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★人材確保 ★「あなたは当事者ではない」その①

★人材確保

ついにレポートが終わりました。ヨレヨレ・・・。。

今晩は、久々に区内の勉強会(介護保険に関すること)に行こうと思っていたのに、それには間に合いませんでした。。参加された方で私のブログを読んでる方がいらっしゃると思いますが、すみません、今度内容を教えてください(^^;

まず、わけの分からない翻訳文を読んで要約する宿題をなんとかやり終えて提出し。

そして、明日授業があるものの発表の準備をし。
福祉の人材確保・・・
福祉といったって幅が広いし(でもなんとなく、人材の問題が言われるときって、介護従事者という感じがしますが)、対策をしているのも国レベル・都道府県レベル・特別区レベル・市区町村レベルとあるし、あぁーっとなってました。。

それで、「ああ、そうだ、議会で一度、人材のことを発言したことがあったから、その議事録をレジュメに載せておこう」と思って、調べて、改めて自分の発言を読み直したら、、いまいちでした(苦笑)

「うぅっ」と思いつつ、「まあいいや、私の質問じゃなくて、課長さんの答弁に意味があるのさ・・・」と一人言い訳をしながら、レジュメ作り。

3月の予算特別委員会の、同じ日に他の会派のとある議員さん(仮にIさんとしておきましょうか・・・って、仮でもなんでもないですが 笑) が、同じような内容の質問をしていたのですが。
趣旨は似ているのにIさんの質問は非常に分かりやすい。一方、なぜ私の質問の仕方はこんなにヘッポコなんだろうか、としばらく落ち込んでボケーッとしまして。。

・・・まぁ、しかたない。ぼちぼち頑張っていくしかないですね。
立ち直りましょう。よっこいしょ。


国のレベルでは昨年、福祉の人材確保指針というのが見直しになっていて、厚生労働省も対策を色々出している。
で、「福祉の人材確保重点実施期間」っていうのを作ったのだそうで。
「広く国民に対して福祉・介護サービスについて理解を深めるとともに、福祉人材の確保・定着を図るため」に、重点実施期間にしたんですって。

ふーん、いつなんだろう・・・と思って期間を見てみたら・・・「平成20年7月21日から8月3日まで」だって。
・・・今じゃないですか。

皆さん、ご存知でしたか?

ご存知だった方は、ぜひ、コメントに書き込んでください。

みーんな知っているようだったら、福祉の人材確保はばっちりですね(苦笑)


この課題に関しては、あとはうまいこと皆の前で発表する練習をしておけば完了です。
・・・またいつものようにブツブツボソボソ発表したら、また同級生から「加藤木さんは本当に選挙を経て議員になったんですか?」と言われてしまいそうだから、練習しなくては・・・

★「あなたは当事者ではない」その①

さーて、ようやく「あなたは当事者ではない」について。
北大路書房から出ている、「当事者をめぐる質的心理学研究」という副題のついた本です。

私がレポートを担当したのは本の冒頭。
まだ結婚も出産もしていない筆者が、「母親が子育てをするときのネガティブな感情について」の研究をしている。
それに対して、他の研究者から「子育てを経験のないあなたに母親達は本音を話してくれたのか」という質問が飛んでくる・・・。

そんな始まりでした。

その後の章も、同じように「非当事者」の体験が続く。

結婚生活に関する研究に関連して聞き取りで調査をしているときに当事者から、「ところで○○さん(調査者)は、ご結婚はまだなんですよね?」とところどころで聞かれる、というエピソードもありました。

性同一性障害の研究をしている人は、当事者から「君にとってぼくはなんだ?」と書かれた文章を受け取ったという経験。

医療従事者が患者から「人を知識で整理してほしくない」と言われたという経験・・・。

本の冒頭はそんな、「非当事者」のエピソードが続きます。

自殺の問題に関しては、そもそも「当事者は誰なのか」ということで教室の中では議論が起きました。死にたい人が当事者なのか、死なれた遺族が当事者なのか。
「死んでしまいたい」と思う人と、「大事な家族を助けられなかった」という思いを抱える家族。どちらの思いも深刻だけど、決して一致はしない現実。
そして、それに関わる支援者の思いも多様になる。
当事者の声も支援者の声も多声的になって、必ずしも一致しない問題。

でも、そんな色々な問題についてまだ必ずしも気づいているとはいえない社会全般の中で、当事者の思いをより多くの人に伝えていくためには、ただ単に関係者が皆で異なる意見を出し合うのではなくて、その声が共鳴しあう「ポリフォニー」を作るべきではないか・・・そんな話が出てきます。

当事者は誰なのかも漠然としてくる。非当事者の思いも多様になってくる。議論すればするほど、だんだん、当事者と、非当事者の境目が、ぼんやりとしてくるのでした。

(次回へ続く)

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら
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★福祉の人材確保 ★当事者としての私

★福祉の人材確保
今日で大学院の集中講義は終了。
あとはレポートと、31日に補講があれば終わりです・・・。

31日のレポートは、福祉人材確保についてだと、先日書きましたが・・・5年前、私が福祉人材センターでバイトを始めたときのオリエンテーションの資料をゴソゴソと引っ張り出して眺めています。。物持ちが良いでしょう。だからなかなか資料が片付かないのですね・・・。

平成のはじめの景気が良い頃に、福祉の人材が集まらないために、社会福祉事業法に都道府県の福祉人材センターを位置づけたんだと、室長が説明してくれたことを思い出しました。(ついでに説明してくれた部屋の様子まで思い出しました。懐かしい・・・ 笑)

今回レポートを書くにあたって、どこにポイントを絞ろうかなって考えていたんです。
この、人材センターができたところに戻るか、それとも介護保険制度ができて措置から契約になったところにするか、それともこの2年くらいの人材不足に焦点を絞るか・・・って。


私が大学を卒業する頃も就職氷河期だったけど、その前後、かなり氷河期が長かったですよね。10年前後でしたよね。
回復する日が来ると想像することもできないほどひどかったけど、この1,2年、だいぶ回復してるみたいですね。団塊の世代が退職することも影響しているんでしょう。
福祉の人材不足は、多分、一般企業の就職がしやすくなった影響もあるんだと思うんです。

・・・そうなると、ですね。
平成のはじめに景気が良くて福祉の人材不足になったころと、同じになっているわけですね
ってことは、「福祉の人材」についてしばらく深刻に語られなかったのは、人材対策がうまくいったからじゃなくて、景気が悪くなっていたせいじゃないですか・・・
就職難状態が緩和されたらまた人が福祉から離れるということは、福祉人材センターが法律に入ってから約15年の間、もしや福祉構造の内部の改革が何もなされていなくて、社会全体の経済状況に流されていただけ、ということではないかという気がしてきました・・・・

今日、練馬区の介護保険運営協議会を傍聴しましたが、人材対策としては、やはり人材募集の協力ができるかどうかと、研修のことなんかが言われていました。

でも、平成のはじめに法律にのったことによってできた東京都の福祉人材センターだって、人材募集の協力と研修をやっているんですよ

せっかく知恵を絞っているのに水を差すわけではありませんが、時代は繰り返すんだろうか、と思うと、なんだか変な汗がでてきました。。うーん・・・なんかもっと根本的な解決方法を考えなくちゃいけないんじゃないだろうか、って。。

まあ、そんな予感がしてきたので、平成のはじめにさかのぼって調べて、なんかもっとポジティブな方法を考え出して、議会なり、何かの方法で区の担当の方に提案できるようになりたいと思います。

この問題は、行政も民間も議員の中の会派も全部超えて、考えていける問題なんじゃないかと思うんですよね。なにか、解決策を見つけなければ。。

ふぅ・・・今日のブログは別のことを書くつもりだったのに、人材不足について書いているうちにいろんなことが頭を巡ってしまいました。。


★当事者としての私
「あなたは当事者ではない」の本についてはまたしても先送りで(^^;)、今日、本当は書きたいと思っていたことを、書いちゃいます。長くなっちゃいますけどね。

