあ」と若干心配していたみたいですが。「大泉は学校がそばにあるから・・・」と。


「学校があるならば、それを機会に人権教育ができれば良いんじゃないかしら」と私。所長さんと、もう一人、これまた社会福祉士である職員さんが「そうだ、そうだ」と頷く。


・・・あれ?なんか社会福祉士が3人がかりで三戸さんに説明している、という図になっているなあと思ったりして。


学校が選択制だから、近くにある学校の希望者が減るんではないかというコメント、このブログにもいただきましたが、上に書いた生活者ネットの橋本牧さんが「区内の学校で人権教育が薄かったんじゃないですか?」と質問をされていました。みんながちゃんと実態を理解していればまったく問題ないことですからね。選択希望者が減るから困る、というのは、本質的な話でないと私は思います。


人権教育を頑張っているのは、たしか東村山でしたかね。ハンセン病の施設があるということで頑張っている先生がいたと記憶しています。その辺をちょっと勉強して提案させていただきたいと思っています。


ちなみに社会福祉士については、ソーシャルワーカーの倫理綱領というのがあるのです。だから所長さんの言うことは間違いがないはずだと信じたい。


社会福祉士なんて、名称独占の資格で実質的に役には立たないと文句を言っていた私ですが、今はある意味異業種に就いた私にとっては、他の何より誇れるものが社会福祉士の資格なんです。だから、板橋寮の所長さんが社会福祉士としての誇りを持って言っていることは間違いのないことだと私は思っています。


 DSCN2182.jpg三戸さんと所長さんと私。後ろにある建物が板橋寮です。


かとうぎ桜子を育てる会ホームページ

この数日は色々と意見を言ってみました

昨日は常任委員会、私の所属は健康福祉委員会に参加。その後は「全員協議会」。すべての委員会で扱う議案についての説明と質疑でした。


今日は特別委員会。私は総合計画等特別委員会。今度、練馬区の基本構想を見直すということです。私は新宿のNPOで働いていた時に、新宿区の基本構想を見直すための区民会議に参加していたので、せっかくだからそのとき勉強したことを生かそうと思いまして、この委員会に所属。


委員会と全員協議会は本会議と違って自由に質問して良いってことなので、とりあえず感じたことを質問。もしかしたら的が外れてるかもしれないけど、でもまだ始まったばかりの今は仕方ないから今の私が率直に感じたことを聞いてみようかと思っています。どうせ若くて女性で初当選という今の状況若干馬鹿な質問をしても失うものは何もない、とやぶれかぶれ。


質問したことについてはまた改めて書きますが、もう少しつめた質問にしていかなくてはいけないとは思うけども、一番私が気になるのはやはり縦割り行政ということ。他との連携について聞いてみたいなあというのがあります。


 


そして今日の午後は、会派の中で、気になっていることについて担当の職員さんに来ていただいて説明をしていただき、質疑をしました。


同じ会派で同じ大泉地域にいらっしゃる三戸さんが、地域住民の立場で大泉学園高校跡地にホームレスの支援施設を作ることについて聞きたいとおっしゃって担当の方をお呼びになった。私は前にも書いたようにホームレス支援の立場なので、せめて会派の人たちがホームレス支援の気持ちになってくれると良いなあと内心ドキドキしながら説明の場に臨む。


担当の方が「かとうぎさんのブログを読みました。あしがらさん(←前のブログに書いた、ホームレスのドキュメント映画)も見たことがあります」とおっしゃったので、「そうか、私のブログなんか読んでる人がいるのか・・・」と改めて感じてしばらく動揺しました(^^;


でもなんだか、その一言を言っていただいたおかげでその後話していても、「委員会の中だとか本会議の中だとかではちょっと壁を感じていたけど、結局同じ福祉職(?)の悩みがあるわよね」という共感を覚えることができて嬉しかったです。


以下は、説明を聞いたからということではなくて、若干でもホームレス支援に関わったことがある私がしみじみ思ったこととして書きます。


ぜひ皆さんにあしがらさんを見てもらいたいです。(ホームページはこちら


前にも書いたように、ホームレス問題の辛さは、家がないということではなくて社会的に排除されるということです。


今度大泉学園高校跡地にできる施設は5年に限った「一時保護施設」。今は同様の施設が板橋にあるそうですが、外に出る時間を制限したり、洗濯物を外に干さないでほしいという住民の声にこたえたり、病院に行く時は他の人と会わないように車で連れて行ったり、という形で「折り合いをつけている」のだそうです。


それは、「折り合いをつけている」のではなくて差別を助長してるんじゃないか、と思うんですが。


でも、そんなにでもしないと施設を作れないという現実は確かにあって、そうでもしないとどうしようもないという行政の担当者の痛みもひしひしと感じたりして。


ホームレスはどんな人がなるのか、ご存知ですか?


多重債務の問題もあります。出稼ぎで東京に出てきて、不況で肉体労働しかなくなったけれども高齢化や健康問題で仕事ができなくなってアパートから出ざるを得ない人もいる。一度出てしまうとなかなか入れない。


私たちも引っ越しをするとき、現住所を書くでしょう。つまりは現住所がなければ、なかなか新居の承認が得られないのです。


ホームレスなんて、怠惰だからなるんだろう、っていうのが一番の差別の元だと思います。でも、怠惰でホームレスになれると思いますか?怠惰でなれると思うならば、ためしに毎晩外で寝てみてください。どれだけ辛いか。私なんか選挙の寒い時期に朝2時間駅で立っているだけで病気になりそうだったけれど、ホームレスの人は寝てる間中ずっとそんな中で、ホッとする時間なんてないのです。寝ていたらいきなり殴られたり放火されたりすることもあるのです。怠惰でホームレスにはなれません。


今度大泉学園高校跡地にできる施設は、そんな状態の人を保護して、まずは体力を回復させて、新しい住まいや仕事について考えるための施設なのです。


 だけど、反対をする人たちの声は強烈で、多重債務も体を壊すのも全部自己責任だ、自分達には関係ない、という声が出てきてしまう。


こうやって書いてみると「なんてひどい差別意識だろうか」と腹が立つけれど、そういう気持ちが自然に起きてしまうのも間違いないことで、だから心が痛いです。


差別はなくすべき、ホームレス問題は人権の問題だ、なんて言うけれども、人の感情はもっと醜かったり汚かったりする。そのドロドロについて何ができるのか、と思うと心が痛いです。言うことはいくらでもできるけど、私にも何もできないから。


私がハンセン病問題やホームレス問題に関わる機会があったのはなぜかというと、多分私自身の中にも拭いきれない差別意識がある、その償いなのだと思います。


今の私は、例えば熊本であったハンセン病に対する差別問題があったときに、差別をした人に対して「こんな奴が生きてるなんて許せない」という怒りを感じてしまう。だけど、それって、差別をしている人に対して私が差別をしていることにもなる。私は選挙で「すべての人が幸せになる地域づくりをしたい」って言ってたけど、「すべての人」の中には差別をされている人だけではなくて差別をしている人も含まれるわけでしょう。そうなってくると福祉って一体なんだろう、と頭の中がごちゃごちゃになってきます。


