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ゴホゴホ

風邪の感じは治ったのに、咳が止まりません。

マスクをしたり、家で加湿器をつけたり、濡れタオルを部屋にぶら下げてみたり、うがいをしたり、のど飴をなめたり、散々やっても治らない。

咳のしすぎで肋骨が痛くなってきたので、仕方ないから病院に行きました(--;)

お医者さん「ゼーゼーしたりゴロゴロしたりしますか?」
私「いいや、しないです。」
お医者さん「ふむふむ。喘息とかアレルギーはありますか?」
私「いいや、ないです」
お医者さん「ふむふむ。そんじゃあちょっと聞いてみましょうね」
と聴診器をペタリペタリ。

お医者さん「ん?・・・ゼーゼーいってますよ 自分で分からないんですか?」
私「いってましたか? 全然気づきませんでした

・・・鈍感だったらしい

お医者さん「でも今まで喘息だって言われたことないんだものねえ。喘息までいかないのかなあ・・・とりあえず薬を飲んでみて、次に来たときに様子を見ましょう」

う~ん、言われてみれば私は毎年、ゴホゴホしている気がする・・・つまりは、「喘息だといわれていない」のではなくて、「お医者さんにちゃんと診てもらってなかった」のですねえ。。
そうか、喘息かも知れない状況で、28年気づかずポケーっとしてたのか・・・(--;)

「不適切な状況であっても、長いことその状態に慣れてしまえば当たり前になってしまう」という事例ですね。。
ちょっと体調が悪かったらすぐに病院に行く。ちょっとつらいことがあったらすぐに誰かに相談する。ということを身につけないといけないのにね・・・。
普段自分が言っているのに、自分の体のことだとこうだもんなあ・・・紺屋の白袴だ・・・

ま、私の状態はもう少し様子見ないと分かりませんが、しみじみ、体調悪くなったらすぐ病院に行ったほうがいいですね。

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら
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試行錯誤

一人会派になってから、区民の皆さんと直に向き合う時間が、一層増えたように感じています。

改めて、「なぜ、あなたは議員なの?」「あなたはどんな社会を目指したいの?」という問いを突きつけられる毎日です。

私自身、議員になったその日から、いつでも一人になっても頑張る覚悟で活動をしてきたつもりですが、それでもやっぱり実際に一人になってみると、改めて学ぶことが多い。一人になったことで、本当に多くのことを学ばせてもらっていると思います。毎日がとっても、面白い。

そういう中で、自分でも気づいていなかった自身の弱みや強みを感じてもいます。

ものすごく、感覚的にものをとらえて、感覚的に表現してきたんだなあということとか・・・(^^;
でも、感覚的な表現だけじゃ、思いが相手に伝わりきらない。ここはこれから先もしばらくの課題です。

部長課長とのやりとりで時々ムカッとしても、「怒ったら負けだ、今は我慢だ・・・」と自分に言い聞かせたりだとかもしています。
腹が立ったことをブログに書かなくなったのは、腹が立たなくなったわけじゃなくて書かない努力をしているだけです

そんな、自分の感情の起伏に辟易しながらも改めて、「私はどんな社会をめざしたいのか」ということを、うまいこと言語化しようと試行錯誤しているところなのです。

2月1日の区政報告会でも、できるだけたくさん私の思いを伝えたいし、2月の定例会の予算審議も、いろんなことを言いたいから、一体どうしたら伝えられるかと、毎日考えています。


そんな中で、ふと思い出したことがあるので、書いてみることにしました。

私は22歳から福祉の仕事を始めたのですが、就職活動も、介護の大手の会社をいくつか受けました。

就職説明会の時って、その会社で働き出して1,2年目の「先輩」が、話をしてくれるんですよね。
そこで、多くの介護会社の「先輩」が言っていた言葉に、「この仕事は、お客様から『ありがとう』と言われる、とてもやりがいのある仕事です」という言葉がありました。