先日のブログで「私が当事者だとはっきり言えるのは、母を看病して看取ったことだ」と書きましたが。
それを書いてみて、色々と整理ができたのです。

母が亡くなったのは介護保険制度が始まる年の1月だったと記憶していますので(変な記憶の仕方ですが 苦笑)、もう、8年半くらいになります。

議員になったのはなぜ?ってよく聞かれますが、福祉の仕事を選んだのはなぜ?も同じくらいよく聞かれていました。慶應義塾大学では国文学をやっていたので。
自分の中では、なんとなく自然な流れなんですけれど。

17歳くらいの時から、福祉とか地域とか、それに付随して政治に関心があったので、大人になったらそっちのほうにグーッと入っていくんだろうなとはなんとなく予想できていたのです。
でも一方で文学も好きだったので、「大学時代から福祉や社会の活動に入ってしまったら、多分もう一生涯文学をやる機会はなくなるだろうな」と思っていたので、最後のチャンスで文学をやった、というほうが正しいという気がします。


これも、最近は言われなくなりましたが、23,4歳の頃は、「お母さんを看病したから、福祉に行ったんでしょう・・・」ともよく言われました。
そんな、感傷的な理由で福祉に行かないわい、って、かなり反発心を持っていました。

看病している1年半は、本当に大変で、「絶対、介護の仕事だけはしたくない」とぶつぶつつぶやきながら母の看病をした記憶があります。だから、母が直接の理由だったら、絶対福祉には行かなかったと思う


でも、今回ブログに「母を看病した当事者だ」と書いてみて初めて、ひとつ整理できたことがありました。

たしかに、母を看取った経験は、福祉に進んだ理由ではあったのです。

でも、それは、私が母のケアをしたという直接の体験が理由ではない。

ものすごく大変な看病をしていたら、だんだんと、世界中の人が敵に見えてくるんですよ

それで、今でこそもう少し良くなっているかもしれないけど、母が病院に入院した時の看護師さんの態度がひどくて。よく聞く話だけど、患者を子供扱いするんですね。
たとえ病気でヨレヨレになっていようと、わたしの大事なお母さんを子供扱いする奴は許せん。もう、私は一人でお母さんを世話するんだ!と思った時点で、もう、世界中が敵に見えてきます。


それでも、その「孤軍奮闘」の甲斐もなく、亡くなってしまって。

亡くなった後も、大変でした。

母が亡くなったとき、私は19歳でした。子どもとも大人とも言いにくい年齢ですよね。

お葬式をはさんで、いろんな人が訪ねてきて、いろんなことを言っていったのです。正直、なんと言葉をかけて良いかわからない中での、言葉だったとは思うのですが。

でも、印象に残っているのは例えば、「年頃の娘とお父さんが二人暮らしになるなんて危ないわね」とか、「お父さんがお仕事でほとんどいないなら、その間にボーイフレンドを家に連れ込めるわね」とか。

母は、病気がひどくなるまで手話の勉強をしていたので、私も17歳くらいからチョコチョコと一緒に始めて、母が亡くなっても続けていました。それについて、「桜子ちゃんが福祉をやるのは、お母さんの影を追いかけているだけでしょ」と言った人もいました。

私が今、親を亡くした人に出会ったら、とてもそんな言葉はかけられないと思うけど、こんな、想像を絶するようなことを言う人が世の中には結構いるんだな、とそのとき思ったのです。しかも、若気の至りで「ついうっかり」いうんじゃなくて、上記の言葉を言ったのは、だいたい40代以上の人でした。

それで、思ったのです。
ヨレヨレになっている人を見つけると駆け寄ってきて、その傷に塩を塗りこむ人って、世の中にはたくさんいるんだなぁ、って。

母という拠り所を失って弱っている人に対する心無い言葉の攻撃は、精神的な部分では「ホームレス」襲撃事件と同じですよね。

でも、塩を塗りこんできた人をやっつけようと思ったり、仕返しに塩を塗り返そうとしてしまったら、多分、負の繰り返しだろうとも思ったのです。

そしたら、その人そのものをやっつけるんじゃなくて、その手に持っている塩を取り除く作業をしていかないといけないと思ったんです。

そして、塩を取り除く作業をする専門家が、福祉の専門家ではないかと思い至ったわけです。

母の看病をしている最中は、とてもじゃないけど介護の仕事はできないと思っていたけど、結局、2003年からはヘルパーの仕事を始めました。
そこに至るには多分、上記のような心の整理があったんだろうなと思います。
・・・と、8年以上立った今、初めて自分で整理できました(^^;

人の心の傷の回復には、時間がかかるものです。母のことと、自分の進路の決定についての整理が、やっと今日になってできたような気がしますもの

ちなみに、この何年かは、たとえ手に塩を持った人に出会っても、塩を持つ部分ではないところで対応することができるようになった気がします。
四捨五入したらもう30歳ですからね(笑) だいぶスキルが身につきました(^^;
取り除くことができるようになるまではまだ少しかかるかもしれません。

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら

今日のこと

「あなたは当事者ではない」という本の話は次回に回して今日は違うことについて。

★まずは、深刻な話から。
先月、府中市で路上生活の方(福岡さんという方だそうです)が殺害されてから、今日で1ヶ月になるそうです。
なぜ、まったくその後の報道が無いのかと気になっていましたが、路上生活者支援の方からの情報によると、まだ犯人は逮捕されていないそうです。

近年、凶悪なことがあまりに多くて、次から次へと事件の話題が移ろっていくのは事実ですが、でも、もし路上生活の人ではない人の殺人事件だったら、もっと報道がされているんじゃないだろうか・・・ということがすごく気になっています。
「路上生活者が殺された事件」ということではなくて、「福岡さんが殺された事件」として、私達も捉えなおす必要があるような気がします。

私は行けませんでしたが、今日、事件現場で追悼会があったそうです。(こちら

早く犯人がつかまってほしい・・・と思います。
何も抵抗しない路上生活者を襲う犯人は、いったい、何を思って、どんな背景を持って生きてきた人なのか・・・。特別な人に起こる問題ではないと思います。居場所の無さ、所在の無さ、居心地の悪さ、は社会全体の問題。犯人を見つけて、何が問題だったのかを解明しないと、社会は変わらないと思うのです。



★夕方に虹が出ていました。見ましたか?

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18時半頃、うちの前で撮ったもの。
きれいに、くるっと円を描いてました。こんなにくっきりしたのは初めて見ました。

その前に雷が鳴ったり雨がチラチラ降ったりしていたから、ドシャッと降るかと心配してましたが・・・。

・・・虹は七色でしょうか?数えたことありますか?
今日のはくっきりしていたから、数えられるかもしれないと思ったのですが、無理でした。。

私は、人生最初の記憶は、幼稚園に入る直前あたりのものからあるんですが、最初の記憶からいつも理屈を言っている記憶なんです。。
クリスマスプレゼントはサンタさんの写真がほしいと言って親を困らせたということを、以前私の父が書いていたのですが(→こちら)、ちょうどこの頃、よくいろいろと親を質問攻めにしていたなあと思います。

「虹は本当に七色なの?」というのもこの頃聞いていた記憶があります。

「きっと七色なんでしょう、数えてごらん」と母が言うので、数えようとしたけど、色の境目が分からない。今日の虹みたいにはっきり出るときなんてなかなかないから、なおさらボヤンとして境目が無い。
「色の境目がないっ」と、4歳くらいの私は、怒っていた覚えがあります。
「そうねぇ、境目がないねぇ」という母。「境目が無いなら、数えられないじゃない。誰がどうやって数えて七色だと思ったのかなぁ?」と私。
はぐらかす母(笑)

・・・まあ、「三つ子の魂百まで」なんだろうなと、自分の幼少期を思い出すとしみじみ考えます。


★今日は3件、盆踊りにお邪魔しました。
盆踊りに行こうと思って外に出たら、虹が出ていたわけです。

どれも、お世話になっているところなので、昨日は学校に行っていて伺えなかった分、なんとしても3件の方に会いに行くぞ!と思っていたのですが。

・・・大泉は広い。しみじみ。大泉と名のつく場所を南北移動する距離は、保谷駅から石神井公園駅までの東西の移動より長いんじゃないでしょうかね。大泉学園通りが坂になっているから余計に感じるのかもしれませんが。
自転車で走りました。毎日やったら良い有酸素運動ですね。。

でも、無事、3件回りきりました!達成!!

