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成人式

今日は成人の日。
議員は来賓で参加できるので、初めて行ってみました。

私はあと3ヶ月ほどで28歳になるので、さすがにもう新成人には見えないだろうなあと思いつつ(^^;

行ってみて、新成人を見てみたら、同じくらいの世代だというよりも、なんとなく「教え子」という感じがしました。

教育実習で教えたり、ゲストスピーカーでお話をした学生さんたちと同じくらいの年代が新成人だからだと思います。

私が教育実習に行った年(私が大学4年の時)には中学3年だった子達が今年成人する計算です。
うむ、そう考えると、同じ20代とはいえ、同年代と呼んでいいものかどうか・・・(^^;


「成人の日を迎え、大人になったという自覚と責任を持ってください」という来賓の挨拶。
ふむふむ・・・と思いつつも、何かしっくりこないモヤモヤが私の胸によぎりました。
大人としての自覚を持つこと、責任を持つこと、それは当然のことなのに、なぜモヤモヤするのかしらん。

・・・尾崎豊が好きだからかな・・・
いや、そういうことではないなあ・・・(笑)

来賓席に座ってぼんやりと考えていました。

そして考えつきました。
「大人の自覚を持つ」ためには、そもそも大人とは何なのか、を知らなくてはいけないと思います。
どういう風にすることが「大人」で、どういうことをしてしまったら「大人としての自覚が足りない」のか。定義がなければ分からないから、私の気持ちはモヤモヤしたのでした。


決められたルールを守ることが、「大人」なのかな。

例えば、「ポイ捨てはやめよう」というようなことは、分かりやすいルールだから、守らない人は非難されるでしょう。
でももう少し複雑なルールだったら?

ハンセン病の人たちを隔離してきた「らい予防法」は、1996年までありました。
実際には、もっと何十年も前から完治する病気になっていたのに、差別意識から、たった10年前まで法律を見直さないまま来たのです。
そんな悪法であっても、ルールはルールだ。

誰が苦しんでいようと、悲しんでいようと、ルールで決まっているから守るのが「大人」なのかな?と考えた時、「ルールを守ることが大人」という言葉が疑問に思えてきませんか。

ときには、今あるルールに疑問を呈して、弱い人を守るため、社会を変えるために闘わなくてはいけないときがあるはず。
そうやって闘っている人は、「大人」なのか、「大人らしくない」のか。


それが分からないから、私の心はモヤモヤしたのでした。


大人らしくなるって、具体的にはどういうことなんでしょう。
ご存知の方は教えてください。



私が、もう大人として生きていかなくてはいけないんだと覚悟したのは、母が亡くなったときだったと思います。ちょうど私が20歳になる年でしたが。
今まで守ってくれていたものがなくなって、社会の意地悪さや汚さの中にぽんと放り込まれたような状態でした。
多くの人が、「しっかりして生きなくちゃ」と思うのは、20歳という年の節目よりも、一人暮らしをするときだったり、就職する時―社会に放り込まれるときなのではないかしら。

意地悪な「オトナ」もたくさんいます。そんな人に出会っても、心を折らず、卑屈にならず、媚びることなく自分の信念をそのまま信じて、のびのびと愉快に生きていければ良いのではないかと、私は思います。

※かとうぎ桜子を育てる会のホームページは
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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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