結局のところきっと反対運動がある中で、無理矢理施設を作る形でしか進まないことになってしまうんでしょうけど、どの立場の人もお互いの心の痛みを少しでも分かち合える状況を作っていけたら良いのに、と思ってしまうのはやはり、私が福祉の世界しか知らない甘っちょろい考えなのでしょうかね。


練馬はホームレスが少ないからこの葛藤状況はなかなか大変だと思うのですが、ホームレス支援の経験豊かな自治体や、新宿・台東・横浜の寿町なんかで頑張っているNPOの人々にも協力してもらいながら地域の中の合意形成をしていくことができないのかなあと私は思います。


せっかく施設に入ってもう一度人生をやり直そうとしている元ホームレスの方々が施設に入ってもまた嫌な思いをするというのは悲しいです。


NPOと協力できないの?という私の質問に、練馬区の担当者の方は「でも、この事業に関しては区が責任を持つべきなのです。NPOをそこに巻き込むのは、違うと思うんです」とぼそっとおっしゃった。そうか、区の持つべき責任と、NPOの豊かさを分けて考えてくれているのね。


私が練馬区で働き始めてから初めて区の職員さんの本当の声が聞こえてとても嬉しかったです。まずはそれが嬉しかった。そして、絶対に責任を果たさなくてはと思っていらっしゃる姿は本当に素晴らしいと思った。これは区の職員としてというのもそうだけど、福祉の仕事をしてきた者として、素晴らしいと思った。


でも、そこまで区が責任を抱え込むべきなのかなあ。せっかく民間に力があるのに。こんなときこそ「協働」じゃないのかしら。


とりあえず私は、私の立場で、「あしがらさん」の上映会を、やりたいなあ、と思います。あしがらさんの監督とか、ホームレス支援のNPOに呼びかけて企画したいです。だって、私の住む大泉学園町の人たちが、私が福祉の活動をするきっかけになったホームレス問題についてネガティブな意識を持ったままなんて、悲しいですから。


頑張るだけ頑張ってみても差別意識に勝てなければまたここで報告しますが、できれば良い形で協働していきましょうね、区の福祉関係の皆様。

3日間の一般質問が終わりました

http://gikai02.kaigiroku.jp/dvl-nerima/2.html


上のページには、約2日遅れで議会の様子が動画で配信されています。


6月5日の内容はこちらのブログに書いたもの。改めて見直しましたが、実に5分で終了していました。


6月6日から8日がないのは、こちらに書いたとおり、ひたすら人事をやっていたから。


6月11日は、こちらに書いた、私が馬鹿な失敗をしている様子。4分から6分のあたりを見るとなんとなく分かると思いますが、そのあたりの場面だけ、変な喜劇みたいになっています・・・。ミスタービーンみたいな感じになっています・・・。嗚呼。


12日は区長の所信表明や副区長の選任、名誉区民の選定など。


まだ配信されてないのもあるけれど、13~15日は一般質問。(概要はこちら


14,15は質問内容にざわつくような場面も多かったです。


質問の内容は本当に様々。


会派によっては「うーん、気持ちは分からないではないけど、それは国政で論じるべき話じゃないのかしら」みたいなのもあったのは確かです。例えば憲法のことなんかは、やはり国政じゃないかなとは思います。しかし、そんな時の野次がひどい。野次が飛んでる14,15日のビデオがまだアップされてないので、野次の声までがビデオに入ってるのかどうかは分からないんですが、ぜひそれは皆さんに見ていただきたいです。


内容に賛同するかどうかはともかく、どんなことがあったとしても野次というのは下品だなあというのが率直な感想です。


異なる意見を持っている人に対してその場で言い返したいのなら、やはりもっと気軽に反論し合えるような仕組みを作らなければいけませんね。


数分間でもご覧になれば分かると思いますが、今の議会は発言者以外は一定方向を向いて座っているのみで、とても自由な論議ができる場ではない。だから、基本的に異なる意見を持っていてもこの場ではまず相手の論を聞いて、反論は別の機会に行うというのが良識です。


私も上に書いたみたいに「それはこの場で議論する内容ではないんじゃないかしら」と思うことはありましたが、でも野次は飛ばすべきではないですね。その雰囲気のイメージは、学級崩壊しためちゃくちゃな教室みたいな感じです。


そして下品な野次を飛ばしている人に限って自らが一般質問する時に「今の日本は道徳教育がなってない」とおっしゃっていたりして(^^;)うーむ、議員さえも野次を飛ばすほど日本の道徳はなっていないと身を持って示してくれている方なのかしらと不思議に思ったりしております。


野次まで録音されてたら良いんですけどね。とりあえずちょこっと視聴してみてください。


 


3日間の質問で、ぜひお手本にさせていただきたいとしみじみ思ったのは池尻成二さん。


国レベルでやるべきことと私たち区レベルが考えなくてはいけないことをきちんと分けてお話してくださったこと、自ら疑問に思ったことは自らの手で検証した後に質問をしていること、など、本当に素晴らしい質問でした。素晴らしい質問に対しては、区の職員の皆さんの回答も良かった。


素晴らしい、といっても、それはなにも池尻さんの考えと私の考えが完全に同じだったということではありません。違うなと思うところもありました。でも自らの考えを仮説としてそれを実証する活動を実際にされているのは素晴らしかった。池尻さんは今日(15日)でした。今はまだアップされてませんが、来週初めあたりには更新されるのでぜひご覧になってみてください。


私が質問をするのがいつになるのかは、これから会派内で話し合って決めるのですが、次あたりになるのかな・・・。もし次回定例会になったら、まだまだまともな質問はできないかもしれません。でもいつかは池尻さんみたいに実証に基づいた質問ができるようになることを目指したいと思います。

和力が無事終了

私がチケット担当をしておりました、和力のゆめりあホールコンサートが今日無事終了しました。


来てくださった皆様、ありがとうございました。


挨拶、ちょっとだけしましたけど、やっぱり緊張しました・・・。駅でしゃべってる時だとか、選挙で「ふだんのくらしのしあわせを・・・」なんて言ってたときはまったく緊張しないんですが。。来てくださった皆様に「従兄弟を見習ってしゃべるの上手になりなさい」と言われました(^^;)頑張ります。。


和力は今まで名古屋、千葉県松戸、吉祥寺などで公演をしてきました。私は2年ほど前からお手伝いをしています。


ありがたいことに、一度見に来てくれた人はまた来てくれることが多くて、半数近くを「常連さん」が占めている感じです。


今回が今までと違ったのは、練馬にお住まいで初めて来てくれるお客さんが8割方占めていたこと。多分、私のためにお付き合いで来てくださったんですよね。ありがとうございます。


一体どんなものをやるのか、戸惑いながら参加してくださった皆様が、少しずつ一つにまとまっていく空気を感じました。はじめにバラバラだったものが、中盤からスッとまとまっていくような。空気って不思議だなあと思っていました。


