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本の紹介―「償い」

何日か前の新聞に載っていた、小説の広告にふと目が留まりました。
「償い」というタイトルの、ミステリ小説。
ホームレスになった男性が、行き着いた街で、高齢者、障害者という弱い立場の人が殺される事件に遭遇する。事件に関心を持つうちに、かつて自分が助けた少年が犯人ではないかと感じ始める。
そんな内容紹介がされていました。

私は大学では国文学専攻でしたが、福祉の仕事をするようになってからはめっきり小説を読まなくなってしまいました。
ましてやミステリ小説なんて読むのは何年ぶりかしら、と思いながら、この本を手にとりました。
とても興味深い内容で、450ページ近くある本をほんの数日で読んでしまった。この集中力と速度でもって仕事の本も読むことができれば天才になれるに違いない、と思いつつ(^^;


ホームレスである主人公は最初、「男」と呼ばれて登場します。その理由は、

「私」が「男」という普通名詞に転落している

と表現されている。
この表現から、私は小説に引き込まれていきました。

そう。皆さんは、ホームレスを街で見かけるとき、その人の歩んできた人生や、その人が今まで名乗ってきた名前に思いを馳せたことがありますか?
路上で暮らしていても、一人ひとり事情は違うし、性格も違う。その、一人ひとりを見分けるということを考えたことがありますか?ホームレスというひとくくりの存在でとらえてないかしら・・・。

以前、ホームレスのドキュメント「あしがらさん」の監督から、「ホームレスの人って、本名ではない名前を名乗ることが多いんですよ」と教えて貰ったのを思い出しました。
それを聞いたとき、「親類を守るため」という意味なのかなと私は思っていましたが、ホームレスというひとくくりで見ている世間の目にあわせて、今までの自分を捨てるという意味もあるのかもしれないと、小説を読みながら考えました。
固有名詞から普通名詞に変わってしまった存在。とてもよく、ホームレスのあり方を捉えた表現だなあと思った。


事情を抱えた主人公は、元の自分の名前に戻って物を考えるのが怖い。過去の出来事に心が揺さぶられてしまうから。

そんな主人公がたまたま事件の目撃者になり、理解ある刑事と出会って、だんだんと固有名詞に戻る時間が長くなっていく。


物語が進む中で、心に残った言葉がありました。

人の肉体を殺したら罰せられるけれど、人の心を殺しても罰せられないんだとしたら、あまりに不公平です。

心に受けた傷がいつか癒えるなんて、どうして断言できるんです。心だって、致命傷を受ければ、死にます。死んでしまったら、決して蘇りません。


福祉の仕事をしていて、深刻な問題を考えるほど、深い穴に落ち込んでいくような気分になることがあります。
自殺のこと、虐待のこと、孤独死のこと、ホームレスのこと。
どうしたら無くすことができるか、支援策を考えるでしょう。
相談できる窓口を作ったり。入所できる施設を作ったり。当事者が語り合える場を作ったり。
それで?その先のゴールはどこだろう。そう考えることがあります。
その先のゴールは、本人の心の中にあるのではないかと。
どんなに支援をしても、本人の心の中にある氷を溶かすだけの力があるかどうかは、本人の持つ氷の大きさによると思うのです。

孤独死を防ぐために、いくら声をかけても、世間とのつながりを断ち切りたいと思ってしまった人の心を溶かすことは時間がかかる。難しいかもしれない。それでも世間とのつながりを作ってあげる努力をすることが、本当に本人の幸せにつながるのかは分からない。私は考えてしまうのです。

前回の定例会で、同じ会派の三戸英一さんが自殺についての一般質問をしていました。毎年3万人を越える自殺者がいる日本で、自治体としてどんな支援策を考えているのか、と。
その一般質問を聞いていたときも、考えていました。それはもちろん、うつ病に対する対策だとか、区として取り組まなくてはいけないものはあるはずなんだけれど、それが本当にゴールなのかしら、と・・・。ある一定のラインまでサービスを満たした後、それでも残る本人の孤独感や不安な気持ちがあったら、支援する側に何ができるんだろうか、と。
これを考え始めると、深い穴の中に落ち込んでいく気がします。
三戸さんも、調べるうちに「ああ、一体どうしたら良いんだろう・・・」と呟いていました。

「ホームレスの生活のままで良いんだ」というホームレスのことを、怠惰だという人がいるけれど、身体的にはきつい路上生活でありながら、それでも構わないと思ってしまうその人の心には一体何が起きているのか・・・。

自殺、虐待、孤独死、ホームレス・・・その渦中にある人は、人生のどこかの段階で、何らかの形で、誰かに心を殺されてしまった人たちなのかもしれない。
人の心を殺しても、罰せられないけれど。


主人公がホームレスになってしまったのも、自分が妻の心を殺してしまったと思うゆえでした。それに苦しんで自分の心をも殺してしまい、ホームレスになった。

人の心を殺しても罰せられないなんて不公平だ、と言う人に出会って、主人公は考える。それならば、人の心を殺してしまった罪を、どうやって償えば良いんだろうか、と。


ミステリだから、あまり細かいことまで書いたらだめだと思いますが(^^;

この小説の結末は温かい。

人の心は殺されることもあるけれど、決して蘇らないわけではないと、最後まで読んで思った。
以前とは形を変えたとしても、蘇り得るのだろうと。
それは、特定の誰かから、「あなたが存在することが無条件で嬉しい」と言ってもらえることなのではないかと。固有名詞で生きていくことができることなのではないかと。
だけど、そうやって「あなたが生きていてくれて嬉しいよ」と特定の誰かに言ってもらうことが叶わない人も、世の中にはたくさんいるでしょう。そんな現実に戻ると、また深い穴に落ちていく気分になりますが・・・。


最近、福祉も身近な存在になってきた証でしょうか、福祉の施設だとか、そういった福祉に絡むものを舞台にしたようなドラマなんかも時々ありますね。
でも、大抵の場合、かなりステレオタイプな描かれ方をしていて、こんなんだったらむしろ取り上げられない方がましだと腹が立つことが多いです。
でも、この小説は、社会問題を表面的に扱っているのではなくて、その当事者たちの心に流れる思いを描いていて、とても良かった。
作者の経歴は分かりませんが、福祉か何か、それに近いものに関わるような仕事か勉強をされた方なのかもしれません。

国文学出身でありながら普段は本を読むのが遅い私が数日で読んでしまった本ですので、ぜひぜひ手にとってみてください。

矢口敦子 「償い」 幻冬舎文庫。

※かとうぎ桜子を育てる会のホームページは
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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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