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予算審議2日目(議会費・総務費)のこと・・・区民相談

2月はやっぱり過ぎるのが早いですねぇ・・・。
28日までだとはいえ、他の月と比べても2,3日短いだけなのにね・・・。

梅が咲いてますね。
梅見に行きたいなあ・・・と時々ボケーッと思いつつ、せっせと仕事してます。


さて、先週の火曜日、予算審議の2日目のテーマは、「議会費・総務費」でした。

前回のブログの中に、練馬区が「区民生活防衛対策本部」というのを作ったと書きましたが、また一方で生活相談の窓口としては「区民相談所」がある、という答弁もこのところされていました。

で、私は福祉の仕事をしている時からも、相談窓口のことは気になっていたのですが、練馬の派遣村に行ってみて改めて、総合相談窓口の足りなさを感じました。支援活動をしている派遣村でもなかなか総合的な相談に乗り切れていないんだから、地域社会ではなおさら、総合相談は難しいんだと改めて思いました。

自分ではっきり、「今私は、仕事がないから困っていて、それさえ解決すれば何にも問題ない」とか、分析できるならばまあなんとか乗り切れると思うのです。

しかし、少し困ったくらいでは生活保護が受けられないという社会だからこその問題でもあると思いますが、誰かに支援を求める時にはすでに問題がごちゃごちゃに絡まってしまって、簡単には解きほぐせなかったりするのですね。

体の病気だって、早くに病院に行けばすぐに治るのに、重くなってから行くとまず原因を突き止めるだけでも大変になるでしょう。それと同じ。

社会生活も、うまくいかないのが長引くと、心身の病気が問題なのか、家族の問題なのか、経済のみの問題なのか、はたまた・・・という具合に、複雑に入り組み、その分相談窓口も多機関にわたってしまう。
そして、長いこと、辛い状態が長引くと、自分自身も「何がどう辛いのか」が混乱してきてしまうものですね。

そうなると、すべてにまたがる総合的な生活相談をすることができて、寄り添いともに課題解決をしてくれる人が必要になると思うのです。

そんな思いで、質問したのが以下の内容です。
ちなみに、「総務費」では、ドメスティックバイオレンスの問題もちらりと質問したのですが、制限時間がやってきてしまって中途半端になってしまったので、これはできればまた来週の質問時間にリベンジを・・・と思ってますのでそのときに改めてご報告します。

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桜子
区民相談経費について伺います。
今のこの経済状況の中で、区民の生活に関して総合的な相談窓口が必要だろうと言うこと、一般質問で何人の方がおっしゃっていたかと思います。
そういう中で、「区民相談というのをやっているので、そこでやっていく」ということが答弁で言われていたかと思いますが。

区民の生活の相談といったときに、たとえば多重債務であるとか、就労の問題であるとか、そういったはっきりとした問題が一つだけあるということであれば、すごく分かりやすいことではありますけれども、すごく多岐にわたっていて、障害のことだとか家族の関係だとか、すごくいろんな問題に及んでいるために、なかなかどこから相談に乗っていったら分からないということと、本人もどこから解決していっていいか分からない、ということがあると思います。

そういうときに、例えば生活保護を使うということであれば、生活保護のケースワーカーが自立に向けた相談に乗っていくことができますが、なかなか、まだそこに至る前の方であると、相談の入り口が見つけられないということがあると思います。
区民相談がそういった相談の入り口時点の役割を果たしていくことができるのかなということを、一般質問で答弁を聞きながら思っていたのですが、この「区民相談」が相談の入り口としての役割を果たす時に、特に留意している点であるとか、区としての方針があればお聞かせください。

課長
今、委員からご指摘のありました区民相談所でございますが、私ども、専門相談の他に「一般区民相談」ということを、私どもの再任用・再雇用職員が中心となってやってございます。
たしかに、困っていることがはっきりしていれば専門相談の方に適切におつなぎするということができるのですが、やはり、何が問題なのか整理されていない方もたくさんいらっしゃいます。

そういったとき、私ども一般区民相談の担当員が、できるだけその方の問題を解きほぐしてさしあげる。何が問題点なのか一緒に探してさしあげるという心がけで、私ども運営を行っております。

そういった意味で、私どもの区民相談が入り口となって、適切な相談機関におつなぎするということを志して、今後ともやっていきたいと考えております。

桜子
問題が分かってきたときには専門的な相談につなぐということが必要になってくると思うのですが、ほかの機関につないでいくというときには、やり方を気をつけないと、受ける側からして、たらい回しにされているような印象を受けてしまうという危険があると思います。

そういう意味では、どうやってつないでいくのかというところがすごく重要になると思うのですが、区民相談の相談員の方が、例えば消費生活センターの相談員の方であるとか福祉事務所の方であるとか、そういう方々と相談に関する情報交換であるとか連携をしていく機会があるのかどうかというのを教えてください。

課長
区の中に相談機関が様々ございまして、課題によりましては連絡会・・・例えば児童虐待ですとか・・・そういったことで連絡会が設けられているケースもございます。
ただ、一般的に、私ども区民相談の相談員が個々に各相談機関の相談員とやり取りをすることはありますが、組織立ってそういう意見交換をするところについては、まだ未設置でございます。今後、相談機関の連携強化というところでは課題であると認識してございますので、今後検討して行きたいと考えております。

桜子
あと、個別の相談内容を分析していくことで、いろんな区民の方の、今起きている生活の問題が見えてくるということがあると思いますが、そういった相談を受けた場合に、その事例について分析したり、検証したりということはされているのでしょうか。

課長
私ども一般区民相談だけではなく、専門相談においても、一応統計というものはとってございます。ただ、非常に一般区民相談・・・法律相談も含めてそうなのですが、皆さんお困りになっているのは多種多様でございまして、その分析をしたところから一定の傾向を見出すところまでは、まだなかなか難しいというのが事実でございます。

ただ、昨今の経済状況等もありまして、区民の方が何にお困りになっているか、また何を相談したいかというニーズをはかっていくことが非常に重要なことだと考えてございますので、今後、今委員のお話にあったような相談の分類から区の施策への反映ということは、今後研究してまいりたいと考えております。