地元の盆踊りで、「枝豆はなんとしても食べきらないともったいない・・・」ということで、せっせせっせと枝豆を食べ続け。町会長から「加藤木さんは独り者なんだから、枝豆を食べなさいよ」と激励(??)され。
今晩の夕飯は、枝豆でした(笑)
枝豆はアルコールの糖分を分解するらしいですよ。私にぴったり。(^^;


★全然関係ありませんが、最近、夢によく動物が出てくるんです。何か、意味があるんですかね。夢診断とかできたら面白いですかね。
前に飼ってた猫が出てきてくれたりすると嬉しいんだけれど。

今日は、「カーテンを開けたらベランダにカンガルーがいる」という夢を見ました。怖かった・・・。

レポートのための資料を読んでいて、「あぁ、もう、だめ・・・」と思って寝たのに、カンガルーがリアルすぎて全然疲れが取れませんでした。

★さてさて、明日は月曜日。
朝、大泉学園北口でチラシを配って、その後は、授業の時間まで区役所に行く予定です。

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら

今日の出来事を書くつもりが・・・

大学院の今日までのレポート、5,6個あったのがなんとか終わって、ふぅーって感じです。

当然のことながら同時並行で議員の仕事のほうでも色々あって、ふぅーって感じです(^^;

今日は、10時半~21時まで授業があって、これまたふぅー、ですね。

この内容はまた次回改めて書きますが、「あなたは当事者ではない」というタイトルの本を読んで、皆で議論するのです。
私なんぞはまだ(一応)若いので、「まだ結婚していないのに」「まだ若いのに」「まだ子どもも育ててないのに」「当事者じゃないのに」理屈だけは立派なことを言うけど、所詮分からないでしょ、とよく言われることがあります。
20歳くらいから福祉の現場に足を運ぶようになって、今に至るまでずっと言われています。

20歳くらいの頃は言われるたびに落ち込んでいたけど、今は「ふん、だからどうした」と、心の中では思ってますけどね。

そもそも、当事者・非当事者って、何なんだろうという議論を今日一日中していたのです。

ひとつだけ、私が当事者だとはっきりいえるのは、私が19歳の時に母が亡くなるまで、1年半くらい看病したことですが。でも、親が健在の人に対して、「あなたは親を看取ったことがないんだから、私の気持ちなんか分からないでしょ」と言おうと思ったことはないです。亡くなってすぐの、悲嘆にくれている頃ならあったかもしれないけど。
むしろ、当事者じゃない人が理解しようと努力してくれてるだけでも、ありがとうって気持ちになります。

だから結局、当事者か、非当事者かではなくて、人と人としてどんな関係を築くか、ということなんじゃないかなって、今日一日議論してみて思いましたが、また詳しいことは次回に。

・・・さすがに、3,4時間議論をしたあたりで、皆一度、疲れでフリーズしましたがでも面白かった。


レポートの方はあとは、今月中に2つ出せば終わり。
1つは、外国の論文を翻訳してあるのを読んで、その要約を書くというものなんだけど、翻訳が、とても日本語とは思えないような文章なので、大変恐ろしいです。あと3日で終わるんだろうか。。

もう1つは、福祉の人材確保について、です。31日に、授業で発表をするので、人材確保についての今までの対策と今の流れを整理してレジュメを作るのです。
その授業まで無事クリアできれば、31日の晩は、授業に出た人たちと酒が飲める・・・。(現実逃避)


人材対策については、私は以前福祉人材センターというところで働いていたので、そのことも含めて振り返ってみようと思っているのですが、最近はほんとに大変ですね。

6月から、議会の医療・高齢者等特別委員会に所属をして、内容にいたる会議はもう2回やりましたが。
特別養護老人ホームや介護老人保健施設を今後また新設するんだけど、そこで働く人材が確保できるのかという問題。
また、介護ではなくて、入院できる病院の、病床の確保が課題になっているのに、現実には既存の病院の病床数が減っているという問題。これはなんでおきるのか、という話になった時に、これまた看護師等の医療スタッフの人材不足があると思いますって答弁を貰いました。
じゃあ、どう解決できるのか、区としての支えようがあるのか、というのがとても悩ましい問題だなあと思います。

介護に関しても医療に関しても同様の答弁ですが、人材確保のために、人材募集の機会を区が協力して作れないか、というお話。「でも、基本は、民間なのだから、自分達で工夫して貰わないといけないんだけど・・・」という言葉がつくのですが。

そりゃまあ一理あると思います。
私がヘルパーの仕事をしているときに、どこの事業所で働いても上司が、「行政は何もしてくれない」という場合が多くて、とても違和感がありました。
そりゃあなた、介護保険のしくみからして、行政が何かしてくれたらかえっておかしいじゃあないか、と思いながら聞いていましたが・・・。

だから、本来、民間が入りやすいしくみにしたからには、創意工夫で人材も確保しなくちゃいけないはずだと思います。全国的に見れば、工夫をしていることで人材が集まっている施設等もあるんだと思います。

でも、特にこの1,2年ですけど、特定の少数の事業者の人材不足ではなくて、全体的におおむね人材不足になっているということは、やっぱり制度設計そのものの問題なんだと思うんです。創意工夫の域を出ているような。

制度そのものが、事業者の最低ラインでの運営安定性を妨げるものであるならば、やはり介護保険制度というものを見直していかないといけないと思います。

人の生活の保障に行政がどう関わるべきか、という問題なんだなと思います。
人材不足になった時、何か手を打たなくてはと考えたとしても、事業そのものは民間に任せているから、行政としてできることって、スタッフ募集に協力するのが最大限の頑張りというくらいで、ほかに方法がなくなるんですよね。

民間委託・指定管理者が進んでいるので、同様の問題はあちこちで起きるんじゃないかと思います。
今後、社会状況の変化で、委託先の法人の人材確保が難しくなったらどうなるんだろう・・・とか。

光が丘第八保育園で、委託をしている事業者の保育士さんが毎年大量にやめているために改善勧告が出ているんだけれど、その先どうするかは事業者の努力に任せるしかないっていう現実もあるわけですね。
それは、事業者が悪いんじゃなくて、毎年大量に辞めるような厳しい状況でやらざるを得ないようなシステムを行政が作っているということだと思うのです。

介護も保育も障害者も医療も、今ぶつかっている問題の根っこは同じだし、向かっていく方向も同じ方向に見えます。
新しい施設や病院を作る、というのは一時的な数字的改善にはつながるとは思うけど、根本の問題解決にはならないと思います。

一方で、地方分権の流れの中で、施設の基準なんかも自治体に決める権限を渡すべきではないか、という議論も出ているのですね。
地方分権は良いけど、全体の福祉の流れとして生存権の保障すら危ない状態の中で、その問題をクリアしないままに基準まで各自で決めるようになったら、なし崩し的に、「達成できないなら下げちゃえばいいや」みたいになりかねないのではないかと。安く上げるために、鉄筋の本数を減らしちゃえばいいや、と同じ発想で。
・・・考え始めると、どこから解決できるか、穴にはまり込んでいく感じで、だんだん落ち込んできますが。

まずは私にできることは、上記のような動きを加速しかねない懸念のあることが議会で出てきた時に、「それはおかしい」と声を上げること、そして、もし区議会に出る議案がそんな内容だとするならば、反対の意を示さないといけない場面が出てくるんだろうなということです。

私はそれを言うために議員になったのですからね。1年目は、なんだかんだで分からないこともたくさんあったけど、2年目に入ったからには、もっときちんと意見を表明していかないといけないと思っています。

そんな覚悟で私は2年目に突入しております。

・・・なんだか、つらつらつらつら、今日あったことを書いていたのに、なぜか最後で、今年度の決意表明をしてしまった。。

篤姫

今日の朝日新聞に、篤姫の視聴率がなぜか高い、という記事が載っていました。
ホームドラマっぽかったり、青春ドラマっぽかったりして、分かりやすいせいかな、という分析でした。あと、人気者が出ているから、と。

皆さんは、篤姫、見てますか?

