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「民間活力の活用」のことと「生きる権利を保障する」ということ・・・

今日は暑かったですねえ・・・。溶けるかと思いました。。


練馬区議の池尻さんのブログをフムフムと読んでいたら、突如私の名前が登場して、ビックリしました(笑)
私も時々、他の議員さんや、区の職員さんのことを書きますが、本人はこんなビックリ感を味わっていたのかということが分かりました(^^;

それで、ビックリついでに、この池尻さんのブログに登場した日のことを、私も書かなくてはいけなかったと思い、ちょっと時間が経っちゃいましたが、書きます。


4月19日、区役所の地下のホールで、山彦4事業所記念セレモニーがありました。障害のある人が集まり、働くことのできる作業所を作って30年になるという、記念の会。私は、区議会・健康福祉委員会の委員ということでお招きいただいたので伺いました。

30年の中では、社会福祉法人をとったり、当事者の声を社会に届けるソーシャルアクションの活動をしたり、試行錯誤しながらやってきたという様子を知ることができました。

セレモニーに参加している人たちの顔ぶれを見ると、区内で活動している色々な障害者関係の団体の方がいらっしゃる。長年の活動の成果は、形に見える数字だけではなく、人とのつながりというところにも見えるものなのだろうと感じました。


「制度にまだつながっていないけれども支援が必要な人たち」を地域の中から見つけ出し、新たな活動へとつなげていく。そして、「こんなニーズがあるんだから、きちんと制度化すべきだ」と社会に対し提言していく。そんな、現場の声を社会全体と共有していくための接着剤の役割が、市民や民間団体の持つ力というものでしょう。

ところで、今、行政の側から盛んに言われている「民間活力の活用」というのはどうなんだろうか・・・改めて考えました。民間からの政策提言をもっと取り入れていく、という意味かな?
いや、どうも、そうではなくて、制度で対応しきれないツケを民間に回しているだけのように、私には見えます。そうなると、山彦作業所のような団体が、何十年もかかって「制度外から制度化へ」とやってきたものが、いっきに後戻りするだけのことですよね。
「民間活力の活用」とは具体的に何なのか、これからもチェックしていかなくてはいけないと思います。


それから、もうひとつ気になるのは障害者自立支援法。これまた、自立支援法と言いながら、障害のある当事者や、その周辺の人に責任を押し戻していく、今までの当事者の運動の成果を「無し」にしていくものに思えます。
セレモニーの挨拶では、国会議員の「先生」もいらしていて、「今年度も障害者施策にたくさんの予算をつけてあげました」とおっしゃっていましたが。
多分、以前に私が腹が立ったと書いた「緊急措置」のことなどをおっしゃっているんでしょうけどね・・・。

制度設計自体が、障害のある人の生きる権利の保障という点で、理念的にもおかしいというところをきちんと検証していかないと、ただ「足りないんだったら追加しましょうか」的な発想で、継ぎ足し継ぎ足し、やっていくというのは、本当に違和感があります。

「民間の活力」って何なのかということ、「人が生きる権利を保障する」とはどういうことなのかということ。やはり、この2つが、私の活動の中で追求していくべき大きなテーマだなということを、改めて思いました。

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身近な環境

今、大学院で受けている授業のひとつを紹介しましょう。

・・・たぶん、私よりも色々と詳しい人が、私のブログを読んでいるので、最近ブログを書くのに緊張します(^^;
いっそ国文学の話でも書くならば、かえって緊張しないかもしれませんが・・・。

まあでも頑張って書きます。。


トヨタ財団が1979年から97年まで行っていた助成事業。「研究コンクール」で、「身近な環境を見つめよう」というタイトルがついていた。

市民の活動に対する助成というのはあるけれど、市民の研究に対する助成、というのは面白い。ましてや今でこそ市民への助成はたくさんあるけど、1979年からやっているというのは、興味深いですね。私が生まれる前の年からですが。

公害問題等、社会問題に対する市民運動があるけれども、ただ反対運動になってしまって対案が出せないのは発展性が無い。市民が自分達の力で社会を変えていくためには、まずは市民が問題について研究をすることが必要ではないか、ということでできた企画だそうで。

「身近な環境」・・・狭い意味での環境問題ではなくて、自分の身の回りにあるすべてのことを意味します。それを改めて見つめてみる。普段の暮らしの中で、「なんでだろう」と素朴に感じているものを改めてじっと見つめてみることで、ぼんやりとしていたものがはっきりと見えてくる。


