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練馬区のツイッター

以前のブログで、「双方向性が十分に活用できない初歩的なことで構わないから、少なくとも緊急時の対応として、練馬区は公式ツイッターを作ってほしい」と書きましたが、3月24日から始めたそうです。

こちら

ツイッターを利用している多くの区民の方がこの地震を契機に「なんで練馬区は行政の公式ツイッターがないんだろう」と言っていましたから、ひとまず良かった。

今後どんな活用をしていくのかを考えていくことも必要ですし、今、区のHPでのツイッターのページの紹介が分かりづらいので、どこにリンクを張るかなども課題ですね。

今後のことはまた改めて話し合いをしていきたいと思いますが、前のブログに書いた話なので、ひとまずご報告。

※かとうぎ桜子のHPはこちら
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募金活動

この地震のことで、私が代表をしている会・市民ふくしフォーラムの仲間で何かできないかということを話し合い、4月22日と23日の2日間、募金活動を行いました。

今、様々な場所で募金は行われています。練馬区役所でもやっています。

そんな中で私たちの会として募金活動をするならば、一般的な募金をやってそのまま区と同様に赤十字などに持っていくのではなく、もっと違う形の活動をすることができないかと話しあったのです。

被災地では誰もが大変な思いをしていますが、ふだんから弱い立場に立たされがちな人はなおさらです。
たとえば赤ちゃんに授乳する環境がなかったり、プライバシーのない環境で見知らぬ人同士が生活することによって女性が危険な目に遭う心配があったり、高齢の人の体調の問題、障害に合わせた配慮が十分にできないことなど・・・。

そこで、私たちは今回の募金活動では、被災地の障害のある方に特化をした活動をすることにしました。

NPOゆめ風基金という団体。HPはこちら

1995年の阪神淡路大震災を機に障害のある当事者が中心になって始めた活動。
その後も各地の災害時に被災された障害者の支援を行っているNPO法人です。
東北関東大震災においてもすでに支援活動を始めているとのこと。 


募金は
・3月22日午後4時~6時 大泉学園駅南口
・3月23日午前11時~12時 大泉オズ前
・3月23日午後3時~5時 石神井公園駅北口
の3か所で行いました。

この3か所の合計金額は、7万247円。

まだ、個別に募金に協力したいという声もあるので、これらを集約し、週明けにNPOにお届けしたいと考えています。その報告は追ってまたさせていただきます。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

練馬区の被災者の受け入れ体制は不十分だと感じます。

統廃合のあった旧光が丘第二小学校で、22日から区民からの救援物資の受け入れ、昨日から被災者の受け入れ(避難所機能)が始まっています。

私がお話する区民のみなさんも、被災地のために何か協力したい、被災者が練馬に来る体制をとるならば協力したいとおっしゃる方がたくさんいます。被災地に対する練馬区民の思いを大切にするためにも、行動を起こしていくことは大事だと思います。


避難所機能が始まるにあたって事前に防災担当の課長から話を聞き、昨日は現地に視察に行ってきましたが、現状では本当に区としてやる気があるのかと疑問に感じざるを得ません。


昨日、避難してきた人はゼロ。
学校の教室を仕切って居住スペースを作るとのこと。
ただしっかりプライバシーが保護されるものになるのかは心配だし、安全なトイレの環境づくりなどにも課題があると思います。
避難所ではたとえば女性の安全の確保という課題があると言われていますが、こうしたハードの面については、すでに他の地域で行っている避難所からの教訓はまだまったく生かされていない状態でした。

ハードの面についてはあまりにも課題が多すぎて言い始めたらきりがありませんが、私が区の体制に疑問を感じたのは、それ以前の問題です。


まず、現状、被災者が来ていない状況ではそちらには地域のボランティアは入っておらず、物資の整理にボランティアがいるという形。そしてその調整は社会福祉協議会がやっているという状況。

そこで、私が昨日現場を見ての印象として、

・区と社会福祉協議会の役割分担はどうなっているのかが明確でないように見える

・私が行った時には区の職員がひとり、現場の対応をしていたが、区全体としてどのように職員配置をしていくのか―どの部署の人がどんな役割分担をし、どんなシフトを組んで対応していくのか―が見えてこない。(これは視察に出掛ける前の段階で課長に確認してもよくわからなかった)