私は前の方に座っていて、チョロチョロと後ろを振り返って皆さんの顔を見ていたんですけど、見ていた皆さんの顔が、とても素敵でした。和力の舞台を撮っているカメラマンは居るんだけど、肖像権の問題もあり難しいかもしれないけど客席のお客さんの表情を撮れたら良いのになあと思いました。


8割方初めてのお客さんだと、思いがけないことが起こるもんだということも感じました。本当は、いつもはアンコールがあるんですが。アンコールを求めず皆さんお帰りになってしまったのですね・・・。というわけできちんと出演者のお名前を紹介していませんでしたが、私の従兄弟の加藤木朗、小野越郎さん、木村俊介さん、帯名久仁子さんでした。来年も、ゴールデンウイークにゆめりあホールでやりますので、そのときはぜひいらして、そしてアンコールも楽しんでください(^^;


私は、「忍者」という、木村さんと小野さんがやる三味線の曲がいつもとても好きです。今日もやってくれたので良かった良かったと思いました。できれば1時間くらいリピートして忍者だけ見ていても良いくらい好きなんですが。いやあ、木村さんかっこいいなあと惚れ惚れと見ておりまして。木村さんや、従兄弟なんだけど朗さんと挨拶をするときはいつもなんだかドキドキどぎまぎとしています。


来ていただいてない方にはまったく面白くない内容ですみません。でもまだ間に合います。明日は練馬文化センターで18時30分からやりますので。


明日のものは、私とはまったく関係ないもので、私はただ親戚だから参加するものですから私の挨拶なんぞはありませんが、多分文化センターは広いし当日券がありますからぜひ、騙されたと思って一度見に来てください。


今日は私の選挙を手伝ってくださった方がたくさん来てくれたり、中高の同級生が来てくれたり、ほんとに嬉しかったです。私の気持ちとしては親戚みたいに大事な人がいっぱい来てくれて、嬉しかった。


中学の同級生で、今お腹に赤ちゃんがいる友達が見に来てくれて、「お腹の子が、太鼓に合わせていっぱい動いていたの」と言ってくれたのが、最高の褒め言葉でした。ありがとう。

①人事 ②助成金と協働について ③今日の活動 ④ホームレス支援

①人事


先週ずっと話し合っていた人事について、月曜に正式に決まりました。議長・副議長が決まり、委員会が決まり、委員会ごとに委員長・副委員長が決まり。


まだ人事ばかりだけど、この1週間議会に参加してみて思うのは、議会というのはいろんなことを詰めた後に行うセレモニーみたいなもんなんでしょうね。いつでも卒業式のような儀式的な雰囲気が漂っています。


区民生活の実情がどうかなんて、議会の話し合いで分かるわけもなく、日頃の区民の皆様との話し合いや、行政の実情が区民の生活にちゃんとマッチしているのかという調査を日々積み重ねて、その結果を皆に公開する場として議会があるんでしょうね。


この前山口でshin1さんと話しているとき、「6,9,12,2月に議会があるんだよ」と言ったら、「なんだかお相撲さんみたいだね」と言われましたが、「お相撲さんは場所がない時は稽古をしているんだろうけど、議員は場所がない時は何をしているんだろうなあ」としみじみ思いました。


きっとそういうときに区民の皆さんにお会いして、実態を調査したりそれをまた皆さんに報告したりできるんだろうなと考えました。


確実にノルマがあるわけではなく、自分の裁量の中で、いっぱい仕事をしてもそんなにしなくても時間をある程度自由に使える。それでお給料をもらって良いんだろうかと思いますが、どういう仕事をしてきたかは4年後にまた再評価される、という仕組みになっているわけですね。


 


月曜日、まず議長・副議長の選挙がありました。普通の選挙と同じように紙が配られるから、議長にしたい人の名前を書いて呼ばれた順に箱に入れるんだよ、と教えて貰いました。


議長は第1党、副議長は第2党から選ばれます。前もって「自民党からこの人、公明党からこの人を議長・副議長にしたいと考えている」ということを幹事長から教えて貰います。


民主党としては、与党と完全に対立するように自分の会派の人の名前を書くべきかどうか、話し合いました。でも、対立することが最終目的ではなく、目指すところはより良い練馬区を作ることだし、第1党第2党から選ばれるというのはある意味フェアなことなので、自民党・公明党の方を承認する形にしようと決まりました。


さて、卒業式のような厳かな雰囲気の中で投票用紙が配られます。なんだか、試験の時みたいな感じだから、まだこの紙に触ってはいけないんだろうか、と思いながら、説明の声を聞いていました。


すると突然「では呼んだ順に投票してください」と名前が呼ばれ始めます。皆、投票用紙をささっと折り曲げて投票していく。私の順番は4番目。


あれ?あれ?皆いつの間に書いたんだろう・・・。あたふたするうちにすぐに私の名前が呼ばれる。もういっそのことこのまま出してしまおうかという気分になるけれど、さっき会派の会議で「会派として決めたことをちゃんと守りましょう」という話し合いをしたばかりだから、このまま白紙で出しちゃだめだ、落ち着くんだ私、と言い聞かせる。


ちょっと一呼吸おいて投票用紙を見ると「氏名」と書いてある。


氏名?


動転している私は「誰の氏名だろう…」と考えた。普通、氏名と書いてあるところに書くのは「加藤木桜子」という自分の名前でしょう。うーん、待てよ、落ち着け、これは投票用紙だ。無記名の投票だと言われたじゃないか。ここには自分の名前を書くわけじゃないぞ。


かくして、何とか無事に議長候補の名前を書いて、投票を済ませたのでした。


しかし、慌てて自分の名前を書かなくて良かった。危ないところで、「議長に加藤木桜子の名が1票入りました」という記録が残るところでした・・・。


今日は起立して承認の意志を示す場面が何度かあったんですが、前もって会派の幹事長から「加藤木さん、今日は投票はないけど、起立があるからね。起立と言われたら立つんだよ」と教えていただきました・・・。大丈夫です、もう失敗は繰り返しません・・・。


 


②助成金と協働について


なかなか書けなかった、「福祉のまちづくりパートナーシップ」助成金の公開審査について。


6月2日(土)、区役所で行われたものに、ほんのちょっとの時間ですが参加しました。書こうと思ってだいぶ時間が経ってしまいましたが、前に書いた女性センターのイベントに参加した後だったので、時間がだいぶ遅くなり、その後川田とらおさんの会も控えていたために30分くらいしか見られなかったのですが。


区の福祉部と練馬まちづくりセンターがやっているもの。区内の団体で、まちづくりに関係する活動をしたいと思っているところが申請して公開審査を受ける。申請書の作り方や公開審査のプレゼンテーションの方法なんかも一緒に考えていきましょう、とまちづくりセンターが呼びかけています。


私はNPOで働いていて、助成金に申し込もうかと考えたこともあるし、逆に市民団体がやっていた助成金の予備審査員になったこともあったんですが、そうやって当事者になるときにはあたふたしていて見えなかったものがちょっと見えた気がしました。