「身近なものって、あんまりじっくり見つめていないものだよ」と先生がおっしゃって、はじめに私達に言ったのは、「千円札の絵を描いてみて。」ということ。
皆さんも、ためしに描いてみてください。
どこに誰の絵が書いてあるのか。「千円」という文字がどこかに入っているのか。表の肖像はまあ分かるとして、裏側の絵なんか、まるで思い出せなかったりして・・・。
千円札は、お札の中でも一番身近で、多分毎日目にしているもの。それが千円札だということは当たり前に分かっているのに、改めて「それはどんなものか」と思い出そうとすると、思い出せない。

そんな身近なものを、改めて見つめることで、今まで見えなかった問題が見えてくるかもしれないし、解決方法が見えてくるかもしれない。


実際に助成を受けた研究テーマは、例えば・・・
・以前、インフルエンザワクチンの接種が義務だった時期、「インフルエンザの型が違っていれば効かないのにも関わらず、全員義務で接種することで、効果よりも副作用の危険のほうが大きいのではないか」と不安に感じたお母さん達が、まちのお医者さんと一緒にやった研究。(これによって任意接種に変わったそうです)

・日本に「サウンドスケープ」というものを紹介した団体。(サウンドスケープは、「自分の身近にある音」ですね。)

・都会にカラスがなぜ多いのかを研究し、ゴミの出し方などを提言した団体

などなど。

授業では、たくさんの面白い事例を聞きました。

こんな助成事業などが行なわれる中で、市民の活動はただ反対するだけのものから、政策提言につなげていくものへと成長していったのかもしれませんね。
その市民の声を受け止めていく受け手の側(実際に施策を作る人たち)の発想は、何十年も前の、私が生まれる前の時点で止まってしまっているような気がしますが・・・。

私自身はやはり、保育園の民間委託のことを事例にして論文を書くことになるだろうと思っていますが、そのこととは別に、今まで保護者の方たちが勉強してまとめてきたものは、きちんと研究として、区に対してだけではなく、もっと広い社会に向かって発信していったら良いんじゃないかな、と、改めて思いました。
私が研究するのと、当事者が研究するのとでは、違うはずですから。


そんなことを考えつつ、昨日で授業も3回目。それぞれの学生が「身近に感じている環境」を発表しあいました。
私にとっての身近な環境って、何だろう。
千円札が思い出せないように、日々接しているのにじっくり見つめていないものって、なんだろうなあ。
皆さんにとっては、どうですか?

私にとっては・・・
議会は、まだようやく1年だから、日々、目が血走るほど見つめているので(笑)、除外。
お酒は身近だけど、すでに毎晩ちゃんと見つめているし(笑)、学校の宿題にお酒に関するレポートを提出するのも気が引けるので、除外。

そうだ・・・「桜子」だし、大泉学園は桜がいっぱいだし、ということで、桜について書いてみることにしました。

以下、提出したレポート。

私は大泉学園に住んでいるが、駅から北に向かって埼玉方面まで続くバス通りはすべて桜の木である。花の季節には、長い桜のトンネルができる。

「桜」は、私の名前の一字でもあり、小さい頃からなじんだ存在だが、物心ついたときから私は「桜子」と呼ばれていたため、そこまで深い思い入れもなかった。
でも、区議会議員選挙に出ることになって、多くの人に名乗るたびに、「まあ、桜子ですか」と言われた。特に、4月にある選挙の直前には、「季節にぴったりの名前ですね」と言われ、しばらくは桜のことで話題が盛り上がったものである。

そこで改めて、日本人が桜に対して非常に反応をするということに気づいた。日本で今、「花」というと、それは桜の代名詞であるし、花見では人が桜の下に集う。桜の下でムシロを広げて宴を催す。お酒が入れば、桜を鑑賞しているようにも見えないが、とにかく桜を口実に人が集まる。「縁台で話すという文化がなくなった」と言われる現代では、もし桜が咲いてもいないのに野外で人が集まって宴会をしていたら、不思議な光景に見えるだろう。桜は、今の社会の中でもなお、人をつなぐ媒体の役割を果たしている。

奈良時代には、「花」といえば梅だった。それが平安時代になると、桜をさすようになる。はかない人生と重ね合わせて、桜を愛でたようだ。初めて桜を見た人は、乱れるように咲いたと思ったらたった1週間ほどで散る花に、さぞ驚いたことだろう。
貴族がそんな桜を愛で、歌を詠む。そんな文化が庶民の楽しみになったのは江戸時代。落語にも登場する。戦時中には、潔く散るという象徴にされてしまった苦い思い出もあるが、そんな時代を超えてもやはり桜は、今も特別な存在である。

