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私の父の、山谷の思い出

木曜日にあった環境まちづくり委員会・健康福祉委員会のこと、金曜にあった医療・高齢者特別委員会のこと、それから今日は以前からの知人の手伝いで新宿にボランティアに行ったのでそのときのこと、3つも書きたいことがあります。

何日かかけて順番に書いていきます。


でも今日は、上記とはまた別に書かなくちゃいけなかったことを書きます。

前々回のブログで、「山谷のことを次回か次々回のブログで書く」と書いたので(^^;


私の父は、私の出身地である千葉県松戸に近い側、葛飾の、“寅さん”の家の近くのほうで仕事をしています。
清掃車の運転をする仕事。運転の仕事を委託されている会社です。

小学校の低学年のとき、国語の作文に、「わたしのおとうさんは、いつもゴミをはこんでいます」と書いて、「もう少し書きようがあるでしょ!」と母から怒られたことがありました


親のやってる仕事っていうのは、いまいちよく分からないですね(^^;
20代も後半になって、最近はだいぶ父と仲良くなったものの、私はものすごく父に対して反抗的な娘だったので、父のやっていることなんてほとんど分からないです。父がやっているというだけで「ふんっ」っていう感じでした。

だから清掃のことは、私には身近でありながらちょっと遠い、複雑なものがありますね。。

父が運転する範囲が一体どうなってるんだかもさっぱり分かりませんが(少なくとも練馬のほうには来ません ^^;)、これから紹介する父の文章は、浅草地域の収集をするときの話。


父は今の会社に就職する前、19歳の頃に、山谷に行ってみたらしいのです。
「そこにいる人が、何を考えているのかなと、気になったんだよ。それだけ。」と父。
「ひねくれ者だから、誰も気にしないようなことが気になるんだ」・・・だそうで。

・・・清掃の知識は受け継いでいないけど、ひねくれたところだけ受け継いだようです。


貧困問題は、経済的な貧困から始まって、住環境の貧困、職業の貧困、人とのつながりの貧困、という風に、どんどんと幅の広がる問題だと思います。

父が山谷に行った思い出は、そんな貧困問題の一端が見えるようで、私のブログ上に打ち直してみました。

長いですけど、読んでみてください。

父の文章は、こちら
から。

本当はもっと長くて、後半は今の父の仕事のことが書いてあったのですが、前半部分の山谷の話が私は心に残ったもので、その部分だけ引用しています。

長く一緒にいるからこそ見えるものがあると思います。私が一日、山谷に行っただけでは見えなかった、「そこに暮らす人たち」が少し見えるようで、ぜひご紹介したいと思いました。
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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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