・避難所や物資の安全を確保するためには消防や警察と連携すること、被災者の相談を受けるならば弁護士や福祉事務所等々、様々な機関と調整しその場で決定していかなくてはならないはずだが、少なくとも昨日はいったい誰が責任者なのかが分からなかった。これは訪ねてくる人との関係を悪くするリスクを持つものです。

このような状況の中でもし本当に被災者がやってきたとしたら、十分な対応がとれるとは思えません。

正直言ってあまりにもお粗末で、私は「ああ、これは、他の自治体もみんな避難所を作り始めているから[練馬区だって作ったよ]というアリバイ作りをするためにやってるんだな」と思ってしまいました。本気で被災者を受け入れるつもりはないんだろうなと。

そんなわけで昨日は唖然としすぎてブログに書く気すらしなかったのですが、どうやら本当に被災者を受け入れるための準備をしているという情報が、昨晩、区から入ってきました。これは大変なことです。

ひとまず、
・外部の人や他機関の問い合わせに答えられるよう、明確な責任者を現場に置くこと
・区職員の体制を明確にすること
・社会福祉協議会との役割分担を明確にすること

を求めたいと思います。
このブログに書いた上で、週あけには直接、区の管理職の方に対応を求めたいと思います。



・・・しかし、たとえ不十分な体制だったとしても、区が組織として真摯に取り組もうとしていることならば腹も立たないのですが、その思いが見えない、不誠実だと感じられるときには本当に腹が立つものですね。
こんなにイライラしたのは久しぶりです。。


※かとうぎ桜子のHPはこちら

地震で感じる課題と区行政への要望

東京では恐ろしい余震は落ち着きました。地震の当日、議会の関係で私は家を長く留守にしたため、我が家の猫はしばらくおびえていましたが、ようやくずいぶん元気を取り戻してきました。
東京にいる私たちの身体的なショックは少し落ち着いてきたかもしれませんが、しかし、それとは別に、週が明けて様々な点で混乱していますね。

まず停電のこと。
昨晩に急に今朝からの計画停電が発表になりましたが、東電のHPを見てもいまいちよくわからず、私は不安な気持ちで眠りました。
夜半になって西大泉の知り合いからメールをもらったり、練馬区の「ねりメール」という、情報提供のメルマガで情報をもらったりして、具体的に練馬のどの地域が停電の可能性があるのかということ、それに伴って西武線が運休するということを知りました。

(ちなみに、練馬区からの情報によると、東大泉1~7丁目・西大泉1~6丁目・南大泉1~6丁目・学園町2丁目・上石神井1~4丁目、石神井台1~8丁目、関町北1~5丁目、関町東1・2丁目、関町南1~4丁目、立野町が東電のいうところの「第1グループ」。旭町2・3丁目が「第3グループ」だそうです。)


月曜日はいつも大泉学園駅でチラシ配りをしている日ですが、電車も止まるということでとりやめて、駅の様子だけ見に行きました。
私が行った朝8時くらいは駅への入場制限があって北口も南口も長蛇の列でした。

高齢の人たちは、「いったいなんで並んでいるんだろう・・・電気のせい?余震のせい?」という具合に、まったく新しい情報を得られていない人もいるようでした。


停電に関しては東電じたいが混乱しているようだし、練馬区のHPもアクセスしづらくなったりして、本当に混乱した一日でした。


停電すると、医療を必要とする人の状況も心配です。
病院にいればいいけど、在宅の人もいる。

福祉関係の人のなかでは人工呼吸器使用者には配慮されるんじゃないか・・・という情報が昨日は飛び交いましたが、どうやらそうではないらしい。医療機関に相談しつつ自分たちで工夫するしかないようですね。

私が介護の仕事をしていた時、人工呼吸器を使用する患者さんの介護をしていたときがありました。
ふだんはコンセントから電源をとることによって、人工呼吸器が作動して呼吸できているのですが、外出時や緊急時にはバッテリーを使うことになる。
あらかじめ充電されていたバッテリーを使って人工呼吸器を作動させるんですが、やはりコンセントから電源をとるよりパワーが弱いし、不安定で何かしらトラブルが起きたりする。