なぜ人は桜を愛し、その下に集まろうとするのだろう。その理由を追求したらもしかすると、活発なコミュニティを形成するヒントが得られるのではないかという気がする。



昨日の授業では、それぞれが提出したレポートをもとに、グループ討議をしました。

花を見るために人が集まる、というのは、他の花でもありますよね。菜の花畑とか、紅葉狩りとか、「ヒマワリが咲きました」とか。だけど、よっこいしょ、と腰を落ち着けて、飲食物を広げるのは桜だけでしょう。なんでだろう。

季節限定だからかなあ。

こんなことを、昨日の授業で私は熱く論じていたのですが、ここでふと、「なんだ、桜についてといいながら、結局私の話は酒宴の話に至るのか・・・」とハタと気づきました。。

まあでも、なんのかんのとかこつけて、人が集まってじっくり座れば、新たな関係性が開けてくるでしょう。すれ違いざまにちょっと挨拶するよりも、もっともっと深い関係と広がりが生まれるはず。だから気になります。

答えは、見つかってないんですけど、なんとなく、調査したら面白そうじゃないですか?(^^;

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先生・・・

練馬の区役所の人は、議員を呼ぶときには「先生」と呼ぶよりも、「かとうぎ議員」というように、名前の後ろに「議員」ってつけて呼ぶことが多い。

私が議員になりたいと思ったとき、各地の議員さんに会いに行きました。友人からの紹介など、なんらかのつながりがある人たちなので、感覚的に共感できる人が多かったのですが、ひとつ、すべての人の意見で共通していたのは「先生と呼ばれるのが嫌だ」ということでした。

私もそう思う。ということで、ひそかに友人たちと、「先生と言われたら『やめてくれ!』と言おう」と決めていました。

しかし、これがまたなかなか難しい。
呼称だから、すぐにその後に話が続くわけです。だから、「先生と呼ばないで」という話をするためには、相手の話の腰を折らないといけなくなる。非常にこれが、悩ましくて。

だから今のところ、「先生と呼ばないで」と言い遂げたことがなくて・・・。「先生」と呼ばれるたびに、不達成感で「ふう」とため息をついています。

そんなわけだから、せめて、練馬区役所のほとんどの人が「先生」ではなく、「かとうぎ議員」と呼んでくれるのが救いです(^^;


なんで嫌だと感じるんだろうな、と分析してみますと。

・学校の先生だとか、お医者さんだとか、何か具体的に目に見えるものを提供する人と議員とは、ちょっと性質が違うんじゃないかなあと思うところ。選挙で選ばれた、区民や国民の代表ならば、誰かに何かをしてあげるという立場ではなくて「代表」なんだから、「先生」という呼び名はちょっと違うような・・・

・保育園でバイトしたときとか、学校に教育実習に行った時に、かわいい子どもたちに「先生~」と呼ばれてたときは「かわいいなあ」と思っていたけれど、議員になって、年輩の人たちに「先生」と呼ばれると、なんだか、落ち着かない。。

・それから、「なんだか、先生と呼ばれると、馬鹿にされているような感じがする」と言っていた人がいて、私もそれは分かる気がするんだけど、なんでだろうなあと思って辞書を引いてみた。

「先生」の意味。
①学問・技芸などを教える人。特に、学校の教員。
②学芸に長じた人。
③師匠・教師・医師・弁護士・国会議員などを敬って呼ぶ語。
④親しみやからかいの気持ちを込めて、他人をさす語。「大将」「やっこさん」に似た意で用いる。
⑤自分より先に生まれた人。年長者。
(大辞林より)

・・・④の意味があるからなのかなあ。。
「先生」と呼ぶよりはいっそのこと、「大将」と呼んでもらったら親しみがわくかも・・・?(笑)


まあ、そんなわけで(?)、なかなか、話の最中には言えないのですが、代わりにここに書いておきます。
私のことは「先生」って呼ばないでください。。(^^;

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学生生活

いまひとつ、まだ新生活に慣れません(^^;

先週、雨が多くてあまり駅に立てなかったので、今週は朝の駅に3回立ちました。
そうはいっても、学校もあるし。学校が無いときにもそれなりに区内のあちこちに行くし。なんとなく、帰りが遅くなるのだけは習慣化して。

駅に立つために早くに起きるときには、大変眠くて、「うう、神様、もうしません。今晩こそは早寝をする努力をするから、この眠気を勘弁してください。ごめんなさい…」と、なんだかよく分からないけど、なぜか謝りながら起床したこの1週間でした。。