これに私は、ずーーーっと違和感をもっていたんです。

お客さんでも従業員でも、誰であっても、人と人の関係ですから、「ありがとう」と言い合える関係はそりゃあ良い関係ですね。言われないよりは言われた方が嬉しい。

だけどそれは、たまたまの結果であって、それ自体が目的ではないはずだ、と思ったのです。

だから、就職説明会で「ありがとうと言われる仕事だ」と説明されると、なんだか嫌だなあという心持ちがしたのです。


それと対になる話ですが、私が福祉の仕事をすると説明するとよく、「福祉の仕事をする人は、良い人ばかりだ」とも言われました。
それにも違和感があった。

私にとって、福祉とは、一人の人間が自分らしく人生を送るための権利の保障なんだと思っていたんです。
育った家庭の環境やもっている病気や障害、経済の状況など、人によって様々だけれど、そういう中で何らかの形で社会から排除されそうになる人がいる。
その「排除」をなくしていくのが、福祉の専門性であるべきだと私は思うのです。

権利を守る制度がないなら、問題を明らかにして社会のありようそのものを変革していくのも福祉の仕事。

だから、その当事者からありがとうと言われるかどうかは関係ないし、ましてや良い人であるかどうかも関係ない。
プロフェッショナルであるならば、礼を言われようが言われまいが、やるべきことをやるのが仕事だろうと思うんです。
弱い立場の人を守り、社会を変革するためには、「良い人」であるよりも他の資質が必要なこともあるはずだとも思う。

人が当然守られるべき権利が、「優しさ」等の言葉で弱められてしまっているこの社会を変えるためには、現状の「福祉の仕事」をしているだけでは叶えられないものがあった。だから私は議員になったんです。

・・・どうだろう、少しは伝わりましたかね?
ところが、これを口頭で伝えようとするとうまくいかないんだ・・・ああ、2月1日が近づいてくる(><)

でも頑張るので、2月1日、ぜひご参加ください。

午後2時~4時、勤労福祉会館です。

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近況

★金曜日は区外での仕事や用事が複数重なっていました。途中で練馬に戻るほどの時間がなかったから、少し空く時間には、事務作業をするために、インターネットカフェに入りました。

私は、福祉の仕事をしている頃には、複数の事業所を掛け持ちしていたり夜間の学校に行っていたりで、合間に勉強や仕事をするためには結構ネットカフェを活用していたのです。そんなわけであんまり違和感なく入るのですが、皆さんはどうなのでしょうね?

今回、ネットカフェに入ったら、ゴミ箱の上に「TOKYOチャレンジネット」というパンフレットがおいてありました。

TOKYOチャレンジネット・・・年始の石神井学園の派遣村で初めて知ったんですが、東京都がやっている、ネットカフェ難民対策事業なんですって。
住まいがない方に対して、住まい探しの支援や、敷金礼金の貸付だとか最初に必要な生活必需品について少し安く販売することなんかを行っているらしいんです。

ネットカフェには、椅子式の部屋と、座敷式の部屋がある。座敷式なら靴を脱いで、1畳ほどの部屋に入る形。

廊下を歩けば、マンガや雑誌のコーナーのほかに、飲み物のコーナーがあり、シャワーもついている(20分300円)。「ナイトパックご利用の方には朝食サービスを始めました」という看板もある。
トイレの洗面台には「顔を洗いたい方は別の場所にもう少し広い場所があります」との案内つき。

ちなみに、ナイトパックは5時間で1080円。7時間なら1580円。
(週末だと、5時間1480円、7時間2160円。)

う~ん。私が年末に行った、寿町のドヤ街を見たときに近い印象を感じました。

ここは、新宿駅近くのネットカフェで、かつて福祉の仕事をしてた頃にも何度か行ったことがあるところだったんです。でも、こんなにドヤの香りがしたのは今回が初めて。

広さ的にはドヤの方がよほど生活やすいけど、就職情報を得るためのネット環境を考えると、狭いけれどもネットカフェの方がいいかなあ。
1泊1500円で、1畳でネット付きの部屋にするか、3畳でネットなしの部屋にするか、という違いです。
1畳だと、エコノミー症候群が心配だと、私は思いますが。

とにかくしみじみ、社会の変化を感じました。


★2月1日の区政報告会の司会は、日高市議会議員の川田虎男さんになりました。

今朝、川田さんに電話しましてね。
「市民ふくしフォーラムの会派で会議を開いた結果、川田さんが司会をやるのが一番いいんだと、満場一致で決まったんですよ」とお伝えしました。

「何が満場一致だ!市民ふくしフォーラムの構成メンバーは一人じゃないか!」と、川田さんはぷんぷん怒っていましたが(^^;)、それでも司会を引き受けてくれました。良い人だ。しめしめ。

川田さんは私と違って、人前で話すのが上手なので(^^;)、彼が司会をしてくれたら一安心・・・

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「あしがらさん」上映会報告書がやっと完成しました!

