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水俣の見学①

前回もちらりと書いたように、22,23日は九州に行ってきました。水俣の見学のことを2回にわけてブログに書きたいと思います。

22日は福岡で、和力の公演がありました。

私の伯父の妻の姉・・・という、近そうで遠そうな親戚(省略して言えば、義理の伯母、というんでしょうかね)が水俣に住んでいて、看護師さんをしていたんだそうです。それで、今回、初対面だったのですが、この伯母が福岡の和力公演を見に来るというので、帰りに一緒に水俣に連れて行ってもらって、水俣病の支援活動をしている人や当事者を紹介してもらおうという算段だったのです。

水俣の問題は、この数ヶ月、気になっていました。
以前のブログにも書きましたが。
あるとき、私がとても信頼している知り合いと懇親していて(=酒を飲んでいて 笑)、その人が、「水俣は、一度見ておいてほうがいいよ」としみじみおっしゃったのでした。
この知り合いがいうなら絶対見ておいたほうが良いに違いないというのもあったんだと思いますが、なんだか私の心に強く、水俣の問題が貼り付くようになったのです。


野中重男さんという水俣の市議会議員さんが案内をしてくださることになりました。
野中さんは議員になる前は病院で働いていたそうですが、「水俣病のことに関わりたい」ということで、水俣市内の病院に異動してきたということでした。

地域に入って、一人ひとりの声を聞くなかで、水俣病の問題を解明しようとしてきたということ。


んー、議員さんとお話をするのかぁ・・・と最初はもじもじ(?)していたのですが、まぁ、この野中さんという方が目玉が飛び出そうなほど素晴らしい方だったので、お会いできてよかったと思いました。


まず、野中さんのかつての職場である病院から、チッソの工場の全景が見えるということで案内して貰いながら説明を受けました。

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あまりに広すぎて全景が一枚で撮りきれないのです・・・

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このあたりの工場で、プラスチック製品を作るためのアセトアルデヒドを製造していたとか。アセトアルデヒドを作るための触媒として、有機水銀を使い、使い終わったものを、海へと流し捨てていたのだと。


水俣の海は、なんだか、モコモコと湧き上がってくるように、私には見えます。
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海は間近に見ればどこでもきれいだと思うけれど、でも水俣の海は、陸に向かってぐっと迫ってくるものがあるような気がする。
「豊饒の海という言葉がぴったりだ」と、隣に立っていた私の父が言いました。

水俣病が問題になった昭和30年代、この地域の人たちは魚を主食に、いもなどを少し食べるような生活をしていたのだと、野中さんが教えてくれます。

そりゃあ、こんなに美しく迫る海があれば、魚を獲るでしょう。

昭和30年代、一番多い時期で水俣の人口は5万人超(ちなみに今は3万人弱)だったといいます。そのうち、チッソで働いている人は5千人くらい。関連会社も入れれば1万人、その家族も入れたら3万人くらいの人が、チッソの関連で生活をしていたまちだったようです。


現在60代後半になる水俣病の当事者の方からも、お話を聞けました。水俣病が初めて公式に「発見」された地域に住んでいて、11人兄弟のうち6人をすでに病気で亡くしたとか。
初めて亡くなったのは妹で、6歳だった。当時は伝染病と疑われたので、お母さんは6歳の娘のなきがらを、隠すように連れ帰ってきた。・・・ご自身も、おそらくあまり体調のよくない中で、体験を話してくださいました。

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まさに、窓から釣り糸を垂らせば魚が獲れそうな場所ですね。


当時の海は真っ白で、近くを通るだけでも頭が痛くなるようなにおいがした。貝は赤くなったり青くなったり黒くなったり、魚は背骨が曲がっていたり、明らかにおかしいと思いながらも、それを食べて生活するしかなかった。
猫やカモメも、おかしいようだった。

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百間排水口から汚水が流されていた。
特にここの水と、住む魚の状態はひどかったと、当事者の方もおっしゃっていました。

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今の状態。

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ここもかつては海だった場所だそうです。汚泥を埋め立てている。汚泥や汚染された魚を埋め立てた場所は、水俣の各所にあります。



誰もが、何かおかしいと気づく状態なのに、多くの人には指摘できない。それは、チッソがあることでまちが成り立っているから。そして、チッソが高度経済成長を支える一つの大きな力を発揮しているから、国も見てみぬふりをしていたのでした。

それでも、目の前の現実に突き動かされる人が、わずかだけれど存在する。
猫でチッソの排水の実験をし、猫やカモメがおかしくなっていたのはアセトアルデヒドを作る工場の近くの排水によると証明したお医者さんがいた。

小中学校の子ども達の知能の発達と海の汚染に関係があるということを調査した人がいた。

流産をしたり、生まれてすぐに死んでしまった子どもがどれだけいたかという聞き取り調査をして、胎児にも影響が及んだことを調査した人がいた。

それらの調査はお話を聞くだけでもすさまじく、とりつかれたようにやらずにはいられなかった思いが感じられます。
海の汚染で、まちも住民の人生もぼろぼろになっていく姿を目のあたりにして、何かせずにはいられない、衝き動かされるように行動した人がいたということでしょう。

しかし、国やチッソは、「病気は腐った魚を食べたせいだろう」という報告をまとめたり、「お見舞金をあげるから、万一これから先、チッソの排水が原因だったと分かっても、会社を追及しないように」という念書を書かせたりといったことをしたそうです。

その実態を明らかにするために、昭和40年代に裁判が起きて、その過程で問題が整理されていったようです。

このような活動の大変さは、想像を絶するものだったことでしょう。
地方の小さなまちで、権力に立ち向かう難しさは・・・。


野中さんは、何を質問しても答えてくれました。チッソのことも、まちのことも、海のことも。
なんと説明したら良いのか・・・できることなら皆さんにも会わせてあげたいくらい、すごい人でした。
なんでも答えられるというのは、ただ頭のなかで知識が豊富だというのとは違うのです。
一人ひとりの住民に聞き取りをし、その痛みをともに分かち合ってきたからこそ、湧き上がってくる力強さというのか・・・言葉ではうまく伝えられないのが残念です。
モコモコと湧き上がって地上にまで迫ってくる水俣の海のような人でした。
(ちなみに、私とは所属する政党が違うというのに、「野中さんのことをブログに書いても良いですか」と聞いたら、こともなげに「良いですよ」といってくれました。なんて太っ腹(?)なんだろう・・・)


これはひとつには、ずっと現場と向き合っている強さなのかなと思います。
私は今は議員の仕事だけをしていて(月に2回くらいはヘルパーをしていますが)、時々あちこちの施設を見学させてもらったり、話を聞いたりするけれど、それとは違う。
もっと、一緒になってへとへとになる現場を持たないと生まれない力強さだと思うのです。

ちょっと話が外れますが・・・今年の初めに練馬に年越し派遣村が来て、1週間ずーっと現場にいてボランティアをしていたら、特に言葉を交わしていない人ともだんだん顔見知りになってくるんですね。社会のありように困っている当事者と同じ空間をともに過ごす意味の大きさを感じた1週間でした。
議員1期目のこの4年間は、議員としての活動を確立するだけで精一杯でしたが、もし2期目に当選できたらそれ以降の目標は、しっかりと浸りこめる現場を片方で持ちながら議会活動をすることだと思っています。