私は、池袋の立教大学の夜間の大学院で、「21世紀社会デザイン研究科」というところに行っています。
長い名前だなあー。

NPOとか、市民活動とか、市民参加の視点からの地方自治とか、これからの社会のあり方を研究するところ、という意味の名前なんでしょうけどね。

以前、友人が通っているということで話を聞いていたときは、何度聞いてもこの名前が覚えられませんでしたが、さすがに自分が通い始めて覚えましたが。

そうだ、これから先、学校名で自己紹介をすることがあったら、「立教大学の21世紀社会デザイン研究科の、加藤木桜子です」と、すべて長い名前を名乗っているうちに、何を言うのか本題を忘れてしまいそうですね


まあ、そんな感じなのですが、でも、金曜日の午前中だけ、新座キャンパスの「コミュニティ福祉学研究科」の福祉の授業に出ています。


今朝も神様に謝りながら起き、石神井公園の駅に立ち、新座に行きました。

私が出ている福祉の授業には、私以外にも「21世紀社会デザイン研究科」の学生が何人か来ていました。

それを見て、先生が、「『21世紀』から何人かの学生が来ています」とおっしゃった。

うーん。

たしかに。長い研究科名を言うのも大変だから、省略して、『21世紀』とおっしゃったのね。

しかし…。

「21世紀から来た学生」ってなんだか…(^_^;)


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誕生日プレゼントに何が欲しい?

「誕生日プレゼントに、欲しいものがありますか?」という問いに、すぐに答えられますか?


私は、どうも思い浮かばない。

だから、人の誕生日の時も、とても悩みます。あげたいと思えば思うほど、悩む。

そして、自分の誕生日も、困る。


私の誕生日は、4月10日でした。
和田アキ子と、さだまさしと、永六輔と同じ(^^;

1980年4月10日。私が生まれる4日ほど前に、中島みゆきの「生きていてもいいですか」というアルバムが発売されました。。
そうか、「生きていてもいいですか」と同時に生まれたのか、と時々思い出します。。


28歳になりましてね。そろそろ、そんなにめでたくない感じですが。

私の友人はみんな、のほほんなので、今頃になって、「あれ?桜子ちゃん、誕生日?」といい始めました。


「何がほしい?」と聞かれるのです。

うん、だから、その質問が苦手。



ほしいものって、何だろう。

うーーーん。

例えば、切実にほしいものは、トイレットペーパーとか、柔軟剤とか、日用品ですかね(^^;
もう少し日用品から離れると、「時間がほしい」とか、「もっと頭がほしい」とか?(^^;

あとはなんだろう。。。


えーと。


では。


いっちばん、ほしいものとしては、「ふだんのくらしのしあわせ」が欲しい。


私のポスターとか、私の車とか、私のチラシに書いてあるのが、「ふだんのくらしのしあわせを」。

「ふだんのくらしの幸せを実現するために」―公約をまとめて一言で言うと、こんなことだと思ってきたわけですが。

これが、私の欲しいもの。


まず、「ふだんのくらし」って、何だろう。それは、人によって違うと思います。
さらには、「しあわせ」って、何だろう。これまたもっともっと、人によって違う。

私自身の「ふだんのくらしのしあわせ」は、私なりにはなんとなくはイメージできてます。でも、それが世の中の誰にもに適用されるとは思わない。周りから見て幸せに見えないものも、本人にとっては「幸せ」の場合もあるわけで。
だから、「ふだんのくらしのしあわせ」なんて、ものすごく幅が広くて、人によってまったく違う。だから面白い。

僕は青い鳥 今夜も誰か捕まえにくるよ
銀の籠を持ち
(中略)
幸せを追いかけて 人は変わっていく
幸せになりたくて 狩人に変わってく
青い鳥 青い鳥 それは自分なのに
青い鳥 青い鳥 今夜も迷子
(中島みゆき「僕は青い鳥」)

何が幸せなのか、なんて、誰にも定義付けられないかもしれないけれど、それぞれが感じる日々の幸せをより多く実現するために、日々を過ごしていくわけですね。


なーんて言ってみたけど。さて、私は誕生日プレゼントになにをもらえば良いでしょう?(^^;

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和力

今日の読売新聞、都民版のページに和力の紹介が載りました。5月2日~4日までゆめりあホールでやりますよ、って。
読売新聞を購読されている方はぜひご覧ください。

和力のホームページはこちら

ちなみに、5月3,4日は私が担当してますが、2日は、違う団体が企画をしています。

ぜひ来てくださいね。

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基本構想と住民自治

2月の中旬に、私の家に新宿区の基本構想が届きました。
以前にも書いたことがありましたが、新宿のNPOで働いていた時に、新宿区の基本構想を考える区民会議に参加していたからです。

区民会議が終わって、さらに内容を詰めるための審議会が始まるころには私は練馬に来たのであまり詳しいことは知りませんでしたが、ああ、ついにできたのねーとしみじみ。

私が参加していた区民会議のことも、少しだけ書いてある。
おお、懐かしい。
なんとなく、学校の卒業アルバムを見るような気分で、基本構想をめくって、にやーっとしていました