昨年の6月1日の上映会の報告書が今頃完成しました。

遅くてすみません。

当日参加された方には、今日郵送したので、明日か明後日には到着すると思います。2,3人、直接手渡ししようと思っている方もいるのですが、届かないなあと思った方は連絡ください。

やれやれ、ほんとに遅くてすみません。言い訳のように、この間に起こった、名誉区民に反対した経緯と一人会派になった経緯を書いたレポートも同封して郵送しましたが(^^;


見た目はそっけないけど、中身は良い報告書なんですよ。
シンポジウムに参加してくれた、飯田さん、清野さん、北村さんが、年末の忙しい時期に改めて内容を見直してくれて校正してくれたのです。
あとは、私の父の山谷の思い出文章付き・・・。

当日参加の方には500円の参加料をいただいていたので、そこからの支出ということで、お送りさせていただきました。

そんなわけで、参加されていない方には、報告書は100円でお分けしています。
ぜひどうぞ。

・・・・とはいったものの、100円という料金をどう徴収しましょうかねえ。
一番良いのは、2月1日の区政報告会にご参加いただいて、会場で受け渡しできたらいいんですけどね(^^;

ふと、「100円分の切手を送っていただけばいいんじゃないか」とも思ったんですが、報告書をお送りするのに200円かかるんですよね。。なんだかそれでは、「やぎさんゆうびん」みたいなので(^^;)、お買い求めくださろうという奇特なお方(!?)はとりあえず、私の事務所にお電話ください。できるだけお届けにあがります。

連絡先:03-3978-4154 または sakurako_happy_society@yahoo.co.jp

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のんばーばるこみゅにけーしょん

いやはや、予想以上に長い風邪でした。

体調を崩したのは、昨年の夏以来かなと思います。

昨年の秋くらいまでは、しょっちゅう胃腸を悪くしていましたが、どういうわけだか分かりませんが、11月くらいから胃腸の調子が悪くならないんです。まったく、全然、良い調子。

おお、胃が良いじゃないか!と思った分だけ数ヶ月間ちょっと突っ走ったようで、風邪にバタっと倒れたこの数日でした・・・。

でも、いつまでも倒れていはいられない、と、昨日ようやく、ムクっと起き上がりました。


それで今日から活動を本格的に再開したんですけど、体が動き出したら今度は声が出なくなりまして(^^;

まだボツボツと新年会があるわけですが、会う人にとりあえず振り絞って「今年もよろしく」とは言うものの、それ以上の会話の声が出ない。

だから挨拶の言葉を、「△※□・・・・えへへ」、ニコリ。

まあ、声が出なくても、表情で伝えようとすれば、何とか伝わるものなんだ、ノンバーバル(非言語的なコミュニケーション)が大事なんだとしみじみ思う今日この頃です。


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2月1日、区政報告会のお知らせ

議員になって1年半が過ぎ、その間に一人会派になったり、様々な動きがありました。

私自身、今までどんなことをしてきて、これから何をしていきたいのか、区民の皆さんにお話をしたいと思いますし、またご意見をいただきたいと思っていましたので、このたび、そういう場を作ることにしました。

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区政報告会
日時:2月1日(日) 午後2時から4時
場所:勤労福祉会館 中会議室(練馬区東大泉5-40-36)
お問い合わせ・お申し込み:かとうぎ桜子事務所まで(tel.03-3978-4154 FAX.03-3978-4158 メール. sakurako_happy_society@yahoo.co.jp)
当日参加も可能です。
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どうぞご参加ください。

石神井学園が一段落したとたんに、ドカンと風邪をひきました・・・。昨日今日と這いながら仕事をしています。。たぶん、明日には通常に戻れることでしょう・・・。

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派遣村との関わり

1月12日、石神井学園の体育館で生活をしていた派遣村の皆さんが、千駄ヶ谷のほうにある日本青年館に移動しました。そこで集会があるためです。

1月5日から12日まで、短い時間ですが、私もかかわりを持たせてもらって、充実した1週間でした。とても1週間とは思えなかった・・・。
一緒にボランティアをしていた方から、「年明けから大変だったね」と声をかけていただいて、あれ!?まだ年明けだったっけ!?と思うほど、1日1日が濃い時間でした。。


