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日大光が丘病院の問題④ 行政側の答弁

日大の問題については、今度は16日の委員会で議論される予定。私はその委員会には所属はしていないのですが、状況は確認してまた改めて報告を書きたいと思います。

文章が長くなるので分けましたが、先ほどのブログに載せた私の一般質問に対する行政側の答弁を載せます。

【健康福祉事業本部長】
日本大学医学部付属練馬光が丘病院についてであります。

同病院は平成3年4月に開設し、以来これまで区の中核病院としての役割を担ってきました。これに対し区は、病院の安定化に寄与するため、建物賃借料の免除や手術室の増設など総額百億円を超える支援を行なってまいりました。

しかし、平成22年2月に、日本大学から区に対し、平成23年3月をもって日大練馬光が丘病院の運営から撤退することを決定したとの報告が突然なされました。区としては到底認めることはできないことから、少なくとも基本協定に基づく30年間は運営をするよう主張し、新たな提案も含め日本大学と話し合いを続けてまいりましたが、日本大学は理事会の決定を盾に、撤退の意思を変えることはありませんでした。このような日本大学の姿勢は、極めて遺憾であり、かつ社会的責任を放棄したものであると考えております。

日本大学には、病院運営を終了するにあたって、来年4月以降も引き続き区民が安心して医療を受けられるよう、十分な引継ぎを行う責務があると考えております。したがって、その責務を果たすよう日本大学に要請し、協議してまいります。

一部の新聞において、過日、日大練馬光が丘病院の後継運営主体が決定されたかのような報道がなされました。この報道は、現在、公平・公正に進められている区の選定手続きを著しく阻害するものであり、かつ区民の皆様や患者の皆様に著しい誤解と不信感を与えるものであり、区として看過することができないものと考え、当該報道機関に対して、厳重に抗議をいたしました。

後継法人の選定にあたりましては、これまでと同等の医療水準を確保することを重視しており、救急医療、小児医療、周産期医療および災害時医療の4つの医療機能を重点とし、人材の確保、経営力など多角的に評価を行なっております。

日本大学が病院運営から撤退する経過については、区報やホームページでお知らせしておりますが、後継法人決定後は、区民の皆様のご意見を伺いながら、より良い病院づくりをめざしてまいります。
医療機関への支援につきましては、現在、将来にわたる区の医療施策の基本となる地域医療計画を策定中でありますが、その中で検討してまいります。

また、人口10万人あたりの病床数が23区平均の3分の1に過ぎないことから、区内の病床を確保することは、極めて重要な課題であると考えております。一方、限られた医療資源を最大限有効に活かすことも必要であり、これまでも、医療機関と連携をはかり、休日急患診療所やこどもクリニックを設置し、地域医療の質の向上に努めてまいりました。

今後も、様々な場面で、区民のみなさまのご意見を伺いながら、地域医療の質の向上に務めてまいります。
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日大光が丘病院の問題③ 私の一般質問

今日、一般質問が終わりました。まず、前回、前々回とブログで書いた日大の問題についての私の質問を載せます。


【かとうぎ桜子の質問】
日本大学医学部付属練馬光が丘病院の撤退問題について伺います。

日本大学は1991年度から2020年度までの少なくとも30年間は光が丘病院の運営をするという契約を練馬区と結んでいましたが、この7月15日になって突然、今年度いっぱいで撤退するとの報告が議会に対して行われました。私はこの唐突な報告にとても驚きました。

日本大学は2009年に、「このまま赤字が続けば撤退せざるを得ない」として、建物の賃料の免除などを区に求め、議会も議論の末、支援をすることを認めてきた経過があるからです。こうした支援は、少なくとも契約通りに2020年度までは日大光が丘病院を運営してもらうことが当然の前提であったわけです。赤字解消と医療の継続のために日本大学の経営努力も求めつつ、区としての支援をすることによって地域医療をともに支えようということだったはずです。
その結果、赤字も随分解消されて、今年度には黒字になる見込みも立ってきたと聞きましたが、そんな状況の中で本来の契約をあと9年間残した今年度いっぱいで撤退をするという大学の方針は到底認められるものではありません。大学法人の社会的責任を問うべき問題です。