以前のブログでも書きましたが(振り返って見たら、議員になる前のブログでした・・・こちら)、区民会議はとにかく、大変でした。

今、できあがった基本構想を見てみると、私の参加していた福祉の分科会は、全体会だけでも24回。分科会の中のグループの代表者による会議がそれ以外に15回。中間まとめの発表会をするための集まりが4回。

私が参加したのは以上ですが、それ以外にも、分科会をまたがる全体の会が5回。提言をまとめるための編集部会が6回。最終提言をまとめるためのワーキンググループが4回。

参加していたころには、とにかく大変!という印象があっただけでしたが、回数を改めて振り返ってみると、本当に大変だったんだなあと思います(^^;

後半部分に私があまり関われなかったのは、そのころにちょうど練馬区議選に出ることを決めて、それに伴って福祉の仕事の勤務形態を少し変えたために、平日昼間の区民会議に出られなかったという事情がありました。



以前のブログでも書きましたが、何度も何度も、顔を合わせていると本当に大変です(^^;
最初はみんなおとなしくしているんだけど、だんだん意見を言うようになるでしょう。意見が活発に出るようになると、今度は喧嘩したりするでしょう(笑)

区の職員さんもいつも「ひー」と言いながら頑張っていらっしゃいました。

私もなんとなく、グループのファシリテーター的役割をしていて、そしたら中間まとめの報告者になって、発表の原稿も、みんなの意見をまとめて私が作って、みんなに聞いてもらって、発表して・・・ときには、「なんで無報酬でこんなにやっているんだろう」なんて文句をみんなで言いつつ(笑)
職員さんも八つ当たりされたこともあるかもしれません・・(^^;

それでも、一緒に頑張ったメンバーのことを今でも時々、「元気にしてるかなあ」と思い出します。担当の職員さんのことも。

これまた、以前のブログで、孤独死問題に取り組んでいた区民会議メンバー・Hさんのことを書きましたが(こちらの③の内容です)、最近ようやく連絡をすることができまして。今では、孤独死問題を考えるNPOまで立ち上げて、過程では社会福祉協議会とも連携をとって、頑張っているんだとか。Hさんから、「区民会議に関わっていたあの職員さんは今、あの部署やこの部署にいるんだよ」というお話を聞いて、そうかー、みんな元気にしてるのねー、と思っています。

新宿区の職員さんなんて、私はもうこの先再会する機会なんかないのかもしれないけど、でも、これからもずっと「今も元気にしてるかなあ」と思い出すと思うのです。

「市民参加」っていうのは、ごたごたで大変なものだと思います。行政職員にとっては、文句は言われるし、調整は大変だし、結論が出るのかどうかさえも分からない。一体どこへ行ってしまうのか、ヒヤヒヤものでしょう。
だけど市民参加は、心が動く素敵なものでもあります。私は、新宿区の基本構想を手に取ると、何年か前の懐かしい体験が心によみがえってワクワクする。ほんの一部でも、その策定に私の努力の汗の一滴くらいは入っているだろうと自負しているからだと思います。
たぶん私だけではなく、多くの人が悲喜こもごも、いろんな思いを抱いているのではないかしら。Hさんだって、区民会議があったからこそ、行政や社協とつながって、不満が活動へつながったんだと思いますし。

職員にとっても、いつまでも懐かしく思い出される職員になるというのは、良いものではないですか。


さてさて、練馬区の基本構想。
先日の総合計画等特別委員会では、基本構想の審議会に新たな公募区民を入れるべきではないかということでたくさん議論がありました。
そもそも、練馬区の場合には区民懇談会の時点で一分科会につき、8回だけの会議だった。回数が多ければ、参加できる人に限りがある・・・お仕事をしている人は参加しにくくなるし、集まりにくくもなる・・・だから、回数を多く取れないならば少ない中でいかに効率的にやっていくかという工夫が必要になるでしょう。回数が多ければ良いというものではない、多ければ多いなりの悩み、少なければ少ないなりの悩みがあるでしょう。

それよりも重要なのは・・・練馬区の区民懇談会に参加された区民の方にとって、これから基本構想が完成した折には、「これは、私が作ったものだぞ!」と心ワクワク、手に取れるものになっているでしょうか・・・?懇談会のメンバーは、担当職員さんを懐かしく思い出すことができるでしょうか?