それから、やはり政治の役割は、声なき声をどれだけ掬い取れるかということだと思うのです。放っておけば誰も見向きもしないかもしれない人の生活に光を当て、問題を社会全体と共有していくことのほかに、政治の役割はないはずです。
だって、声の大きい人は、政治なんか無くたって声をあげられるでしょ。

ところが、無駄をなくすという名目で、声なき声を見捨ててきたのが小泉構造改革だったのだと思うのです。「だって多くの人は望んでないから」ということでもって平気で見捨てられていく人が出る政治というのは恐ろしいです。


「無駄をなくす」というのは、1980年代の第二次臨時行政調査会でも、小泉構造改革でも同じように言われてきたことです。だから政権交代によって求められているのはむしろ、社会の中のより弱い人に、今まで光が当てられなかった人にしっかりと目を向けていくことなのではないのかなと、私は思うのです。・・・まあ、もっといっぱい思うところはあるのですが、勢い余って余計なことを書きそうなので、追々、じっくり、書くことにします(^^;

さて、水俣病に関してはこの夏に、チッソの分社化という問題が報道をされていたわけですが、あれは一体なんだったのか、次回のブログで私なりに分析したいと思います。
(・・・テーマが重いので、更新が遅くなったらごめんなさい ^^;)

※かとうぎ桜子のHPはこちら
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福祉のまちづくり

25日から議会が始まりました。

22,23日は、福岡で和力を聞いたあとに水俣に行って見学してきました。
とっても勉強になったので改めてブログに書きます。

深刻な問題を心にぐっと受け止めたせいか、また胃腸が不調になりまして(^^;
この数日、死ぬかと思いました(苦笑) だいぶ治ってきましたが。
そんなわけで、今週は朝の駅頭はお休み。すみません・・・お詫びに来週から今年度いっぱい、いつも以上にいっぱいやるつもりです。

水俣の報告や、最近参加させてもらった勉強会の報告など、書きたいことが色々あるのですが、今日は「福祉のまちづくり推進条例(素案)」のことを書きます。

先週あった所管の委員会で、福祉のまちづくり推進条例(素案)が出ました。

これは、9月の定例会で私が質問したことです。

骨子案から素案になって、少し具体化されたんですね。

その説明会が昨日あったので、行きました。私事ですが、昨日が最も腸炎がひどかったのですが(笑)、ぐいぐいと腸を押さえながら参加してきました(^^;

参加者は、20名弱でしたね。

説明は、分かりやすかったです。

ちょうど、11月15日に私の会で、建築士さんに来ていただいてバリアフリーの勉強会をしました。どのくらいの間口をとれば車椅子が入りやすいかとか、障害の種類によって使いやすい手すりの位置が違うのだとか、教えてもらいました。

それを聞いてもしみじみ思ったのですが、バリアフリーに最善のゴールというのは今のところまだなくて、当事者とともに試行錯誤してより良いものにしていく必要があると思うのです。

条例も、スパイラルアップして行くものだということ、機械的に適合の可否を判断するのではなくてできる範囲で工夫することを評価し合えるしくみにしたいということ、それを当事者がチェックできるしくみを作るということ、そういったとりくみを公表することなど・・・フンフン、なるほど、と思いながら聞いていました。

条例ができたときにはどういう規則ができるのかというイメージとか、公表書類のイメージだとかもついていました。

それはそれで分かりやすかったんだけど、でも、規則の全体像はまだできていないようだったんです。

会場にいらっしゃった方が質問で、「細かな部分は規則に委ねるところが多いみたいだけど、規則はいつになったら出てくるんですか?」とおっしゃいました。
それに対するお答えは、「年明けの議会の定例会で条例案を出して議決をしてもらうので、そのときか、早くても年明けくらいになるのではないか」と。

私もこれは気になっていたのです。
たしかに、イメージや理念というのは分かりやすかったんだけど、でも、では具体的にどういう決まりができるのかというところが分からなければ、当事者は「なんだ、こんなの画餅だ」と思うかもしれないし、事業者側は「なんだ、こんなに厳しきゃ守れないよ」と思うかもしれない。
規則の詳細を示した上で説明会をしてもらわなくちゃ、これらが判断できないですよね。

私の一般質問のときに、素案の段階で規則の内容まで示すって言わなかったかなあ・・・と思って、改めて一般質問の答弁を見てみたら、「条例素案とともに、条例規則に定める予定の整備内容を分かりやすく公表し、区民意見反映制度により広く区民の方々からのご意見をいただく予定でおります。」と書いてあった。
そうか、規則を示すとまでは言っていなかったのか・・・くそー。(←!!)

でも、やっぱり、規則をしっかり示した段階で、改めて説明会やパブリックコメントはやるべきなんじゃないでしょうか。

それが、スパイラルアップのはじめの一歩じゃないのかな。


私は、今自分の地域の会で、バリアフリーの勉強会をやっています。それは、以前、私の会の参加者が「バリアフリーの会を企画して欲しい」と提案をしてくれたということが一番大きな理由ですが、もう一つ、私の心の中に理由があります。

議会の議事録なんか見ていても、「福祉のまちづくり」という言葉はたくさん出てくるけど、じゃあ何をするのが「福祉のまちづくり」なのかがはっきり見えないことが気になるのです。
「福祉」とか「まちづくり」という言葉、それからついでに言えば「エコ」とか「協働」という言葉も、その意味することが何なのか厳密に分析しないままに、黄門様の印籠のようにそれを名目にして政策が通ってしまうのが気になるのです。

バリアフリーを目指さなくては生活しにくい当事者にとっても、バリアフリーをなんとか実現したい市民にとっても、地に足の着いた議論を進めなくては何の役にも立たないでしょう。

だからこそ、規則で何を定めるべきなのか、できる限り早く区民に示すべきだということが一つ。
それから、説明会に20人弱しか集まらなかったということも気になります。どうやって広報をしたのでしょうか。私の区政報告会の参加者数より少ないですよ(^^;
条例ができた後も区民に参加してもらってスパイラルアップしていきたいなら、条例ができる前からこれじゃあダメでしょう。
障害者団体の人に個別に声をかけるとか、福祉のまちづくり総合計画の活動に参加してもらった人に改めて声をかけるとか、練馬区役所内だけで説明会をするのではなくて地区区民館とかでもやってみるとか。

これは、区のありようをただ批判したくて書いているのではなくて、私も区政報告会とか勉強会とか色々と企画してみて失敗をすることもあるもんですから(笑) でもめげずに働きかけて、一人でも多くの区民の方に、区政を、楽しみながら考えるきっかけを作れたら良いなという願いを持っているので、せっかくバリアフリーを区民の参加のもとに少しずつ向上させたいということであれば、何か新たな方法が考えられたら良いのになと思ったのでした。


次にこのことについて私が議会で正式に発言できるのは、条例案が出るであろう来年2月の定例会になると思うので、その前に少しでも改善されることを願って、今日のブログを書きました。