私たちに何ができるだろうか・・・そう考えて、池尻成二さんと一緒に、区や都の担当者からお話を聴いたり、現場を見に行く中で、私が感じたことは、「まずは現場で当事者の声をじっくり聞くことができていない状況にあるのではないか」ということでした。

生活保護の相談、就職の相談、住まいの相談、という具合に、具体的な相談をすることのできる窓口はある。
でも、「自分は生活保護を受給して本当にいいのかなあ。できれば自立していたいのに・・・」という悩みを持っていた方も多かったようで、そうした心の揺れを総合的に受け止められる態勢がなかった。

日比谷から各施設に移った段階で、管理は東京都が行い、日比谷公園時代から続く実行委員会は側面から支えざるを得ないという状況の中で、運営の体制作りが難しい部分も多々あったんだと思います。

でも、日本青年館に移ったとき、派遣村の村長さんもおっしゃっていましたが、この問題はこれで終わりではないはずなのです。
日比谷から行政の管理する施設内に移れてよかった、ということで世間の目から見えにくくなってしまうことは避けなくてはいけないということを感じました。

そのためには、一人ひとりの個別支援をしっかりと行うことによって、今目の前にいる派遣村の「村民」だけではなくて、今後さらに増えるといわれる失業者や、格差社会の波の中で苦しい生活を強いられる人たちへの支援のあり方へと、社会の問題意識を広げていかなくてはいけないと思います。


そんなわけで、石神井学園では、社会福祉士や、練馬の地域で活動をしている方々に呼びかけて、当事者へのヒアリングに入りました。
年齢も非常に幅があるし、その分、持っているニーズも様々でありました。

そういった集約は、今後実行委員会のほうでやっていくんではないかとも思っていますが、とにかく、各地に「村民」の皆さんがばらばらになって仕事や住まいを見つけた後も、その後の活動につながるようなしくみが必要だと思います。

住まいや仕事を失ったとき、活用できる唯一の制度は生活保護です。
けれども、生活保護はとても使いにくい。
受ける側の抵抗感がある場合も多いようです。

改めて、社会のセーフティーネットのあり方に課題を感じました。

それから、こういう問題に直面したときに、個別支援からニーズを把握し、それを社会の変革へつなげていくソーシャルアクションという点で、福祉関係の組織的な動きがもっとあるべきではないかとも思いました。

日本の中の貧困問題は、語られ始めて日が浅いこともあって、たとえば介護に比べればまだまだ議論が成熟していないように思います。
だけど、そんな、社会の変化に合わせて何ができるかを柔軟に先駆的に考えていくことが、「福祉の専門性」なのではないかと私は思いますが、どうなんでしょうね。すでにある制度に当てはめることばかりが専門性と思われがちな状況を感じたりもしました。


心の揺れを支える場の必要性も感じました。
派遣村では、物理的には雑魚寝で辛かったと思いますが、でもこの問題は自分ひとりに起きていることではないこと、決して自分が悪いんじゃなくてしくみがおかしかったんだと気づけること、そして困ったときには相談できる仲間がいること、という意味ではいい場所だったんだと思います。
本来ならば、家にいても、そうやって思いを共有できる場がなければいけないと思います。
これは、経済的なセーフティーネットと同程度に必要なものだと思います。


それから、こうした緊急で前例のない事態に直面した時、どんな態度をとるかということは、立場を超えて私達一人ひとりに突きつけられた課題であるようにも思いました。
行政は行政の立場、議員は議員の立場、福祉関係の人はその立場、近くに住んでいる人は地域の人としての立場、それぞれが率直なところ、何を感じてどう行動に移すか・・・雇用の問題は生き方の問題であるだけに、それにどう向き合うかは、私達一人ひとりがどう生きるかということに直結する問題であったように思いました。

様々な課題を感じつつ、石神井学園から皆さんを送り出したわけです。

今回の体験は私自身にとっても、とても大きな意味を持つものだったと思います。
この体験を受けて、私自身は議員として何をしていくべきか・・・2月は予算の定例会ですから、思いを生かして社会を変える提言をしていきたいと思っています。