報告によれば練馬区は、2010年2月には日大から「理事会で、区に対して撤退の意思表示をすることを決定した」との話を聞き、撤退を回避するための話し合いをしてきたといいます。そして2010年12月1日には、「撤退は認めがたいという区と、大学の見解が異なっているが、大学の意向が変わらない状況の中では、後継の医療機関への引継ぎのための協議を行ない、2012年3月末日には解決させる」という趣旨の文書を交わしています。区は、この文書を交わした後も、赤字解消によって撤退を回避する努力をしていたのだと説明していますが、文書を見る限り、撤退を認めたととらえることができます。

残念なのは、議会として建物の賃料の免除などの日大への支援を認めて以降、これだけ具体的に撤退の方向へと動いていたにもかかわらず、その経過がこの7月に至るまでまったく報告されなかったことです。突然の撤退の発表をうけて、今まで日大光が丘病院を利用していた区民の方々にも不安が広がり、「継続してほしい」という声が上がっています。
日大光が丘病院の現場で働く医師や、地域の医療機関からも、継続を望む声があがっています。

もし、日大からの撤退の申し出を受けたときにできる限り早い段階で公表をしていれば、「どうすれば日大の撤退を避けることができるか」「日大病院は地域医療にどう貢献してきたのか」「撤退やむなしとなるならば、どうすれば地域医療の質を落とさない方法をとれるのか」ということを議会、区民、日大で働く現場の医師やその他の区内医療機関のみなさんとも知恵を出し合い、話し合うことができたでしょうし、公表から引き継ぎを半年程度で行わなければならないという切迫した状況も避けることができました。

この間の日本大学の不誠実さはもちろんですが、区の対応も区民に対して誠実ではなく、問題があったと言わざるを得ません。

そこで、まずこの間、日大への財政的支援と合わせて区は日本大学とどのように話し合いをしてきたのか、そして大学法人としての姿勢をどのように受け止めてこられたのかを改めて伺います。

第二に、日大の協力体制について伺います。今までの経過をふまえると、今後、日大は練馬区の地域医療を低下させないよう協力する責任があると考えますが、区はどのような形で日大と話を進められるのか、お聞かせください。

第三に、後継医療機関の選定に関してうかがいます。先日、新聞で、後継医療機関の選定結果が出たかのような報道がありました。区が進めている選定作業の状況はまだ議会でも知らされていないのに、報道があったことには疑問を感じます。区としてのこの問題に対する対応をお聞きします。また、12日には選定委員会が開かれて、選定委員会としての一定のまとめをされると伺っていましたが、選定にあたって応募した医療機関が日大と遜色のない医療機能を持つかどうか、どのような観点から評価を進められてきたかを伺います。

第四に、区民への説明責任についてうかがいます。この間の経過を区民に説明する機会をいまだに持っていない点は問題です。区は、後継医療機関を決定してから説明の場を持つといいますが、来年度以降の医療の質を落とさないためにもまずは今まで日大病院を利用していた方々の声を聞くべきだったと考えます。今後、区民への説明、意見交換をどのように行っていくのか、お考えをお聞かせください。

次に、今後の区としての医療機関への支援体制をうかがいます。光が丘病院は、医師会立病院から日大へ引継ぎ、そしてまた日大が撤退しようとしています。このような問題を二度と起こさないために、区としては今後、場当たり的ではない体系的な関わり方の整理を行う必要があると考えますが、区はどんな方針をお持ちか、お聞かせください。

最後に、医療機関の質の確保と区民への啓発・意見交換の場の必要性について伺います。区長は、練馬区に病床が少ないことを理由に、新たな病床確保を目指していらっしゃいましたが、日大撤退問題で考えさせられるのは、医療を充実させるために必要なことは新たな病床を確保することだけではなく、今あるものをどう継続・向上させていくかということではないでしょうか。
今回の撤退問題を機に、日大光が丘病院の小児科は医師の数も豊富で、地域の医療機関との連携など、大変重要な役割を果たしていたのだということを、私達も改めて認識しました。こうした認識を深めることができたのが撤退問題がきっかけだったというのはとても残念です。こうした状況を反省し、今後は、ただ病院の数・病床の数という面を見るのではなく、その医療の質について、普段から区民の皆さんとともに考え、認識を深める場を持つべきと考えます。区としてのお考えをお聞かせください。

今後、医療水準の低下を招くことなく、地域医療の向上をさせることを強く求めます。

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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