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学童クラブの見学

ここのところ、福祉関係の民間の事業所とか民間委託で運営されているところなんかを見学しています。

先週の土曜は私の事務所の近くのNPOが新しいデイサービスを作ったというので施設を見学させてもらい。午後は民間に委託をしている貫井福祉園のお祭りに行き。

月曜日は修士論文の関係で民間の法人の保育園の先生からお話を聞かせてもらい。

それから、木曜日に民間委託をしている学童クラブを見学させて貰いました。

大泉第二小学校の中にある学童クラブです。


少し前に、「協同労働」を考えるシンポジウムというのに参加しました。経営者がいて組織を率いるという形ではなく、みんなが出資し、みんながその組織の方針の決定にかかわり、みんなが働くというものが「協同労働」だそうです。
NPOともまた違うのだけれども、新しい働き方として、法制化してほしいというお話でした。

面白そうだなと思うんですが、どんなところが他の組織(会社とかNPOとか)と違っていて、どんなところに課題があるのかを知りたいなと思って、協同労働の手法を取り入れている現場を見せてもらうことにしたのです。

そこが、大泉第二小学校の学童クラブを受けているということだったので、出かけたのでした。

特徴は、すべてのスタッフが、現場の一部の仕事だけではなくて、全体の運営を知った上で関わっているということのようです。それぞれ役割分担をして、例えばおやつの担当の人はおやつを買うことに関するすべての業務を責任を持ってやるなど、仕事が分断化されないやり方をするらしい。

それは確かに、働く人にとっては全体像が見えて、モチベーションが上がって楽しそうですよね。

しばらくスタッフの方からお話を聞いて、1時間弱、子ども達の様子を見せてもらいました。


自分がNPOで働いていた頃のことを思い出してみて気になるのは、みんなで決めるといっても声が大きい人が出てきて仕切ろうとしてしまうような事態が生じたときはどう対応するんだろうかということと、民間委託や指定管理者といったしくみと齟齬が生じることはないのかなぁ・・・という素朴な疑問でした。

公設公営でやっているところなんかも見学させてもらって、比較をしながら、考えていきたいなぁと思います。


そろそろ帰ろうかなと思っているところに、女の子がニコニコしながら近づいてきて、言いました。
「あのね、せんせいは、お母さんに似ているのよ。」

「せんせい」というのは多分、私のことなんでしょう。私の名前がややこしくて覚えられなかったから、大人だし、先生と呼ぼうと思ったに違いない。

お母さんに似ているというのは、彼女にしてみればおそらくすごい褒め言葉なのだろうということは、表情から感じられます。

しかし、そうか、お母さんか・・・
まあたしかに、私が20歳くらいで子どもを産んでいたら、このくらいの大きさ(小学校低学年)になりますね。そうか、お母さんの年だったか・・・と、若干、複雑な気分になりましたが(^^;

なんと言って答えたら良いやら、悩んでしまって、ひとまず、「あー、それは嬉しいね。お母さんによろしくね」と言いましたが。

しかし、後々しみじみ考えてみれば、議員が子どもに向かって「お母さんによろしく」と言っている姿って、なんかいやらしいですよね(笑)
まったく、他意はなかったのですが(><)


それで思い出した余談ですが、選挙カーが走っていると子どもが手を振ってくれるでしょう。
そうすると時たま、マイクを使って「ありがとう!お父さんお母さんによろしくね!」と言うウグイスさんがいるんですけれど、私はそのコメントがとっても嫌いなんです。
なんか、「有権者じゃない区民はどうでも良いから、有権者によろしく」と露骨に言っている感じが嫌じゃないですか?せっかく手を振ってくれた子どもに失礼ですよね。


そんなことを思い出しつつ、どぎまぎしながら帰ってきました(笑)
これからちょくちょく、あちこちの学童クラブも見て歩きたいなと思いました。


・・・しかし、ここまでブログを書いてみてふと気づいたんですけれど、民間の団体のことって、ブログに書きにくいですね(^^; なんとなく、文章がぎこちなくて小学生の夏休みの絵日記みたいじゃないですか・・・?

委託を受けている民間団体(特に現場のスタッフ)が精一杯頑張って良い仕事をしようとしていることはわかるし、かといって絶賛するのもなんかおかしいし・・・(--;)

それで、民間委託の特徴の一つは、議会が関与しにくくなることだなあとしみじみ思いました。。

民間団体そのものが良くないということではなくて、行政と民間の関与の仕方についてしくみを変えないと良くないなぁと感じるのです。


明日あさっては、ちょっと九州に行ってきます。(この前行ったばかりだけど・・・^^;)
和力が福岡で公演をするのを見て、それから、水俣に遠い親戚が住んでいることが判明したので、水俣に住む人の話を聞いてきます。

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近況と、小学校の跡施設のこと

前回、おばかなブログを書いて以来、しばらくご無沙汰して失礼しました(^^;

★なんかこの1週間くらい、胃腸の調子が悪くて。。体調が悪いと、なかなかブログを書く気力が出ないものですね。
別にストレスもないので、ただの食べ(飲み)すぎだと思いますが・・・痛かったー。

書きたいことがたまってきたので、数日は更新を連発する予定です。

★修士論文、一応なんとか「仮提出」はできたので、今のところ留年決定は免れているのですが、本提出は1月初旬なので、まだ予断を許しません(苦笑)

私の論文のテーマは、公立保育園の民営化について。
政権交代したので、小泉改革でめちゃくちゃになった保育施策も、行政と市民の関係も随分改善されるのではないかなと思い、なんとか今年度中に論文を仕上げて過去の整理をつけなくてはいけないと思っていたのです。

だけどなんとなく最近、「論文の結論を出すのはあと1年くらい延びても問題ないかも」という気がしてきました・・・な~んてね。
(以上、落語でいう「考えオチ」、のつもり・・・。意味が分かりますか? 分からなくても良いですが 笑)

★前、チラッと書いた話で、詳しく書きたいと思っていたことがあります。光が丘の小学校のこと。

来年の春、光が丘の地域にある小学校のうち8校が2つずつ統合して4校になる予定です。
それで、廃校になる4つの小学校跡施設についてどう活用するか、「活用基本計画(素案)」というものが9月に出ました。

そのうち2校は、介護人材育成・研修センターとか防災カレッジとか、子ども発達支援センターというように公共的な活用がされる予定。

しかし残りの2つの跡施設は、民間に貸し出すという計画です。
しかも、「住宅街なので音やにおいを出すようなものには貸しません」とはいうものの、特に業種も絞らず、一つの会社に校舎・グラウンド・体育館を一括して貸し出すということ。

具体的な内容は、公募をして業者から提案がなければ、何になるのか分からないのだと区の担当者は言うのです。

地域の人は、今まで住宅と公園や学校や病院といった公共的なものだけがあった光が丘の地域に突然、民間の会社が入ってくるかもしれない、しかもどんなものになるか想像もつかないという状況にとても不安を感じていらっしゃる。

小学校というのは、公立施設の中でも特に地域の拠点としての役割が強いと思います。
通っている子ども達とその保護者が地域のことを考える拠点になるというのはもちろんですが、災害時の避難場所として日頃から準備をしている地域の方がいたり、学校がないときにはスポーツ団体が活用したりしてきたわけです。

