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それぞれ成長速度は異なる

朝の駅でのチラシを見て、感想をメールでくださった方が、「福祉の仕事をしていたってこと、HPで知りました」と書いてくださいました。


あー、そうなんだーとしみじみ。私の中では、議員であることよりも前に社会福祉士で、ヘルパーの仕事をしてました、と名乗る方がしっくりくるので、当然皆さんそう認識しているんだろうと思っていたのですが。でも選挙が終わった後に私を知った人にとっては、私はただ「議員」なんですねえ・・・。そう考えると、チラシには必ず経歴と主張を書いておかなくては区民の皆さんには分かりにくいんだな、ということにふと気づきました。


・・・以上、いただいたご意見によって得た私の感想です。ですのでとりあえずここで一言・・・私は社会福祉士で4年間ヘルパーをやっていて、その結果議員になりました。


 


今日は、以前からの友人の紹介で、子育て支援の勉強会に渋谷へ行ってきました。


自閉症とかADHD、LDなど、最近結構話題になりますが、支援の必要な子ども達に対する子育てについて、お母さんからの体験談、保育士さんやお医者さんからの意見が聞けるシンポジウムでした。


社会的にはだいぶ理解が進んできたものの、いざ自分の身近なところに障害のある子がいるとなると、なかなか理解してもらいづらい・・・そんなことを感じました。


私が福祉の学校に行っている時から子育て支援というと必ずお名前を聞いていた、三鷹市の職員の佐伯さんがお話をされていた。障害を持った子の親同士が話している中でさえも「うちの子はあの子よりは障害が軽いからまだ幸せだわ」という会話を聞いてショックを受けたと。それで、「そういう考えは持たないでほしい」と話したとおっしゃいました。「どの子も、成長の速度は違っていて、その子なりに成長しているんです。それを認めてあげてね」と。


今の社会の中で子育ての大変さは、障害があってもなくても同じくらい大変なんだと思います。それって、「子育てが大変」なんではなくて、さらには「大人が生きるのも大変な社会」ということなんだと思います。


上のような会話って、大人同士でもありますから。


私がデイサービスで働いていた時、軽度の認知症の人が重度の認知症の人を見て「あんな風になってまで生きたくないわ」という場面にしょっちゅう出くわしました。そんなこと言われても、私はどう答えて良いんだろうかと思った。なんでそんなことを言うんだろうと腹も立った。


今大泉で起きているホームレスの施設の問題の中で区民の方から「ホームレスなんて怠け者がなるんだから、一生懸命働いてきた自分達と同じような生活をするために税金が使われるなんて許せない」という人が、残念ながらいます。さすがにこれは「はい、そうですか」というわけにはいきませんから「それは違いますよ」とちょっとは説明していますが、結構その意見を聞いたときに私の心の中は腹が立っています(苦笑)


 


上のような例をいくつか挙げた理由は、差別する側も差別される側も、両方とも生きる権利を持っている、という難しさを感じるからです。


例えば保育園で障害児を差別する人たちも保育園の利用者だし、障害児も利用者。デイサービスの中では軽度でも重度でも利用者。私にとってはホームレスの権利も区民の権利も同じように大事。


そんな関係にも関わらず、差別・被差別になってしまう難しさ、息苦しさ。


それにどう対処すれば良いのか。特に福祉職や、行政や、私のような議員といった、公平・中立であるべき立場の人は・・・。


それに対して、講師の皆さんが「それは、障害があるかないかに関わらず、人の成長の速度はそれぞれ違うんだから、みんなそれぞれ頑張ってるんだよ、って理解し合うことではないか」とおっしゃっていました。


最近よく言われる、「みんな違っても良いじゃないか」ということ、言葉だけがしょっちゅう言われて意味そのものが浸透しないうちに陳腐になってしまっている感じがしますが、そのことなんだろうなと思います。


成長は一生涯続くものだとしたら、一生の速度は人によってそれぞれ異なるということにもなりますからね。


当たり前だけど見失いやすい、「みんな違うけれど、みんなそれぞれ個性的で、頑張っていて、だから認め合って支えあうことが必要だね」ということを、常に訴えていかなくてはならないと思いました。


 


かとうぎ桜子を育てる会

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大井競馬場

今お配りしている会派レポートにも載せている「8月2日の会派視察」について、ブログではまた違った視点でご報告します。


8月2日、会派視察に行きました。


場所は、大井競馬場。


区の会派控え室にいるときに、職員さんから競馬場の案内を渡されたのです。


一体なんでだろうと思っていましたら―23区は共同で競馬場を運営しているから、私たちにも案内が来るようなんですね。


区が関わっているってことは、収入や支出にも関わってくるわけです。それじゃあ実際の現場を見ておいたほうが良いんじゃないか、ということで、8月2日、みんなで出かけました。


ちょうど前の日だったかに、ラジオでも「最近の競馬場はきれいで、若い人も行きやすくて、デートスポットにもなっています。」なんてことを言っていたので、どんなもんだろうかと思いつつ。


前から何度か書いていますが、私は小さい頃からあちこち転々としてますので、府中競馬場の近くに住んでいたこともありました。毎日のように競馬場の前を通っていたけれど中には入ったことはなかった。まあ、当時は中学生だったので行ったことがないのは当たり前なのですが(^^;)。夏に競馬場で花火をやるので、家から見えるという利点はありましたが・・・。


そんなことを考えながら、出かけました。


ちょうど私の父が体調を崩していて、病院に見舞って、私だけ少し遅れて競馬場に行く。先輩の菅田誠さんから電話で道順を教えてもらいながら会場へ向かう。「事前に渡してある入場券を見せれば大丈夫だから、入っておいで」と菅田さん。