桜子
昨日もありましたけれども、「区民生活防衛対策本部」というのを作って・・・という話がありましたが、そこと、この区民相談との関連というのはあるのでしょうか。

課長
練馬区区民生活防衛対策本部の中では、相談体制の整備という項目につきましては、私ども広聴広報課がとりまとめ課として全庁に働きかけてやっていくということでございます。

桜子
もともと、なかなか、地域の中で生活をしているときに、総合的な相談に乗れる窓口というのはないというのはあると思うのですが、今この状況の中では、さらにそういうところを求められていくと思いますので、工夫をしていっていただければと思います。

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相談内容は多種多様でなかなか分析できない・・・とおっしゃっていましたが、表面にあらわれてくる問題は多種多様でも、その問題の根源は家族関係から来るのか、障害から来るのか、などは分析できるんじゃないかなと思うんです。

不安定雇用と自己責任論の話を昨日も書きましたが、なぜ不安定雇用を選んだのか、というのも、もとをたどればいろんな傾向が見えてくるような気がします。
貧困が世代間で連鎖して行くこともあるし。

経済的な貧困にあって、本来ならば生活保護が受けられる状況にあっても「生活保護を受けるのは恥ずかしい」と思ってしまったり、「生活保護を受けることを家族に知られたくない」と思いながら誰にも相談できずにいるうちに、どんどん苦しくなってしまう場合もある。
こういうものは、障害や貧困に対して、まだまだ社会からの烙印があるからだと思います。

烙印を押す社会が悪いのであって、本人は何も悪くないのに、それにさえも気づけないままに生活している人もいる。
そうやって、外に向かって声をあげられない人たちに、非正規雇用を初めとする様々な社会のゆがみが押し付けられている気がします。声が上がらないから、耳を澄まさなければ気づかないだけで・・・。

だから、その声に耳を澄まし、拾い上げ、施策につなげていくことは、議員や行政の役割ではないかと、私は思うのです。

※かとうぎ桜子を育てる会のHPはこちら
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予算の審議が半分終了・・・1日目:都区財調・財政計画

予算審議の1週間をなんとかかんとか乗り切りました・・・。

予算特別委員会は全員が参加しているのですが、質疑は会派ごとに、人数によって時間が割り当てられて、順番にします。

一人会派は7分間。
会派の人数がいれば、手分けして順番にやるけど、一人会派はなにせ一人だから手分けはしませんね(^^;

私は今回、一人になって初めての予算です。


昨年の秋ごろから急速に進む経済状況の悪化の影響で、税金として集まるお金が減るので、区としての収入も減るだろうという予測ができます。

収入が減ったからって、そんじゃあ節約節約・・・となんでもかんでも区民サービスを切り捨てるわけにはいかないから、少しずつでも節約する方法と、工夫して収入を増やす方法を考えないといけないですよね。

そこまでは、どこの会派もみんな同じ考えです。

しかし、そこから先は、結構意見が違う。

私は、なぜこんなに急速に経済が不安定になったかというと、どんどん規制緩和をして、市民の生活を市場に任せた分だけコントロールもできなくなって、不安定雇用が増えたために、ちょっとでも歯車が狂うとすべてが手のつけようがなくなってきたということがあるのではないかと思います。

私が議員になって一番最初に気になったのは保育園の民間委託のことだったけれど、すべての分野に関して、小さな政府を目指して市場に任せたために市民の普段の生活実感が施策に生かされないし、雇用の問題も即効薬が見つからないのではないかと。

区としてまずできるのは、区の事業でありながら不安定雇用を生み出している部分があるのではないかということを点検しなおすこと、区民のためのセーフティネットを再構築することだと思ったのです。


さすがにこんな不安な社会になったら、誰もがそう思うのではないかと思っていたのですが、ところがどっこい、「歳入が減って区民サービスが落とせないんだからさらに委託化・民営化をして効率化すべきだ」という意見の方もいた。
おお!そうきたか!
目からウロコでした・・・(^^;

ははー。50人も議員がいると、本当に様々な意見がありますね。

友達としゃべっているだけだと、基本的に自分と似た価値観の人としゃべるから気づかないけど、あー、世の中には私とは真逆の考え方をする人もいるんだなあと知ることができるから、ある意味面白いですね・・・。

そんなことを思いながらの、予算審議一日目のテーマは、「都区財調・財政計画」。

東京都の特別区は、他の市町村とは違うお金の動きになっています。

人口は少ないけれども大きな会社がいっぱいある区もあれば、人口は大きけれども住宅街で法人税収入は少ない区もある。区民の所得も地域によって違ったり、住んでいる場所と働いている場所が違ったり。
それから、他の市町村だとそれぞれが独自でやっている、上下水道の管理や消防も、特別区は代わりに東京都がやってくれている。
そういう中で、どの区に住んでも一定以上のサービスが受けられるように、23区の間と東京都とでお金を「分けっこ」するしくみになっているんですね。これが、「都区財政調整(都区財調)」。

そこまではまあ分かりやすいんだけど、じゃあ具体的にどうやって「分けっこ」しているのかがややこしい・・・(><)

不況によって区の収入が減っていくという中では、区としていろんな努力をする必要もあるけれども、同時に一方で、区民の皆さんが「練馬区の収入はどこから来ているんだろうか。どこに工夫の余地があるんだろうか」と考え、知恵を出し合う必要があると思います。
なんだか分からないうちにサービスが受けられてしまったり、逆になんだか分からないうちにサービスが削られたりしたら、なんだか自分が主体でない感じがして嫌でしょう?それでは住民自治といえないですものね。


そんな思いで、以下のような質問をしました。

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(正式な議事録ではありませんので、きちんとしたものは区議会のHPでご確認ください。)

桜子
今のこの経済状況の中で、歳入歳出の工夫ということや、緊急経済対策の話というのが、各会派から出ていたかと思います。この経済状況の悪化というのは、世界的な問題だとはいえ、やっぱり急速にこれだけ雇用や生活の不安定な状況というのが生まれたのは、不安定雇用の問題があるのではないかと私は思っています。