そこが突然、民間の会社になったら、使えなくなってしまうかもしれない。

それに、住宅街の中に、今まで想定していなかった民間の会社を新しく入れるということには都市計画の手続き的な問題も残っているのです。

地域の方がとても不安に感じる状況をなぜわざわざ作らなければならないのか。

区は、「光が丘の団地がこれから高齢化し、地域の力が弱まってしまうのを防ぎたい。企業を誘致すればそこで働く若い人がまちを往来し、そして住んでくれるかもしれないからやるんだ」と言います。

しかしそれならば、例えば、
・介護事業所など福祉関係の会社や、文化・教育など公共性の高い業種に絞って募集をする
・NPOなど、社会活動をしているけれども資金が不足して事務所を確保できない団体のために、小スペースに区切って事務所として貸す
・地域のサークルが活動できる場として、集会施設にする
等の方法でも、たくさんの人が集まり、地域を活性化することはできると思うのです。

それに、他の多くの議員さんも指摘しているところですが、待機児の多い保育園や、待機者の多い特別養護老人ホームなどを作る必要があるというのは、区としての課題です。だから、この跡施設を活用することもできるのではないかと思います。

民間にすべて任せてしまうということは、計画作りの段階では行政として「このまちをどうして行きたいのか」という姿勢がまったく見えない状態になってしまうのです。とても疑問を感じます。

9月下旬から10月にかけて、区が主催した説明会が3回行なわれましたが、参加者は合計で110人程度で、光が丘に住んでいてもこの問題を知らない人がたくさんいらっしゃると思います。

だから、例えば小学校区ごとに案内をしてきめ細かに説明会を開くなどの対応が必要なのではないかと思うのです。
9月の議会でそう言ったら、「区立施設の使い方は光が丘だけの問題ではなくて、区全体の問題だから、小学校区ごとというよりも、全体説明会にしたいんだ」と答弁されました。

どうも納得できないですね。だって、企業を誘致するのは光が丘の地域が高齢化するからという理由(つまり光が丘の地域性)だと言っているわけでしょ。じゃあ、光が丘の人がどう感じているかを聞く必要があるだろう、と言うと、「いいや、区全体の問題だから」と言う。
どっちなんじゃい、って感じですね。。
これはとっても、屁理屈というか、地域の人とともにまちを作っていくという姿勢が感じられないなと思うのです。


ちょっと話がずれますが、一緒の会派の北川さんが、いろんなことを教えてくれます。とても勉強になるのですが、ひとつ紹介すると、「区政を考えるときは、一般論じゃダメなんだよ。それに関わる区民の顔を具体的に思い浮かべて、その人の身に起きている困難を取り除くためにはどうしたら良いだろうかというところから出発しないといけないよ。頭でだけ考えていたのではダメだよ」と言われたのです。

当たり前のことのようでありながら、とても良い助言を貰ったなあと思っています。初めて遭遇する問題をどう理解するか、とか、判断に迷うような時に、この視点で考えていくと頭がスッと整理されます。パッと、視野が開いたような感じです。


人と人が議論をしていて、その議論が迷走するようなときって、個別具体的な話と一般論がゴチャマゼになっているときなのかもしれない、とも気づいたのです。

例えばものすごく卑近な例を挙げますと、私が恋人に、「あなたはいつになったら私と結婚するつもりなの?」と質問するとするでしょう。そのときに、「今は30代になっても独身の人が増えているんだから、まあ良いじゃないか」という一般論で返されたら、喧嘩になるでしょう(笑)
私が言っているのは一般論じゃなくて、個別の問題だから。


で、話は戻りますが、学校跡施設の説明のしかたも、これに似たものを感じるのです。光が丘のまちがどう変わるのかを、多くの住民が知ったうえでともに議論する必要があるというのに、そこで「区立施設は区民みんなの財産だから」というのは一般論でしかないわけですね。区立施設が区民みんなのものだなんて、言われなくたって誰だって知っているでしょ。

だけどそもそも区立施設は何のためにあるのか。その地域ごとに、そこに住んでいる人が生活し、活動する拠点となるためにあるのです。それならば、地域の人がともに活用方法を考える場を作るのは、区としてやるべき当然の仕事でしょう。



でも結局、3回にわたる説明会でも、9,10月の議会でのやりとりでもさっぱり埒が明かないので、今日、光が丘の住民でこの問題に疑問を感じた方が中心になって、改めて区から話を聞く会が開かれました。
私も傍聴に行ってきました。


基本的に区の方向性は現段階では何も変わってないのですが、参加者から出ていた意見で色々と思うところがありました。

まず、業種を絞らずにやるということに区民は疑問を感じていて、「こういうことをやっている例を把握しているのですか」という質問が出ました。
それに答えて課長が挙げた具体例のひとつが、新宿区の学校跡施設に吉本興業を招いた例。
これはずーっと前に私のブログでも書いた覚えがありますが(もともと新宿社協があったり、区民が使う会議施設として使っていたのに、民間誘致で議会はなんでOKしたのかしらねぇ・・・というようなことを書きました)
新宿でどんな議論があってこういう結果になったのかは分かりませんが、少なくとも光が丘とは比較できません。だって新宿の学校跡施設は、花園神社やゴールデン街のすぐ隣、歌舞伎町のご近所さんという、繁華街の中なんですもの。
こういう場所と、住宅街である光が丘を比較するなんて、いやん、課長さんったら、おばかさん(←きつい言葉を、絵文字でごまかす)

それから、区が「できれば入ってきて欲しいのは区内産業を活性化できるような企業・・・例えば、アニメ産業など」と言いました。それに対して参加者の中に、アニメ関係のNPOに関わる方がいて、意見をおっしゃいました。「アニメに関わる仕事をしている人は、とても食べていけないようなワーキングプアのような現状もあるから、ただ事務所機能として誘致するのでは意味がなくて、例えば働く人が安く住める場を提供するとか、跡施設を借りるだけのお金がないと思うから支援をするとか、様々な方法を考えなければ意味がない」と。

そこでハタと思い出したことがありました。
夏に行ったアメリカの視察のこと、途中まで報告して頓挫していますが(^^; 英語の参考資料を読まなくては続きがかけないので、修士論文が書き終わるまでご勘弁を)、シアトルで、学校跡施設を活用したアートの施設を見せてもらいました。

1階は、音楽をやるスタジオがあったり、様々な芸術活動ができるスペースや教室がある。そして、2階以上はそこで学ぶ若者たちが住める寮のようなものになっているのです。

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(部屋の入り口の廊下。学校っぽいでしょう。ちなみに右端の人影は、同行した私の恩師です。。)

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(お部屋の中を見せてもらいました)

これはまあ一例ですけれど、とにかく、本気で産業や文化の育成をするというなら、やはり本当にそこに携わる人が必要としているものをやらないと意味がないですよね。
アニメを活性化させたいということを区はよく言うけど、アニメの事業者や従事者の声って、聞いているのかしらね・・・??


