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同窓会

昨日は、高校3年生のときのクラスの同窓会がありました。
高校3年生の時から、もうすぐ10年が経つのですが。

私は、調布市にある桐朋女子という学校に、中学から通っていました。
多摩市で市議会議員をやっている、岩永ひさかさんという方も、私より3,4歳年上ですが桐朋の出身です。


桐朋女子は、受験からユニークな学校で。

今は少し受験システムも変わったようですが、私が受験をした頃は、文系の問題と理系の問題を2日間に分けて受験がありました。

まずは時間をかけて問題の説明をされる。私のときは、たしか、「なんで冬になると窓に結露が出るのか」という問題だったような記憶。

それで、説明を聞いた後に答えを考える。すると、面接室に呼ばれ、2人の先生の前で「なんでこの答えを導いたのか」を話す。

必ずしも正答が導けていなくても、説明を聞いたうえで自分の頭であれこれ考えて導いた答えであればそれで構わない、という感じでした。

最初の答えが間違っていても、面接のときに再び考え、なぜ間違ってしまったのかを考えることができれば良い、というような趣旨の試験でした。

とにかく、わけもなく公式を覚えたり、マニュアル的な答えをするのではなくて、人の話を聞いて自分の頭で考えられるかどうかを見る、ということで、説明にも面接にもとても時間をかけていて、だから2日間にも及ぶ試験だった。


受験からユニークだけど、学校生活もユニークだった。
体育祭がとても活発で。リレーなんかが一生懸命なのはどこも同じだと思うけど、玉入れ・綱引きも命がけだし、2人3脚は全力疾走だし。応援合戦もすごかった。
生徒達はまるで何かにとりつかれたように年中行事に取り組むのですが、先生はほとんど口をはさまない。どちらかというと、「あら、今年も頑張っているのね。大変ねえ」と言うくらいなもので、でも当日だけは黒子に徹して色々手伝ってくださっていた。
卒業式は、記憶では、生徒達で準備はしてなかったような気がするけど、でも「君が代」も「仰げば尊し」も歌わなかったなあ。
たしか、「仰げば尊し」についてはどなただったか先生が、「卒業して何年も経って、大人になって思い出して、実感として『ああ、先生の存在は、ありがたかったなあ』と振り返ってもらえるならば嬉しいけれど、教師が準備して「仰げば尊し」を歌ってもらうなんて、おかしい」と言っていたような、いなかったような・・・。


たしかに、先生の愛情に気づいてありがたく思うようになったのは、社会の中に放り込まれていろんな人と出会ったり嫌な思いもしたりした、ほんのこの数年かもしれません。



体育祭の他にも、文化祭も、合唱コンクールも命がけでした(^^;

高校3年生は、大学受験の年であるにも関わらず、10月にある文化祭で演劇をやる風習がありました。優秀作品には賞がもらえるので、みんなその賞を目標に頑張る。

私はどちらかというと、若干シラッとした子どもだったので、そこまで行事に打ち込むこともなかったのですが、高校3年の劇では「舞台監督をやってね」とクラスの子に言われました。

おそらく、前のほうに座ってシラッとした顔をしていた私を見て、学級委員の子がコーディネート力を発揮してくれたのでしょう。

そのコーディネートの力にしっかり巻き込まれて、高3の劇は私もずいぶん一生懸命にやりました。

「皿屋敷」をモチーフにしたような劇だったのですが、夏休みにせっせと学校に通い、黙々と井戸の大道具を作った思い出があります。
テレビでは、同じ年齢の松坂大輔君が、甲子園で戦っていました。

クラスもひとつのコミュニティですね。
舞台で役を持っていて、元気いっぱいにやっている子もいる。あまり目立つのが好きではなくて、でも手先が器用で小道具を丁寧に作ってくれる子もいる。
受験にかなり力を入れていて、なかなかクラス行事に関われないと苦悩している子。
「受験なんて皆同じなのに、あの子は協力的じゃない」と怒る子。

表舞台に立たなくても、それぞれが色々なことを思いながら取り組んでいる。
かかわりを持てる時間数に関係なく、クラス全員が「このクラスが好きだ」と思えるようなイベントにしたいと、思ったのでした。

そしてわがクラスの劇は、賞は逃したものの、アンケートによって「もう一度見たい劇」として選ばれて、アンコール上演ができたのでした。


あれが、私が人と人のつながり作りに興味を持った最初のきっかけだったかもしれません。



昨日はそのクラスの同窓会。
言いたいことを言い、やりたいことをやってイキイキしていたクラスメートたちが、10年経ってどうなっているかしら。ヨレヨレになっているかしら。ドキドキしながら出かけましたが、みんなまったく変わらなかった(^^;

社会に出てもみんな、自由に生きてるみたいでした。


私の人格や考えを形作った学校だったなとしみじみ思いました。

※かとうぎ桜子を育てる会のホームページは
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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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