Entries
貧困問題の集会の報告
またブログの更新が滞ったまま、2011年を迎えてしまいました(><)
年末から寒くなってきましたね。
今年も精いっぱい、あとで振り返ったときに自分自身に恥ずかしくないような毎日を生きたいと思っています。
とても時間がたってしまいましたが、12月3日に行った貧困問題の集会についてご報告します。
貧困問題に取り組んできたNPOである「もやい」の稲葉剛さん、自殺問題に取り組んでいる僧侶である中下大樹さんの2人をお招きして、貧困問題について考える集会をやりました。

私自身、貧困問題に関心を持ったのは社会福祉士の専門学校に通っていた頃-2003、4年くらいだったと思います。
2007年に反貧困ネットワークができて、その後年越し派遣村などずいぶんと注目されるようになった貧困問題ですが、私が学校に通っていた頃は貧困に関わることとしては生活保護制度を学ぶくらいのものでした。(特に私は専門の大学に通っていたわけではなく、国家試験を取るための養成校でしたので。)
でも、一方でボランティアで炊き出しなどをしている人もたくさんいる。ここには経済的な問題だけではない何かがあるからなのではないか―と感じました。
それで、「あしがらさん」という路上生活のおじいさんのドキュメンタリー映画の上映会をやったり(これは議員になってからもやりましたが、学生時代にもやった。)してきたのでした。
議員になってからは大泉学園に路上生活者の緊急一時保護センターができたり、年越し派遣村の利用者が1週間練馬で過ごすことがあったり、そんな中で地域の方とともに考える機会、活動する機会も作ってきたりもしましたが、さらに今感じるのは、「貧困問題」は路上生活などの問題に限らずに私たちのすぐ目の前までとても広がってきているということです。
たとえば高齢者の住まい。特別養護老人ホームにはなかなか入れない。一人暮らしで、自分で生活するのはなかなか厳しい状況にある人はどうしたらいいのか。有料老人ホームに入れるだけのお金を持っているか。持家があればなんとかなるか。・・・どれも当てはまらなければ、都外の無認可の施設に入らなければならないのか。
これは、老後にどんな人にも起こり得る「住まいの貧困」の問題です。
子どもの虐待の問題。
親になった人自身が、小さい時から人間関係が紡げていないこともある。
自身の親との関係、学校との関係、友人との関係・・・。
そんな中で子どもを産んだとき、誰に頼って良いかわからない。自分はとても大変で、誰も助けてくれないのに、子どもは自分を求めてくるという息苦しさ。
これは、「つながりの貧困」です。
そして、誰にも起こり得る様々な課題は、「つながりの貧困」から起きている場合が多いということが、今回の集会で改めて見えてきました。
稲葉さんは、「若者ホームレス白書」の話をしてくださいました。

今、ホームレスの若年齢化が進んでいるそうです。
今回、ビッグイシュー(路上生活者が販売し、一部の収益を収入とするしくみを作っている雑誌。練馬駅、大泉学園駅でも販売しています。)が中心となって30代以下の若い路上生活者への聞き取り調査を行ったそうです。
そこで見えてきたものは、やはり派遣業で働く人が多いこと。精神的な不調を抱えている人も多いこと。
子どものころに虐待の状態にあり家族関係が悪くなっている人がいたり、子どものころに施設に入っていて大人になった時に適切な仕事が見つからず貧困状態にある人も多いこと。
などだったそうです。
稲葉さんは、「子どもたちが虐待で死亡するたびに、なんとか助けられなかったのか、児童相談所はなぜ動かなかったのか、と言われますが、でもそこで救われたとして、その子のその後の人生に何が起こっているのかということを見ていかないといけないと思います。」とおっしゃっていました。
まさに、経済的な問題だけではなく、様々な人間関係が「貧困状態」を招いていることを改めて感じます。
中下さんは今は困りごとを抱えた人、自殺を考えている人の相談を受けたり、自殺や貧困による死を弔う(たとえば高齢者施設「たまゆら」の火災事故があったときの法要など)といった活動をしている人ですが、最初はホスピスで働いていたそうです。

ホスピスで、患者さんがもう亡くなってしまいそうだというときには急いで家族に連絡をするわけですが、夜中に電話をかけたら「今何時だと思っているの!?」と怒られてしまうことがあったり、訪ねてこない家族がいたり・・・人生の終わりを迎えようとしているときにもつながりは断ち切れたままになっている家族を見てきたそうです。
そして、ホスピスを退職したあとに貧困問題に関わる人など、様々な活動をしている人と出会う中で、根はつながっていると感じたということでした。