それから、さっき書いたみたいに、多くの光が丘の住人がこの問題を知らないから、アンケートをして意見を集めてほしいという意見も出ていました。
これに対しては担当の課長が、「今まで何度も説明会をしたし、パブリックコメントでもたくさんの意見をもらって、この問題で考え得る意見はだいたい出尽くしたと思うから、改めてアンケートは必要ない」とおっしゃっていました。

これは、区民の意見を集める意味を捉え違えているように思います。

区としては、ある程度の声を集めて、想定できる疑問質問に答えればそれがゴールなのかもしれないけれど、市民参加やパブリックコメントの意味って、そういうことじゃないんじゃないかな。

意見を出せる場があれば、人は改めて問題と向き合うものです。それで、「うーんうーん・・・」と考えたり悩んだりして意見や疑問を出す。結果としてそれはもしかしたら、すでに出ている質問だったりすでに解決済みの問題かもしれないけれど、でも区民は一人ひとり、別人格なのです。それぞれが考えるプロセスをとることによって、ふだんは遠く感じられる区政を身近に感じるきっかけを持つことができるし、もしかしたら自分の力でまちを変えられるのかもしれないと思えるかもしれないのです。

課長はきっと頭がよくて、「一度出た意見はちゃんと受け止めているから、何人もから同じ意見を出してもらわなくても大丈夫だよ」と思ったのかもしれないけど、そういうことではないと思うんです。(ちょっとだけ持ち上げて、落とす・・・ 笑)

同じことを何度も繰り返して、説明会のたびに新しい参加者が来るから1から全部やり直して、とても非効率かもしれないけれど、その繰り返しの中で区民一人ひとりがまちを考える機会を保障していくのも、行政としての役割だと思います。それが、民主主義のプロセスだからです。

結局、まだまだ議論が尽きない中で今日は時間ぎれになりました。

計画そのものも疑問を感じるし、プロセスにも疑問を感じる問題です。これからもしっかり見て、意見を言わなくてはなりません。


・・・長文にお付き合いいただいてありがとうございました。読了、お疲れ様でした(^^;

※かとうぎ桜子のHPはこちら

きのこ

私は、植物を育てるのが苦手です。
絶対枯れませんよといわれて買ったサボテンとか竹とかまで枯らします。
なにか、植物を枯らす毒素が私から発せられているのではないかと思うほど・・・(--;)

だけど、練馬はみどりが多いし、みどりの保全がひとつの課題だし、みどりを愛する人の気持ちが分からないとダメだよなあと思っていて、事務所で一生懸命、葉っぱを育てています。

議会があったりして心がお留守になると葉っぱが「ヘナァ・・・」としていたりするのですが(^^;)、枯らすまい、枯らすまいと思って、いつも気にかけてはいるのです。だから、かろうじて枯れずに頑張っています。少しずつ葉っぱが多くなったりして、ちょっと嬉しいのです。

今日も、朝に保谷駅で区政レポートを配布して、9時前に事務所に来ました。いつものように「どれどれ」と葉っぱをのぞいたら、なんか白いものがある。「あら、プランターにゴミでも入っちゃったのかしら」と顔を近づけてみたら・・・

きのこ、でした・・・(--;)

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ぎょえ~

きのこが生えた~


私なりに一生懸命愛情を傾けたというのに。愛情の結果が、きのこかー。。

なんだか、「けっけっけ、生えてやったよ」と、きのこに小ばかにされている気分になりました・・・。


あまりにショックだったので、友達に電話をして、「あのね、きのこが生えたの」と言ったら、「あ、そう」と冷たくあしらわれ。(まあ、始業時間に電話をして、出てみたら「きのこ」と言われたら、ふつう、若干イラッとするかも知れませんね・・・)


きのこに馬鹿にされ、友達からは邪険に扱われ、悲しい一日の幕開けでした。とほほ。

やっぱり、こうやって生えたきのこは食べられないんでしょうね。
事務所のボランティアスタッフさんたちに見せたら引っこ抜くことにします。

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視察2日目

★前回のブログの余談で、私と片野令子議員の誕生日が同じだと書きましたが、大事なオチ(?)を書き忘れました。
この日(4月10日)は、1946年に女性の参政権が初めて行使されたことを記念して、「女性の日」なんだそうです。和田アキ子とかと同じというより、こっちの方が大事な話でしたね。ほっほっほ。

★さて、2日目の太宰府市の視察は、「文化ふれあい館」に行きました。

太宰府は歴史の古いまち。その歴史を掘り起こし、展示するのがこの館の役割です。

学芸員さんが、案内をしてくださいました。

しかしまぁ、この学芸員さんがあまりにも素晴らしくて、ぼぅっと見とれてしまいました。学芸員って、こんなに面白い仕事だったんだ~と思って。

太宰府は古くから朝鮮など外国との交易があったので、時代によっては緊張関係に至ることがある。そういうときは、敵が入ってこないような工夫をしないといけない。
山々に囲まれた地形なので、山の上には万里の長城のような城壁を築き、
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山の間の平地には堀と壁のある「水城」を築いた。

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そんな歴史を、掘り起こされる物から推測していったり、お祭りなど古くから伝わる地域の伝統をヒアリングして残し、それをもとに企画展をするといったことをされているとか。

常設展は置かずに、企画展を中心にやっているからとても大変だというお話をされていました。

しかしまぁ、地域のことも館のことも、何を質問されてもパッと答える学芸員さんに惚れ惚れ。

トンと聞かれてパッと答える。
1年前に言われたことを今頃思い出して腹を立てている私とは大違い(苦笑)
私も、スパッ、スパッと反応できるような仕事をするようになりたいものだと思いました。

他の人は施設とかを写真に写しているのに、私はあまりに学芸員さんに惚れ惚れしたので、学芸員さんの写真を撮ってしまいました(笑)
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しかも、「せっかく説明してくれているのに、カメラを向けたら失礼かしら」と、オドオドしながら、ほとんど隠し撮り状態(^^; 後で思えば、余計失礼だ・・・。しかも、私はやはり、オドオドしすぎ。。

視察の時期はちょうど企画展がやっていない時期だったので、前回のブログに書いたNPOめぐりとあわせて、文化ふれあい館の見学はいつかまた改めてやりたいなと思いました。

練馬も、ふるさと文化館を作ろうとしていますが、大事なのはハコがあることじゃなくて、いかに学芸員さんがいきいきと活躍できる場を作り、訪れた区民の皆さんに感動を与えられるかを保障することだなあとしみじみ思いました。

もちろん、太宰府は歴史の深いまちであるという特徴による違いはあると思います。
だけど、どのまちにも、そのまちにしかない歴史があり、そこに住んだ人たちのかけがえのない生活の積み重ねがあるはず。
それを掘り起こしていける、豊かな活動のできる場として、ふるさと文化館が機能すると良いなあと思いました。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

視察1日目

やっと視察の話を書きます。

10月27日、28日で文教委員会の視察に行ってきました。福岡の春日市、太宰府市です。

★春日市は、今回は、地域と学校のつながりみたいなことを伺ってきたのですが、春日市自体には2年前も健康福祉委員会で行ったんですよね・・・(^^;