私は、毎週連続でテレビを見るというのが苦手で、ほとんど連続ドラマを見ません。まして大河ドラマなんて1年続きますからね・・・。
でも篤姫は見てるんですな。毎週は見れないけど。
大河ドラマを一生懸命見ていたのは、たしか小学校4年生くらいの時に、「太平記」というのを見て以来だと思うのですが。。

毎週見れない・・・というわけで、よりによって家定が亡くなった回を見逃して、悔やむに悔やみきれないところです。。

で、なぜ一生懸命見てしまうのか。
その理由は、私は朝日新聞の記事の説には反対ですね。


篤姫は、薩摩で自由に育ってきたのだけれど、あるとき偉い人(島津斉彬)に見込まれて養女に貰われる。「社会を良くするために、将軍の妻になってほしい。そして、自分が見込んだ人間(慶喜)を将軍の後継者にするのに力を貸してほしい」と言われる。

小さい頃から好きに生きてきた篤姫は、将軍の妻になるためのいろんなしきたりにイライラしたり、生家や幼なじみとの別れを悲しんだり、心揺れ動きながらなんとか将軍の妻になる。

将軍・家定の妻の地位にまで来たからには、ミッションである「慶喜を後継者に・・・」をなんとしても実現しなければ、自分の存在の意味がなくなってしまう。大奥は、慶福という人を後継者にしてほしいと願っていて、なかなか厳しい状態。

家定と心を通わせるまでにも、とても時間がかかり・・・それでもだんだんと打ち解けてくる。
でも、家定もまた、慶福の方が後継者に向いていると言う。

悩んだ篤姫は、じゃあ慶福と慶喜の二人ともに会ってみて判断しようと考える。そこで、会って実際に話をしてみたところ、篤姫もまた、「慶福のほうがいいかも・・・」と思ってしまう。

家定とはだんだん、社会はどうあるべきかという話を深め、理解し合える仲になっていたので、自分の心の迷いを、正直に伝えずにはいられなくなる。

でも、そもそも、篤姫が将軍家に来た理由は、義理の父の願いを果たすためだったわけ。それなのに、中に入ってみたら、違うものが見えてきてしまった。中にいる自分が、心のままに動いたら、義父を裏切ることにもなる。

慶福を推す人にも、慶喜を薦める人にも、それぞれの信念があり、譲れない思いがある。でも、どちらかを決断しなくてはならない。どちらかに決断すれば、どちらかが泣き、裏切られたと感じることになる。

そんな究極の状態で、何を基準に物事を選択するか―。

結局、篤姫がいつも一番大切にするのは、自分がそのとき心に感じた、「このまま進むのは何かおかしいんじゃないかな」という感覚だったり、「私はこれを優先すべきと思う」という感覚だったりするのではないかと思います。

篤姫は義父の望みではなく、夫の考えと共に歩むことを決断します。それは言葉としては、「私は今は徳川家の人間になったのだから。」という言葉で出てきている―これが、ホームドラマと言われた理由かもしれません。でも、ここで出てくる「徳川家」という言葉は、裏返せば「薩摩の家は裏切ることになる」という現実に対する整合性としての表現だったのではないかと思います。

「家」よりももっともっと根本にあるのは、自分自身の存在がここにあるのが、「義父の願いをかなえるため」ではなくて、「義父の願いであった、『社会をもっと良くしたい』という思いを実現するため」だったからこその決断だったのではないかと思いました。

夫の家定が若くして亡くなって失意の状態にあるときに、側室から「あなたは夫から愛されていたのに、なぜいつまでも泣いているの」と言われて、篤姫は「あぁ、そうだ、家定と語り合った、より良い社会を目指すために、泣いてばかりはいられない」と再び立ち上がります。
これが、家族愛だとか夫婦愛だとか評論されているみたいだけれど、私はそれを超えてさらに、同志愛なのではないかと思います。

篤姫が強くいられる理由は、生家の家族や幼なじみ、義父や夫の存在―必ずしもいつもそばにいる人ではないけれど、お互いの存在を大事にして、心の支えにできる存在がいるからなのでしょう。


人の行動に絶対の正解はない。社会にはたくさんの人がいて、なんでも自分の思うようにいくわけではない。片方がよければ片方が悲しむ場合も多い。
そんな中で何をどう判断し、対処していくべきか。―それはきっと、自分の心の中にある信念や良心に従うしかないのでしょう。

ときに、物事を通すためには自分が引いて妥協しなくてはならないこともあるかもしれない。でもそれは、自分の信念を通すためにやることであって、妥協がすべてになってしまってはいけない。

だけど、いつもいつも強くばかりもいられない。気持ちが滅入る時があっても、心の支えは、たとえ少し離れていても、同じ思いを共有できる仲間がいると信じられること。


いつも悩んだり悲しんだりイライラしたり、心揺れ動きながらも、自分自身が最初に感じた思いは決して捨てない。そんな篤姫を週に1回見て、「あぁ、篤姫も頑張ってるから私もまた1週間頑張ろう」って、私は思っています。

どんな仕事についていても、そんな感覚を自らに当てはめながら見ている人が多いのではないのかなぁと、私は思います。

・・・と篤姫の感想を熱く語ることに時間を割いてしまいましたが、ああ、もうすぐ大学院のレポートの締め切りが・・・

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら

最近言われたり思ったりすること

★梅雨が明けていよいよ毎日暑いですね。今年も暑いんだなぁ・・・。
日差しが肌にぐさっと刺さるような暑さですよね。。
夜、駅の近くで買って来たビールを、学園町の我が家に持ち帰った頃にはぬるくなっているというほど、暑いです。。

★連休明けの昨日から金曜日までの4日間は、大学院の集中講義で、16時30分~21時40分まで授業を受けています。今日は2日目。ちょっと、お尻と腰が痛くなってきた・・・。
「評価」についての授業です。一通り理解したら、練馬区の事業評価にも当てはめて勉強しようっと思っているところです。だから勉強できたらまた報告します

★私が通っている大学院は夜間なので、若い子は学部卒の22,3歳の子から、上は5,60代まで幅が広い。これは、以前通っていた上智の社会福祉専門学校も同じでしたが。
そうそう、上智の時は私も学部卒すぐだったから最年少だったのに、今回は最年少じゃないんだなぁ

今年から、知り合う人は、初めて会う段階で「議員としての私」なんですよね。なんか不思議な感じ。昨年までは、議員じゃない私も知ってる知人がほとんどだったのに。

だから、今年から知り合う人には一様に、「なんで議員になったの?」から始まって、「加藤木さんが最年少なの?」とか「女性は何人いるの?」とか、大体共通の質問をいくつかされます。

ただ、20代の人からの質問は、30代以上の質問とはちょっと違ってユニークで面白い。
「加藤木さんって、議員さんなんですね?議員さんって、選挙に出てなるやつですか?」という質問(笑)
しかも、2人から同じ質問をされました。

「そうなんですよ、こんな私ですけど、一応出たんですよねぇ・・・」なんて返事をしていますが。

そう、普段はぼそぼそブツブツしゃべるから想像がつかないだろうけど、選挙の時は看板のついた車に乗ってマイクを持って知らない人に手を振っていたんですよねー(笑)
あんなことができるなら普段からもう少してきぱきしゃべれたら良いのに・・・しみじみ、火事場の馬鹿力ってあるんだなぁと、1年半前を思い出して目を細めたりしています。