大学院の授業で、地方自治の勉強をし始めましたが、「住民自治と団体自治がバランスよくあることが必要」と習いました。
住民自治は、住民の参画で住民の意思に基づき地域の政治・行政を処理すること。
団体自治は、国の中で自治体(練馬区など)が自らの責任を持つこと。つまり、国と自治体の力関係のことですね。地方分権とか。
団体自治が必要になるのは、住民により身近な機関である自治体が力を持つことでよりいっそう住民の声を反映させられるから。
つまりは、住民自治を実現するために団体自治が必要なわけですね。
そこがバランスを欠いて、団体自治をとることばかりに目が向いてしまったら、単なる国と自治体の権力争いになってしまう。
そうではなくて、住民の声が反映される団体が地方自治体なんですよね。

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とりあえずの近況報告

いやはや、ご無沙汰しました。
1週間前から、夜間の大学院の授業が始まりまして、バタバタで、家に帰って来るとバタっと倒れる感じで、なかなか更新できませんでした(^^;

このところ、色々大変なこともあったりして、一部の方にはご心配いただきましたが、落ち込んでブログを書けなくなったわけではないので、ご心配なく

★授業は、めいっぱい取ると18時30分から21時40分まであるんですけれど。
それが終わってから懇親会があったりしてね・・・。今は私はまだ猫をかぶっているので、かぶった猫が重くて家に帰るとぐったり
さらに、宿題なんぞもあるんですわ。。

まして金曜の夜は、懇親しているとテレビのタモリ倶楽部を見られない・・・。うーん、学友をとるか、タモリをとるか・・・私の心で葛藤が起き(^^;

★授業では、地方自治について、とか、市民参加についてとか、「評価」についてとか、を勉強してます。楽しい。まだ導入だけなので、もう少し内容に入っていったらブログでも報告したいと思います。

★最近、仕事としては、あしがらさんの上映会と和力のことを多くの方にお知らせするためのはがき作りをしてました。

★数日前、猫を飼っている知り合いのところに近況報告に行ったら、猫が大きくなってて、ビックリしました。
半年くらい前に会ったときはとても小さくてピョンピョンしていたのに、ちょっとした小型犬より大きいくらいになっていた。。思わず、「まー!大きくなって!」と抱っこしたら、「うーん、この人、誰?」という悩み顔をされてしまった・・・。ああ、赤ちゃん猫のうちに、もっと会っておくんだった・・・可愛かったのに・・・。

★基本構想について、というのを、ブログで書きたいと思ってますので、明日こそは書きます!

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4月9日の活動

★4月9日は、午前中に、光が丘の子ども家庭支援センターができた、祝いの会がありました。私は健康福祉委員会なので呼んでもらって、参加しました。
お母さんと子どもが遊びに来て、相談にも乗ってもらえるような場所。民間団体に委託をする形でスタートするのです。
・・・お祝い会は、挨拶をして終わりだから、どんな場所になるのかはわかりませんね(^^;
実際に始まってからまたお邪魔しようと思います。


★それで、その集まりが終わってから、隣の部屋にある「すてっぷ」にお邪魔。
ここは、昨年オープンした、知的障害者のための相談の場所。以前は大泉学園の練馬福祉園にいた職員さんが、今はこちらでお仕事をされているから、一度伺いたいなと思っていましたが、ようやくこの機会に伺うことができました。

行政の事業を含めて、すでにある色々な社会資源をもっともっと有機的につなぎあっていくことで、地域生活の支援の幅は広がるに違いないですね、なんていうお話をしてきました。


★そんな風に光が丘で過ごして、大泉に戻り、「あ、そうそう、トイレットペーパーがないわ」とお店で買い物をしていたら、レジを打っていた店員さんが急に「うっ」と言って頭を押さえる。
「だ、だ、大丈夫ですか!?」と言ったら、「ごめんなさい、今日は花粉がひどすぎて、苦しくなりました・・・」との返事。
ここのところ雨も多いから、晴れた日には余計に花粉がひどいんでしょうかね。ひどい花粉症の人はつらいですねえ・・・。

そういえば、先週、朝の時間帯に大泉の駅前でレポート配布をしていたら、マスクをしてめがねをかけ、棒を持った女性が、「おはよう!」と言いながら私に向かってきたことがありました。

ひぃー!!と思ってしばらく立ちすくみましたが・・・

よく見てみたら・・・
私と同様に駅で活動報告をするために、のぼり旗用の棒を持ち、花粉対策をしていた生活者ネットの菊地さんでした(^^;

花粉が早く落ち着くと良いですね。


★今日から、私は大学院の授業が始まります。
なんとか無事に、選択する授業も選べたし、一応論文のテーマも決めたし。
2ヶ月くらいして環境に慣れるまでは、学校では、借りてきた猫のようにおとなしくなっている予定・・・(^^;

