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修士論文の報告② 練馬の事例

★議会は今、予算の審議をしています。
私は3日間、質問します。2月23日には区民費・産業地域振興費。3月1日に都市整備・土木費。3月3日に歳入や特別会計について質問をする予定です。
一生懸命、たまには福祉じゃない質問をする努力をしてみているんですが・・・「人からコンクリートへ」という感じですかね(冗談です)

都市整備・土木でも結局ぐるっと回って福祉っぽい質問に落ち着きそうなんですが(^^;

内容は、ここのところブログで書いている修士論文の報告が終わったら書きます。

★さて、前回のブログでは修士論文の第1章の説明をしました。今日は第2章のうち、練馬の事例のご紹介。
第2章では、各地の保育園民営化の事例をとりあげました。

保育園民営化は、保護者の働く時間の多様化など、保育園利用者のニーズ(休日保育や延長保育)に対応するとともに、民間の力を活用して経費を削減することによって浮いたお金を新たな子育て支援施策に生かすためにやるんだといわれました。これはどこの自治体もだいたい同じ。そして、保護者はとても不安を感じて、民営化の流れを止めようとするのも多くの自治体で共通することです。

でも、民営化を進める本当の理由は前回のブログに書いたように、国から出るお金が減らされたり、制度の規制緩和がされたためなんですよ。だって、本当に保育ニーズに応えたいだけなら、別に民間に移行しなくたって、今までのままでサービス拡充すれば良いじゃない?

だいたい、保護者と対立してまで進めようとしている時点で、「保育園利用者のためにやるんだ」という名目は嘘だということが証明されているようなものです。

さて、事例をご紹介しましょう。まずは練馬区。過去の事例は私もブログに書いたりしたし、ご存知の方も多いと思いますが改めて。

2004年に初めて民営化の計画を発表したのだけれども、実施するまでの期間がとても短かった。夏に計画を発表して、その次の春には委託を開始するという。
民営化する場合には、運営主体が変わるのだから当然運営の仕方が変わりますよね。それに、保育士さんもみんな入れ替わる。
ばたばたするのだから、混乱の中で子どもが怪我をしたり、不安定な状況にならないように充分な配慮をしなくてはならない。
そのためには、保育についてしっかりとした運営の実績のある法人にお願いをしないといけないし、新たな保育園を運営できるだけの新しい保育士さんを育てるための時間も必要。
委託を受けるといったって、法人にしてみれば実質的には新しく園を始めるのと同じだけの労力がいるわけでしょう。何十人単位で新しい職員を雇わないといけないんだから、ある程度の時間をとらなければ、たとえ法人が素晴らしいミッションをもったところであっても、そのミッションを新人職員に学んで貰う時間がとれなくなってしまうわけですから。

それにはもっと時間を取らなければ無理だろう、まずはどういうスケジュールでどんな形で募集をすれば良いかを話し合いましょうと、当該園の保護者は言っていたわけです。計画発表の時点で開始予定日まで8ヶ月くらいしかないのですから。そこから募集の要領を作ったり事業者と協議をするなんて、実現は難しそうでしょう。

そしたら一度凍結した上で検討会でも作れば良いのに、なぜか、「じゃあ、半年だけ延ばして9月から委託にします」という感じでずるずると中途半端な引き伸ばし方をしたのが練馬区でした。

9月という年度途中からの委託では事業者側にはさらに新しい職員の確保が難しくなり、計画が立てにくくなるので、応募自体もあまりなくて、株式会社ばかり来てしまった。

株式会社は収益をあげないといけないので、利用料収入や委託料の収入以上のものが見込めない福祉の分野で経営していくためには人件費を削りながらやっていくことになるでしょう。そうなると、実務経験があまりなかったり、資格をとったばかりの若い人を集めれば人件費が安くて済むようになると考えるでしょう。

選定委員会が応募事業者の審査をした結果、この事業者の中からは選べないということになりました。

保護者は、選定できなかった場合には改めてスケジュールを見直し、話し合いましょうと事前に言っていたのに、区は、「事業者を選定できなかったのは、保護者が推薦した選定委員のせいだ。十分に力のある事業者があったはずなのに、なぜ選定できなかったのかさっぱり分かりません」という趣旨の発言をして、区の職員だけで構成する選定会議を結成しなおして、選定委員会が選ばなかった事業者の中から1社を選んで委託を始めました。