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派遣村のこと

前回のブログに派遣村のことを書きましたが、あれ以来、ずっと派遣村のことをやっています。

毎日毎日、色々と思うことがあるのですが、それはまた、13日以降に報告したいと思います・・・。

とにかく、春に向けてまだまだ状況が厳しくなるかもしれないといわれている中で、年末から今に至るまでの派遣村の動きが、一過性のもので終わることなく、社会のありようを見直すきっかけになることを願い、そして少しでもその役に立ちたいと思いながら、毎日を過ごしています。

すぐには解決できない問題かもしれないけれど、でも絶対に次につないでいくために。


何かに突き動かされて、私の小さな力であっても、何かせずにはいられないときがあります。


僕の命を 僕は見えない
いつのまに走り始め いつまでを走るのだろう
星も礫(こいし)も人も木の葉も
ひとつだけ運んでゆく 次のスタートへ繋ぐ

この一生だけでは辿り着けないとしても
命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ

(中島みゆき「命のリレー」)


お話したいことはたくさんありますが、今は私の頭はあっぷあっぷですので(^^;
私からの詳細はまた改めて。

今回一緒に活動している、区議の池尻さんがもう少し詳しく書いているので、ここここを見てください。

・・・うーん、他の議員さんのブログをリンクするのは初めてです・・・(笑)

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「派遣村」が練馬に

年末年始にずいぶん報道されていた「年越し派遣村」。
1月5日にこの「村」が終了しましたが、そこにいてまだ仕事や住居が見つかっていない人たちが、5日から都内の4ヶ所に分かれることになった、という報道が、5日の新聞でされていました。

大田区と練馬区にある都立施設と、中央区に。

そして、これが、1月12日までの1週間のみ。

練馬は、石神井学園という児童養護施設のとなりにある体育館を使う。場所としては、大泉学園駅の近くです。ここに来た人数は、136人。
ここは都立施設なので、「派遣村」の人たちのことも都が責任をもって支援をするという。

それで、6日に、行ってみてきました。

見たときに、どうも気持ちがモヤモヤする。

う~ん、なんだろう、このモヤモヤ・・・。



見学してから2,3時間、ずーっとその理由を考えていました。

ハローワークが相談に乗ったり、ネットカフェ難民対策をしている都の事業で相談に乗ったりして、住宅の確保や仕事の確保の機会はそこにある。
だけど、136人もの行き場が、たったの1週間で決められるのかしら・・・?
区に聞いても都に聞いても、「できるように頑張るんだ」って言うんだけど。

まあ、それは、頑張らなくちゃいけないとは思うんですが、でももし頑張りだけでは間に合わなかったらどうするんだろう・・・。
起きてほしくないことは考えない、というのは日本人の悪い癖ではないですか?(^^;
私も時々、「今日は雨降ってほしくないから、傘はもっていかない。傘を持って行ったら、雨が降ることを認めるようだから。」と思ってしまうことがあるけれど(^^;)、それに似た感じがします。
12日までに職・住が決まっていない人が出たら困るから、その想定はしないでおこう・・・みたいな

そして、万一、決まらない人が出てきてしまったとしても、日比谷の派遣村のように1ヶ所に集まっていれば、この年末年始のように報道されて注目されるだろうけれども、こうやってバラけさせられている分だけ、問題が社会の中から薄れてしまうような・・・

コップから水があふれても、砂の上にこぼせばまるで初めから存在しなかったように見えなくなってしまうように、13日が来てこのままスッとみなさんが路上に出されてしまえば、問題そのものが消えてしまったようになるんじゃないかと危惧します。

それが、モヤモヤの原因の1つ目。


それから、派遣村の報道を聞いていた時から引き続くモヤモヤ。

この数ヶ月、派遣切りの問題が大きく報じられて、随分注目されるようになったけれども、日本の貧困問題はもっと前から指摘する人もいたし、その支援活動をしている人は昔からいるんですよね。だからこそ、東京都は以前から路上生活者の支援事業をやっていて、その一環として大泉学園町に「練馬寮」ができたわけだし。

それが、派遣切りによってさらに数が増加して、より多くの人に身近な問題になり、またさらに深刻な問題になったのは間違いないのだけれども、でも前からあって、そしてずっと解決されずに放置されてきた問題だよなぁ、と思う。放置された結果、これだけ拡大されたのかもしれない。
だから、なんだか、これは、初めて見る光景ではないよなあ・・・この前、寿町でも見て来たと思う・・・と、石神井学園の体育館でしみじみ。