なんとびっくり、宿泊場所も夕飯を食べる場所も2年前と同じでした。。
一瞬、デジャブかなと思いましたが・・・。

みんなで視察に行くメリットは、自分ひとりでは行かないような場所に行けるということなんですが、デメリットは主体性がなくなることでしょう。ツアーの旅行と同じイメージ。
だから、委員会視察に行った時は、休憩時間に意地でもひとつは、主体性を発揮して、自分独自のものを見つけてくることにしています。

今回は、ほとんど休憩時間がなかったので、30分くらいのあいだに走りながら探してきました。

2年前は、宿泊場所の近くで、犬猫の里親探しをするNPOのカフェを見つけました。
詳細はこちら

このカフェ、今も元気でやってました。
時間がないから入れなかったけど。
とりあえず遠景の写真を撮ってきました。
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元気で頑張っていて、良かった良かった。

さて、今年のお土産は・・・時間ないからどうしよう、と思いながら、持っていったパソコンで近くのNPOをがーっと検索しました。
そしたら、近くに、ふくおかNPOセンターというのを見つけました。

民間の団体で、NPOとか市民活動の支援をするようなことをやっているので、事務所はビルの1室。
入るのに若干勇気が要る感じでしたが、とにかく30分の間に独自のお土産を見つけなくてはならないというミッションを達成するために、ドカドカドカと入って行き、「なんか、活動が分かるチラシをください」と言いました(^^;
火事場の馬鹿力ですね。必死になると、ずいぶん図々しいこともできるものですな。

行政や企業とNPOの協働の支援のためのイベントなんかをやっているようです。

ちょうどこの27日も、夜間にイベントをやるということで、「時間があればどうぞ」とお誘いいただきましたが、残念ながら今回は不可能・・・。

犬猫のカフェのことももっとじっくり聞きたいし、一度ゆーっくりと個人として訪れてみたいまちだなと思いました。

★余談ですが、視察に一緒に行った議員さんの1人である片野令子さんと、私の誕生日が一緒だったということが判明しました(^^;

まあ、皆さんにとってはまったくどうでも良い話だと思いますが(笑)
友達の何人かに、「ま、誕生日なんて365分の1の確率だから、別に珍しくもないんじゃないの」とも言われましたが。
でも、私にしてみればびっくりしました。

私と同じ誕生日の人って片野さんの他には、和田アキ子とか、さだまさしとか、永六輔とか。
なんとなく、おぅ、という感じの顔ぶれじゃないですか(^^;


2日目の太宰府市のことはまた次回。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

堂々

★2,3日前、家に帰ろうと思って自転車を自宅の駐輪場にとめていたら、どこからともなく、子猫がにゃーにゃーと言いながら走ってきました。

そして、しばらく、にゃーにゃー言いながら私を追いかけてきました・・・

ついてくるなら撫でても良いのかなと思って手を出したら、逃げられた(--;)

でも、またついてくる。

どうやら、「触らなくていいから、食い物をくれ」と言っていたらしい・・・。


まあ、中途半端にえさをあげると良くないし、やせ細っていれば気になるけどぽっちゃりしているし、まあ良いやと思って逃げてきましたが。。

★修士論文の仮提出が迫っています・・・。本提出は1月なので、取り敢えず仮提出は、分量だけクリアしたような状態で(^^;

練馬以外も含めて、保育園の保護者からヒアリングもさせていただいたので、まともなものを書いて皆さんにお返ししなくては・・・と思えば思うほど、心ばかりが重くなる今日この頃です。。

おととい、大学院に行って、先生と面談をしていました。

そしたら、同じ部屋で作業をしていた知人(中野区の議員さん)が、「加藤木さん、石川先生がお話をしたいって」といって、携帯電話を差し出してくれました。

昨年、石川先生という方の授業をとっていたんです。
立川のほうで「やわらぎ」という名前のNPOをやっているので、授業の時に、「【やわらぎ】という名前の由来は何なんですか」と聞いたら、「【や】のつく名前をつけたかったのよ」という答えが返ってきました(--;)
今となってはなぜ私がそんな質問をしたのかも謎ですが、答えもなかなか謎ですね。。

思い立ったらぱーっと動くところに共感できるものがあるのですが、他人に対するプレゼンス、というのか、態度表明のしかたが私と先生は真逆な感じがします。
私は、なんだかオドオドしてますからねぇ(^^; オドオドしながら突然ちゃぶ台をひっくり返す・・・。
逆に、石川先生は見るからにパワフルです。

で、今回も石川先生が今やっている活動のことで地域の状況を聞きたいということで、中野の議員さんとお話をしていて、そしてたまたま隣にいた私にも電話をつないでくれたわけですが。

オドオドしながら電話に出たら、「加藤木さん、まずはあなたの携帯電話の番号を教えてもらいたいのよ」と先生。
で、私は、「あ、はい、すみません・・・」となぜか謝りながら電話番号を教えた次第。

それで、ああ、どうせやるならいちいちオロオロしないで、石川先生みたいに堂々としているようになりたいもんだなと思いました(笑)

エサをくれと追いかけてきた猫もそうですが(←って、猫と先生を比較するなって?)、堂々としているのは武士らしくて(?)良いですよね。


もうちょっと堂々とできるようになりたいなとは思っているんですが、でも、へなへなしている醍醐味(?)というのも案外あるんです。
世の中には、強い人には従い、弱い人にはつけこむタイプの人っているでしょう。
私自身が弱っちい態度をしていると、つけこんでくる人がいるわけですから(苦笑)、ああ、いろんな人がいるんだなということが見分けられる面白さがあるのです。
ああ、この人は、私がへなへなしているから、つけこんでこようとしているんだな、とか、観察しているのもなかなか面白いものです。

課長とかでも、多数会派の議員さんに対する態度、うちの会派の池尻さんや北川さんのように聡明な人に対する態度、そして1年生議員で年齢も若くてへなちょこな雰囲気の私に対する態度、というのが、変わらずに接してくれる人もいれば変わる人もいるんですよね。

相手によって態度が変わる人というのは、たぶん、貧困の状態にある人とか高齢者とか、社会的に弱い立場にいる人に対してはきっともっとひどいでしょ。

だからいつも、「へー」と、観察することができるという楽しみがあるのです(^^;

でもね、せめていざというときにはもっとガツンと言える強さは身につけたいものです。
10年後には石川先生のようになることを目指して頑張ることにします。

ワイン

★思い出し笑いという言葉はありますが、思い出し怒りということもあるんでしょうかね・・・
前回のブログのことですけれど。
1年前のことを思い出して、突然腹を立てるとは、我ながらだいぶのんびり屋ですな。

しかし、自分がこんなに腹を立てているということに、自分自身でも気付かなかったので、気付けてよかったです。
他人がつらい思いをしているのを見るとすぐ腹が立つのですが、自分がつらい思いをしていると気付かないのです(笑) 紺屋の白袴です。 
今回も、自分に起きた問題に腹が立ったのではなくて、もし同じ思いを他の人がしていたらと想像したら腹が立ちました(^^;

それにしても女性差別は、低温やけどみたいなものですね。女性の側も気付いていないのに、じわりと傷を広げているのだなと思いました。

★そんなわけで昨晩、「思い出し怒り」であまりにプンプンしたので、今日はその後遺症で頭が痛くて。(ただの二日酔いという説もありますが)