自殺も、一つだけの問題を抱えて起きるわけではない。たとえば仕事を失い、借金をする。借金を家族にも相談できないままでいる。それが家族に知れて離婚する。体を壊す・・・などなど、いくつかの問題が重なっていって、自己肯定感をなくしていく-「自分は生きていて良いんだ」と思えなくなっていく。
自殺に至ってしまった人の置かれた状況をひとつずつ見ていくと、このように、様々な問題の積み重なりが見えてくるということでした。
私は中下さんの話を聞いてしみじみ思いましたが、当然のことながら自殺をする人は、死ぬまで生きています。
「自殺」というところだけを見るのではなくて、皆が「生きていて良いんだ」と思えるようにするためには何をしたら良いかを考えなくてはいけないなと。
それはやはり「つながりの貧困」に目を向けていくことなのだと思います。
それで、私たちにできるのは何なのか。
それは、忘れずに言い続けることではないかと思います。
テレビや新聞などの報道、それに伴う私たちの興味関心はあっという間に移ろっていきます。
派遣切り、無認可高齢者施設の火災、子どもの虐待による死亡、「消えた高齢者」問題、熱中症・・・その時々にはセンセーショナルに取り上げられて誰もが口にするけど、半年もすれば話題にもならなくなっていく。
けれど、問題は何も解決されているわけではありません。
何も解決されないのに忘れられていくことが続けば、その場その場の場当たり的で縦割り的な対応がされるだけで、社会全体の「貧困」の解消にはなりません。
たとえば無認可の都外の高齢者施設に低所得の高齢者が入らざるを得ない状況を良くするためにと、東京都は都市型ケアハウスというものを始めると言っていますが、量の面でも質の面でもどれだけ有効に機能するのか、私は心配しています。これも結局、とりあえず「たまゆら」の事故が起きたことに対する対応策を出したというだけ、なのではないかとも感じます。
その場その場の対応ではなくて、本当に誰もが安心して暮らせる社会を作るためには、今起きている問題を知ること、身近な人とそのことを話し合うこと、そして一時限りで忘れないこと。
すぐには変わってはいかないかもしれないけど、こうした積み重ねがきっと、私たち一人一人にできるまず最初の一歩なのではないかと思います。
貧困問題については、今後も継続的に話し合う場を作っていきたいと思っています。
今後、集会にご参加くださった方を中心に情報交換の場を作っていきますので、当日ご参加いただかなかった人でもご関心のある方は、私にご連絡ください。
また、今、街中にポスターを貼っていますが、5月には高齢者の孤独死の問題についての講演も予定しています。この問題も、「貧困問題」と根は同じだと思います。
「縁なき社会から援ある地域へ」
2011年5月13日(金)午後7時~ 大泉学園ゆめりあホール
講師:本庄有由(NPO法人 人と人をつなぐ会 会長)、かとうぎ桜子
主催:市民ふくしフォーラム
本庄さんと初めてお会いしたのはたしか2005年だったと思います。
私が新宿のNPOで介護をしていたときに知り合いました。当時はまだ本庄さんはNPOを立ち上げてはおらず、戸山団地の自治会の役員をしていました。
知り合った場所は、新宿区が主催をした、新宿区の基本構想を考える区民会議というものだったのですが、本庄さんは「新宿区の将来を考える前に今を見てほしい。戸山団地では毎年孤独死が起きているのだ」と怒っていました。
自治会の役員として、孤独死の現場に立ち会ってきた思いが、本庄さんを動かしてきたのだろうと思います。
私が議員になった頃に本庄さんもNPOを立ち上げました。
孤独死をなくすために携帯電話を活用して、一人暮らしの高齢者が相談できるようなツールを作ったり、団地の住民が来られるような食事会などを企画したり、バス旅行を企画したり・・・いろんな取り組みをしています。
ただ、今、公営住宅が増えない中では、空きができた時に入ってくる人は高齢者・低所得者が中心になるという現実があり、支えあいに限界があるとも聞きます。
特に、今まで長年そこに住んでいた人が高齢化したならばまだ地域とのつながりがあり、声かけをし合うことで孤独死を防ぐこともできますが、新たに入ってきた高齢者は外に出づらい。いくら本庄さんたちが声をかけてもイベントに参加することもできず、結局孤独死はなくならない。
「いくらやってもいたちごっこだ」と本庄さんは嘆いています。
孤独死をなくすために立ちあがった市民、と称賛するだけではなくて、ここには住宅政策の問題があることをしっかり指摘しなくてはなりません。
5月にはこんな議論をできたらと思っています。