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入学式

今月はどうも、ブログの間があきがちですみません・・・。
なんだか、毎日、バタバタ、ヨレヨレ・・・。

ようやく、最近いただいていたコメントへのお返事を書きましたが、「コメントありがとうございます」と打とうとして間違えて、「コメントありがとうぎ」と書いてしまいました。。「ありがとう」と「かとうぎ」がなぜか交じり合い。。・・・すぐに直しましたけどね。でも何だかそんな感じで、いつもに増して、ヨレヨレ、ボケボケな今日この頃。。

月曜、火曜は小学校と中学校の入学式でした。

小学校の新1年生は、小さかった~。小学校入学くらいだと、少し記憶がありますが、あんなに小さかったんだったかなあ。
小学校までの道、私の前を歩いている新1年生を見て、「おお、私の半分くらいの大きさだ・・・」と思った。
その子が急に立ち止まったりするもんだから、危うく踏み潰しそうになった。。間違いなく踏み潰してしまうだろうと思うくらい小さかった・・・。

7歳なんだから、私が20歳か21歳くらいの時に生まれた子なので、親子でもおかしくない年の差なんだなあと思いながら眺めていました。

子猫は生まれたときには目も閉じているし耳もつぶれています。それが何日かするとだんだん目が開いてきて、耳がつぶれていたのが立ち上がってきて、そのうちヒョコヒョコと歩くようになりますが、生後3,4ヶ月までは目玉が全部黒目だらけみたいな、つぶらな目をしています。

小学校1年生の子ども達は、そんな、生まれたての子猫みたいな、黒目だらけ、みたいな、そんな顔をしていました(^^;

・・・私には兄弟がいなくて、その代わり小さい時から猫を飼っていたもんで、ついつい猫と比較しちゃんですけど。

入学式でも君が代を歌うんですが、小学校の新入生も君が代を歌えたりするんだろうかとちょっとドキドキ。あんなつぶらな目をして、私の半分くらいの大きさのチビちゃんが、朗々と君が代を歌ったら怖いなあと思って

幸い(?)、まだ習っていなかったとみえて、チビちゃんたちは、君が代の間、「ぴよ?」という顔をしてぽかんとしていましたが。

チビちゃんたちは、入学式が長丁場になってくるとだんだん辛くなってきたとみえて、最後の頃には足をぱたぱたさせていましたが・・・
それにしても、校長先生が新入生に対してお話しする言葉は、厳しい中にもとても優しい。
私が小学1年のときに、入学式でどんな話があったかは覚えていませんが、校長先生ってこんなに優しかったんだったかなあ、と思いながら見ていました。

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最近の活動

6月1日のあしがらさん上映会のことで、今の私の脳みそはおおむね精一杯になっています(^^;

他にもたまった事務処理などで、毎日アワアワしています。

アワアワしていると、時々かかってくる電話。
4月にはいってグーンと、後期高齢者医療制度についての意見がたくさん来てます。

「役所には既に聞きに行ったけれど、どうしても納得がいかない。高齢者が応分の負担をするのは、ある面仕方ないのは分かるけれども、これだけ制度が変わるんであれば、もっともっと丁寧に説明をするべきなんじゃないか。」とか、「制度そのものが何だかおかしいんじゃないか」とか。

うーん、そうだよなあ、と思いながら聞いています。

それにしても、年金と保険は、我々一人ひとりに負担があるにも関わらず、負担している人たちの声が届きにくい制度ですね。

後期高齢者医療制度については、これからもっともっとたくさんの声が出てくることになるんだと思います。



今、私が毎日頭を悩ませているもう一つのことは、4月から入学した大学院で、どの授業をとって、誰の元でどんな論文を書くか、ということです。
仕事が一区切りついてから、夜に家に帰って、「うーん、どうしようかなあ」と考えるものだから、「うーん・・・Zzz・・・」となったりもするのですが(^^;

大学院に行こうと思ったのは、やっぱり、保育園の民間委託の進め方なんかがどうしても納得いかないからです。
「おかしいじゃないか」と思うんだけれども、「行政ってのはそういうものなんですよ」なんて言われたりするわけで。本当に行政っていうのはそういうものなのか、今後もそんなもんで良いのか、ということを研究しに行くんです。
一度整理して研究すれば、少しは腹も立たなくなって、理論的に対抗できるかしら、と思っているのですが、かなり多数の友人知人から「いくら勉強したって、加藤木さんの腹が立たなくなるわけないじゃないか。ハハハ」と言われました・・・