今、私が議会で会派を組んでいる2人の方はとてもジェントルマンなので、一緒の空間にいると心がせいせいとするのです。
今日は役所に行ってお2人の顔を見たら、私のいらいらと荒んだ心も若干穏やかになりまして(笑)

頭痛をおして、今晩はワインテースティングに行って来ました。

今日のワインは自分のためじゃないのです。12月19日のジャズの会のためのワインを仕入れに行ってきたのです。ジャズの会の参加者に喜んでもらうために、いたしかたなく飲んだのです。(←ウソ)

安くてうまい、赤と白のワインを仕入れてきましたよ。ふっふっふ。

私はアルコールが入っていればどんな飲み物でも好きなのですが、最も好きな飲み物は白ワインなのです。

ワインテースティングに連れて行ってくれたのは、ジャズの会を一緒に企画してくれている大学院の恩師なのですが、「みんなが飲みたがるのはきっと赤ワインだよ」と恩師。

そうなのでしょうか?みんな、赤が好き?

赤ワインって重くて、前頭に残って翌日まで頭が重くなりそうなイメージがあるもので私はあまり飲まないんですが。

「そうか、私は白が好きなのに、みんなは赤が好きなのか。。私は酒の好みまで少数派なのか・・・」としょんぼりしていたら、恩師が、「そんなことでひがむことはないじゃないか」と慰め(?)てくれました。


11月の中旬にうちに届くらしいのですが、12月中旬の会までに間違えて私が飲み終えてしまわないように気をつけなくてはいけません(^^;

飲んじゃった場合は、「あら、おかしいわ、ワインが蒸発しちゃったみたい」という言い訳をすることにします。
でも、少なくとも赤ワインは飲み干しませんから、ご安心を。


Jazz Night in Nerima~ジャズを聴く会
12月19日(土)午後6時30分~8時30分@練馬区役所地下多目的会議室
参加費2000円(ワンドリンク・おつまみつき)



身近な女性問題

私の知り合いが、ご自身の書いた雑誌記事を送ってくださいました。
お礼を書かなくてはと思って読んでいたら、かなり私の琴線に触れたので、今日はこの話を書きます。

この知人は、私が以前、大学でゲストスピーカーをした時に呼んでくださった先生でした。

男性なのに、ジェンダー(社会的な性)の問題にすごく関心をお持ちの方だったので、案外珍しいと思うので、なんでなのかなあと思っていました。比較的理解のある男性でも、わざわざそれを話題にあげるほど関心をお持ちの男性は少ないと思うので。

一方で、私は女性であるわりに、女性であるがゆえの壁を感じたことがあまりなかったために、今まであんまりジェンダーの問題を考えたことがなかったので(^^;

でも、今回送ってくださった記事を読んで、すごく良く分かりました。
それとともに、私の中で、抑圧されていた問題意識がぐっと表れてきました。


その知人の先生は、離婚をして父子家庭で子どもを育てながら仕事をしてきたそうなのです。そうすると、「早く再婚をして男性として一人前の仕事をしろ」とか、さらには「独り身で寂しくないのか」という、表現としてはもっと露骨な性的からかいを受けてきたそうなのです。つまりは「女が欲しくないのか」みたいな言い方ですよね。

でも彼としては、子どもを安心できる環境で育てたいという気持ちで精一杯だから、中途半端な気持ちで再婚したら子どもにとってかえって良くないのではないかという思いでいるからこそ一人で頑張っているというのに、そんな気持ちも知らずに周りが軽く言う言葉にとっても傷つけられてきたと。

そして、「独身で女が欲しくならないのか」という言い方をする人は、逆に言えば、自分の妻を人間として見ているのではなく、自分の性的欲求を満たすために結婚生活を続けているということもいえるわけですよね。

そんな辛い気持ちで改めて社会を見回すと、軽い気持ちの性的な意識がどれだけ多くの人権を侵害しているかが分かる、という趣旨の文章でした。


私は、自宅近くにある婦人保護施設の職員さんから少しお話を聞いて、施設に保護される女性がどれだけ社会の中でひどい環境で過ごしてきたかという話をこの数年、教えてもらっていました。

だから、以下の話は、女性の保護に関わる専門職と上記の知人の先生の両方から聞いた話ですが、性風俗の世界があまりにも人権侵害の世界になっているということを、心痛みながら感じるのです。

10月3日に「ポルノ被害と女性・子どもの人権」というシンポジウムに参加したのですが、そこでも言われたこととして、例えばアダルトビデオに関して言えば、複数人数でレイプをするとか、性器に異物を無理矢理入れるとか、痛い目にあわせるとか、文字にさえもしたくないような行為(でも、具体的に書かなくては分かって貰えないと思って、頑張って書きましたが)をやって、それを録画して、売るということが平気で行なわれているようなのです。

こんな、書くだけでも嫌な行為をビデオに撮って見て何が面白いのか、さっぱり分かりませんが、でも、こういったことを好きな人が実はたくさんいるのかもしれません。需要がなくては売れないし、売れなければ製造されるはずがないのだから。
誰も表で言葉にしない問題が、じわっと広がり、女性に対する蔑視の根源になっているのだろうと思います。


私は今まであんまり、女性問題を考えてきたことがありませんでした。

それはたぶん、中学高校が女子校で、性別には関係なくのびのびと生きていたからです。
大学に入っても、前回のブログに書いたダンスサークルは女子のサークルだったので、気分的には女子校の延長でした。
大学以降に出会った男性の友達や恋人もたまたま良い人ばかりで、私は女性だからといって圧力をかけられることもなく、のびのびーと生きていました。

はっきりいって、ああ、女性って大変なんだと気づいたのは、議員になろうと決めてからです。本当に不愉快な思いをいっぱいしました。女なんだから酒を注げとか、気が利かないとか、いっぱい言われましたし、それを受けて「ああ、酒くらいはついでやらなくちゃいけないか」とかは最近は考えるようになってしまいました。そんな自分自身のあり方さえ本当は不愉快ですよ。女性のくせに気が利かないとは、いったい、どういうこっちゃ。

それに、議員の仕事をしていると、性的な嫌がらせをする人がなんとも多いこと!普通の仕事をしていても、そうなんですかね?みんな我慢して、会社員の仕事をしているの?
だけど、「社会に出ていればどこでもそうなんだから我慢しろよ」ではダメだと思うんですよ。

例えば、懇親会を企画して飲めば、ここに文章に書きがたいようないやらしい言葉を投げつけてくる人も多いし。
私のような20代くらいの女性ならば、力でねじ伏せられると思うのか、気に食わなければ怒鳴りつけてくる人も多いし。

昨年の秋に、私は多数会派から脱出して一人会派になりましたが、そのきっかけは、「元区長を名誉区民にする」という議案でした。
そのときに、どうしても元区長を名誉区民にするという議案には賛成することだけはできませんといったら、当時同じ会派だった男性議員が突然、机を叩いて「ふざけるな」と、私に向かって怒鳴ったのでした。
ドカンと机を叩くのは、力を使った脅しでしょう?