20代の人からは、「加藤木さんって、28歳なんですか?私と1,2歳しか違わないんですね。もっとずーっと年上かと思ってました」とも言われました(T_T)
高齢者のヘルパーをやっていても議員をやっていても、相対的に若いので、学校卒業して以来いつも「若いねえ」と言われ続けていたもので、「ずっと年上」と言われたのはショックでした。。そうか、やっぱり美容に興味がないと老けるのも早いんだろうかと急に心配になってきて、「ほんとに、ずーっと年上だと思ってたんですか?」と、3度くらい聞きなおしてしまいました
笑顔で、「ハイ」とお返事いただきましたが

★最近、時々言われるもう一つの言葉は「加藤木さんは議員としてどう行動するのか?」とか、「議員としてどう考えているのか?」ということ。
たまに突如として言われると、「??」となってしまって、うまく答える言葉が見つからずにいるのですが。

議員になって最初の3,4ヶ月は、「今まで『ヘルパーをやってます』と言ってたのが『議員をやってます』というようになるのが、なんとなく気恥ずかしいな・・・」と思って、「特別職の公務員です」とか名乗っていたこともありましたが(苦笑)

でも、特にはじめての一般質問を終えて以降、色々考えて、腹が立つこともあったり、勉強することもあったり、たーくさんいろんなことがある中で、苦悩しながらも自分自身が今、議員というものを仕事にしていることには誇りを持てるようになってきたと思っています。

私が選挙に出た時に言っていたのは、大まかに言うと、地域の拠点を作りたいということと、情報が分かりやすいような仕組みを作りたいということと、市民参加を進めたいということと、行政が縦割りになっているのを変えたいということだったのですが、実際議員になってみて特に気になるのは、今まで行政が主体となってやってきたことについての情報の出し方とそれに関する市民参加だと思っています。

おかしいじゃないかと腹が立つことがあって、でも腹を立ててるだけではどうしようもないから大学院に入って・・・という具合に、ほとんどの行動は「議員としてどうあるべきか」を考えるための行動だと、私は思っています。

お酒を飲むときだって、区民の皆さんや、何らかの専門性を持った人からの意見を聞く、情報収集の役割が半分以上ですしね。新たな視点を得られるのが楽しいから、お酒を飲む場に行くんだと思うし。

あと3年間は、間違いなく議員でいられるわけだから、その間にやっていることはほとんど、議員として考えてやっていることだと、思うんですけどね。

完全に、議員であるということと関係なく何かをしていることがあるとすれば、道端で猫に話しかけているときくらいじゃないかと思っているんですが。。

だから、「議員として何を行動するのか」「何を思うのか」と改めて聞かれても、「今まで話したこと全部が、議員として考えて言ったことなんだけどなぁ・・・」と思ってしまって、答えようが無いのです。

「議員として」という質問の裏には、もっと深い意味があるんでしょうかね。何か別の視点からの見方がありましたら、ぜひ教えてください。

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新しい発見

私は高校の頃からちびちびボランティアをやっていたものの、大学の専攻は国文学だったので、ちゃんと福祉の勉強を始めたのは、大学を卒業する頃だったのです。
最初、大学4年の夏休みにヘルパーの資格を取ったのだけど、どうもそれでは全体像が見えないので、学校に入りなおして福祉の勉強をしようと思って、専門学校の受験のために、まずは厚生白書、厚生労働白書を5年分くらい読んだんです。
・・・意外と分かりやすいんですよね。。ちょうど、介護保険ができる頃の厚生白書を読んだせいかもしれないけど、結構全体像がつかめて。

国文学から福祉、福祉から議員、と異分野に突進するのが得意(?)なんですが、それでも福祉から議員はソフトランディングだったんですね。
1年目に所属した健康福祉委員会はまさにそのままだし、総合計画等特別委員会も、福祉の仕事をしていた頃に関わっていた、自治体の基本構想のことや市民参加のことに関わることだったから、今までやってきたことを深めれば良かった。

ところが今回所属している環境まちづくり委員会は、完全に異分野ですね。国文学から福祉に移ったときと同じかそれ以上の。

私の頭の中では、いかにして国文学から福祉に移行したかという、5,6年前の記憶を呼び起こし、できるだけ分かりやすそうな本を手に入れ、せっせと勉強しています。

一体どこからとっかかって良いやら・・・と思っていたのが、少しだけ見えてきて、ちょっと楽しくなってきました。

まちを歩いているとき、建物をぽーっと見上げたり、道路を眺めたりしています。全然知らない分野をだんだん知っていくって、楽しいことですよね。子どもが、ひらがなを覚えたときに、全部読み上げてみる感じです。

今、気になっているのは、道路。

どこからが道路で、どこからが建物の敷地なんだろう。

私達が普通に歩いている道路でも、なんか、線がついていて境目がある場合があるんですね。
で、キョロキョロして見るとちゃんと看板が置いてあって、「ここは建物の敷地なんだけど、皆さんが歩けるようにしている場所です。ここからは道路です」と説明がこっそり書いてあったりする。

その境目を見つけて、にやーっとしている今日この頃。
・・・にわか「境目マニア」ですね。

タモリ倶楽部の世界ですね。
・・・そういえば、タモリ倶楽部の扱うものは、電車とか、電柱とか、結構、環境まちづくりじゃないか、と発見したりなんかして。おや、これは、福祉とはまた違う観点で、面白いんじゃないかと、思えてきたりして。。


・・・タモリ倶楽部、しつこくブログで書いてますが、皆さん、ご覧になりましたか?
先日は、変わった文房具特集をしていて、「伸びるボールペン」を紹介しているときに、BGMにビヨンセがかかっていたんですよ。ビヨンと伸びるボールペンを紹介していたからですよ、きっと・・・。防塵の工具を紹介しているときのBGMは「ライクアバージン」だったんですよ・・・。飲みながら見ていてもハッとして酔いも覚めるタモリ倶楽部、ぜひご覧ください。。


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ビッグイシュー

大学院の前期の授業が一応終わって、今は「集中講義」というのをやっています。
前期の授業のレポートの締め切りが26日。あとちょっと・・・なので、遠い目をしている今日この頃です。

加えて私は、新しく「環境まちづくり委員会」の委員になったので、その勉強もせねばと思っているところ。。

連休に少し時間を作って勉強をするぞ!と資料をためました。

しかし、ついつい今日は家の掃除と日用品の買い物に時間を費やしました。
たまに家にいるなら料理をしよう、カレーを作ろう、と具材を買って来たのに、肝心のカレールゥを買い忘れました。あぁ。現実逃避さえも失敗・・・。どうしましょう、たまねぎ、にんじん、じゃがいもとカレー用の肉の入った煮物でも作ろうかしら・・・


そして、大晦日以来の家の大掃除。
人はどうして追い詰められると家の掃除をするのでしょうか。
・・・そんな言葉がふと思い浮かんだ後になぜか「かもめが飛んだ かもめが飛んだ」という言葉も心に浮かびました。。(種明かし?はこちら



さて、昨日は大学院の集中講義で、「ビッグイシュー」という雑誌の販売員さんにくっついて1時間半を過ごしました。

「ビッグイシュー」、ご存知ですか?(ビッグイシューのHPはこちら
路上生活をしている人が、「ビッグイシュー」という雑誌を140円で仕入れ、300円で売る。160円がその人の収入になるので、その日の食事やドヤ・ネットカフェの宿泊代にできるし、少しずつ貯めてアパート暮らし・仕事探しにつながっていくというしくみ。
イギリスでやっていたものを日本で2003年から始めたのです。

内容は映画スターのインタビューだとか、別に「福祉」に関心がない人でも十分に楽しめる内容。実際、2,30代の購読者が多いようです。

私は2004年から路上生活者に関心を持っていたのでビッグイシュー、知ってましたけど、皆さんはいかがですか?

