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★電車の人身事故 ★ゼミの合宿

★電車の人身事故
今朝は保谷駅でチラシを配ろうと決めていました。
しかし、6時50分頃、大泉学園のほうから保谷駅へ向かう踏切が私の前で閉まり、そのまま、ずーっと閉まっていた・・・。しかも、電車が全然来ない。来ないのにずーっと閉まってる。
結局10分以上閉まったまま、その間1台も電車は通らずに、踏切が開きました

なんだったんだ・・・と思って駅に行くと、タクシー乗り場にはたくさんの人。放送が聞こえてきて、どうも人身事故で電車が止まっている様子。

結局7時20分頃には運転が再開したようでしたが、電車の遅延は昼過ぎまで続いたようですね。


ところで、ここのところ気になっていることがあります。

電車の人身事故と聞いて、皆さんは一番はじめに何を考えますか?
ふと口から出てしまう言葉は、「また人身事故か、多いなあ。予定の時間に間に合わないかもしれない」ということだったりしますよね。

言葉は便利なもので、名詞化することによって概念がはっきりすることもあるけれど(たとえば「セクハラ」とか「DV」とか、昔からあったはずのものを名詞にすることで問題が顕在化するでしょう)、でも名詞化することで魂が抜けてしまう場合もあると思います。

「人身事故」という四字の言葉も後者ではないかと思います。
この四字では、ふと心を通り抜けてしまうけど、これはどういうことかと、じっくり考えてみると・・・
なんらかの理由で、電車と人が接触したということですよね。

一体、誰の身に何があったんだろう。どんな状態なんだろう。
どんな理由であるにしろ、その「誰か」の命に関わる問題が起きているんですよね。

線路でつながっているどこかで、誰かの身に、重大な問題が起きているのに、「あー、遅刻しちゃう」と言ってしまう私たち・・・。

そうやって考えると、ふと心が寒くなる気がしませんか?


止まっている車内や、来ない電車を待つホームで、危機にさらされた「誰か」を思って祈ったり涙を流すことまではできる状況にないかもしれないけれど、でも、すぐ近くで誰かの身に何かが起こったのだということに思いを馳せられるような、想像力とゆとりのある社会を作りたいですね。

★ゼミの合宿
この前の土日、大学院のゼミの合宿がありました。
合宿といっても、場所は港区(^^;
立教の大学院に行っているのに、慶応の近くで行いました。。

前回のブログに書いた、地震対策の公開講座に参加した後、出かけました。

私の行っている「21世紀社会デザイン研究科」、なんだか説明しにくいと前にも書きましたが、研究テーマも人によってさまざまです。

たとえば2006年の修士論文のテーマ一覧はこちら

私の同級生のテーマを見ても、介護とかワークライフバランスとか多文化共生、フェアトレード、子ども関係、障害者、専業主婦、NPO、などなど。先輩を見ると、町会のこととか、CSRのこととか。

ふーむ、いろんな切り口、いろんなテーマがあるんだなあと、思います。話を聞くだけでも、「そうか、社会にはそんな問題もあるんだね」と気づくことができます。

かく言う私のテーマ「民間委託について」も、なかなか私の説明が下手なもので皆に「ぽかん」とされている気もしますが・・・(^^;

「民間に任せられるところは任せていってどんどん行政の役割を整理していって、結局最後に残る行政の役割って何なんだろう、公共ってそもそも何なんだろう、っていうことを、やりたいんです・・・」とボソボソつぶやいている私に、論文を担当してくださっているI先生だけが、「良いと思うよ!うまく書ければ、面白いと思うし、議員としての成長にもつながるに違いないよ!」と励ましてくださいました。
うーん、I先生、大好きだ・・・と思いつつ(笑)

土日はそのI先生のゼミ合宿でした。

地震の公開講座の後だったから、ほかの人のお話はあまりたくさんは聞けなかったのですが、聞けた話の中で、すでに卒業されてる先輩からの話がありました。

住民運動についての研究。

住民運動というと「地域エゴ」といわれたり、組織的にまとまってやっていると思われたりすることがあるけれど、一人ひとりの思いが重なっていく中で動くコミュニティなのではないか・・・というような話だったのですが、その中で、宮崎省吾さんという方が「住民運動は地域エゴで公共性に反する」といわれることに対して反論した文章を引用されていて、それが私の中でとても納得できるものだったので、ここに一部引用します。

いったい、関係住民を犠牲にする「公共性」とは何なのか。住民運動はいっさいの『公共性』を拒否するのか。「公共の福祉」と「地域エゴ」を対立させて考える限り、突破口はない。
それよりも、この両者が対立させられたこと自体がおかしい、と考えたほうが素直ではないか。そもそも「公共の福祉」が、住民がそれぞれ住んでいる地域がよくなる、あるいは悪くなるのを防ぐということと矛盾し、対立するということ自体がおかしいのである。



これは、私がこの1年、議員の活動をする中でも感じてきたし、そして論文のテーマにもかかわり、それから私が議員として活動する限り考えていかなくてはいけないことではないかと思ったのです。

いろんなテーマを持つ人の集まった大学院で、新たな気づきを得られる毎日です。

※かとうぎ桜子を育てる会のホームページはこちら
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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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