行政がやるべき仕事をきちんと精査する中で歳出を見直していくということは、もちろん必要なことだとは思うのですけれども、やっぱりその中で行政がやっていく事業に関わる人は、最低限生活できるだけのお給料をもらえて、食べていける状況を作っていかなくてはいけないと思います。

そういう中で、今回緊急の雇用対策としては、(区として)緊急なものはやったとは思いますけれども、それと同時にやっぱり新たな雇用を生み出すということだけではなくて、今まで委託をしていく中で働いてきた方の雇用環境はどうだったのかというような視点からも、見直しをしていかなくてはいけないのではないかと思いますが、「区民生活防衛対策本部」というのを作って、雇用の問題を見ていくということだったのですけれども、このあたりについてはいかがでしょうか。

(※注 練馬区では、緊急経済対策で、非常勤・臨時職員として約290人を雇用するということを発表しています。)

課長
基本的にこれまでの委託で、いろんな事業を民間の方にお願いしているわけでございますけれども、基本的にその雇用条件等々については、様々なものがあろうかと思っております。そういったことで言うと、原則的には事業主の方とそこで働いている方の関係になろうかなというふうに思っています。
もちろん私どもとしては、私どもの業務の一端を担っている方々が、それなりに安定した生活というのを営んでもらうことが望むところでございますけれども、私ども、委託という関係の中でどこまでそういったことに踏みこめるかということになりますと、今後の研究かなという風に思っているところでございます。

桜子
雇用の問題というのは、直接には国とか都道府県の問題であるというようなご答弁も、先ほどの(他の会派のやり取りの)中ではあったと思うのですが、少なくとも区の事業に関わる方がどうやって働いていくかというところからはまず近い問題として見直していけると思いますので、検討していただければと思います。

この不安定雇用の問題であるとか、貧困の問題であるとかいう話が出るときに、必ずやっぱり「自己責任」ではないかという問題が出てしまうということがあると思います。
これだけ不安定な状況になっていてもまだ「自己責任」ということが出てしまうのは、私はすごく残念なことだと思います。個人の問題で終わらせるのではなくて、それが社会の中でどういう問題なのかという位置づけをしていかないと、やっぱり先に進まないのではないかと思います。

他の会派の方から、派遣村の話も出ていましたけれども、派遣村の村長さんがいろいろインタビューに答えている、それを見ていたら、村長さんが言っておられた言葉をそのまま読みますと、「自己責任で転落した人なら死んでも良いのですか。それは動物の社会でしょう」というようなことをおっしゃっていました。
一義的には国とか都道府県が雇用の問題をやっていかなくてはいけないということはあると思いますけれども、区としてセーフティネットの役割をどう果たしていけるのかという視点で、区民生活防衛対策本部というのも取り組んでいっていただければと思います。

それと、区としてどうあるべきなのかという議論と同時に、やっぱり区民にとって歳入歳出がどうあるべきなのかということも、もっと分かりやすくやっていく必要があると思いますが、財政白書をお作りになるということでしたけれども、この財政白書、今度お作りになるものの目的と、前回の違いというところを、改めて教えていただきたいと思います。

課長
今、財政白書につきましては、先ほど(他の会派の質疑で)申し上げましたように、ほぼ8割ぐらいできているという状況の中で、今回は前回から4年以上経過する中で、その総括、これが1点ございます。
それともう1つ、新たな課題設定、先ほどから財政状況が厳しいというお話もあるわけでございますけれども、例えば区に一定の工場を建設した場合の、その経済効果・・・今東京都がオリンピックでの経済効果がいくらというような・・・そういった試算もしてございます。経済効果につきましては、先ほどから議論もいただいているところでございまして、そういったものも課題としてちょっと取り組んでみたいという風に思っているところでございます。
いずれにしても、そういったものにプラス、先ほどからご指摘いただいています区民の方に分かりやすい、特にできれば中学生・高校生くらいに分かりやすい簡単な区の歳入歳出の状況、こういったものが読み物的に読めるような、そういったものも今、すでに作業を進めているところでございますので、しばらくお時間をいただきながら、様々な検討作業を進めて行きたいというふうに思っているところでございます。

桜子
財政白書、今既にあるものなんかを見ていると、基本的な用語なんかは、なかなか日常的には分かりにくいものが、分かったりだとか、そういうのはあると思うのですけれども。これ、今度新しく作った場合に、これを具体的にはどんな形で活用していくということを考えていますか。

課長
当然白書としての一定の問題提起なり、今の区の財政の現状をお示しするわけでございますので、当然本体につきましては一定程度の印刷をして、各所にご配布申し上げたい。
できれば、これはまったく私どもの試案でございますけれども、特に教育現場等で子ども達に理解できるような冊子としてもまとめていければというような思いを持っているところでございます。

桜子
今、予算についてはホームページに載っていると思うのですが、その予算だけを見て、財政白書のどの部分に当たるのかというのがなかなか分かりにくいということもあると思いますし、財政白書や予算書を使ってどうやって区民が参加して行くのかというところが、まだ課題があるかと思うのですが、その辺に何か考えがありましたら教えてください。

課長
その辺も、今のホームページの作り方が、ある意味データ集的な形になってございます。できる限り分かりやすいようなリンクの仕方とか、今度作る財政白書の中で分かりやすい工夫・・・特に先ほども申し上げましたけれども、中学生・高校生に親しんで貰えるような、そういった体裁も含めた作りを、今後十分検討していきたいという風に思っているところでございます。

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★委託先の事業者で、不安定雇用が生まれているかもしれないという認識は、区にもあるようですね。それならば、少なくともその課題の解決方法が見つかるまでは、委託化は止めるべきだと私は思います。

★派遣村の話をした時には、「自己責任」の考えを持っている人から、「死んでも良いとまでは言ってないじゃないか!」と野次が飛んでいました。

確かにそこまでは言ってないかもしれない。
でも、路上生活の人を公園から追い出したり、「派遣村に来ている人は気の毒な人ばかりではない」と見放していくことは、間接的には死ねと言っているのと同じだと私は思います。
気の毒な人は助けてあげるけど、そうじゃなきゃどうなったって知らないもんね、ってことでしょう?
自分の目の前から消えたその人が、その先どこへ行きつくのか・・・他の場所でも同様にみんなから追い出されたら、その人はこの世に居場所がなくなるじゃないですか。