判断の基準は、「それがまちづくりに使われるものなのかどうか」「特に練馬区に対して効果が出るものなのかどうか」というところであって、決して審査員が気に入るかどうかではないんだなということでした。


助成を受けられないと決まった団体と審査員達とで厳しいやり取りもあったようですが、決して活動そのものが否定されているということではなく、その助成金の目的とマッチしているかどうかというところなんでしょう。


市民団体が助成金に応募をする効果として、助成を受けられるかどうか以上に、自らの活動の意義を一度客観化するという効果もあるのかもしれないと思いました。


8人の審査員がいて、過半数が「助成したい」と言ったら助成を受けられる仕組みです。


前回のブログに「協働」の話でちらっと書きましたが、この助成の目的は、「パートナーシップ」という言葉からも分かるように、区民と行政が一緒になってまちづくりをしましょうという協働の意味がこめられているんだと思います。


ただ、少し気になっているのは、審査員8人のうち行政が2人というところ。


上に書いたように、審査の仕方はとても公平だと思います。でも、協働であるべきものの審査に2名も行政サイドが入ることで、どうしても選ぶ側・選ばれる側という対等ではない関係が生まれてしまうのではないかという気がするのです。


③今日の活動


今日は、大泉学園地域の福祉の集まりに参加。以前から傍聴させていただいていた集まりです。婦人保護施設や障害者施設の厳しい現状を色々とお聞かせいただきました。改めて施設に訪問して、詳しい状況のレポートを作りたいと思っています。


④ホームレス支援


今日の区長の所信表明で言われていましたが、大泉学園高校の跡地をホームレスの支援施設にする計画があるんだそうです。


私が、安月給のNPOで働き始めてしまった大きな理由に「あしがらさん」というホームレスのドキュメント映画との出会いがありました。ホームレス生活から脱出したおじいちゃんの映画なんですが、そのおじいちゃんが新宿で生活を始め、その地で通っていた高齢者デイサービスがとても素敵だったので「働かせてください」と押しかけていって私の安月給生活が始まったのです・・・。


ホームレスの地域移行支援が始まった年にあしがらさんと出会い、その映画の上映会を学校の文化祭で行いました。以来ホームレスが比較的多い新宿で働いていた期間が長く、直接的にではないけれどどちらかというと私はホームレス支援の立場にいます。練馬での活動を始めたとき、最初に思ったのは「練馬にはホームレスはいないのかしら・・・」ということでした。


区の人に聞いたら、やはり練馬はあまりホームレスはいない模様。それがまた不思議なことにホームレス支援施設がやって来る、しかも私の地元・大泉学園町に・・・ということで、よっぽど私はホームレスに縁があるらしいとしみじみ思っています。


高校跡地の近くは小学校等が多く、お子さんを持つ親御さんは不安も感じているようだし、話が本格的になれば反対運動なんかも起きてしまうのかもしれません。


なかなかデリケートな問題ですが、私の立場としては、また「あしがらさん」の上映会なんかをやって、地域住民の皆さんとともにホームレス支援について考える機会を作ってみたいなと思っています。まだ私の中で思いついただけで、具体的な話ではありませんが・・・。


ホームレスは家がない、職がないというだけではなくて、周りからの冷たい目によって社会から排除されているという辛さがあります。物理的にホームレス状態から救い出して屋根のあるところに入れても、地域から排除されているのでは根本的な問題解決にはなりません。


「恐れ」という殻にふさがれている中で意識せずに私たちの中に起きている「差別意識」に向き合う良い機会なのではないかと私は思っています。

「地域」について

今日はただの旅行記です。

山口の地域福祉学会大会に行ってきました。
大会そのものについては置いておいて(!?)、私の珍道中について。

いつだったかのブログのコメントでshin1さんが、ご自身の研究の発表を今度の大会でやると書いてくださり、「あ、そうだ一度地域福祉学会には参加したかったんだ」と思い立って、急に行くことに決めました。

会派の幹事長に聞いて「土日なら多分大丈夫だよ」と許可をいただき。
ただ、金曜日は議会の人事で夜遅くまでかかる可能性があると言われていたので、金曜日は仕事が終わり次第羽田の近くに泊まり、土曜日の早朝の飛行機に決める。

飛行機のチケットは、ツアーにしたら少し安くなるなぁと気づき、その分時間にあまり幅がなかったので日曜日の夕方にはまた飛行機に乗らなきゃならない、という日程。

「これをやってみたらきっと何か新しいものが得られるに違いない」とか「楽しそうだ」と思った時、あまり熟考せずにひょいと実行する癖があります。長所であり短所であります。
選挙に出るのも、「決めるまでは相当悩んだでしょう」と言われますが、実はそんなでもなかったのです。

大縄跳びをするときに、「いつ入ろうか」とタイミングを考え始めるとなかなか飛べなくなりますが、考えずに飛び込めば意外とすんなり飛べるのと似た感じです。

羽田の近くに祖母が住んでいるので、せっかく近くに来たからと夕食を一緒に食べたら、「一人でそんな遠いところに行くなんて…」と心配している。そうかなぁ、と思っていると、脇から父が「おばあちゃんはいつまでも桜子が子どもだと思ってるかも知れないけど、もう30近いんだから大丈夫ですよ」と言う。
祖母を安心させようとしたのかも知れないけれど、そうか私はもう30近かったんだと若干衝撃を受ける。

土曜日の朝。
早朝の羽田で待っていて、ふと名刺を忘れてきたことに気づき、再び衝撃を受ける。せっかくいろんな人に知り合えるというのに…
山口にいるshin1さんにそれを言ったら「議員のくせに名刺を忘れるとはね」と言われてさらに落ち込む。

思い立ったらひょいとやる分色々失敗も多く、それは織り込み済みで行動しているのではありますが…
多少忘れ物があっても計画性がなくても行ってしまえば何とかなるはず、とどこかで思っているわけですが、それで何とかなるのは東京近郊で育ったからかも知れないと、山口に降りたってふと思う。
大会のために客が多いせいか駅前にタクシーがいなくなっている。湯田温泉から会場まで30分ほどトボトボ歩く。

私は福祉の仕事をしているときから「地域」に関心がありました。福祉の対象は高齢者、障害者、子どもと分けて考えるのではなくて、流れる一つの人生として考えなきゃいけないのではないかと思ったからです。そのためには人生の舞台となる「地域」の福祉を考えたら良いのではないかと。
ただ、一言で地域といっても場所によって全然違う。「練馬」という固有名詞で地域をとらえたい。これも議員を目指した一つの理由です。

一言で「地域」なんてまとめきれないよね、やっぱり、とぶつぶつ独り言を言いながら湯田温泉をトボトボ歩く。
何か必要になったらたいてい5分以内の距離にコンビニがあったり、バスも電車もすぐに来る東京と、多分自家用車がないと動きにくいこの山口と、一言「地域」で括れはしないんだろうな、だから「地域福祉学会」というのも、研究者の育った環境や住んでいる場所によってまったく研究テーマも方法も違うものになり得るのではないかな、と思いつつ。