練馬に一番近いのは池袋東口の販売員さんです。サンシャインに行くまでの道、交番側じゃなくてビックカメラの側を歩くと2人、販売してますよ。
今回は私は、そのお2人のもとで10時~11時半まで、ビッグイシューを掲げて立ってました。
私がお話を聞いた方はだいたい朝の7時半から15時くらいまで立っているそうです。そのくらいの時間帯に池袋に行ったら、探してみて、ためしに買ってみてください。その他の都内の販売場所も、上記のHPに載っています。皆さんの職場の近くにもあるんじゃないでしょうか。

ビッグイシューは、路上生活の当事者しか売れないというしくみになっていて、今回私はそばに立ってPRはしましたけど、私から販売することはできない。もし、「くださいな」という人がいたら、「じゃああちらが販売場所ですので」と誘導するしかできない。

駅周辺で1時間半立つというのは、私は区政報告として区内の駅頭で週2回やっているので(^^;)、そのことそのものに別段緊張もしなかったんですけどね。いつも立っているのは区内だけど今回は池袋だったということ、いつも手に持っているのは議会報告だけど今回はビッグイシューだったことが違うだけですね(笑)
信号待ちをしている人に向かって「ビッグイシューはホームレスの生活をしている人を応援する雑誌です。300円です」と地声で叫び続けました。。

土曜日の池袋。ほとんどの人はサンシャインに向かったんでしょう。こちらを向いてくれることもない。まあ、今回は買ってくれなくても、心の片隅にでも残ってくれたら次につながるかもしれない・・・と信じて叫んでおりました。

そんな中で感じたのは、「当事者・非当事者」という、この集中講義で扱うテーマでした。

販売員である路上生活者はとても身奇麗にしているけれど、でも私が購入する時は、「当事者なんだなぁ、頑張ってるんだなぁ」という敬意の念を持って買っていました。
当事者がビッグイシューを掲げている姿は、なんともいえない重みがあります。

それに比べて、非当事者である私がビッグイシューを持っている姿って、なんとなく説得力がないというか、胡散臭いというか(苦笑)

そんな、「胡散臭い私」ができることは何だろうと考えました。そしてそれは、「この雑誌は、ホームレスの応援をするミッションを持った雑誌なんですよ」と叫ぶことではないかと思ったのです。
これは、当事者からはあえて言わない言葉だと思うから。

雑誌のコンセプトは、特に「慈善」みたいな気持ちがなくても楽しんで読める雑誌、というのもあるんだけど、でも一方でミッションも含んでいるわけで。雑誌を作っているスタッフや、販売している当事者からは言わないそのミッションを多くの人に伝えるのが、非当事者の役割なんだなあと思った次第です。

集中講義の担当の先生が、「池袋、なかなか買ってくれないわねぇ。ビッグイシューを知らない人も多いのかしらねぇ。加藤木さん、練馬でビッグイシューを宣伝してよ。」とおっしゃったので、まず手始めにブログに書いてみました。

高々とビッグイシューを掲げているおじさんに、「ほしいです」と声をかけるのは、最初は多分ドキドキします。でも、そのときのおじさんの嬉しそうな顔だとか、そのあと、300円を渡すまでの何気ない会話。なんでしょうね、はじめてのおつかいのドキドキ、みたいな、緊張と嬉しさを味わえる、楽しい一瞬でもあると思いますよ。ぜひ、ためしに一度、ビッグイシュー、買ってみてください(^^)

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★電車の人身事故 ★ゼミの合宿

★電車の人身事故
今朝は保谷駅でチラシを配ろうと決めていました。
しかし、6時50分頃、大泉学園のほうから保谷駅へ向かう踏切が私の前で閉まり、そのまま、ずーっと閉まっていた・・・。しかも、電車が全然来ない。来ないのにずーっと閉まってる。
結局10分以上閉まったまま、その間1台も電車は通らずに、踏切が開きました

なんだったんだ・・・と思って駅に行くと、タクシー乗り場にはたくさんの人。放送が聞こえてきて、どうも人身事故で電車が止まっている様子。

結局7時20分頃には運転が再開したようでしたが、電車の遅延は昼過ぎまで続いたようですね。


ところで、ここのところ気になっていることがあります。

電車の人身事故と聞いて、皆さんは一番はじめに何を考えますか?
ふと口から出てしまう言葉は、「また人身事故か、多いなあ。予定の時間に間に合わないかもしれない」ということだったりしますよね。

言葉は便利なもので、名詞化することによって概念がはっきりすることもあるけれど(たとえば「セクハラ」とか「DV」とか、昔からあったはずのものを名詞にすることで問題が顕在化するでしょう)、でも名詞化することで魂が抜けてしまう場合もあると思います。

「人身事故」という四字の言葉も後者ではないかと思います。
この四字では、ふと心を通り抜けてしまうけど、これはどういうことかと、じっくり考えてみると・・・
なんらかの理由で、電車と人が接触したということですよね。

一体、誰の身に何があったんだろう。どんな状態なんだろう。
どんな理由であるにしろ、その「誰か」の命に関わる問題が起きているんですよね。

線路でつながっているどこかで、誰かの身に、重大な問題が起きているのに、「あー、遅刻しちゃう」と言ってしまう私たち・・・。

そうやって考えると、ふと心が寒くなる気がしませんか?


止まっている車内や、来ない電車を待つホームで、危機にさらされた「誰か」を思って祈ったり涙を流すことまではできる状況にないかもしれないけれど、でも、すぐ近くで誰かの身に何かが起こったのだということに思いを馳せられるような、想像力とゆとりのある社会を作りたいですね。

★ゼミの合宿
この前の土日、大学院のゼミの合宿がありました。
合宿といっても、場所は港区(^^;
立教の大学院に行っているのに、慶応の近くで行いました。。

前回のブログに書いた、地震対策の公開講座に参加した後、出かけました。

私の行っている「21世紀社会デザイン研究科」、なんだか説明しにくいと前にも書きましたが、研究テーマも人によってさまざまです。

たとえば2006年の修士論文のテーマ一覧はこちら

私の同級生のテーマを見ても、介護とかワークライフバランスとか多文化共生、フェアトレード、子ども関係、障害者、専業主婦、NPO、などなど。先輩を見ると、町会のこととか、CSRのこととか。

ふーむ、いろんな切り口、いろんなテーマがあるんだなあと、思います。話を聞くだけでも、「そうか、社会にはそんな問題もあるんだね」と気づくことができます。

かく言う私のテーマ「民間委託について」も、なかなか私の説明が下手なもので皆に「ぽかん」とされている気もしますが・・・(^^;

「民間に任せられるところは任せていってどんどん行政の役割を整理していって、結局最後に残る行政の役割って何なんだろう、公共ってそもそも何なんだろう、っていうことを、やりたいんです・・・」とボソボソつぶやいている私に、論文を担当してくださっているI先生だけが、「良いと思うよ!うまく書ければ、面白いと思うし、議員としての成長にもつながるに違いないよ!」と励ましてくださいました。
うーん、I先生、大好きだ・・・と思いつつ(笑)

土日はそのI先生のゼミ合宿でした。

地震の公開講座の後だったから、ほかの人のお話はあまりたくさんは聞けなかったのですが、聞けた話の中で、すでに卒業されてる先輩からの話がありました。

住民運動についての研究。

住民運動というと「地域エゴ」といわれたり、組織的にまとまってやっていると思われたりすることがあるけれど、一人ひとりの思いが重なっていく中で動くコミュニティなのではないか・・・というような話だったのですが、その中で、宮崎省吾さんという方が「住民運動は地域エゴで公共性に反する」といわれることに対して反論した文章を引用されていて、それが私の中でとても納得できるものだったので、ここに一部引用します。

いったい、関係住民を犠牲にする「公共性」とは何なのか。住民運動はいっさいの『公共性』を拒否するのか。「公共の福祉」と「地域エゴ」を対立させて考える限り、突破口はない。
それよりも、この両者が対立させられたこと自体がおかしい、と考えたほうが素直ではないか。そもそも「公共の福祉」が、住民がそれぞれ住んでいる地域がよくなる、あるいは悪くなるのを防ぐということと矛盾し、対立するということ自体がおかしいのである。