それに、誰もが人生の中で一度や二度は失敗するんじゃないですかね。
そのときたまたま助けてくれる仲間がそばにいたかどうか、という違いがあるだけだと思います。

それだけの自覚もなく、「自己責任」という言葉を簡単に口にしてしまう、弱い人に対する共感性のなさが私には恐ろしいのです。

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予算を審議してるところです。

★月曜日から、予算特別委員会が始まりました。
今週と来週の平日、(来週の火曜日以外)毎日13時から17時15分くらいまでやってます。

会派ごとに発表(?)の時間は毎日微妙にずれるのですが、私はだいたい、16時40分くらいから17時15分くらいまでの間のどこかで7分間、質問してます。

お時間が合えば、傍聴にいらしてください。

★それで、月曜日からまた風邪がぶり返したみたいで(T。T)
先週くらいは、やっと少し咳が落ち着いてきたかと思っていたのに、月曜からまたやたらと出るんです。
我ながら、咳がやかましい・・・(涙)

火曜の午前中に無理矢理時間を作って病院に行ったんです。(まあ、ここのところ毎週行ってたんですけどね・・・)

私「咳が出て、その勢いで鼻水が出るんです。私、どうしたんでしょうか」
お医者「うーん・・・それは、きっと、風邪ですねぇ・・・」

・・・当たり前な会話ですね(笑)

でもね、私としてみれば、練馬から派遣村が去って以来ずっとヘロヘロなもので。もう1ヶ月以上たちますからね、あまりにも長いじゃないですか。
それで、咳はやたらと出るし、前にお医者さんから「喘息かなあ」と言われたから、そうなのかしらんと思っているし。
で、ようやく治りかけたと思ったらまたひどくなったもんだから、一体全体どうしたもんだろうと思うわけです。

そんな経緯によって、「咳が出て鼻水が出る私は一体何なのですか!?」という質問が飛び出すわけ。

でも、そんな経緯を知らなければ、「風邪に決まってるじゃん」という答えしか出ないですよね(^^;
ちょっと一息落ち着いて考えれば、私もそう思う。だけど、心配になってくるとそんな冷静な判断はできなくなるのですね。

私の行ってるお医者さんは、優しいんですね。
一緒になってしばらく考えて、「うーん、思うにきっと、風邪ですね」と言ってくれた。
「そんなの風邪に決まってるじゃないですか」とは言わなかった。


今回の予算審議の質問で私は、今の経済状況の中で区としていかに雇用の安定に寄与するかということと、生活の相談窓口の充実についてということを中心に言っているつもりでいます。

生活相談も、私の風邪と同じじゃないかなーと思うのです。

第三者的視点で見て、冷静に判断すれば、「それは生活保護を受ければ良いじゃん」とか、「それは多重債務なんだから整理すれば良いじゃん」と思うような問題でも、本人にしてみればかけがえのない自分の人生の一部で、一般化できない問題なんですね。

私のお医者さんがちょっと一呼吸「そうだねえ・・・」と考えた上で、「風邪だねえ・・・」と言ってくれたみたいに、「そうだね、辛いね」と一緒に一呼吸、しみじみできたうえでないと、安心して相談はできないんじゃないかと思うのです。

市区町村が身近な存在であるならば、相談に関しても身近な存在でなくてはいけないと思うのです。


★予算審議のために、事前に色々と資料をもらいます。

それでふと思い出したことがあります。

福祉の学校に通ってる時に先生から言われたことがありました。
「利用者に関する情報収集は必要だけど、不必要に情報を集めたらダメですよ。聞かなくていいことまで集めるべきでない」と、たしかヘルパーの学校の先生に言われた。

それがなぜなのか、ということまではその時の先生は言ってくれなかったから、「ふーん、そんなもんかねぇ」というくらいに思っていたのですが、ふいと今、思い出したのです。


「情報」って、普段普通に生活しているときはあんまり意識していないけど、かなり「貴重」なものであるように思います。
金銭欲とか、名誉に対する欲に近いものを生じさせるのが「情報」であるように思います。

情報は、権力欲を満たす源泉なのですね。

とても偉そうな人が、「私は聞いてない」とか、「私に挨拶がない」とか言うでしょう。それも、権力欲ですね。

ドメスティックバイオレンスの問題でも、パートナーが今日どこへ行くのか、誰とメールを交わしているのか、などなどを知ろうとすることによって相手を支配し束縛することがある。

そんな事例を考えてみてもやっぱり、情報は権力欲の源なのではないかと思うのです。

「情報公開」というのが言われるけれど、なぜなかなか情報の公開が進まないのか。それは、情報をみんなに公開してしまったら、今まで情報を独占していた人が権力を奪われることになるからなのではないかと。

私は今予算特別委員会のために資料を集めているけれど、それはなぜなのか・・・それは、質問をすることによって、区民の生活をより良くするためですよね。

そこを見失わないようにしないと、そのうち情報集めの魔力にとりつかれて、自分のもとに情報があることそのものに満足してしまうようになるのだろうな、と思います。それだけの魅力が、「情報」にはあるような気が、このところしています。

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大泉の桜

随分前にもブログで書いたことがある、大泉子ども家庭支援センター・障害者地域生活支援センターと桜の問題がありますが、(詳しいことはリンクを貼ってある、前のブログを見てください。)2月20日(金)の環境まちづくり委員会で、これに関わる陳情の審査がありました。

もともとこの場所には桜があって、この桜を守ることが第一にあり、それに加えて比較的敷地があるから施設も作るということだったんですね。

ただ、ここにできる施設は子どもと障害者の施設ですから、桜を守るのと同じくらいに、バリアフリーや施設の使いやすさ、そして近隣との交流スペースの確保のことも重視しなくてはなりませんよね。