土曜日は全国的に雨だと言われていたけど、山口の空は真っ青。私の周りをぐるりと山が囲んでいました。

shin1さんと再会し、お仲間を紹介していただき、「私、名刺ないんです」と謝る。それをしばらく繰り返しました(笑)

夜になったら、東京で月に1回くらいはお会いしている知人に偶然再会。山口に来て東京の知人と飲んでいる自分に若干疑問を感じつつ(笑)

日曜日。
朝一番にshin1さんの発表を聞く。
協働について。行政がやっていることと民間がやっていることと、互いに協力しあいながらより良いものを作っていく、ということでよく「協働」っていう言葉が使われてます。私が比較的長く働いていた新宿なんかは「協働」という言葉が大好きみたいでしたが。

しかし、どこからが協働なのかは難しいなあとしみじみ。
私が先週から書くと予告しながらまだ書いていない練馬区の福祉のまちづくりの助成なんかは、その内容だけ考えれば「まちを良くするための区民のアイデアを実現するために区が助成する」というものだから(すみません、まだ詳細書いてないから意味がよく分からないかも知れませんね。近々必ず書きます)、ある意味協働なのかも知れないけど、助成を出すために区が審査をしてから決定をするので、本当に対等な協力関係とは言えないかも知れない。

うにゃうにゃ…と考えたことを全部書いたら論文になりそうなのでやめます。

それにしても、まともに研究発表みたいなのに参加するのは大学のゼミ以来で、楽しかったです。私ももっと勉強しなきゃなぁと。
私は議員としての活動を積んでそれを同時にちゃんと研究していけば、大学院にも行けるかしらと、また突飛な動きを始めそうな自分を感じております。

帰りは16時半の飛行機。山口に来てから調べてみたら、電車やバスを使ったら空港まで2時間以上かかることが判明してこの数日間で三度目の衝撃を受ける。
大会は16時までなので、少しでも長く参加するためにタクシーで移動することに。

タクシーのおじさんが切々と山口について語る。「なに!?観光をしなかったの?なんでまた…良いところがたくさんあるのに」と。

蛍がいるということ。中原中也や金子みすずの出身地だということ。いつの季節も美しく見える五重の塔があること。数年前に博覧会があって亀の形の可愛いドームがあること。古い県庁がすてきな建物で今も資料館になっていること。皇室の人が来たり小泉前首相も来たんだよ、ということ。
萩もあるし下関もあるし、見るところがいっぱいなんだと。
たくさん話してくれました。
おじさん、山口を愛しているんだなぁとしみじみ。

改めて、「地域」について考えました。東京に住んでる私は、こんなに熱く東京を語ることができるかしらと。

心から「今度はゆっくり山口を見に来ますね」と言いました。「案内してあげるからきっとおいで」というおじさんと別れ、私は無事帰って参りました。

タクシーのおじさんが話している間、着々と上がっていくメーターに、「こんなことなら無理して早い時間の便で安い券を買わなくても、結局かかった金額は同じだったんでは…」とひそかに四度目の衝撃を受けていたのですが、すてきな運転手さんに会えたから良しとしましょう。

そして今練馬に到着。ただいま。

コムスンについて

今までにニュースや新聞で得た情報と、それに対するコメントや社説等について、私が思ったことを書きます。


まずは「不正があった」という報道がされた時に「そうか!それは悪い!」とすぐに鵜呑みにする兆候が、世の中にはあるということ。具体的に何の不正が行われて、どう悪いのか、皆さん報道で理解されましたか?


これは、健康について扱う番組を見て例えば「バナナが体に良い」と聞いたら、「そうかバナナは体に良いのか」と買いに走るのと同じ現象だと思います。具体的に何がどう体に良いのか、体のどの部位に対して良いのか、っていうとあんまりよく分からないんだけど「とにかく良いらしい」みたいな。


 


 私は元々、コムスンみたいな大きい会社ってどうなんだろうというのは思ったこともあり、(特にコムスンは、ジュリアナ東京みたいな経営なのか…?と思ったり ^_^;)


実際私が働いた事業所はもっと小さいところやNPOが多かった。だけど、特に24時間介護が必要な重度の病気の方の在宅生活を支援する仕事をしてみて、「福祉に株式会社なんか入ったらやっぱりダメじゃないか」という単純な話ではないということを感じました。


私の利用者さんだった人の中にもコムスンの24時間介護がなければ生活が成り立たなくなりそうな方がいらっしゃいますから、コムスンの問題が出たときに私はまずその人のことを考えました。


これは、コムスンという1つの会社の問題ではなくて、今の日本の福祉というところから考えなくてはならないと思います。


2000年に介護保険が始まったとき、今まで「恩恵」としてとらえられがちだった福祉がこれからは権利として認められるようになると言われました。自分で考えてサービスを選択し、自ら契約をして利用する制度。


死ぬときには、病院や施設ということが多かった。病気になったり介護が必要になると病院や施設に入らざるを得ず、家に帰りたいと思いながら死んでいく人も多かった。


介護は家族がするのが当然で、他人に頼らずに家族で支えるのがあるべき美しい家族像だと思われてきたから、役所にお願いをしてヘルパーさんに来てもらうのは恥ずかしいことだという考えがあった。だからあまりの大変さに家族全体がパンクしてもう病院や施設に預けざるを得ない疲弊した状態になってしまっていたのです。


本人はもちろんだけど、家族も、最期まで安心して自分らしく自分の住みたい家で生活していけるように支えていくことが必要なのではないか。自分の住みたい場所で最期を迎えたいと思うのは、恩恵を受けるということではなく当然の権利なのではないか。


40歳から保険料を払って、必要になったときには当然の権利としてサービスを利用し、利用料を払う。


在宅サービスは特に重視されていたものだったはずです。


・・・そんな素晴らしい理念が現実とは乖離していると分かったから、私は議員を目指したわけですが。


介護保険が始まって、ヘルパーの資格を取る人はすごく増えました。皆さんの身近なところにも「資格は持っているのよ」という方がいらっしゃるんじゃないでしょうか。


でも、「資格は持っているんだけどね」という人も多いのではないでしょうか。つまり、資格は取ったけど実際に働いてはいない人。


 


ヘルパーのお給料は、とても安いのです。そして多くの場合、利用者さんの家で働いている時間だけ給料が発生し、利用者さん宅から次の利用者さん宅までの移動時間は給料が発生しない。報告書類を作る時間も給料が発生しないということも多いのではないかと思います。


利用者さんが入院するなどでキャンセルになったら急に仕事がなくなるし、その分給料も減る。1日がきれいに仕事で埋まるわけではないので、たとえば9時から11時まで仕事をしたら間が中途半端にあいて次は13時から16時で、今日は終わり、というような。中途半端に時間があいたら合間に家に帰ることもできず、実質的には拘束時間になるわけですが、上のような場合は給料が発生するのは5時間分。拘束時間は7時間ですけれど。移動時間は給料にならないんだから、とっても交通の便が悪いところに行く場合でもその時間は給料は出ない。