これは、私がこの1年、議員の活動をする中でも感じてきたし、そして論文のテーマにもかかわり、それから私が議員として活動する限り考えていかなくてはいけないことではないかと思ったのです。

いろんなテーマを持つ人の集まった大学院で、新たな気づきを得られる毎日です。

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公開講演会の感想文

すっかり腸が治ったと思って調子に乗ってごくごくっとお酒を飲んだらまた痛くなってきました・・・今日はお腹をさすりながら仕事をしています。ばかですねえ・・・。

さて、土曜日は立教の公開講演会を見に行きました。

阪神淡路大震災を経て、報道、行政、NPO・NGO、生協等、それぞれの立場でできる取り組みの報告がありました。
生協が、もともと持っている人間のつながりや、裏道なんかの知識や、小回りのきくトラックでもって被災地の役に立っているという話は、今まで知らなかったから面白かったです。

行政は、練馬と新宿の人がお話していました。
新宿は働いている人、買い物に来る人、乗り換えの人が多いから、大地震が起きたらまず新宿駅周辺が混乱するであろうということ、帰宅困難者が多くなるだろうということが挙げられていました。
これは、練馬とは違うところですよね。
練馬も共通しての課題といえるのは、重症の被災者が出たときに、病院がどれだけ受け入れられるかという問題ですね。病院には元々の入院患者がいて、そこに加えて新たに受け入れられる人数はとても限られているという現実について、話がされていました。

練馬は新宿とは違い、住宅街だから、むしろ耐震だとか、「家庭で備蓄しましょう」という啓発だとか、高齢者や障害者など特別な配慮が必要になる人に対する支援の準備(要援護者名簿の整備)だとか普段からの備えに対する支援に力を入れているんだなあと、比較をする中で分かりました。

そんな「普段の備え」をしていく中では、町会・自治会だとか、地域の中のつながりであったり高齢化の問題なんかも見えてくる・・・「普段からの防災」というのはつながり作りのきっかけにもなるものでしょうね。

ところで、災害時に練馬区外にいる区民の皆さんに対する支援というのは、どんな方法があるんだろうか・・・というのが気になっています。質疑の時間に手を挙げて聞こうかしらと思ったけど、なにも池袋の立教大学内で手を挙げて練馬区の課長に質問しなくても良いか(^^;)、と思ってやめておきましたが。。

なんといっても、行政の方がパネリストで2人入っているんだけれど、その2人がお話しするのを聞いていて、「そうかー、行政の人って、議会じゃない場所だったら普通の日本語でしゃべるんだなあ」ということが分かりました(笑)

だからとても興味深く話を聞けました。
練馬区の防災対策、これを機にまた色々調べてみたいと思います。



・・・なんか、小学生の感想文みたいですが、金曜日のブログで「見てきた感想を書きます」と書いてしまったので、これを済ませないとほかの話題に移れないような気がして、取り急ぎ書きました

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気になる商品2つ・・・

★ドライ明太子って、知ってますか?
先日友人と飲みに行ったら、メニューにあったのです。
「‘からすみ’みたいなものです」と店員さんに言われたけど、そもそも私には「からすみ」がよく分かりませんが・・・皆さんはイメージできますか?

出てきた品の見た目はビーフジャーキーみたいな感じ。
なにせ元は明太子だから、乾燥してもそこそこ柔らかい。

チビチビかじりながら、日本酒を飲んだら合いそうな品でした。

私は基本的に、食べ物にこだわりがなく、飲んでるときも、いざとなれば塩を舐めてるだけでも良いかなと思うのですが、そんなタイプの人にはドライ明太子はオススメです。

でもどこに売ってるのかなぁ…

とにかく、珍しく食べ物で感動したので書きました。


★「練馬大根キティちゃん」って知ってますか?

よくある、ご当地キティちゃんですが。
大根の中にキティちゃんの顔が埋まっていて、背中の側に「練馬」と書いてある。
その二文字が書いてなければただの「大根キティちゃん」ですが…。


選挙に出るまでの一年近く、準備のために、まったく遊ぶこともなく頑張っていたのですが、選挙が無事終わって、昨年の今頃だったか、高校時代の友人と日帰りで箱根に行きました。

そんな風に、自由に遊びに出かけるなんて本当に久しぶりだったから、山を眺めながら「う~ん、娑婆の空気はおいしいぜ」とつぶやいたものでした。。

そんな箱根の土産物屋に、各地の「ご当地キティちゃん」が並んでいました。

箱根以外のものも並んでるんだから、「当地」でも何でもないなぁと思いながら見ていたときに出会ったのが、練馬大根キティちゃんでした。

しばらく携帯電話に付けてましたが、予想通り、徐々に「練馬」の字がかすれてきて、ついに「ただの大根キティちゃん」になりましたが・・・。

でも、それ以来、ずっと「練馬区内に練馬大根キティは売っているのか」が気になっています。
練馬観光案内所ができたという話の時も、心密かに気になっていました。

調べようと思えばすぐ調べられる気もしますが、そんなことを調べる労力をかけるなら仕事の資料を調べろ、という感じでしょう・・・
だから気になったまま一年放置しています。

というわけで、どなたか、練馬大根キティを区内で見かけた方は、教えてください。

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大学院の公開講座

私が今通っている大学院(立教の「21世紀社会デザイン研究科」というところ)は、時々、学生じゃない人も参加できる、公開講座をやっています。

いつも、チラシをもらったり、掲示板に案内が貼ってあったりするんですが、この前、ポケーっと壁を見ていたら、こんな案内が載っていました。


◆2008年度『21世紀社会デザイン研究科公開講演会』のご案内
 四川大地震の教訓と首都圏の防災対策
 =地域コミュニティの力を生かすネットワークの構築と運用=
  2008年7月12日(土)13:00~17:00
 講師兼パネリスト:
  高橋民夫(文化放送防災キャスター)
  藤林文男(新宿区・区長室危機管課長)
  塚本俊也(東京外国語大学大学院客員教授、国境なき技師団副事務長、
         立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科兼任講師)
 パネリスト:
  水島重光(生協連合会中央地連・大規模災害対策協議会世話人)
  大塚英男(練馬区危機管理室 防災計画担当課長) 
 コーディネーター:
  福田秀人(立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授)


おやおや、まあまあ、練馬区さん、我が大学院にようこそいらっしゃいませ(笑)

私も見に行ってみようと思っているのですが、明日ですので、皆さんもお時間があればぜひ(^^;

福祉の大学院ではないんです。
学生が皆、「ほかの人に説明しづらい・・・」と言っている研究科なのですが、まあ、21世紀の社会をデザインするための研究をするってことなんでしょうねぇ。(←まるで説明になっていない・・・)

一応、21世紀社会デザイン研究科のページはこちら


感想はまた来週あたりにでも書きます。

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お腹のこと

ふと思い立って、「お腹」にかかわる慣用句を調べてみました。

腹が立つ。腹をよじる。腹が据わる。腹を据えかねる。腹を決める。腹を探る。腹を割る。腹が黒い。腹に一物。腹に収める。腹をくくる。

「はらわたが煮えくり返る」の「はらわた」は「腸」という字を書きます。
「断腸の思い」というのもありますね。


これを見ていると、「お腹」と「心」や「思い」、「その人のあり方」というのがとても密接につながっているように思います。

「腹いせ」というのは「腹癒せ」という漢字なんだそうで。お腹の中の怒りや恨みを癒すのが「腹いせ」ということでしょうか・・・。


ここのところの私の「腸の痛み」について、多くの方から「腸が痛くなるほどストレスがあったのね」と言っていただきました。(ずいぶん長い付き合いの人からはむしろ、「腸が痛くなるほど飲んだのね」と言われましたが・・・ ・・・そんなに飲んでません、念のため)