さらに電源がダメでバッテリーもダメということになったら手動のアンビューというもので空気を送ります。風船みたいな形のものを手で凹ますことによって空気を送りだして呼吸をうながすのですが、強すぎたら肺を傷めるし弱すぎたら苦しいし、本人も介助者も冷や汗をかくものです。
本当に想定もできない緊急事態ならばしかたないけど、こんな状態を「計画停電」で味わうなんて、たまらないです。


街はガソリンスタンドもスーパーも大変な混雑。なんで東京でこれほどまで・・・というほどの状態。


まずは早急に情報共有をして、不必要な混乱は抑えていくこと、医療・介護の必要な人で電力が欠かせない人への配慮のしかたを早急に考えることが必要だと思います。

それから、震災が起こった日に議会が終わってしまったので、今すぐに議会で提案できないのでここに書きますが、区の情報発信のしかたはもっと工夫が必要だと思います。
ぜひ、こうした緊急時だけでもツイッターをやるべきだと思います。

私は今までツイッターをただの簡易ブログというくらいの気持ちでとらえていました。一応私自身も始めたけど、それほど重きを置いていなかった。たまに他の会派の議員が「区もツイッターを始めたら?」と言っていたけど、私はまあやってもやらなくてもいいのではと思っていました。

けれど今回の出来事で、今ツイッターの情報共有の能力はすごいなと思いました。
11日の震災が起きた日は私は議会にいて、残念ながら区民の皆さんの生の状況を知ることはできなかったけれど、ツイッターを通じて、区民が歩いて練馬まで帰ってくる様子や、あちこちで帰宅困難者対策が行われている様子が伝わってきました。

そしてテレビなどではなかなか乗りづらい地域の情報、一人ひとりの困りごととその対策がツイッターには載りやすいことも分かりました。


たとえば、停電がいったいどこで起きるのか、テレビを見ているだけでは分かりづらかった。それが練馬区のHPに載ったので私は分かりました。でも、区民の皆さんのなかには分からない方もいた。私がツイッターを通して区の情報を書くことで初めて知る区民の方々も何人もいました。

ですからぜひ、緊急時の情報発信だけでかまわないから、練馬区にもツイッターを始めていただきたいのです。

国の省庁ではすでにツイッターで情報収集をやっているところもあるわけですしね。

別に双方向性まで活用できなくても、まずは情報発信だけでもかまわないのです。

今日、練馬区のHPにつながりにくい状況が生じていても、ツイッターには接続できました。もし区がツイッターをやっていれば、区民の皆さんはもっとスムーズに情報を得られるのです。


今、区の公式のツイッターがない状態では、とりあえず当面、私は区や西武鉄道などから得られる情報は自分のツイッターで発信するようにしますが、やはり一人の議員が情報発信するのではツイッターをやっているすべての区民には届ききれないと思います。

ツイッターを始めるのには予算は要りません。数日中に大きな余震が来るかもしれないとも言われている中です。ぜひ早急に検討していただきたいです。

※かとうぎ桜子のHPはこちら 

12日の集会のこと

12日におこなった集会、当然のことながら参加者は少なめではありましたが、地域に密着した政治のこと、震災を受けて私たち市民に何ができるのか、そして政治は何ができるのか、ということを参加者のみなさんとともに考える機会を持つことができました。

地震が起こる前にこの会を企画した当初、「楽しい会にするために」ということで、伝統芸能を仕事にしている私のいとこの加藤木朗さんに来てもらって、獅子舞など披露してもらう予定でした。長野から予定通り来てくれましたが、今回はただにぎやかに演技をするのではなく、それに先立ちお話をしてくれました。


この震災の中、多くの方が必要としているのはなによりも安否の情報であること。
「私はここにいるんだよ」と誰かに伝えたいのに伝えられない状況。「あの人はどこにいるのか」と知りたいのに知ることができない状況。それが何よりも苦しいことだということが改めて分かった。
自分がここにいることを伝えられない状況はとても苦しい。人と人がつながっていることはとても大切なこと。
それをスムーズにしていく活動をともに広げていけたら・・・