私は上のような形ではなくて、常勤という形でやらせてもらえるところにしていたので、少し恵まれていると思います。(常勤にすると今度は単価が下がりましたが・・・)恵まれてるなあという状況でも、「おお!私、今結構給料良いな!」と思った最高額で月収16万くらい。ボーナスはないので年収200万くらい。これでもヘルパーの仕事をしている中では恵まれているほうだと思います。


 


だから、私くらいの年齢の人で福祉の道に行きたい人は在宅は無理。入所施設で働く場合が多い。入所施設だと、施設そのものに安定した介護保険収入があるので、職員さんもホームヘルパーよりは安定している。その分夜勤は一人で何十人も見なくてはいけないきつさがあって「こんな人間らしくないことをするために福祉をやりたかったわけじゃないのに」と燃え尽きる人も多いのですが。


在宅の利用者さんに対するヘルパーの仕事を続けられるのは、主婦の方が中心となる。


すると、夜勤はできない場合が多い。


在宅での生活を続けるときに、家族が「もう無理だ・・・」と思ってしまうのは夜間の介護でしょう。ゆっくり寝る間もない。いつまで続くんだろうか、と。


だけど夜勤ができるヘルパーさんはあんまりいない。


そこで頼るのは、大手のヘルパー派遣会社や、もともと家政婦紹介をやっていたような会社になります。


私が働いてたような小さなNPOは、やる気はあっても人手が足りない。大きな会社は、(コムスンでもその営業所の所長がどれだけ心温かいかによってまた対応が違うような印象はありましたが)時間帯を合わせられるヘルパーさんを探し出してくれたり、ヘルパー派遣以外の全体で収益がマイナスにならないように調整すればなんとかできるという柔軟さがあるのかなあという印象を持っています。


 


そうそう、ここまで書いて「なんで私はこんなにスラスラ書けるんだっけ」と考えてみたら、私は昨年、NPOで働いていたときに23区内のヘルパー事業所にほぼ全部電話して「24時間の介護をやってますか?」というアンケートをしたのでした。


「大丈夫ですよ、相談に乗りますよ」と答えてくれたのは、大体コムスンだった。


ほかの事業所はたいてい、やってあげたい気持ちがあっても人手がないという。小さいところでもなんとかがんばっているのは、障害を持ったお子さんのお母さんたちが立ち上げて気力でなんとか必死でやっているようなところだったりで、まったく収益のある事業として成り立っていないことが多かった。


今回、不正があったというけれど、単純に書類の不備、みたいなのもあると思います。それは、上に書いたように書類の整理をしても収入にはならないから、どうしても他にやるべきことに手をとられてしまうというところもあるのです。(ただ、書類を軽視する悪い癖は、福祉の世界は多い気はしていますが・・・。)


 


これが今の在宅介護の現状なわけです。


「コムスンが営業をやめる場合、コムスンの関連会社に渡すのはけしからん。ほかの会社を探せ」というのは、理屈としてはもっともですが、じゃあそういう会社が他にあるかどうかを調べて教えてくださいな、というところだと思います。


なぜ、こんなに在宅福祉サービスが疲弊しているのか。それをまずもう一度チェックする必要があると思います。


去年の介護保険改正で、今までヘルパーを使っていたのに急に「この人は介護の度合いが軽いだろうから時間数もこんなに要らないし、1時間あたりの単価も下げよう」という例がたくさんある。それは「介護予防重視」という言葉で片付けられてしまっている。介護がまだ必要じゃなさそうなのにヘルパーをそんなに使っちゃだめだよ、という言葉で。


それは利用者さん本人にもきついことだけど、事業所の経営をさらに圧迫している。


 


それから、安定した収入を見込める「おいしいところ」は、外郭団体系の団体が持っていっているという部分もあります。これもまた細かく書きたいような気もしますが、いっぺんに書いたらわけが分からなくなりそうなのでとりあえずここで止めておきます。


だから、株式会社だから悪い、とかではないと思います。制度そのもののゆがみの結果が出ただけだと思います。


これからどうなっていくのか、とても心配ですが、とにかく利用者さんと、大変な中がんばってきたヘルパーさんたちの環境が激変しないことが最重要だと思います。


 


さて、私は明日とあさって、山口県で行われる地域福祉学会の大会に参加してまいります。


またそのご報告もしたいと思っています。

待つということ

議会が始まると、「会派」を作ります。私の所属している会派は「民主党練馬クラブ」。民主党公認で選挙を戦った8名と、民主党推薦で無所属の浅沼さん、計9名で成り立っています。


練馬区では3名以上で会派を作ると、会派同士の色々な決定の話し合いに参加できるという決まりがあるそうです。1名で会派を作っている方もいらっしゃるけど、その方々には直接参加できない会議も出てきてしまう。会派ごとの名簿はこちら


例えば今は「人事」。


会派ができたら、それぞれが「幹事長」を決めます。会派同士の話しあいは、幹事長が集まって行います。


「人事」というのは、委員会ができたらどこの会派の誰が委員長になるか、会派ごとにいくつ委員長などの役職を取ることができるか、などを決めることのようです。とりあえず今日はそんな感じでした。


・・・そういえば小学校の時にもやりましたね。私の時は、放送委員とか人気ありましたね(笑)委員会と係っていうのがあったなあ。何か違いがあった気がするけど、なんだっただろう。


 


・・・小学校の話はともかく、今日は幹事長が集まって会議をし、それを会派の控え室に戻って報告してくださる、というのが延々と一日中続きました。つまり、幹事長以外の人は、幹事長から報告されてる時間以外はひたすら待機。


待機時間には私は今までお会いした方について考える作業をしていました。今後もご報告に漏れがないように整理する作業です。ホームページを読んでくださったり、駅頭でお会いする方には選挙後の私のことを報告できていますが、それ以外にもちゃんと伝わるように整理する作業をしています。議会が終わった時には、万遍なくご報告を配布できることを目標に。


朝からひたすらエクセルに向かって、今までの整理の内容を入力。一生懸命やりすぎたら午後3時頃に頭がクラクラ。


福祉関係の研修機関でバイトをしてた時なんか、朝の9時から17時くらいまでずーっとエクセルで名簿を入力してるなんて全然平気で、その後夜間の学校に行ってるくらいだったのですが、今日に限ってはヨレヨレになったのはなんでかなあと考えました。


この1年くらいは、選挙の準備のために肉体労働が多くて、事務作業をじっくりやるのは久しぶりだったから頭が慣れていなくて疲れたというのもあると思いますが、それ以外に「待つ」という特殊性があったのかも知れないと思います。


待つ時間が大半でほとんど事務作業をしていたとはいえ、今日は一応、幹事長がお話してくれている時間以外は「待機時間」。いつも心のどこかで何かを待っている状態で仕事をしている。今日は朝から晩まで思う存分名簿を入力するぞーと思っているのとは多少違う。