でもそんな、長く引き続く問題だからこそ、それを目の当たりにして立ち尽くす、というような気持ち。。
映画「あしがらさん」の中で、65歳のあしがらさんが路上からグループホームに移り、デイサービスに通って幸せになったあと、映画のラストシーンで監督が言う。「かつてあしがらさんがいた路上には、別の人が暮らしていた。路上は、何も変わっていない」。
ついつい、この映画を見ると、あしがらさんが幸せになれてよかったな、ということに目が向くけれども、私は実は、ひっそり言われるこの一言に一番心がひかれていました。
そうだ、ずーっと、路上は何も変わっていないんだ。どうしよう、どうしたらいいんだろう・・・って。

その時の気持ちにも通じるものが、2つ目のもやもやの理由。


寿町に行ったときのブログにも書いたけれども、人にとってまず必要なのは住む場所ですね。
そして、別な次元で必要なのは、その存在が忘れられないこと。居場所があること。

年末年始が終わって社会が日常に戻っても、問題は解決していないことを忘れずにいることですね。

1月12日、13日をどう迎えるのか。これは、私達ひとりひとりが向き合うべき問題であるように思います。

そして、練馬区はこの状況にどう向き合うのか。
今は直接には都がやっていることだとしても、その地元である自治体として、ただ黙って、手をこまねいて眺めているわけにはいかないでしょう。

都だとか区だとかいう枠組みを越えて、目の前にいる一人の人間のために何ができるのか、短い1週間のうちに、考えなくてはいけませんよね。

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仕事始めの日

★正月早々、どうやら風邪を引いたようで・・・。
どうせ引くなら、潔く(?)、ぱーっと熱でも出てしまえば諦めもつくのに、中途半端にくすぶっています。
鼻と目とおでこが熱い感じがする・・・。
風邪薬により、人工的な眠さに襲われ。でも、それでも頑張れば案外なんとか仕事ははかどったりするもんで。。
そんな低空飛行な仕事始めですが、まあなんとか、大泉学園の駅には立つこともできました(^^;

★商店街を自転車で走ってみましたが、まだお正月の気配ですね。
ぼつぼつ開いているお店と、まだ眠っているお店と。
街が、「うーん・・・」と寝ぼけ眼をこすりながら目覚めてくるような雰囲気です。

★10日に、大学院の修士論文の中間発表があるので、ちょっとあせっています。秋からほとんど進んでいない・・・(と書いてしまったこのブログを、担当の先生が読みませんように。。

それで、年末からひいひい言いながら本を読んでいるのですが、その1冊である「第三の道」(アンソニー・ギデンズ 日本経済新聞出版社)という本に、面白いなあと思う部分が色々あって、「ははー」「ほほー」と独り言を言っていたお正月でした。

・・・論文そのものとはあんまり関係ないかもしれないんですが

今は世界では新自由主義がすべてのようになっているけれども、本当にそれでいいのか。新自由主義でもなく、旧来の社会主義でもない、「第三の道」を見つけなくてはいけない・・・というような内容の本なんですが。

一番最初に、「ほほう、なるほど」と思ったところをちょっと引用してみます。

新自由主義は、自由な市場の力を、伝統的な制度、なかんずく家族と国家の擁護と結びつける。経済に関しては個人のイニシアチブを発揮させるべきだが、他の社会的活動領域では、個々人が義務と責任を果たさなければならない。
社会的秩序を維持するためには、伝統的国家と同様に、伝統的家族を擁護しなければならない。単親家族、同性愛者の同居等、伝統的でない家族は、社会を廃頽させる元凶である。(33ページ)


こういう、保守的な新自由主義の考え方を解説した上で筆者は、

一方で自由市場を万能視しつつ、他方で伝統的家族や国家を守ろうとするのは、自己矛盾をきたしていないだろうか。(38ページ)

という。

ギデンズはロンドン生まれの人で、この本もイギリスのことを念頭に書いているらしいけれども、これは日本にも通じるものがあるように、私は思いました。


そうか、新自由主義の流れと、時おり問題になる、「愛国心」や「国旗国歌」や、さらに一方では「自己責任」だとかいう言葉が世の中を飛び交っていることは、すべてひとつにつながっていたのかもしれないなあと、ハッと気づきました。