※かとうぎ桜子のHPはこちら
年末から寒くなってきましたね。
今年も精いっぱい、あとで振り返ったときに自分自身に恥ずかしくないような毎日を生きたいと思っています。
とても時間がたってしまいましたが、12月3日に行った貧困問題の集会についてご報告します。
貧困問題に取り組んできたNPOである「もやい」の稲葉剛さん、自殺問題に取り組んでいる僧侶である中下大樹さんの2人をお招きして、貧困問題について考える集会をやりました。

私自身、貧困問題に関心を持ったのは社会福祉士の専門学校に通っていた頃-2003、4年くらいだったと思います。
2007年に反貧困ネットワークができて、その後年越し派遣村などずいぶんと注目されるようになった貧困問題ですが、私が学校に通っていた頃は貧困に関わることとしては生活保護制度を学ぶくらいのものでした。(特に私は専門の大学に通っていたわけではなく、国家試験を取るための養成校でしたので。)
でも、一方でボランティアで炊き出しなどをしている人もたくさんいる。ここには経済的な問題だけではない何かがあるからなのではないか―と感じました。
それで、「あしがらさん」という路上生活のおじいさんのドキュメンタリー映画の上映会をやったり(これは議員になってからもやりましたが、学生時代にもやった。)してきたのでした。
議員になってからは大泉学園に路上生活者の緊急一時保護センターができたり、年越し派遣村の利用者が1週間練馬で過ごすことがあったり、そんな中で地域の方とともに考える機会、活動する機会も作ってきたりもしましたが、さらに今感じるのは、「貧困問題」は路上生活などの問題に限らずに私たちのすぐ目の前までとても広がってきているということです。
たとえば高齢者の住まい。特別養護老人ホームにはなかなか入れない。一人暮らしで、自分で生活するのはなかなか厳しい状況にある人はどうしたらいいのか。有料老人ホームに入れるだけのお金を持っているか。持家があればなんとかなるか。・・・どれも当てはまらなければ、都外の無認可の施設に入らなければならないのか。
これは、老後にどんな人にも起こり得る「住まいの貧困」の問題です。
子どもの虐待の問題。
親になった人自身が、小さい時から人間関係が紡げていないこともある。
自身の親との関係、学校との関係、友人との関係・・・。
そんな中で子どもを産んだとき、誰に頼って良いかわからない。自分はとても大変で、誰も助けてくれないのに、子どもは自分を求めてくるという息苦しさ。
これは、「つながりの貧困」です。
そして、誰にも起こり得る様々な課題は、「つながりの貧困」から起きている場合が多いということが、今回の集会で改めて見えてきました。
稲葉さんは、「若者ホームレス白書」の話をしてくださいました。

今、ホームレスの若年齢化が進んでいるそうです。
今回、ビッグイシュー(路上生活者が販売し、一部の収益を収入とするしくみを作っている雑誌。練馬駅、大泉学園駅でも販売しています。)が中心となって30代以下の若い路上生活者への聞き取り調査を行ったそうです。
そこで見えてきたものは、やはり派遣業で働く人が多いこと。精神的な不調を抱えている人も多いこと。
子どものころに虐待の状態にあり家族関係が悪くなっている人がいたり、子どものころに施設に入っていて大人になった時に適切な仕事が見つからず貧困状態にある人も多いこと。
などだったそうです。
稲葉さんは、「子どもたちが虐待で死亡するたびに、なんとか助けられなかったのか、児童相談所はなぜ動かなかったのか、と言われますが、でもそこで救われたとして、その子のその後の人生に何が起こっているのかということを見ていかないといけないと思います。」とおっしゃっていました。
まさに、経済的な問題だけではなく、様々な人間関係が「貧困状態」を招いていることを改めて感じます。
中下さんは今は困りごとを抱えた人、自殺を考えている人の相談を受けたり、自殺や貧困による死を弔う(たとえば高齢者施設「たまゆら」の火災事故があったときの法要など)といった活動をしている人ですが、最初はホスピスで働いていたそうです。

ホスピスで、患者さんがもう亡くなってしまいそうだというときには急いで家族に連絡をするわけですが、夜中に電話をかけたら「今何時だと思っているの!?」と怒られてしまうことがあったり、訪ねてこない家族がいたり・・・人生の終わりを迎えようとしているときにもつながりは断ち切れたままになっている家族を見てきたそうです。
そして、ホスピスを退職したあとに貧困問題に関わる人など、様々な活動をしている人と出会う中で、根はつながっていると感じたということでした。
