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日大光が丘病院の問題①

日大練馬光が丘病院が今年度いっぱいで撤退する問題は、報道等が行われているところですが、私のブログではきちんと書いたことがないので、今回はまず基本的なことを書きます。

7月15日、区議会の特別委員会で、光が丘にある「日本大学医学部付属練馬光が丘病院」が今年度いっぱいで撤退する報告がありました。区は、撤退の方針を変えない日大に対して「遺憾の意」を示しつつも、来年度以降の病院運営をしてもらえる事業者を募集すると言いました。


光が丘に病院ができたのは、1986年。
91年度から日本大学が病院運営をすることになりました。そのとき、区は日大と「91年度から2020年度までの30年間」の契約を結びました。


日大は、病院がずっと赤字であるという理由で、09年から区に支援を依頼するなど、協議をしていました。その結果、区は09年度から10年度までの建物賃料を免除するなどの対応をしてきました。
日大側は、「民法では、二十年を超える契約は認められないので、1991年に結んだ契約はすでに2010年度で終了している。撤退したい。しかし、円滑に引き継ぐために2011年度までは運営を続ける」と言いました。

区は、当初の契約どおり2020年度まで運営を続けるべきだと主張しましたが、「大学が意向を変えない以上、後継の医療機関への引継ぎのための協議を行ない、2012年3月末日には解決させる」という趣旨の文書を、昨年末に交わしています。しかし、この経緯は議会にはまったく報告されませんでした。区民のみなさんにも、何もお知らせしないままだったのです。
その結果、今になって、来年度になるまでのあと半年で引き継ぎしてくれる新たな医療機関を探さなければならないという切迫した事態になりました。


もともと、練馬区は人口の割に病床数が少なく、「23区平均の3分の1しかない」という理由から、区長は「今後、200床以上の規模の病院を区の西側に2つ新しく作って、すでにある3つの大きな病院(練馬総合病院、順天堂練馬病院、日大練馬光が丘病院)とあわせて5病院で地域医療を支えていく」という方針を昨年末に出していました。この方針じたい、具体化はまだまだこれからという段階のものでしたが、しかし、この方針を実現するにしても、今まで20年間、練馬区の医療を支えてきた日大がこれからも関わり続けることが前提だったわけです。

将来的な練馬区の地域医療体制の見通しそのものを立て直さなければならないかもしれません。それどころか、光が丘の病院を支えてくれる医療機関がみつからなければ、練馬区に「医療過疎」状態が生まれてしまう心配が、突如7月中旬に発生してしまったのです。

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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