で、桜は道路に近いところに生えていますから、この管理をどうしようか、となったときに、「歩道として整備しよう」ということになったらしいのです。

つまり、今まではひとつの敷地内に建物と桜の木があったのに、今度は桜の部分だけを道路にします。道路も施設も区の持ち物になるわけですが、でも担当する部署が異なることになる。

練馬区の基準では、施設を作る場合、敷地の3割を緑にしないといけないきまりがあります。
桜部分を施設の敷地内ではなくて道路にしてしまうと、桜の分は施設の緑被率に入らなくなってしまいますから、その分だけ敷地内にはもっと緑を増やすための場所を確保しなくてはならないのですね。そうなると、施設の敷地内が人間にとって余裕のない状態になるのではないかと心配になります。もともとみどりが少ないならば、みどりの確保はもちろん大事ですが、でも、すぐとなりに桜が生えているんだから、なんだか釈然としないでしょう。

それから、私はあんまり建物には詳しくないですけど、でも建ぺい率や容積率のことを考えれば敷地の大きさによって建物の条件が変わってくるだろうということも予想できますよね。

また、桜の季節に子どもや障害者のお花見やお祭りをしようと思っても、道路扱いの場合には警察の許可が必要になりますね。


ここの桜はとても立派で、根っこがぼこぼことしています。
この根っこを傷めずに守るために、植木鉢状に囲うわけですが、根っこが大きい分だけその「囲い」も大きくなって、「歩道」の大半を桜の「囲い」が占めることになります。
歩行空間を1.5メートルは取れるようにしたと、委員会では説明されていましたが、でも場所によっては1.5メートルも取れていない場所もある様子。

バリアフリー新法を見ると、車椅子のために歩道は2メートル以上取るようにと書いてあります。
どうしても事情がある場合には例外ということもあるのでしょうが、でも、ここは障害者の施設ですからね。例外と位置づけるのではなく、ベストな状態にする必要があるでしょう。


委員会では、一部の桜がもともと道路線に入ってしまっているから、今回整備しなおす際に道路として位置づけてしまった方が一体的な管理ができるんだというような説明もありました。

出てきた図面には正確な数字は書いてなくて、敷地内の配置についてはまだこれから詳細を詰めていくんだという説明もありました。

緑化のきまりのことを考えると、図面の中で敷地内の隙間のあるスペースは植栽等が入るのではないのかしらと思ったんですが、どうなんでしょうね。

敷地内の植栽と桜の「囲い」の間を、車椅子の障害者やベビーカーを押す親御さんが小さくなりながら通っていかなくてはならないような施設ができた日には、ずいぶんと本末転倒な感じがしませんか・・・。新しくできる福祉施設の周辺がバリアフリーではなくてバリアフルだったら、なんともまあ、お恥ずかしい事態ですものね。

近隣を対象にした説明会が3月6日にあるということでした。
詳細はまだ確定しているわけではないというし、まちづくりの部署と福祉の部署はきちんと連携してやっていき、近隣向けの説明会も1回だけで打ち切るつもりはないという答弁もあったので、今後の経過をきちんと見て行きたいなと思います。

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犬とか猫とか、私の近況など

★路上生活者のドキュメンタリー「あしがらさん」を作った飯田基晴監督が、やっと(!?)2作目を作ったそうです。
犬と猫と人間と」。
リンクしたところに、予告編がのっています。
上映会が2月22日だそうです。
私は、予算の委員会が始まる前日だから行かれないと思いますが、その代わり、皆さんにお知らせ。

予告編だけは見ました。
おおっ、赤ちゃん猫がミルクを飲んでいる・・・。かわいい・・・。

時にはペットとして飼われて、ときには殺処分される動物達を追った・・・というドキュメンタリーらしいです。

前にブログに書いたこともあったかもしれませんが、私が小学校低学年だった頃の夢は、殺処分される犬猫をゼロにすることでした。飯田さんの予告編を見て思い出した。
そんで猫1匹拾って飼ったけど、救えたのはたったの1匹でした。年に何万と殺されているのに。

こりゃあ社会のあり方そのものを変えるべきだ・・・とまで7,8歳の私が考えたかどうかは覚えていませんが 少なくとも、「なんで何万の命を救えないんだろう」という無力感を持って困っていたことだけは覚えています。

今はその思いが、人間の生活の方にシフトしてはいるけど、人間であれ猫であれ犬であれ、とにかくこの世に生を受けた者が、不当につらい思いをしながら死んでいくのは嫌です。


そういえば、小学校2年生くらいの時に、テレビのドキュメンタリー番組で、「日比谷公園で暮らすホームレスが犬を飼っている」という姿を追ったものがあって、なんだか経緯は忘れたけれども親に頼んで日比谷公園まで連れて行ってもらって、そのホームレスのおじさんと犬と直接話をしたことがあったなあ、とふと思い出しました。

あれは一体、なんだったんだろう。記憶がまだらでよく思い出せないけど・・・。
8歳の私は、顕在化した思いとしては「犬に会いたい」くらいにしか思ってなかったかもしれないけど、だけど犬を見たいだけなら近所にだっていくらでもいるわけで。
路上生活のおじさんが犬と一緒に暮らしているから、会いたかったのかなあ・・・不思議だなあ。

しかも、思いつきで日比谷公園に行っただけでよく一発で会えたもんだ(^^;
夏休みの宿題の絵日記に、「日比谷公園のおじさんと犬に会いに行きました」と書いて提出した覚えがあります。そうだ、そういえば、私は嬉しくてしょうがなくて書いたのに、先生からのコメントはいまいちノリが悪かったような記憶も・・・

そこに至るまでの過程はあまり思い出せないのですが、せっかくバッタリとおじさんと犬に出会うことができたというのに、連れて行ってくれた母はあんまりおじさんに友好的ではなかった記憶があります。
いつもは優しい母なのに、そしてせっかく会えたおじさんだというのに、なぜどことなく、つれないんだろうか、と思ったものです。

私がおじさんに会いたかったのは多分、おじさんが自分の食べるものを諦めても犬にはおいしいものを食べさせてあげようと毎日頑張っていたからかも知れません。

今から20年位前だから、まだバブルの時代だったんだと思います。
今と比べれば数は少ないかもしれないけれど、でもやはりいつの時代も、何かのきっかけで仕事ができなくなったり、家を失う人がいて、そしてそういう人を支えあえるしくみがないんだなあと思います。