受身である「受動」と主体的である「能動」の違いかなと。今日の私の心はどこかでずっと受動だったような。


怪我をするとき、自分で転んでした怪我よりも、誰かがぶつかってきて転ばされた怪我は痛く感じる、なんて話を聞いたことがあります。


私の作業はどっちみちいつかはどこかでやらなくてはいけない作業なんだから、せっかく時間ができたらどんどんやれば良いんだけど、どこかで「待っていなくちゃ」という心が生じるから疲れるのかなと。


「待つ」というのは受動の行為なんだなあと。


そう思うと、古くから「待つ女性」というのが美しく描かれる理由がふと分かった気がしました。古い古い、万葉集の時代から、「待つ」と「松」をかけた歌が詠まれたり、戦争で母親や妻が男性を待つ姿が美しく表現されたり。「待つ」という行為は美しく描かれることが多い。それは、「受動」が美しいと思われる文化が日本にあるからかもしれない。特に女性は。前のブログに書いた、ジェンダーの話につながります。


それにしても、幹事長の打ち合わせは、30分やると1時間休憩、みたいな感じでした。幹事長の会議をさらに取りまとめている人にとっては、そのくらい時間に余裕がないととりまとめが難しいなんていうのがあるのかなあ、と百歩譲って思ってみたりもしますが、やっぱよく分からないですね、議会って・・・。

定例会が始まりましたが・・・

先日予告した、助成金の公開審査のことと川田とらおさんの会について、書きたいと思っているんですが、書くためにはちょっと自分が勉強しないと書けないなと思ってまして、しばらくお待ちください・・・。


今日から議会の定例会が始まりましたので、取り急ぎご報告を・・・。


13時から定例会の会議が始まるということで、民主党の会派は11時に集合。しばらく打ち合わせをしたあと、休憩・・・。


練馬区議会はまだまったく人事が決まっていないので、議長の代わりに年長議員さんが取り仕切り、開始。


「今回の議会の日程は、6月5日から27日の予定ですが、異議はありますか?


・・・無いようなので、会議を終わります。」


・・・。


とりあえず新人議員は「!!??」という面持ちで会派の控え室に帰りました。。


民主党の会派はその後3時間くらいは会議をしましたが。


 


5月30日は自己紹介をして終わり、今日は日程を決めて終わり。・・・明日から今週いっぱいは朝から夜まで人事の話し合いになるそうですが。


今、これを書いていて、ふと「一週間」という歌を思い出しました。「月曜日にお風呂を焚いて 火曜日にお風呂に入り 水曜日に友達が来て 木曜日に送っていった 金曜日は糸巻きもせず 土曜日はおしゃべりばかり」というやつ・・・。


うーん・・・。とりあえず普通の感覚からいったら今のところちょっと納得できない進行が多い気がするんですが。とにかく、少しずつでも当たり前の感覚の仕事ができるようになることを目指して、頑張っていくしかないですね。


まだ私は議員になって1週間弱ですから、とりあえず今はありのままを受け容れる。。前のブログで書いたように、ありのままとあるがままは違うから、ほんとは受け容れちゃいけないと思いますが。ありのままは、このままじゃいけないのに、まあ良いか、みたいな状態のことですからね…。


ちょっとずつ、頑張ります。


頑張る力をいただくために、ぜひ多くの区民の方が実際に議会に傍聴に来ていただけると良いんだと思います。


近々カレンダーのページを作って、予定を公表したいと思っています。とりあえず練馬区議会のホームページのカレンダーをリンクします。(こちら)来週のはじめまでは人事関係のことが多いようなので、水・木・金の一般質問あたりで見に来ていただけると良いと思います。


ちなみに今回は民主党の新人の仲間の土屋均さんが質問します。


・・・元々、結構毒のあることを言う人間でして、選挙の前はそれでも抑えていたのですが、解き放たれたのでここのところ好き放題書いていますが・・・。


ここのところ、思いがけない人から「よく読んでいるよ」と言われるのでちょっとドキッとしております。人の批判ばかりにならないように、自分もよく勉強してよく働くということと、毒を吐きすぎて次回の選挙で落ちるのに備えて、介護福祉士の資格を取る準備もしようかと思っているところです・・・

今日の活動

盛りだくさんだったので、ボツボツ報告します。


今日は女性センターのイベント参加と、福祉のまちづくりの助成について公開審査と、日高市議川田とらおさんの仲間たちの飲み会に参加したのですが、今日はとりあえず最初のひとつだけ紹介します。


 今日と明日、石神井にある女性センターのフェスティバルがあるということで出かけました。どんな感じか分からないからとにかく行ってみようと出かけて、気づいたらワークショップ(注※一方的に講義を受けるのではなくて、受講者が一緒になって主体的に参加する形態。今回は3,4人のグループに分かれて話し合いをしました。3月に私がやった意見交換会もワークショップ形式でした。)に参加していたのですが(^_^;)


 「そんな、気づいたら間違えてワークショップに参加していたなんてバカな話はないだろう」と川田とらおさんに指摘されましたが、とにかく参加していたのです… 私がやりたい内容と「議員」のイメージがあまりにかけ離れているので、そうやって区民の方と交流するときどう名乗って良いか悩んでしまうのですが。つい「介護の仕事してます」と言ってから自責の念に駆られていますけれど。 どうしましょう。議員ですって名乗ったら良いんでしょうか。


練馬区の民主党は議員バッジはできるだけつけて、「いつでも相談に乗るから声かけてね」という目印にしてるんだと先輩議員に教えてもらいました。なるほどそういう考えもあるかと納得。でも個人的にはバッジつけて歩くのは嫌いなんですけど(^_^;) 議員です、を言うと相手に本音を語りにくくしてしまう難しさと、黙っている弊害と、どうしたもんでしょうね。


女性センターとか、ジェンダー(注※生物学的な性ではなく、社会的な性のこと。例えば、「女の人は家にいて家事をやる」など、生物学的には特に根拠があるわけではないのに、その社会・文化の中で位置づけられている性)の話って、社会福祉士としてはよく耳にするんですが実感としていまいちピンと来てないんです。


私が独身で子どももいないせいかも知れませんが。 私は中学から女子校だったし、大学でも女子のサークルだったし、福祉の仕事は女性が多いし、私が女性の不便さや制限を感じる機会がなかったのだと思います。


女だからこそいやな思いをしたり不愉快な気持ちになったり危険な目に遭うんだってことは選挙にでることになってから分かりましたから(笑)


私の選挙のあった統一地方選のときにも、民主党で「女性議員のためのイベント」みたいなのがあったんですが、「ん?まあ、男性なのか女性なのかといわれたら女性だけど・・・」みたいな気持ちでした。男か女か2つに1つで、たまたま女だったという以外のものではなく、他の女性議員と私自身を比べてみて女であること以外に何か共通点があるわけでもなく、「うーん???」みたいな…。民主党に限らず、女性のためのなんとか、ってのはよくありますけどね。新聞記事でも「女性が働くとは」みたいな特集があることもあるし。でも私は、女性だけど頑張って戦って社会にいるんだ、と思ったことは一度もなく、やりたいことをやっているだけなので、いまいちぴんと来ないのです。