4月1日に入学式で、昨日はオリエンテーションと健康診断。
池袋にある学校に行ったら、大学生達がサークルの勧誘をしていてにぎわっていました。
うへー、若者がいっぱいだ・・・とビクビクしながら校内を歩いてました。

社会福祉士の学校を卒業してから3年ぶりに学生になるわけですが、私は人生の中での学校在籍期間が人より長い(大学卒業後にまた福祉の学校に行ったから)わりに、学校という空間がそんなに好きなわけではなく(^^;
だから昨日も怯えながら学内を歩いていたわけなんですが。

何が苦手かと考えたら、学校にいるときの若者が皆明るく元気だからみたいです。。

みんな、なんとかたくさんお友達を作ろうとするでしょう。サークルも、本当に自分の趣味に合わせて入る場合もあるけれど、友達作りのためだけに入る場合も結構ある。

そもそも、学校って、ただ隣の席だったからとか、出席番号が近いからとか、そんな理由で友達になっちゃったりする、不思議な空間でもあるでしょう。
仕事に就けば、同じ課題を解決するために知り合った人とだんだん仲良くなるとか、共通の興味、価値観があることで親しくなる場合が多いと思うけれど、学校はそうとも限らない。

そんな中で、少しでも多く人と出会うきっかけを作ろうと、皆フレンドリーでニコニコしている。

なんというか、「いやー、そんなに無理しなくたって・・・」という気分になってしまって、だからそんな明るく元気な雰囲気というのが、どうも苦手でして(><)

一方で、なかなか学校の雰囲気に溶け込めなかったりだとか、色々なことがあるんでしょうけれど、学校に来られなくなってしまう人、うつになってしまう人というのが、大学に入るととっても増えたような気がします。これは自分が大学生だった頃の実感で。

明るくしていなくてはいけないという全体の雰囲気と、来られなくなってしまう人がいるというのが、なんだか表裏一体のような気もしたりします。


「新入生の方ですか?」と、サークルの勧誘の人に声をかけられ、(あら、まだ新入生に見えるかしら。にやり)と思いつつ、「いーえ、いーえ」とヘラへラッと笑いながら後ずさりをしつつ、なんとか無事オリエンテーションを済ませた、そんな週末でした。

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新年度

私の会派は、定例会がないときは、順番に「当番」で、控え室の電話や接客の対応をしています。
10人で交代交代だから、回ってくるのは2週間に1回くらいなものですかね。

というわけで、今日私の当番で、久しぶりに区役所に行きました。定例会終わってからは、ほとんど大泉にいるかどこかの勉強会に行ったりしていたので、区役所は久しぶり。

当番じゃなくてもいつも誰かしら他の議員もいることが多いのですが、今日は珍しく私一人だったので、心おきなく大声で独り言を言いながら(!?)事務作業をしていました。
「あー!」とか「忘れてたー!」とか「ぎゃー」とか。。

そこへ、トントンとノックして入ってくる方々。

数人でやってきて、私の前で立ち止まる。そして、「私は、健康福祉事業本部長です」と言う。

ん?
なんでそんな、「初めての英会話」みたいなセリフを言うんだろう・・・。“This is a pen.”みたいな・・・

・・・あ、そうか。今日は、異動の日なんだ。
新しく本部長になった挨拶をしてるんだ・・・と気づく

そうか、そうか、新しく本部長になったんだ。えーとえーと、こういうときはどうするのかしら、おめでとうと言うのかしら?んーとんーと、異動って、めでたいのかしら??・・・云々が頭の中を駆け巡る。
しばし、新本部長の前でオタオタ。

まあ、なんとか、挨拶が終わり、皆さんが帰っていく。

ふぅ・・・

よりによって、こんな日に当番で、しかも一人ぼっちとは、辛いなあ。この分でいくと、これから続々と「異動しました」の挨拶の人が来るんだろうなあ・・・と思っていたら、案の定、健康福祉を皮切りにして他も全部来た。

なにせ、4,50代の年代の、スーツを着た、偉い人々が大挙してやって来るんだから、圧巻ですよ(><)

それ以来、廊下から、ゴトゴトと足音が聞こえてくるたびにビクビクしながら一日を過ごしました(^^;

それまでせっかく楽しく独り言を言っていたのになあ・・・。


まあ、それでもだんだん慣れてきたら、同じ異動の挨拶でも一人ひとり個性があるんだなということに気がついて、それはそれで面白かったです。それぞれが仕事について考えている思いが、挨拶の言葉の端々に垣間見えるような気がしました。


そんなこんなで今日から新年度なんですね。

新年度・・・ちなみに今日から私は大学院の学生になりました。立教の夜間に行くんです。
今晩、入学式に参加してきました。

春は新しい生活が、色々と始まりますね。

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Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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