自殺も、一つだけの問題を抱えて起きるわけではない。たとえば仕事を失い、借金をする。借金を家族にも相談できないままでいる。それが家族に知れて離婚する。体を壊す・・・などなど、いくつかの問題が重なっていって、自己肯定感をなくしていく-「自分は生きていて良いんだ」と思えなくなっていく。
自殺に至ってしまった人の置かれた状況をひとつずつ見ていくと、このように、様々な問題の積み重なりが見えてくるということでした。
私は中下さんの話を聞いてしみじみ思いましたが、当然のことながら自殺をする人は、死ぬまで生きています。
「自殺」というところだけを見るのではなくて、皆が「生きていて良いんだ」と思えるようにするためには何をしたら良いかを考えなくてはいけないなと。
それはやはり「つながりの貧困」に目を向けていくことなのだと思います。
それで、私たちにできるのは何なのか。
それは、忘れずに言い続けることではないかと思います。
テレビや新聞などの報道、それに伴う私たちの興味関心はあっという間に移ろっていきます。
派遣切り、無認可高齢者施設の火災、子どもの虐待による死亡、「消えた高齢者」問題、熱中症・・・その時々にはセンセーショナルに取り上げられて誰もが口にするけど、半年もすれば話題にもならなくなっていく。
けれど、問題は何も解決されているわけではありません。
何も解決されないのに忘れられていくことが続けば、その場その場の場当たり的で縦割り的な対応がされるだけで、社会全体の「貧困」の解消にはなりません。
たとえば無認可の都外の高齢者施設に低所得の高齢者が入らざるを得ない状況を良くするためにと、東京都は都市型ケアハウスというものを始めると言っていますが、量の面でも質の面でもどれだけ有効に機能するのか、私は心配しています。これも結局、とりあえず「たまゆら」の事故が起きたことに対する対応策を出したというだけ、なのではないかとも感じます。
その場その場の対応ではなくて、本当に誰もが安心して暮らせる社会を作るためには、今起きている問題を知ること、身近な人とそのことを話し合うこと、そして一時限りで忘れないこと。
すぐには変わってはいかないかもしれないけど、こうした積み重ねがきっと、私たち一人一人にできるまず最初の一歩なのではないかと思います。
貧困問題については、今後も継続的に話し合う場を作っていきたいと思っています。
今後、集会にご参加くださった方を中心に情報交換の場を作っていきますので、当日ご参加いただかなかった人でもご関心のある方は、私にご連絡ください。
また、今、街中にポスターを貼っていますが、5月には高齢者の孤独死の問題についての講演も予定しています。この問題も、「貧困問題」と根は同じだと思います。
「縁なき社会から援ある地域へ」
2011年5月13日(金)午後7時~ 大泉学園ゆめりあホール
講師:本庄有由(NPO法人 人と人をつなぐ会 会長)、かとうぎ桜子
主催:市民ふくしフォーラム
本庄さんと初めてお会いしたのはたしか2005年だったと思います。
私が新宿のNPOで介護をしていたときに知り合いました。当時はまだ本庄さんはNPOを立ち上げてはおらず、戸山団地の自治会の役員をしていました。
知り合った場所は、新宿区が主催をした、新宿区の基本構想を考える区民会議というものだったのですが、本庄さんは「新宿区の将来を考える前に今を見てほしい。戸山団地では毎年孤独死が起きているのだ」と怒っていました。
自治会の役員として、孤独死の現場に立ち会ってきた思いが、本庄さんを動かしてきたのだろうと思います。
私が議員になった頃に本庄さんもNPOを立ち上げました。
孤独死をなくすために携帯電話を活用して、一人暮らしの高齢者が相談できるようなツールを作ったり、団地の住民が来られるような食事会などを企画したり、バス旅行を企画したり・・・いろんな取り組みをしています。
ただ、今、公営住宅が増えない中では、空きができた時に入ってくる人は高齢者・低所得者が中心になるという現実があり、支えあいに限界があるとも聞きます。
特に、今まで長年そこに住んでいた人が高齢化したならばまだ地域とのつながりがあり、声かけをし合うことで孤独死を防ぐこともできますが、新たに入ってきた高齢者は外に出づらい。いくら本庄さんたちが声をかけてもイベントに参加することもできず、結局孤独死はなくならない。
「いくらやってもいたちごっこだ」と本庄さんは嘆いています。
孤独死をなくすために立ちあがった市民、と称賛するだけではなくて、ここには住宅政策の問題があることをしっかり指摘しなくてはなりません。
5月にはこんな議論をできたらと思っています。
※かとうぎ桜子のHPはこちら
スポンサーサイト