そうだそうだ、いろんな集会だとか、それから年越し派遣村が日比谷公園であるというような報道を聞くたびになんだか、日比谷公園は私にとってなぜか近しい存在である気がしていたのですが、そうだ、小学生の時に、そこに住むおじさんに会いに行ったからだったんだなあ・・・
今度おばあちゃんちに行ったら、あの絵日記を探してみよう・・・。

飯田監督のおかげで、私の中のいくつかの記憶がつながりました。

★ブログを読んでくださる方から最近よく「体、大丈夫?」と言われます。「風邪ひいた」と書きすぎましたね(^^;
咳が止まらないので肋骨も痛く、そのためにまだ風邪薬は飲んでいるのですが、あとは別に不調なわけでもなく、全然大丈夫です。ご心配おかけして失礼しました。

ただ、なんだか、風邪薬は飲みすぎちゃ大変なことになるみたいだから気をつけよう、ということは、このところ感じているところではありますが(^^;

★来週からの予算審議に向けて準備をしつつ、他の議員さんの一般質問を聞いて、「へー」とか「ほー」とか、色々と思うところもあるのですが、また少し落ち着いたら書きたいと思います(^^;

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議会が始まりました

今日から区議会の第1回定例会が始まりました。

3月13日までの約1ヶ月間です。
今回は、来年度予算の審議があります。
一人だから、どきどき・・・

たぶん、今後しばらく必死になるので、ブログでは「無口」になるかもしれません(^^;


今日は朝、保谷駅南口でレポートを配ってから役所に向かいました。

朝はいつも7時から8時半までやってるんですが、時たま腕時計を忘れるんですね

石神井公園駅なんかは駅前に時計があるから良いけど、保谷駅はないんですね。
それで今朝忘れましてね。

時計がわりになる携帯電話も持っていなかったし・・・。

しょうがないから、駅に向かう通行人の皆さんの顔で時間を予測しました

「いつもレポートを受け取ってくれるこの人が通る時間はおそらく8時25分くらいに違いない」みたいな・・・。

「よし、そろそろ、顔を見知った人が通らなくなってきたから、8時30分になったに違いない」と思って終了しましたが、車に戻って時計を見たら8時40分だったのでほぼ当たりですね。

文明の利器がないと人間は五感をフル動員できて、たまには良いかも知れませんね(^^;


役所に行けば、大体壁に時計がかかってるから全然問題ないのですが、たまに、いつもの癖で、何も着いていない手首を眺めてしまいました。。

議会初日からなかなかサバイバルなスタートでした。

では、予算審議、頑張ります。
ブログ上ではおそらくしばらく、さようなら・・・(^^;

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前回の続き

前回のブログは、なんとなーく、生活の中で思いついたことを書いただけだったんですが、katzさんとアッキーさんからあんまり素敵なコメントをいただいたので、改めて真面目に書きたいと思います。


前回ブログを書いたときには、本当にただ、「みんな足が速いなあ」と思っただけだったんですが(^^;
でも頑張って歩いてみて、地面を足の裏で思い切り蹴れば速く歩けるということに、今日気がつきました(笑)
足を早く動かそうとしなくても、地面を蹴れば良い・・・速く歩く方法には1日で気づきましたが、私の頭の回転は速くなっていないので、たしかにkatzさんの言うとおり、頭の速さとは関係ないみたいです(^^;

私の仮説はあっという間に崩れ去りました。
残念です・・・仮説が成り立つのならば、今後足が速い人に出会ったら「あなたはきっと頭も良いんでしょうね」と挨拶ができるところだったのに、地面を蹴れば速く歩けると分かった今では、「あなたはきっと足の裏が丈夫なんですね」という挨拶しかできない・・・

でも、速い人は全部が速いというアッキーさんの言うことは、やはりそのとおりだろうという風にも思います。


katzさんやアッキーさんのコメントを読んで、私自身がブログを書いているときには気づいていなかったいろんなことを考えることができました。

お二人とも、「みんなが速くなくても良いじゃないか」と書いてくださったんですね。


それで初めて、思い出したことがありました。

私も、17,8歳の頃は、本当に努力して早足をしようとしていました。

10代後半って、反抗期でしょう。
ふつう、反抗する対象は親とか先生だけど、私はちょっとひねくれているので、親や教師だけではなくてさらに社会のあり方にも反抗していたんですね
「くそー、政府が許せない」みたいな、反抗期(笑)

で、17,8歳なりに、すごい勢いで社会に向かっていっていたのですが、そんな時に、私の母が病気になりました。

その当時、うちには、猫が2匹いまして。
小学生だった頃の私が拾ってきた猫だったのに、結局母が世話をしていた。

だから母が病気になれば、いっきに、母の看病も、猫の世話も私にまわってきます。

だけど当時の私はまだ反抗期の勢いが有り余ってますから、怒りを社会に向けたくてしょうがなくて、パタパタと足踏みをしていました。

だけど、どんなに早足で社会に向かっていっても、自分の足元にある「母親」や、「自分が拾ってきた猫」のいる場所で立ち止まることができないならば、いくら早足をしてみたってどうしようもないじゃないか・・・とやっと気づくことができたのは、母が死ぬ頃だったと思います。


そうそう、それで、私は、20歳くらいの時に、早足をやめたのでした。


ただ、前回のブログで例にあげた、池尻さんとか小川さんというほかの議員さんたちは、守らなければならないもの(私にとっての「母や猫」)の存在に気づいた上で、それを守るためにあえて自らは早足で頑張ってる方たちなんではないかと思いました。
だから私もいつかは、小川さんとか池尻さんみたいになれたら良いとは思うけど、でもきっと、今の私はまだ未熟だから、早足になったら「母や猫」を見失ってしまうんだろうということに、改めて気づきました。


社会にはいろんな立場の人がいて、いろんな価値観の人がいる。でもその中でもそれぞれみんなが「この社会に生まれてきてよかった」と思えるようなしくみを作りたい・・・と私は思っています。