そうやってバタバタバタバタして選んだから、事業者にとってもどんどん余裕のない状況になって、思うように保育士さんの採用ができなくて、少ない職員数で対応しなくてはならなくなって、体がもたなくなってどんどん保育士さんが辞めてしまうということになりました。


ずいぶん省略しながら書いたので、あまりにも状況が極端にひどすぎて、私が誇張して書いているように見えるかもしれませんが(^^;)、私はこの事例のときにはまだ議員じゃなかったので、当時の議事録とか極力客観的な情報を集めてまとめた結果がこの内容なのです。

事業者選定がうまく進まなかった頃の保護者との協議会や区議会における区側の発言を議事録で読むと仰天します。
公式の議事録に残るのに、ここまでひどい言い方をすることってあるのかぁ・・・という感じ。

どれか引用してみようかと思いましたが、ちょびっとだけ引用しても感じがうまく伝わらないのでやめますが・・・
たとえば、選定委員が事業者選定できないという結論を出した時に、いちいち「保護者の皆さんの推薦した選定委員」という言い方をしている。そんな枕詞をいちいちつける必要はないのに、こりゃあ明らかに保護者に対して敵意を感じてしまうわけです。

この事例から見えてくるのは、
・行政が先にスケジュールを決めてしまってそれにしたがって動くことに固執しているために、「ちょっと待って」という保護者や選定委員の意見があるとクレームのようにしか扱っていないこと
・行政が計画ばかりに固執してしまうのは、そもそも保育はどうあるべきか、そこで行政が果たす役割は何なのかという検証をすることなく計画を立てていることがおおもとにあるということ
・計画に対して区民の意見が反映される場がないこと
・委託先の職員にとってもきつい状況になっていること

です。

これは、私が議員になってであった、2007年の事例のときにもほとんど変わりませんでした。そして今もなお変わっていない練馬区の姿勢です。

・・・こうやって書いているだけでも不愉快な気分になってくる話ですが、次回は練馬と同程度かそれ以上に不愉快になる横浜の事例をご紹介します


私はいつも保育園民営化の問題を書くときはとてもイライラするのですが、今回、論文にまとめてみてよかったのは、論文という性格上、ブログとは違って客観的に冷静に書くことに努めたことで、今まで私に見えなかったことが見えてきたことです。

私は今まで、区の担当の責任者が保護者に対してひどい言葉を浴びせかけるのを見たり、議事録を読んだりして、「なんてひどい人!」と思っていました。
だけど、あえてわざわざ好き好んで、目の前にいる人に対して不愉快な言葉をいう人なんてそんなにいないですよね。

つまり、職務としてそういう言葉を言わざるを得ない、言わしめる何らかの力が働いているのだろうと気づいたのです。

それは、他の自治体の例と練馬の例を見比べるとさらにはっきり分かってきます。

(つづく)

※かとうぎ桜子のHPはこちら
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修士論文の内容①

★これからだんだん暖かくなるようですが、ここのところ寒かったですね。
朝の駅でレポートを配布していると、たまに何かをくださる人がいらっしゃいます。キャンディとか、以前ブログにも書いたように飲み物をくださったりとか。ご自身の著書をくださった方もいらっしゃいました。

15日の月曜日には、「あらまあ!寒いでしょう!」と言いながら、ご自身の背中に貼っていたカイロをベリベリっとはがしてくださった女性がいました(^^;
お気持ちがありがたいですね。

★修士論文の要約をHPにアップしました。こちら

一度、紙媒体にしたものを改めてスキャンしなおしたこともあって、字体を見るからに読む気をなくすような感じですが

一応、この概要版に何が書いてあるのかを簡単にご紹介します。
1,2ページは大学院に提出した要約です。約5万字を2ページに収めているのです。
それで、3ページ目以降は私自身が頭を整理するために図などを使って章ごとのまとめをしたものです。

私が議員になった年に区立保育園民営化の問題に出会って、あまりにひどい状況だったものだから、課題を整理したいなというのがきっかけで論文を書きました。練馬の保育園民営化は今でもひどい状況ですが・・・。

