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★福祉の人材確保 ★当事者としての私

★福祉の人材確保
今日で大学院の集中講義は終了。
あとはレポートと、31日に補講があれば終わりです・・・。

31日のレポートは、福祉人材確保についてだと、先日書きましたが・・・5年前、私が福祉人材センターでバイトを始めたときのオリエンテーションの資料をゴソゴソと引っ張り出して眺めています。。物持ちが良いでしょう。だからなかなか資料が片付かないのですね・・・。

平成のはじめの景気が良い頃に、福祉の人材が集まらないために、社会福祉事業法に都道府県の福祉人材センターを位置づけたんだと、室長が説明してくれたことを思い出しました。(ついでに説明してくれた部屋の様子まで思い出しました。懐かしい・・・ 笑)

今回レポートを書くにあたって、どこにポイントを絞ろうかなって考えていたんです。
この、人材センターができたところに戻るか、それとも介護保険制度ができて措置から契約になったところにするか、それともこの2年くらいの人材不足に焦点を絞るか・・・って。


私が大学を卒業する頃も就職氷河期だったけど、その前後、かなり氷河期が長かったですよね。10年前後でしたよね。
回復する日が来ると想像することもできないほどひどかったけど、この1,2年、だいぶ回復してるみたいですね。団塊の世代が退職することも影響しているんでしょう。
福祉の人材不足は、多分、一般企業の就職がしやすくなった影響もあるんだと思うんです。

・・・そうなると、ですね。
平成のはじめに景気が良くて福祉の人材不足になったころと、同じになっているわけですね
ってことは、「福祉の人材」についてしばらく深刻に語られなかったのは、人材対策がうまくいったからじゃなくて、景気が悪くなっていたせいじゃないですか・・・
就職難状態が緩和されたらまた人が福祉から離れるということは、福祉人材センターが法律に入ってから約15年の間、もしや福祉構造の内部の改革が何もなされていなくて、社会全体の経済状況に流されていただけ、ということではないかという気がしてきました・・・・

今日、練馬区の介護保険運営協議会を傍聴しましたが、人材対策としては、やはり人材募集の協力ができるかどうかと、研修のことなんかが言われていました。

でも、平成のはじめに法律にのったことによってできた東京都の福祉人材センターだって、人材募集の協力と研修をやっているんですよ

せっかく知恵を絞っているのに水を差すわけではありませんが、時代は繰り返すんだろうか、と思うと、なんだか変な汗がでてきました。。うーん・・・なんかもっと根本的な解決方法を考えなくちゃいけないんじゃないだろうか、って。。

まあ、そんな予感がしてきたので、平成のはじめにさかのぼって調べて、なんかもっとポジティブな方法を考え出して、議会なり、何かの方法で区の担当の方に提案できるようになりたいと思います。

この問題は、行政も民間も議員の中の会派も全部超えて、考えていける問題なんじゃないかと思うんですよね。なにか、解決策を見つけなければ。。

ふぅ・・・今日のブログは別のことを書くつもりだったのに、人材不足について書いているうちにいろんなことが頭を巡ってしまいました。。


★当事者としての私
「あなたは当事者ではない」の本についてはまたしても先送りで(^^;)、今日、本当は書きたいと思っていたことを、書いちゃいます。長くなっちゃいますけどね。

先日のブログで「私が当事者だとはっきり言えるのは、母を看病して看取ったことだ」と書きましたが。
それを書いてみて、色々と整理ができたのです。

母が亡くなったのは介護保険制度が始まる年の1月だったと記憶していますので(変な記憶の仕方ですが 苦笑)、もう、8年半くらいになります。

議員になったのはなぜ?ってよく聞かれますが、福祉の仕事を選んだのはなぜ?も同じくらいよく聞かれていました。慶應義塾大学では国文学をやっていたので。
自分の中では、なんとなく自然な流れなんですけれど。

17歳くらいの時から、福祉とか地域とか、それに付随して政治に関心があったので、大人になったらそっちのほうにグーッと入っていくんだろうなとはなんとなく予想できていたのです。
でも一方で文学も好きだったので、「大学時代から福祉や社会の活動に入ってしまったら、多分もう一生涯文学をやる機会はなくなるだろうな」と思っていたので、最後のチャンスで文学をやった、というほうが正しいという気がします。