ギデンズはそれを自己矛盾だと言っているけれど、私は、市場に任せて抜け落ちたものを、「家族愛」や「愛国心」で糊塗する、という意味の一貫性を持っているようにも思ったのでした。

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意外な再会

大学院の後期の授業で、石川治江さんという方に教えていただいています。

立川のほうで、ケア・センターやわらぎというNPOと、にんじんの会という社会福祉法人をやっている方。

その石川先生に紹介してもらって先日、「かものはしプロジェクト」というNPOをやっている村田早耶香さんという方にお会いしました。

カンボジアで、児童買春が行われている。まだ10歳にもならないような子が被害に遭っている。その原因は、貧困にある。家族が食べていけないから、子どもも働く。その中で、過酷な労働や買春の被害に遭う。
だから、家族がちゃんと食べていけて、子どもは学校に通えるように、その地域に仕事を作っていく。

それが、このNPOの事業だということでした。

村田さんは、私より1つ年下。
大学時代にこのNPOを立ち上げたらしい。

「きっかけはなんだったんですか?」と聞いてみた。

「大学の授業で、カンボジアの問題を聞いた。でも、そんな悲惨なことが本当に起きているのか、自分の目で確かめずにはいられなくなって、実際に行ってみた。そうしたら、授業で聞いたよりももっと悲惨な現実を目の当たりにして、何かせずにはいられなかった」と。


他の学生が、村田さんに聞いた。
「やっている活動は意義があることだと思うけれども、でも、日本の中にも貧困があったり、たくさんの深刻な問題があるでしょう。なぜ、海外の問題に取り組むんですか?」

そこで、石川治江先生がおっしゃった。
「活動って、たくさんの問題を比較して、『こっちのほうがより深刻だから』とか、『こっちのほうが地域が近いから』という理屈でもってはじめるものじゃないんだと思う。
出会い、なんだと思う。
出会ってしまって、「これはなんとかせねば」と思う問題に向かって突き進んでいくものなんではないか。
私自身は、はじめに出会った問題が、重度の障害者とともに立川駅にエレベーターを設置して欲しいという運動だったから、そこから、障害や介護の活動をしているけれども、もしも初めてぶつかった問題が路上生活の問題だったら、そういうNPOを作っていたかもしれないし。
その人が初めて、どんな問題に出会って心を突き動かされるかの違いであって、海外だから、日本だから、という違いではないんじゃないかしら。」

さらに、村田さんがおっしゃる。
「私にとっては、外国の人、日本の人、という国籍は問題ではないと思うんです。ただ、その人が支援を必要としていると感じるから、やるんだと思う。」



私も、どちらかというと、日本国内の問題のほうに目が向きがちでした。
海外の支援の話を聞く時もときどきあるけれど、今回ほかの学生さんが質問したように、「でも国内にもたくさん問題があるしなあ・・・」と思ってました。

だけど、石川先生と村田さんの意見を聞いて、あ!そうか!って思いました。「思い」に「国」は関係ないですね。
狭い道幅で走ってきた私の頭の中で、急にぱーっと広野がひらけたような、そんな感じがしました。
良い出会いでした。


ちなみに、村田さんに、「はじめまして。加藤木と申します」と挨拶したら、「加藤木さんって、桐朋女子高校にいた加藤木さんですよね?私、ひとつ下の学年にいた、村田です。」と言われました
びっくりした

私は、今も「学生」でもありますが、いろんな学校に行っているけれど、桐朋が一番自分のアイデンティティに影響していると思っています。
私の性格の90%は、桐朋で作られたと思っています(^^;

そんな思い入れのある学校なのですが、さらに村田さんはそれだけじゃなくて、私が高校時代に所属していたサークルの後輩でもあったのでした。

高校時代、私はたしか1年半くらい、和太鼓のサークルに入っていたんです。
「親戚が和太鼓をやっているんだから、あなたもやってみれば?」と母に言われて始めたんですが、そういう受身な動機では長続きしないもので(^^;)、「太鼓を叩くと腕が痛い」とかブツブツ言って、短期間でやめてしまったんですが
その1年下の後輩に、村田さんがいたのです。言われてみれば、思い出しました。はしゃぐでもなく騒ぐでもなく、地道にこつこつ、一生懸命練習してた子だったような記憶。