第1章は、保育園のことだけではなくて、色々な公共サービスに「民間の活力を導入する」という方向に向かった歴史的経過を整理しました。
1980年代、私が生まれた頃に第二次臨時行政調査会というのが行われて、行政は何をすべきか、民間との関係はどうすべきかということが議論されていたんですね。この頃から、行政が規制するのではなくて民間の活力を活かせば社会は良くなるんだという新自由主義的な発想があったわけですが、しかし福祉の分野は制度的に「行政の措置」という形がとられていたので、ほとんど手をつけられなかったのです。

それが90年代後半以降になって、指定管理者制度とか、「民間活力の導入」のための新たな手法が生みだされてきます。

その時期に、福祉についても「社会福祉基礎構造改革」というのが行われて、民間が入ってきやすい制度改正が行われてきたわけです。

みなさんにとって一番身近なのは、2000年にできた介護保険制度でしょう。

障害者の分野も介護と同様に2003年に支援費制度、2006年に障害者自立支援法という形で制度が変わってきます。

これらの制度は、福祉の事業を行政ではなく民間が担い、そして契約も事業者と利用者が直接結ぶということに特徴があります。これが、「行政の措置を受けるのではなく、契約を結ぶことによって利用者が主体的な選択をすることができる」と謳われたわけですね。
しかし、事業者が充分に安定して運営できるだけのしくみになっていなければ良質な業者は増えないのです。収入源は介護報酬等だけになるので、一般のお店のように、事業者の努力で売り上げが増えるわけではないのですから。

それに、選択できるだけの量が十分でなければ利用者にとっても本当の意味での「選択」にはならないわけです。
たとえば特別養護老人ホームなんか、練馬区内だけで2500人以上の待機者がいるというのに、選択なんかできないでしょう。

このような現実を見ていると、結局、社会福祉基礎構造改革は利用者にも事業者にもメリットがなくて、公的な責任を放棄しただけのように見えます。


これと同様の問題が、同時期に、保育園にも起きているのです。

まず、保育園の運営主体は公立か社会福祉法人が基本だったのですが、2000年に社会福祉法人以外(NPOや株式会社)の参入が可能になりました。そして2001年には待機児解消を名目にして公立保育園の民営化を推進しましょうということが言われました。今までのままだと受け入れられる子どもの数に限りがあるから、株式会社なども含めて多様な主体で担うことによって受け皿を増やしましょうということですね。

受け皿を増やすといったって、担い手がどれだけいるのか、質の担保はどうするのかということが気になるところですが、さらに「骨太の方針」で保育園に出す国庫支出金を一般財源化するということが行われて、保育園は財政的にも厳しい方向に追いやられていくわけです。


公立保育園民営化の背景には、こういう事情があるわけですね。

論文の概要をできるだけわかりやすく、全部いっぺんに書こうかと思いましたが、すでにだいぶややこしくなってきた気がするので、続きは次回にします。

第2章では、公立保育園の民営化について具体的な事例をとりあげて書きました。
練馬のほかに、横浜、葛飾、文京です。
次回のブログでは、これらの事例で見えてきたことをご報告したいと思います。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

★定例会が始まりました ★人権歴史講座

★定例会が始まりました
2月8日から議会が始まりました。3月12日までです。この定例会は予算の審議が中心になります。
今回は、今までには質問したことのない内容を質問しようと思って色々資料を見ているのですが、「おお!」「へえ!」と思うものが色々あります。
質問が固まってきたらまたご報告したいと思いますが、たとえばある計画を見ると、目標値が漠然と「実施」とか、「継続」とだけ書いてあったりして、「へー!計画って、こういうもんで良いのか!!」という、発見(!?)をしたりしています。

★人権歴史講座
私の日常生活は、朝は週に2,3度駅で区政レポートを配りまして、日中は事務的な作業をしたり、区民の方とお会いしたり、何かの集まりに出たりします。夜も区政に関わる説明会を傍聴したり、関心のあるテーマの勉強会に参加をしまして、ヘロヘロしながら家に帰る・・・という具合です。

金曜日は区の教育委員会主催の「もうひとつの江戸の歴史~弾左衛門とその時代~」というタイトルのついた人権歴史講座に行ったのです。
被差別部落の歴史というのを、ちゃんと知りたいなあと思っていたからです。

議会の仕事が終わってからちょっと遅れて参加したんですが、すっごく興味深い話でした。
夜9時までの会なのに、話を聞き終わったらなんだか、たっぷり睡眠をとった後のように頭がすっきりする感じでした。