でもそのためには実は、まず、私自身が「今の私」をそのまま認めないといけないかもしれないですね。

そんなことに、いただいたコメントによって気づくことができました。

katzさん、アッキーさん、ありがとうございました。

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速力アップ

大学院の学友で、「加藤木さんのお手伝い、できることがあったらやるよ。何か楽しいことが一緒にできたら良いね」と言ってくださっていた方がいたので、改めて挨拶に行きました。

「学友」と言っても、私の通う大学院は年齢層も職業層も幅が広くて、先生側にいてもおかしくない人が「学友」だったりするので(^^;

で、会いに行ったら、「まあ、ご飯でも食べながら話しましょうね」と、職場の近くのお店に連れて行ってくれたのですが、この学友が、歩くのが速いんだ・・・。

「加藤木さんは、修士論文では何を・・・」等々、話しながら歩いているのですが、あまりの速力に声がよく聞こえない(←大袈裟・・・


それで、席についてじっくりと話を始めました。

「加藤木さんはどんなことがやりたいの、こんなことがやりたいの」と話をしているのですが、私が「うーん」と考え、スーッと息を吸い込み、「えーと・・・」と言っているうちに、学友は10言くらいしゃべり終わっている(^^;

うーん、こりゃあ、頭の回転の速力も違うらしい・・・。

必死で頭の速度を追いつかせようとしていたら、なぜかだんだん胸が熱くなってきた。

胸が熱くなるほど学友の話に感動したんだろうか、とふと胸に手を当ててみて、「あ、そうか、今朝寒かったから胸にカイロを貼ったんだった」と気づいた・・・

やれやれ。


しかし、帰り道でハタと思いました。

頭の回転速度のはやい人は、歩くのも速いのではないかと。

それでつらつら思い出してみると、思い当たるところがいくつかありました。

いつだったか、数ヶ月以上前に練馬駅で区議の池尻さんを見かけたことがあって、「ああ、きっと池尻さんも役所に向かうんだなあ、追いついて挨拶しようかなあ」と思ったことがありました。
しかしこの時も、池尻さんのあまりの速力に追いつけなかった(^^;

「うーん、このままだと私は池尻さんに追いつく前に転倒するに違いない」と思ってあきらめたものでした。

そういえば参議院議員の小川敏夫さんと並んで歩いているときも、私はほとんど駆け足で歩いていた記憶が。


うん、やはりこれはきっと、頭の速力と足の速力は比例しているに違いない。


私なんぞはノソノソと歩きながら、「あら、猫だわ」とか言って立ち止まったりしてばかりなもので。。



・・・というわけで、今年は私は、早足の練習をしようかと考えました。

しかし、ここでまたふと気づきました。
「頭の良い人は歩くのも速い」んだとしても、「歩くのを速くすれば頭が良くなる」ということはないかもしれない

数学のときに、「十分条件」と「必要条件」というのを習ったなあ、なんてしみじみ思い出したりして。


学友の職場からの帰り道に早足を試しただけでも横っ腹が痛くなりましたが、でも運動不足解消のためにも、せっせと歩くようにしたいと思います(^^;

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教育

区民と区長のつどい」という意見交換会が時々あるのですが、今回は教育をテーマにしているということなので、見に行きました。

教育と福祉は、人に関わる、人を育てるという意味で隣接しているはずなのに、今のところ私は、なかなか日常の教育に踏み込んでいく機会を見出せずにいます。

子どもがいれば、自分の子どもを通して見えてくるんでしょうけれど。でもその体験を待ってたんじゃ、今すぐ産んでもあと7年かかりますものね・・・(^^;

私は教員免許ももっているんだけれども、その勉強をしているときから、なにかスッと心に落ちてこない何かがあって、見えない壁を感じているように思います。

何に壁を感じるのかなあと、考えました。

今の社会で、色々と問題が起きた時に、「なにが悪いんだろう」と突き詰めていくと必ず出る意見で「教育のせいだ」というのがあるでしょう。
で、さらに、「家庭が悪い」「道徳教育を」みたいな風にもなっていく。
ここになんだか違和感を覚えるのです。


前に書いたように、私は物事を「感覚」で捉える癖があって、今それを矯正しようと努力しているので(^^;)、「違和」の感覚の理由を分析してみようと思って、さらにつらつらと考えました。


ここで、ふと思い出しました。
私が小学生の頃、同級生が悪さをしたときに、そのお母さんが「どうして学校で教育してくれないんですか?」ということがあった。その頃、テレビドラマなんかでもそういうセリフが結構あったような記憶もある。
これはこれで、私は子ども心に、違和感をもっていました。

そういう、学校への責任を問う親が多かったことが背景にあって、「そうじゃなくて家庭での教育はどうなっているんだ!」という反論が、今の教育の議論で出てくる声なのかなあと、ふと思いました。

でも、この「学校が悪い」という言い分と「家庭が悪い」という言い分は、鏡映しになって左右対称になっているだけのような気がします。

結局、どっちもがどっちかに責任を持たせようとしているだけで、解決方法が見出せない。子どもの教育に対して、大人の間で、世代間の対立や男女間の対立を生んでいるだけのような気がします。

だから違和感を持ったのかなーと、自分の気分を分析してみました。


で、さらに、じゃあ社会で起きているいろんな深刻な問題やひずみはどうして起きるのかな?ということも考えてみました。

教育だとしたら、「教育の何が」問題なのか、家庭だとしたら、「家庭の何が」問題なのか・・・。



それは、コミュニケーションの不足と、想像力の不足なのかな、と考えました。

「モンスターペアレント」という言い方がありますが、一方で、「そういうカテゴリー化した呼び方は、親の気持ちに寄り添わずに突き放すことにしかならない」という考えがあります。
私は、後者の考えです。
一見、道理に合わないクレームをつけたり、ということがある人であっても、「なんでこの人は、こういう言い方をするのかな」と、まずその人に目線を合わせて隣に並んで座ってみることが必要なのではないかと思うのです。

そうしたら、外に表れる言葉の裏に、もっと違うニーズが隠れているのかもしれない。
赤ちゃんがニーズを表明するのに「おぎゃあおぎゃあ」と言うしかないように、その人は自分のニーズの発露をクレームという形でしか表現できていないのかもしれない。