・・・こういった趣旨の話を、朗さんはしてくれました。

そのうえで、「こんなときこそ笑顔になってつながりあうために」と、独楽の芸や舞など、いくつかの芸を披露してくれました。


それから、今、大泉を中心とした街に私と本庄有由さんという方のポスターが貼ってあります。
本庄さんは新宿の戸山団地という高齢化の進んだ都営住宅に住んでいて、孤独死防止のNPOを作っている方です。
この本庄さんも来てくださいました。
本庄さんが代表をしているNPOの会員は全国あちこちにいて、仙台にも会員がいる。その会員の安否が分からないというとても不安な状況もありながら、来てくださったのでした。


昨年3月に私は立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了しましたが、そこで主査として指導してくださり、練馬区民でもある中村陽一先生も大変な中来てくださいました。
立教大学は11日に教室を開放して帰宅困難者の受け入れもしていたので、先生も大変な状況にあったそうです。
「かとうぎさんを応援するというだけでなく、震災についてみんなで考えよう」という呼びかけをしてくださり、区民のみなさんの発言のコーディネートをしてくださいました。


私は今まで後援会的なものはあえて作らずにいたのですが、区民のみなさんがいろんな角度から活動に参加しやすい状況を作っていくために、今回改めて後援会を形作ることにしまして、重川治樹さんという、元毎日新聞の記者で今はフェリス女学院大学の講師をされている方に「かとうぎ桜子を育てる会」の会長をお願いし、ひと言ご挨拶をいただきました。
元々は共通の知り合いからの紹介で、2年前に私が重川先生の授業のゲストスピーカーとして呼ばれてからの縁なのですが、まさかこんなにお手を煩わせるとは・・・(^^;

それから、区民の方からは、障害者関係のお仕事をされている方や介護関係のお仕事をされている方、保育園のことに関わっていた方からもご発言いただいた会でした。




この時期に集会を予定通り行うことについては、懸念の声もいただきました。

しかし、「もうすぐ選挙だぞー」というような、この時期にしてはある意味浮かれたような話をするのではなくて、震災のこと、福祉のことについて私も参加者も、その場にいたみんなが自分の胸に手を当てて、今後どうしたらいいのかとじっくり考え合うことのできる、地に足のついた落ち着いた会を実現することができたと思っています。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

今日の集会の趣旨

今日の夜、集会を予定していたのですが、予定通り行うことにしました。

午後7時から大泉学園の勤労福祉会館です。

今までともに取り組んできた地域の方、福祉関係の方にご発言いただこうと思っています。

それに加え、今回の地震によって見えてきた課題も、皆さんと考えられたらと思っています。


昨日は区議会の最終日だったのですが、数日前から予算審議で紛糾していて、時間がかかっていました。11日はかなり長引くのではないか・・・という状態で、午後を迎えました。

そんなときに、あの大きな地震。

それでも近隣に大きな被害はなさそうだということで、会議はひき続き行われ、結局今朝11時まで議会は続いたのでした。


たしかに、建物が壊れたり人が傷ついたりはしていなかったけれども、ツイッターで他の方のコメントを見ていると、みんな電車がなくて大変な思いで歩いて帰ってきていらっしゃった。
それにあわせて、大学の教室等あちこちで休憩所が設けられてもいました。

ほんとうに大変な状態です。

具体的にすぐに何かしないとならないものがあるか、できることがあるか、というと難しいかもしれないけれど、この大変な状況を皆さんとともにくぐりぬけて、課題を肌で感じるということは、議員としての役割だったのではないかと思います。
もちろん予算の議論はとても大切だけれど、緊急的な出来事に対して地域に出て行くべきだったのでは・・・と、考えました。

こうした困難に直面したときに、市民の手で、そして政治の手で、なにをしていかなければならないのか、ということを改めて考えなければならないと思います。

今日は、もともとの議論に加えて、この地震から見えてきたこともお話できればと思い、あえて予定通り開催させていただきます。

昨日のお疲れが出ている方も多いと思いますが、もし可能でしたらぜひご参加ください。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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