正式な部活ではなくてサークルだったので小規模で、1学年5,6人くらいしかいなかったと思います。

そんなところで一緒だった子と、こんなところで再会するとは・・・

いやはや、びっくりしました。。

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あけましておめでとうございます

年末のうちにあと一回くらいブログを更新したいと思っていたんですが、できないままに正月がやって来ました。

★大掃除はとても苦手。年末ギリギリまで残してしまい、「ああ・・・」とため息をついていました。
「ちゃんと大掃除しようと思わないで、丸~く掃いておけば良いじゃない」と励まされたり、しまいには「大掃除をしなくても新年は来るから大丈夫よ」なんて慰められたりしてたんですが(^^;)、まあなんとか形ばかりは掃除して新年を迎えられました・・・。

★20代になってからはいつも、高校時代の友人と初日の出を見に行ってるんですが。
私か親友のどちらかが雨女なのではないかと疑っているんですが、この子と会うときにはなかなか晴れない。だから、日の出に行っても、大半は曇り空・・・。

ところがこの1,2年はとってもきれいに見えています。
初日の出が見えた年は、私は個人的には願っていたことが叶うように思います。
社会全体は不安な世の中だけれど、今年はきれいな日の出も見えたことだし、良い一年になりますように・・・。

しかし、朝の駅でチラシ配りをしている時から薄々感じていたんですが、今年の冬、この2,3年の中では寒いほうだと思いませんか?
日の出を見に行って改めて、「こんなに寒いのは久しぶりだ」と思いました。

この社会状況の中で、この冬に初めて路上生活をされる方も多くいらっしゃると思います。加えてこの寒さですから、心配です。

★以前のブログで少し予告(?)を書きましたが、12月29日、30日に横浜の寿町のドヤ街に行ってきました。
議員になる前、ずーっと前のブログにチラッと書いたことがあるんですが、寿町はもともと、日雇い労働者の街でした。それが、高齢化で活気がなくなったり、片方で犯罪の温床になりがちだったりする。
そんな寿の街を変えようとして活動してきた、「さなぎ達」というNPOがあります。
寿に住む人たちが日雇いの仕事を見つけられなかったときに支給される食事の券(パン券)が1枚あれば1日3食の食事を取れるような、安い価格での食堂をやっている。(さなぎの食堂

それから、ドヤ街は高齢化している分、空き室も目立っている。そこを改装して、若い人や外国の長期旅行者向けの安いホステルへと変えている。(横浜ホステルヴィレッジ

そうすることによって、寿は若い人が訪れる街になる。

私も今回、このホステルヴィレッジの1室に宿泊しました。
1泊3千円。
他のフロアはドヤで、1フロアだけホステルになっているみたいです。

3畳の部屋。
私が泊まったのはここです。部屋の写真も出ているから見てみてください。

息苦しく感じるかと思ったけれども、そんなことはなかった。しみじみ思ったのは、「人に必要なのは住む場所と食事と、それから【私はここにいてもいいんだ】と思える居場所なんだろうな」ということ。

もし、仕事のないときにはずっと3畳の部屋にいたらやっぱり息苦しいでしょう。
でももし一歩外に出れば友人がいて、話ができて、明日を思い描くことができればいきいきと生きていけるのではないかと。

しかし、そこで気になるのは、高齢化に伴って、部屋にこもりきりな人が多いと予測されること。これはドヤ街に限ったことではなく、団地なんかでも同じですけれどね。

★今回寿町に行った理由はもう一つ。
K2インターナショナルという、ニートの支援をしている団体が、この地域にお好み焼き屋さんを出店したということで、うがかったのでした。
.
ニートの支援をする中で、一時は引きこもり状態だった人がいざ社会に出て仕事をしようとしてもどうしてもうまくいかなかったり、居場所のなさを感じてしまうこともあるということで、その仕事の場としてお好み焼き屋さんをやっているということでした。
「さなぎ達」とも、連携しながら活動を展開しているところだとか。

日雇いだった人が、高齢化などの理由で仕事を失い、居場所を失っていくということ。ニートといわれる人たちが居場所を見出せずに孤立しがちであること。・・・置かれた状況や出発点、年齢は異なっていても、抱えている課題に共通点は多いような気がしますよね。
いや、もしかしたらこれは、すべての人に共通する課題かもしれない。

まだぼんやりとしていてうまくまとまりませんが、私が今後取り組むべき新たな方向性がうっすらと見えてくるような出会いでした。

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら

Appendix

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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