女だからってお茶を入れるなんてことは必要なくて、それは気づいた人がやれば良いんだよと言ってくれた鮫島宗明さんが私は好きだったし、普通は女性的と言われるきめ細かな温かい気遣いが一番すてきなのは小川敏夫さんだし…良いじゃないですかね、それが一番。


まあ私がぱっとお茶を入れる気がきかない言い訳でもありますが。 結婚して子どもを生んだら実感として色々思うのかもしれないけど、今のところ女でいることに不便は感じないからよく分からないんです。どなたか教えてください。

自殺について

松岡農水相が自殺したことについて、少し遅くなりましたが、思ったことを書きます。


以前予告したように、政治という視点ではなくて、私の思ったところで。


黒い闇があるというのは、私には分かりません。あるのかもしれないし無いのかも知れない。少なくとも区議会レベルならば、そんなに闇だとも思えないようなところが疑心暗鬼で闇だと噂されてるようなこともあって、人の心は分からないものですので。


芥川龍之介の小説に「奉教人の死」というのがあります。ずーっと男性として描かれていた主人公が最後の最後に死を遂げた時点で女性と判明する。私が大学時代に一番好きな授業をしていた白百合大学の高橋博史先生は言いました。「人は、自分に見えていない部分が実は真実なのではないかと疑うところがある」と。


例えば私が酔っ払って道で寝ていたとする。私が選挙に出る準備を始めた後に知り合った人がそれを見たら「かとうぎさんって、普段は真面目そうだけど、実はただの酒飲みらしい」と判断するかもしれない。


一方で、学生時代にいつもお酒を飲んで馬鹿話をしている私しか知らない友達が、私が選挙に出ると聞いたら「桜子ちゃんって、ただの酒飲みかと思っていたけど、実は選挙に出る真面目な人だったらしい」と判断するかもしれない。


人は、自分の知っている部分ではない別の顔が真実だと思うところがあるのではないか。「奉教人の死」の終盤を読んだとき、多くの読者は自分が今まで見えていなかった主人公の裏の顔を真実と思いたがるのではないかと。


だけど、どちらが真実でどちらが偽りというわけでもない。酒飲みの私も本当の私、選挙に出た私も本当の私、というのが実際のところです(←!?)


だから、松岡さんが本当は黒いところがあるのか、実際はもっと単純な話なのか、それは結局、本人にしか分からないことだと思います。


 


でも、何はともあれ、とにかく私が今回一番感じたのは、何があったって、死ななくたって良いじゃないか、ということでした。その部分に、とても痛みを感じました。


今、日本の自殺者は年間3万人です。7割が男性だとか。動機は健康問題と経済問題が多いらしい。


今日、地域の方とも話していたのですが、「死んでしまおう」と思ってしまうのは、うつ状態にあるからなんだろうねと。


私も、人生の節目節目で辛いことがあったとき、自分の存在が否定されたように感じたとき、「死んでしまったほうが楽なんじゃないかな」と思ったこともあります。例えば、真剣に看病をした母親が死んでしまって、「なんだ、一生懸命やったって結局ダメなのか」と思ったとき。


けれど、なんだかんだで今も元気に生きています。とにかく生きてみようと思うか、死んじゃえと思うか、というところは、紙一重な気がします。


だから、自殺者が3万人ということも、松岡さんの死も、「命の尊さを云々」という一般論としてではなくて、死んでしまった方が良いと思ってしまう気持ちが分かる者として「でも死なないでよ」と言いたい、悔しい気持ちになりました。


仕事の関係で死を選ぶ人は、特に男の人には多い気がしますが、どうでしょうか。死ぬかどうかは別として、仕事と自分自身がほとんどイコールという男性は多い気がします。


ワークライフバランス(注※仕事と自分の生活をバランスよく両立すること。少子化対策と連動して最近よく言われています。)ということを、子育て支援の面だけでなく自殺予防の面からも考えていかなくてはいけないのではないでしょうか。「もう死にたい」と思ってからいくら何を言われても止めることはできません。死にたいと思う前に、バランスのある心を保たなくてはいけません。


松岡さんは生れ落ちた瞬間に大臣だったわけではなく、農林水産のために生きて死んでいってもらうためにお母さんは松岡さんを育てたわけではないでしょう。一人の人が人生を送るには、多くの人の愛が関わっています。


だから、松岡さんの死に伴う周りの人の心の痛みを想像すると、心がチクチクと痛みました。


悪いことをしたなら、生きてきちんと清算すれば良いと思うのは、まだまだ私が若輩者だからでしょうか。死ぬことで清算しないでほしいです。


 


 


私は国文学出身ですが、文学者も多く自殺しています。先にも出した芥川龍之介のほか、川端康成、太宰治などなど。


でも私は、痛みの中でも生き続けた森鴎外が好きです。


森鴎外が、源義経の愛人・静について書いた「静」という戯曲があります。


静のお腹には義経の子どもがいた。でも、義経は頼朝に敵視されていて、静は頼朝側に捉えられた中で出産し、男の子だからという理由で産まれた途端に子どもを殺されてしまう。そんな静の心境を描いた戯曲の中で、こんな描写があります。


静と、頼朝の家来・安達の会話です。


(現代仮名遣いに変えてます)


 


静:思うお方(=義経)には別れてしまう。そのお方がまた世に出ていらっしゃるということは、まず覚束ないのでございますね。それにおめおめと生きながらえていますでしょう。そしてこちら(=頼朝側)へ引かれて参って、お化粧をして、衣装を着飾って、舞を舞ったり、歌ったりしますでしょう。それもまあいいとして、女の子なら助けてやる、男の子なら殺すと仰った、その赤さんが男の子で、それを殺されてしまったのに、まだおめおめとこうしています。死んでしまいも致しません。尼法師にもなりません。人間らしい考えがないといって、人様を責めるには、それより先に自分で自分を責めなくてはなりますまい。まあ、そうしたものではございますまいか。


安達: なるほど、それはそんなものだ。しかし、ね、静さん、その美しい黒髪をあなたが切らずにおおきなさるのも、わたしなんぞの目から見れば、不思議なことはないのです、わたしなんぞの心には、そのあなたの心持が好く分かっているのです。(静微笑む。)侍の意気地では、切死をするのもいい。腹を切って死ぬるもいい。しかし命を惜しみさえしなければ、死ななくても好いのです。それも再び世に出たい、身を立てたいと思うのを目当てにしてながらえているのがいいというのではありません。目当てなんぞはなくてもいい。一度火に当てれば、壊れてしまう器もある。百年割れない器もある。喜怒哀楽の火の中を、大股に歩いて行く人もあっていい筈です。男には限りません。女だってそうじゃあありませんか。貴い玉は多くは出ない。優れた人物も同じことです。あなたなんぞが尼になったり、自害をしたりしないのは、実に頼もしいというものです。


他人からどう言われようとも、実際に行動そのもの批判されることであろうとも、死ぬことでは何も解決しない。死なないで償うことを考えることが重要だし、死ぬことで人生を狂わされる人が自分の周りにいるはずだということも忘れてはいけないと思います。

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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