だいたい、私は中学高校のときに歴史の授業というのがあまり好きじゃなかったのです。知り合いの名前を覚えるのも遅いというのに、会ったこともない歴史上の人物の名前をなぜ覚えなくちゃならんのだと思っていました。
それはやはり暗記が中心で、「歴史の意味」というものを教えるだけの時間的余裕が無いからですよね。

今回の講座は、講師の方が「そもそも部落があった意味って何なのか」ということをお話してくださったから、前々から私の心の中にあった疑問がすっと溶けていくような感じがしたのです。
頭のなかに、部落の人達の生活の様子が映像として浮かんでくるような感じでした。


他にどう形容したらいいのか、うまく言葉が見つからないんですけれど、実像がはっきりと見えてくるお話をしてくれる人と出会うと、聞いている側の心がとても豊かになるのですよね。

それから、企画した講座の趣旨と、呼んだ講師の思いと、受講者の思いというすべてがカチッとマッチングすると、いい感じで歯車が回るような感じがしますね。

私も色々、イベントや勉強会を企画しますが、過去に3,4回、「おおっと、今、歯車が外れているぞ・・・」と気が遠くなりそうになりながら運営をしたことがありまして(苦笑) みんながいい気持ちで参加して帰れる会を企画するのって、とても大変だなあと思います。

・・・と、なぜか人権歴史講座の宣伝マンのようなブログになりましたが(笑)、夜10時過ぎなのに心軽やかに帰宅できるという珍しい体験をしたものですから、書きました。

★私の車 ★戦争のこと

★私の車
2007年の選挙の時に車に貼るシールを作ってもらって、それをずっと車のわき腹に貼っていました。
3年くらいたったらぼろぼろのよれよれで風にひらひらとなびいてしまって、あまりにもひどかったので、ようやく最近新しく直しました。

car.jpg

まあ美しい。

お世話になっているYさんが、古くなったシールをはがしてくれて、車をきれいに拭いてくれて、新しいのを貼ってくれました。
私はとなりで、「よっ、それっ」と掛け声をかけていただけ・・・
Yさん、ありがとうございました。毎日新しいきれいな文字を撫でています。

写真に撮って友人に、「ほらね、きれいでしょ」と見せたら、「なんだか、なんの説明もなく唐突に [ふだんのくらしのしあわせを] と書いてある車って、変だね」と言われましたが・・・。そうそう、いつだったか、高速道路の料金所のおじさんにものすごく怪訝そうな顔をされたことがあったものです。


★戦争のこと
全然話は違いますが、この前、テレビで「母べえ」という、山田洋次監督の映画をやっていて、途中からなんとなく見るともなく見ていたのですが、良かったです。

学者の夫婦がいて、2人の娘がいて、本当にふつうの生活をしていたんだけれど、戦争の状況がだんだん悪くなってきて、文学者だった夫が思想犯としてつかまってしまう。
周りから冷たい目で見られたりしながらも理解ある親類が何人かいて、身を寄せ合って生活をしている。だけど、しばらくするとそれぞれ実家に帰ってしまったり、召集されてしまうし、夫も獄中で亡くなってしまう。ばらばらになった親類たちもそれぞれ空襲にあったり戦地で亡くなってしまう。
妻と娘たちは現代まで生きていて、過去を振り返るという形のお話でした。

それでしみじみ思ったんですが、戦争が起きると、「敵方」に殺される前に、かなりの人が「味方」に殺されるんだろうなあということ。人は余裕がなくなったら、どうなるか分からないと思うのです。

つらい思いをした分だけ他人に優しくなれるかというと必ずしもそうではない。つらい思いをしている分だけ、自分よりも弱い人や自分よりもなんらかの「落ち度」のある人を見つけて攻撃して安心する心の弱さを、誰もが大なり小なり持っていて、追いつめられるとそんな嫌な部分がたくさん現れてしまうのではないかと。
それは、今の世の中もそういう傾向があるような気もするのですが、究極の場面が戦争なのではないかと思いました。

戦争のときに起きたことは過去のことではなくて、いつでも再び起きかねないことなのだろうとふと気づいてドキッとして心がくたびれましたが、でも良い映画でした。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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