 


入り口では警備員のおじさんが立っている。


入場券をおじさんに見せ、「あのー、これなんですけど・・・」と聞く。


挙動不審な20代女性を怪訝に思うようなおじさん。「ふむ。一体、どうしたんだい?」


私「えーと、これで中に入れると言われたんですが。」


おじさん「ふーむ。・・・もう少し中にも係の人がいるから、もう一回聞いてごらん」


 


そしてヒョコヒョコと中に入る。駐車場のようなところを通り抜ける間も、警備員のおじさんなんかが「やあこんにちは」とひょいと手を挙げている。「あ、どうもどうも、お邪魔します」と言いながらソワソワと中へ入っていく。


また門が見えてくる。ここで聞けば良いんだな。


警備員のおじさん「やあ、こんにちは。どうした?」


私「あの、これを持ってきたんです(と入場券を見せる)」


おじさん「ふーん、バイトさんかい?」


私「えーと、バイトではないんです。ええと・・・練馬区から来たんですが・・・仲間が中で待ってるんですけど」


おじさん「ほほう!仲間が中にいるのかい。へー!まあいいや、中にお姉さんがいるから、そこで聞いてごらん」


 


若干会話の食い違いを感じつつも、無事仲間のもとへ到着しました(^^;


 


たしかに、中はきれいだった。


私達が行ったところは、多分特に新しく作ったところなんだと思います。


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ガラス張りでピカピカしている。指定席というのがあって、中に座ってじっくり観戦できるようになっている。


これがデートスポットにできるって場所かしら。。。


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夜になるとライトアップもされて、確かにきれいではある。


うーん、でも、デートしてそうな感じの人は・・・いたかなあ・・・?


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ガラス張りの建物以外はどうなっているのかしら、と地上に降りて歩き回ってみると、日焼けしたおじさんたちがどれを買うかと真剣に考えている様子。屋台が並んで、バイトであろうお姉さん達が「たこ焼きはいかがですか?」なんて呼び込みをしている。


おじさんたちはビールを飲みながら次の勝負について考え、ヒョコヒョコ歩いている私をチラッと横目で眺める。


競馬に関する事業報告によると、今の収支はとんとんくらい。つまり、収益は上がっていない様子。


特に減っているのは、実際に来て見る人の数。場外なんかで買う人はそこそこいるけれど、見に来る人が減っているみたい。


だから、若者のデートスポットという開拓をしようとしたんでしょう。


でも、どうなんだろうな。場所によって、一番しっくり来る形ってそれぞれだと思うんだけど。


競馬場に「なんとかヒルズ」みたいな建物を建てても、あまり意味はないように思います。


むしろ、今、昭和を思い起こさせるような建物っていうのも人気がありますよね。おじさんたちが集まる場所には、おじさんたちがほっとできるような建物を作れば良いのになという印象。


それが、他の世代にも好感をもたれるようにする方法ってあると思います。…衛生的で、食べ物がおいしければそれだけで人気は出るようにできると思いますが。。


 


ところでそもそもなんで競馬という公営ギャンブルが、区の事業になるんだろうか。


福祉のことであってもホームレスだとか精神障害だとか依然差別のある問題はなかなか前に進まないというのに、ギャンブルという分野が公的と認められたのはなんでだろうかという疑問です。


元々は、収益が区の事業の予算に還元されるからだろう、と先輩が説明してくれた。


でも、それだけで良いのかなあと思う。


ギャンブルにはまってしまう人がいるのは、勝つときもあれば負けるときもある、その規則が不定期で、「絶対」ということがないから「次こそは勝つだろう」と思えてしまうことにあると、心理学の授業で習ったことがあります。そんな、一種麻薬のような性質のものを、「収益になるから」というだけで公的な事業と認めて良いんだろうかと思うわけです。


「公」でやるならば、もっと利用者の視点を持つべきではないかと。


 


どうやら競馬場の顔なじみであるらしいおじさんが、売店で「ビールをちょうだい」と言う。売店のお姉さん達は「あら、もう飲んじゃうの?」と答える。「この前は『勝つまでは飲まないぞ!』って言ってたじゃない。まだ勝ってないんでしょ?それなのに飲んじゃうの?」と。


おじさんは照れくさそうに「良いんだ良いんだ、飲んで、それでまた頑張るんだ」と答える。


売店のお姉さんは「あらー。じゃ、きっと勝ってね!」と声をかけてビールを渡す。


日に焼けた顔に、笑みを浮かべるおじさん。


 


今、日本全体、高齢化が進んでいます。女性は高齢になっても地域社会に出て、いきいきと自分のやりたいことをやっている。一方で男性は仕事を辞めるとどうして良いか分からない人が多い。デイサービスでも、女性は周りに合わせておしゃべりを楽しむことができるけど、男性は何をやって良いか分からないからデイサービスにはあまり行きたがらないらしい。


私が働いていたデイサービスでは男性のボランティアさんに来てもらって囲碁や将棋をやっていたから、男性も比較的来られていたみたいです。そういったゲームだったり、中にはギャンブルみたいなことを試みているデイサービスもあるとか。


本来良くない、とかいうことで留まるんじゃなくて、今ある公的介護サービスでは生きがいを感じられない人の受け皿の一つとして、競馬場を捉えていく方法もあるんではないかなと思います。せっかく公的にやっているんだから。そういうことを考える方が、若者のデートスポットにするよりもよっぽど公益性が高いし、長続きするんじゃないかな。


 


かとうぎ桜子を育てる会

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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