もし、私が男だったら、そんな力づくの脅しをしましたかね?その議員さんご本人は忘れているかもしれませんが、私はそういう行為は絶対許しません。
私が脅されてびっくりしたという個人的体験のせいではなく、違う意見の人を力でねじふせようとした人とは再び同じ会派は組めませんよね。
この私の考えは、間違っていますか?
内部事情は書かないようにしたほうが良いと思いましたが、でもこの態度にはやはり男女の差別問題が深く関わっているように思って、書かずにはいられませんでした。気に食わなかったら机を叩けば良いのですか?それが民主主義かいな。

今までは、セクハラをされても怒鳴られても脅されても、私だけが我慢して知らん顔して済むなら、私自身はそのくらいのことでは別に落ち込んだり驚いたりもしませんから(心の中で「力で脅して済むと思うなんて、馬っ鹿じゃないの」と思っているだけです)、ずっと我慢していたんです。
でも、世の中にはもっと弱い立場に立たされながら同じようなことで迫害されて、しかも私みたいに「馬鹿じゃないの」とさえ思うこともできずに我慢して、つらい思いをしている人がいっぱいいっぱいいるんじゃないかということにふと気づいたのです。そうしたら、急に腹が立ってきました。

これは私だけが我慢すれば良い問題ではないと気づいたからには、議員としては黙っているわけにはいかないでしょう。

ちなみに私は自宅の住所を公表しないで、事務所の住所だけ公表していますが、実はそれも同様の理由・・・私が女性で一人暮らしだからなんですよ。

議員という税金を貰っている仕事をしているくせに自宅の住所も公表しないで無責任だと言われることもありますが(それを言うのはやはり男性ですが)、それならば女性が安心して住所を公表することができる社会を作ることが先決ではありませんかね。
男性は、女性のありようを非難するばかりで、ともに改善しようとはしてこなかったじゃぁありませんかい。

私が20代の女性であることで嫌がらせを受けることを我慢するというのは、私個人の問題で済むのであれば別に我慢しても構いませんが、私が議員である以上は、黙っていてはいけないように思ったのです。

多くの男性は、「女性を馬鹿にするくらいの男が強くて良い」と思っているように思いますけれども、(自分はそんなことは思っていないという男性は、ためしにその根拠を挙げてください)、その風潮は絶対に変えなくてはいけません。

今までは私は我慢していましたが、女性の地位向上のためには黙っていてはいけないなと思いましたので、これからは指摘させていただくことにします。
まず、酒の席で性的な話をしないでください。今日以降、私に性的な話をした人は、ブログで公表させていただきましょう。

そうでもしなければ、たぶん、皆さん、気づかないでしょうからね。ふん。
女性だからといって、一見、私がおとなしそうにしているからといって、それに議員で票が欲しいから黙っているんじゃないかと思う人もいるようですが、まず、人間として馬鹿にしないで欲しいものです。

四方山話?


議会での議論のことや、委員会視察のことなど、書かないとならないことはたくさんあるのですが、つらつらと、くだらないことを書いていたら長くなってしまったので、今日は、最後までくだらない話で終わります。忙しい方は、読み終わった後にあまりのくだらなさに腹が立つと思いますので、読まなくて良いですよ。

★土曜に区政報告会が終わりました。

最近、勉強会を開催したときには私が司会も兼ねてやっているので、区政報告会もそのスタイルで行けるかなと試みてみましたが、うまくなかったですー(苦笑)

区政報告と司会をかねるのはやはり至難の業でした。。(^^;
参加者とやり取りをしているときに、「ああ、区民向け説明会で、うまくない答弁をしているときの課長って、こんな気分なのかなあ・・・」と思いながら、酸欠でひっくり返りそうになりました

そんな報告会にお付き合いいただいた区民の皆様、ありがとうございました。

年末年始は色々イベントも盛りだくさんですので、報告会はしばらく休み、次回は予算の定例会が終わった後、4,5月頃にやろうかなと思っているところです。

次回はちゃんと、名司会の日高市議に進行役を依頼しますので、安心してご参加ください・・・。

★まあそうはいっても、毎回、集まりをやるたびに何人かずつ、新しいメンバーが来てくださるのは嬉しいことです。
私のあまりのへなちょこぶりを心配した参加者の方が今日、電話をくださって、「いろんなところに顔を出して、仲間を増やした方が良いわよ。今日は妙福寺でお会式があるから、顔を出して、そうやって仲間を増やしたらどうかしら」とご提案くださったので、ずいぶん遅い時間になってしまいましたが、出かけました。

もう終盤のステージの上では、小学生くらいのお嬢ちゃんたちがダンスを踊っていました。
お嬢ちゃんのダンスの後方ではお坊さんがお経をあげているという不思議な光景でしたが・・・
あのダンスは、たぶん、ヒップホップだったのかな・・・私も大学時代にダンスをやっていたわりに、いまいち分類が分かっていませんが(^^;

私は人前でしゃべるのはいつまでも慣れませんが、踊るんだったらあんまり緊張しないんですよ。しゃべることにも早く慣れれば良いのにね。週3回、駅頭でマイクを使ってしゃべっているにもかかわらず、いまだに、自分のしゃべりのあまりの下手さ加減に、頭がクラッとすることがあります。
だからって、駅頭や本会議場で、しゃべる代わりに踊るわけにはいきませんしねぇ。

私が大学時代にやっていたダンスは、ソングリーディングといって、チアから派生したダンスとやらでして。外国で、バスケとかのスポーツの休憩時間に、ポンポンを持ったお姉さん達が出てきて踊るでしょう。ああいうやつです。
全然似つかわしくないでしょう・・・。大学時代は、似つかわしくないことをする最後のチャンスだと思って、無理をしたのです。

ダンスのタイプとしては、ジャズとかヒップホップっぽいのとか、いろんな要素が混ざってくるのです。

で、私はジャズダンス風なのは得意だったんだけど、ヒップホップのようなリズムの取り方がとても苦手だったものです。慌てふためいたMr.ビーンのようになってしまったものでした。。

だから今日のお嬢ちゃんたちみたいなダンスはできないと思うけど(^^;)、次の区議選が終わったら、ジャズダンスでも再開したいなあと夢がふくらんだのでした。
そんなわけで、遅い時間に行ったせいもあって、せっかく区民の方が「活動の仲間を作っていらっしゃい」と言ってくださったというのに、ただ子ども達のダンスを見てニコニコして帰ってきました(^^;

★しかしまあ、今日は寒いですね。
妙福寺から家までは自転車で20分弱。
「うーん、ビールを買って、家で鍋でもつつこう・・・」とコンビニの前に駐輪をし、垂れてきた洟をこすりあげていたら、たまたまそこに立っていたお兄さんが、「おや、あなたは加藤木さんではありませんか」とおっしゃいました。
あまり不意打ちだったので、洟を拭き拭き、をしたまま「へい?」と答えると、「頑張ってくださいね」と言いながら、お兄さんは去っていきました。

・・・頑張って鼻水を拭きなさいという意味ではないですよね(^^;

そんなわけで、思いがけず、妙福寺ではなく、学園町のコンビニ前で地域の仲間を見つけられたのでした(笑)

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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