これも、最近は言われなくなりましたが、23,4歳の頃は、「お母さんを看病したから、福祉に行ったんでしょう・・・」ともよく言われました。
そんな、感傷的な理由で福祉に行かないわい、って、かなり反発心を持っていました。

看病している1年半は、本当に大変で、「絶対、介護の仕事だけはしたくない」とぶつぶつつぶやきながら母の看病をした記憶があります。だから、母が直接の理由だったら、絶対福祉には行かなかったと思う


でも、今回ブログに「母を看病した当事者だ」と書いてみて初めて、ひとつ整理できたことがありました。

たしかに、母を看取った経験は、福祉に進んだ理由ではあったのです。

でも、それは、私が母のケアをしたという直接の体験が理由ではない。

ものすごく大変な看病をしていたら、だんだんと、世界中の人が敵に見えてくるんですよ

それで、今でこそもう少し良くなっているかもしれないけど、母が病院に入院した時の看護師さんの態度がひどくて。よく聞く話だけど、患者を子供扱いするんですね。
たとえ病気でヨレヨレになっていようと、わたしの大事なお母さんを子供扱いする奴は許せん。もう、私は一人でお母さんを世話するんだ!と思った時点で、もう、世界中が敵に見えてきます。


それでも、その「孤軍奮闘」の甲斐もなく、亡くなってしまって。

亡くなった後も、大変でした。

母が亡くなったとき、私は19歳でした。子どもとも大人とも言いにくい年齢ですよね。

お葬式をはさんで、いろんな人が訪ねてきて、いろんなことを言っていったのです。正直、なんと言葉をかけて良いかわからない中での、言葉だったとは思うのですが。

でも、印象に残っているのは例えば、「年頃の娘とお父さんが二人暮らしになるなんて危ないわね」とか、「お父さんがお仕事でほとんどいないなら、その間にボーイフレンドを家に連れ込めるわね」とか。

母は、病気がひどくなるまで手話の勉強をしていたので、私も17歳くらいからチョコチョコと一緒に始めて、母が亡くなっても続けていました。それについて、「桜子ちゃんが福祉をやるのは、お母さんの影を追いかけているだけでしょ」と言った人もいました。

私が今、親を亡くした人に出会ったら、とてもそんな言葉はかけられないと思うけど、こんな、想像を絶するようなことを言う人が世の中には結構いるんだな、とそのとき思ったのです。しかも、若気の至りで「ついうっかり」いうんじゃなくて、上記の言葉を言ったのは、だいたい40代以上の人でした。

それで、思ったのです。
ヨレヨレになっている人を見つけると駆け寄ってきて、その傷に塩を塗りこむ人って、世の中にはたくさんいるんだなぁ、って。

母という拠り所を失って弱っている人に対する心無い言葉の攻撃は、精神的な部分では「ホームレス」襲撃事件と同じですよね。

でも、塩を塗りこんできた人をやっつけようと思ったり、仕返しに塩を塗り返そうとしてしまったら、多分、負の繰り返しだろうとも思ったのです。

そしたら、その人そのものをやっつけるんじゃなくて、その手に持っている塩を取り除く作業をしていかないといけないと思ったんです。

そして、塩を取り除く作業をする専門家が、福祉の専門家ではないかと思い至ったわけです。

母の看病をしている最中は、とてもじゃないけど介護の仕事はできないと思っていたけど、結局、2003年からはヘルパーの仕事を始めました。
そこに至るには多分、上記のような心の整理があったんだろうなと思います。
・・・と、8年以上立った今、初めて自分で整理できました(^^;

人の心の傷の回復には、時間がかかるものです。母のことと、自分の進路の決定についての整理が、やっと今日になってできたような気がしますもの

ちなみに、この何年かは、たとえ手に塩を持った人に出会っても、塩を持つ部分ではないところで対応することができるようになった気がします。
四捨五入したらもう30歳ですからね(笑) だいぶスキルが身につきました(^^;
取り除くことができるようになるまではまだ少しかかるかもしれません。

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら
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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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