「何が悲しいのか」「何に怒っているのか」「何が不満なのか」を、適切な言葉に置き換えて相手に伝えるという技術を育てあうことが必要なのではないかと思います。


それから、問題解決に主体的に関わる経験を積まないままで大人になっていくということが多いのもあるかもしれませんよね。
何か問題が起きた時に、「誰かが何とかしてくれるべきだ」と思ってしまうために、自分では解決できないし、問題の対処方法が「クレーム」という形になってしまうのかもしれない。
何によって問題が起きているのかを想像できなかったり、自分とは異なる相手の立場に身を置き換えて問題を捉えることができないままに。

でもそれは、「クレームをつける人はなぜクレームを言うのか」という立場に身を置き換えずに「モンスターペアレント」という言葉で済ませてしまうことも、鏡映しで左右対称ですよね。


福祉に求められるのは「良い人」であることではない、と以前のブログで書きましたが、でも、人との関わりや福祉は、「良いこと」であることが求められてる現実があるように思います。

だけど、何が「良い」ことなのかは人によって違う。「良い」か「悪い」かで物事を判断すると、相手にこちらの価値観を押し付けることになるように思います。

「思いやり」は本来の語源は「思い遣り」なんだから、相手の立場に思いを遣わして感じることなんだと思いますが、なんとなく、日頃使われる「思いやり」の言葉の中には、上から下へ授けるような印象を受けます。

「相手が痛んでいたら可哀想だから手を差し伸べる」のではなくて、「相手の立場に自分がいたら、とてもいたたまれないほど心が痛い」と深刻に思う、その想像力を育てあえるかどうか、というところなのではないかと思いました。

「いじめは悪いことだからやめましょう」と言うよりも、「自分自身や、自分の愛する人が、いじめられた時、どんな気持ちになるか」と、相手の痛みを自分自身のものとして感じる練習、ですかね。

なんか、言葉にすると陳腐になって、うまく伝えられませんが・・・。


まあ、まずは私自身が、価値観の異なる相手の身になって物事を考える努力をしないといけないな、と思って、精一杯、持ちうる「共感の気持ち」を最大限、「区民と区長のつどい」で壇上にいる区長や部長さんたちに向けてみましたが・・・。

・・・ほほほ。

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区政報告会、無事終了。

昨日、勤労福祉会館での区政報告会が無事終了しました。
予想よりも多く、30人を超える方にご参加いただきました。参加された皆様、ありがとうございました。

当日はまず、私が議員になる前、どんな思いで社会とかかわりを持ってきたかということをお話させてもらいました。
17歳のとき、ハンセン病問題に出会ったこと、介護をの仕事をしていると制度上にない支援ができなかったこと、などなど・・・そんな中で、家族状況やその人の体調など、個別の事情に合わせて必要な支援が受けられること、どんな問題が起きても社会から排除されないことが、私の目指す「平等な社会」であるというお話をしました。

なかなか、「社会のあり方」ばかり話していても具体的なイメージがつきにくいので、この1年半の間に議員として取り組んできた、いくつかの事例を挙げながら、参加者の皆さんから質問・意見を出していただく形で進めました。

保育園の委託のこと、重度障害者の訪問介護のこと、派遣村の体験から生活相談窓口のあり方について、名誉区民のこと、そして民主の会派を離脱した経緯・・・。


当日はいったいどんな方が参加してくれるのかしら、どんな意見が出るかしら、意見交換といっても発言しにくいんじゃないかしら・・・などなど、色々と心配していたのですが、それは杞憂に終わり、次から次へと挙手をしてくださる方がいて、特に後半は緊張感も解け、皆さんが主体的に参加してくださっていたように感じました。
誰かから出た意見に対して応える形でさらに別の参加者から意見が出るということも多く、面白かったです。
その雰囲気のなかで、そのうち司会進行役の川田虎男さん(日高市議)が自分の意見も言い始めたのも、面白かった(笑)


今回の会は、準備段階にかなり時間をかけました。区政報告会というだけではなく、今後の私の議員としてのあり方を整理する意味も持たせていたから。それに、一人会派になった経緯も皆さんにご報告しなければなりませんでしたから。

事前にいろんな方からも意見を聞きました。

当日は来られなかったけれど、事前の準備を、大学時代の友人が手伝ってくれていました。
まだ区政報告会の形態が見えなかった正月明けの頃にその友達に「いったいどういう順番で、何から話したら良いだろう・・・」というような悩み相談をしていたら、その子が言ってくれました。

「桜子が参加してくれる皆さんに一番伝えたい、わかってもらいたいと思っているのは何?
【なぜ民主を抜けたか】ということを伝えたいの?それとも、【桜子がこれからどんな社会を作りたいか】ということなの?」

友達は、サジェスチョンを与えてくれるだけで、答えをくれるわけではありませんでした。でも、こりゃあとってもハッとさせられる一言でした。
そうだ、民主を抜けたことそのものを伝えたいわけじゃなくて、「みんなで地域社会を良くしていきたいね」ということを言いたいんだよな~、と。

これに気づかせてもらったことで、報告会の話の内容もはっきりしてきたし、そして私の気分もすっきりしました。


それからひとつ、気になったこと。
勤労福祉会館の2階に行くのに、エレベーターも階段昇降機もないんだということ。
改修改築を順次行う中でバリアフリー化していくのだろうけど、でも勤労福祉会館って区が住民説明会にも利用しているのに、車椅子の人が来たらどうしているんだろう・・・。

社会から排除されない、というのは、心理的な部分も制度的な問題もあるけれど、物理的な排除をなくすというのは基本中の基本でしょう。物理的なバリアによって参加が制約されるのは許されないことです。

当日は、車椅子の方もお一人参加されたので、みんなで階段をヨイショヨイショと持ち上げて参加していただきましたが・・・。

IMGA0090.jpg

当日の写真です。クリックすると大きくなります。
左が司会の川田さん。右が私。
何の話のときなのか、なぜか私が爆笑しています・・・

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Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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