一般質問が終わったころからおかしかったので、かれこれ1か月になりましょうか

ようやく、だいぶ落ち着いてきました。。


疲れていたから痛くなったのか、痛いのが長引くから疲れていたのかわかりませんが、とにかくここのところは、たとえていうならば「顔を食べられてしまったアンパンマン」みたいなヘナヘナな感じでした


それで、それがだいぶ落ち着いてきたというきっかけが面白かったので、書きます。


特に福祉とか医療関係のことをいろいろと教えていただいている人で、とてもお世話になっていて、とても尊敬している人がいます。かりにAさんとしておきましょう。
Aさんには普段は仕事に関することで質問をしているんですが、今回は自分のことで、「どんな病院に行ったらいいでしょうねえ」なんて相談をしていました(^^;

私があまりにも長い期間、「顔を食われたアンパンマン」状態だったので、ある日Aさんが心配して、メールをくださいました。

どんなふうに調子が悪いのか、病院でどんな薬をもらっているのか・・・などなどをメールでやり取りした後、「きっと今はこういう状態なんだろうね」と整理してくださった。

「なるほど、では薬が合わないのかな・・・じゃあ今度病院に行ったらお医者さんに話してみればいいかな」など、身体的な不調について私が自分自身で客観化できたということが一つ大きなことだったと思います。

でも、それ以上に大きかったのが、一人で「なんだか調子が悪い・・・」と悶々としていたときに、「それは、どうしてだろうね」と一緒になって考えてくれた人がいたという安心感だったように思います。

メールで1時間ほどやりとりをしたら、そのあとになぜだか急にふっとお腹に力が入ってきて、元気になってきました。

なんだ、1時間で元気になるんだったら、私の不調の3週間は一体何だったんだ・・・と若干思いましたが(^^;
でも、薬よりも効く、「人の力」というのがあるんだな、としみじみ思ったのでした。


ストレスは、多くの場合、人と人との関係の中で起きるものだと思います。
いやなことが続くと、だんだん逆らうパワーも無くなってきて、心がヘナヘナになってくる。

でも、そうやって人の心の力を奪うのも「人の力」なんだけど、再び心に力を蘇らせるのも「人の力」なんですねー。


Aさんが私のお腹の中に1本、添え木を添えてくれたような、劇的な回復であんまりびっくりしたものだから、書きました。
アンパンマンの顔が、新しい顔になりました(笑)

お腹の力は生きる力ですね。

皆さんもお腹は大切にしましょう(笑)

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介護保険

今日の朝日新聞に、「コムスンから在宅系サービスを譲渡された15法人のうち6法人の計21ヵ所の事業所が今年4月末までに廃止、または休止していた」と書いてありました。

人材不足が主な理由だとか。

コムスンが廃止されたときから、こういうことが起こるんじゃないかという気がしていたのですが・・・。

コムスンには悪いところもいっぱいあったものの、24時間の在宅介護にとってコムスンが果たしてきた役割が大きかったのも事実だと思っていました。
ほかの事業所に引き継いでも継続していかないというのは、一事業所の責任の問題ではなく、介護保険制度そのものの問題だといえるでしょう。

24時間の在宅サービスを使うということは、夜中でも介護がないと生活ができないということです。
私の利用者さんはALSという病気の患者さんでしたが、そのほかにも、24時間のヘルパー制度がなければ在宅生活が続けられない、家族の生活もヘルパーが使えるから成り立っているという人がたくさんいるわけです。一方で、施設入所はとても難しい状況もあるわけですから。

そもそも、一人の人間が、どんな状況になっても安心して自分らしく生きていくための保障を、一事業所のあり方の問題に矮小化することに対する違和感も感じます。

だから、「介護保険は福祉だろうか・・・??」と思うわけです。



今、私はストレスで(?)、胃腸がおかしくなっていますが(←ちなみに、少しずつ少しずつ、治ってきました・・・)、同じようなことが、2,3年前にもあったなあと思い出していました。

あの頃、私は社会福祉士の資格を取って、NPOがやっている介護保険事業所に就職しました。
NPOは、本当ならば「こんな社会を実現したい」とか「こんな活動をしていきたい」といった使命を持って活動する団体です。
私があえて小さなNPOに就職したのは、そこならば地域のニーズにじっくり耳を傾けて、介護保険だけにとらわれない活動ができるのではないかと期待したからでした。

でも、現実にはそうではなかった。
―今月の介護報酬はいくらなのか、人件費はいくら出ていくのか。利用者数を増やすにはどうしたらいいか。利用者は、介護度が重くないと報酬が安いから、できるだけ重い人に来てほしい。―

体が衰えてだんだん外出できなくなっていく人、一人暮らしで介護保険につながっていない人、認知症なのに周りから気づいてもらえていない人・・・たくさんいるはずなのに、そんなところには目が向けられていなくて、「使命」とは程遠いやり取りが毎日繰り広げられていて、そんな中にいた当時、私はストレスで体調を崩していたなあと思い出したのです。

じゃあ今の私は何がストレスなのか、というのはまぁ置いておくとして(^^;)、今日のブログで何が言いたいかというと、介護保険がうまくいかなくなっているのはコムスンが株式会社だったからではなく、介護保険という制度そのものが、NPOですらも使命を果たせないような制度だったのではないか、ということです。

本来、介護保険は、高齢者の福祉の実現のための一手段であるべきなのに、それがすべてになってしまっている分、穴も多くなってしまっているともいえます。

働いている人が、自分自身の生活が安心できてこそ、利用者の生活全般に目を向けることができる、ということでもあると思います。


さてさて、介護保険制度ができた2000年当時、言われた言葉をいくつか思い出してみると・・・・
・負担と給付が明確になる (→これは、後期高齢者医療制度でもいわれてますよね)
・事業者を選択できるようになる
・ケアマネジメントの導入
・利用者と事業者の契約によってサービスを提供する。市場機能と民間活力の活用。 (→これは今、民間委託をするときにいわれてますよね)


介護保険はいったいどうなっていくのか・・・ということと同時に、子育て支援施策や障害者施策でも、介護保険と同じ道をたどっていきかねない状況にあると思います。
身近な区市町村でどうすべきなのか、考えていかないといけないと思います。

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新しい委員会

思いのほか、なかなか体調が完治せず(^^;)、この1週間はブログも書かずにただひたすら、粛々と仕事をしていました
どんなことをしていたかというと、貧困問題の勉強会に参加したり、施設見学のための準備をしたり、事務所を片付けたり。

あんまり長いことブログを書いていないので、何か書かなくちゃと思ったんですが、本調子じゃないと面白いことも考えつきませんねえ(><)


というわけで、とりあえず、まだ報告していなかったことを書きます。

6月の定例会で決まった、私が新しく所属する委員会について。

6月までは健康福祉委員会と総合計画等特別委員会でしたが、今度からは環境まちづくり委員会と医療・高齢者等特別委員会になりました。

★環境まちづくりは、まったく私にとっては異分野なので、あえて希望して所属させて貰いました。
扱うのは例えば、道路のこと、建物のこと、公園とか緑化のこと、環境のこと・・・でしょう。
私は、まちを歩けば道に迷うし、花を育てようとすると見事に枯らすし・・・たぶん、きちんと、自分の身の回りの「環境」というのを見ないで毎日を過ごしているんだと思います。

普段はさっさかと歩いている道で、たまにはじっくり立ち止まって空を見上げたり、緑を眺めたり・・・まずはそんなところから始めてみようかな、と思います。

★医療・高齢者等特別委員会は、介護保険のことや後期高齢者医療制度などの高齢者施策、それから病院等の医療全般のことを話し合います。
私は、議員1年目はなんだか子ども関係のことで発言することが多かったけど、本当は仕事としてやっていたのは高齢者関係なので、今年はじっくり高齢者に取り組みたいと思います。介護保険も来年度にまた転換点がやってきますしね。

特に2006年の改正後の介護保険なんかを見ているとしみじみ、「介護保険って、社会福祉だろうか・・・」という疑問が心にわいてきます。調べるほどに言いたいことはたくさん出てくるように思います。


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Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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