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気仙沼への旅2013.3 ③


気仙沼の報告の最終回です。

私たちは今回、気仙沼で一景閣というホテルに宿泊しました。一景閣は3月23日にグランドオープンしました。私たちが泊まった3月16日にはまだ一部が工事中の状態でした。

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一景閣の周辺はかなり津波の被害に遭ってしまっています。

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これがホテル周辺の景色。


この日は朝から参加者みんなでタクシーに乗って、気仙沼市内と陸前高田を案内していただきました。

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陸前高田は奇跡の一本松が腐食してしまったのでいったん切って、加工して戻している最中でした。
高額の費用をかけているため、地元では賛否両論あるようでした。


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松は1本だけ残ったけれど、7万本あったほかの松はみんな流され、根本がわずかに残っています。

陸前高田は海から平地として広がっている場所が多く、津波から逃れるのも困難だったであろうことが想像できます。


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この写真はタクシーの中から撮ったものですが、ここはもとは商店街のあった場所だそうです。歩道の端に点々と、柱の跡のようなものがありますが、これは商店街のアーケードの柱の跡なのだそうです。説明を受けなければまったくわからないほどの大きな被害。


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これは陸前高田の写真集に載っている震災前の商店街の写真。ひとつ上の写真と同じ場所です。



陸前高田を見終えた後、気仙沼に戻りました。

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大きな船が残っているこの場所は気仙沼駅の隣の「鹿折唐桑駅」という駅があった場所ですが、地域一帯が火災となり、線路も焼けて、現在は電車は走っていません。

上の写真にうつっているベンチの前の白く四角くなったところがおそらく駅舎だったと思われます。

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東京に帰ってきて、気仙沼のことを考えながらふと思い出したことがあります。ボランティアなど「支援する人」と「支援される側」との関係についてです。


私が大学時代、とあるボランティア活動をしているときに、いつも当事者(「支援される側」にある人)の声をかき消すようにして自分ばかり話をし、当事者に対してすごく偉そうに意見するおじさんがいました。

大学生心にも「ずいぶん不遜な態度の人だなあ」「私は当事者の話を聞きに来たのであって、このおじさんの話を聞きに来たわけではないのにな」と感じていたのですが、「支援される側」にある当事者の人たちは、それでも笑顔でその人の話を聞き、「いつも応援してくれてありがとう」と言っていました。

社会の中で弱い立場に立たされ、それまでほとんど応援してもらえない環境に置かれていた人たちのところに「応援してくれる」という人が現れた場合、当事者の人たちは「来てくれるだけでうれしい」という気持ちになることもあるだろうし、少し嫌な言い方をされたところで言い返すことはできないだろうと思います。こういう関係性は、まったく対等な人間関係とはいえません。

「やってもらう一方」である関係を続けたい人はいないと思いますし、ましてや「やってあげてるじゃないか」という言われ方をされたい人がいるわけがありません。


こういう経験をして、私は、自分がボランティアなど何か行う時に、ともすれば上から目線になりかねないということを常に気を付けなければいけないと考えるようになりました。

これは被災された地域の人たちと東京に住む私たちの関係も同じだと思います。

今、私が大人数で気仙沼に行く場合、事前に何度も気仙沼の人に電話をして、泊まる場所、食べる場所など、いろいろと相談させてもらっています。
たくさん手間をとってもらって、ようやく行ったところでできることは食事や買い物を商店街でするという経済活動くらいしかなく、全然役には立てていないのが現状です。応援しに出かけていると言うのさえ恥ずかしい気持ちになるほどです。

それでも被災した地域の方の中で、外部からの訪問を受け入れてくれている人たちがいるわけです。それはきっと、「この経験を話すことが、ほかの地域の今後の防災対策に役立つに違いない」という思いからなのではないでしょうか。
これだけ大変な思いをしてなお、受け入れようとしてくださっている方々に敬意を表さずにはいられません。


そもそも震災が起きる前から、産業も人間も東京を中心とする都心に一極集中していたことによって、震災が起きた時にも復興が遅れています。そして、都心の便利な生活のために原発を地方に押し付けてきました。
復興の遅れや原発の問題は「東北の問題」ではなくて、日本に住む私たちすべての人が当事者である問題だと思います。

特に東京に暮らす人たちにとって東日本大震災後に起こったこれらのさまざまな問題は、どちらかといえば加害者側に近い当事者としての問題なのだということを忘れてはいけないと思います。
「東北を応援してあげよう」なんておこがましい気持ちを持つことなく、ともに課題解決をめざす友人として、ずっとかかわりを持ち続けたいと思っています。

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気仙沼への旅2013.3 ②

気仙沼復興商店街・南町紫市場での和力の演奏が終わり、私たちは街を歩きながら一度気仙沼駅に戻りました。

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(前回私が行ったのは1月ですが、その時に比べていくつか大きな壊れた建物は撤去されていたものの、まだまだ大変な状況に変わりはありません。)

駅前にある観光案内所内に事務所を置く、観光コンベンション協会の事務局長さんからお話を聞く約束をしていたからです。

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(黄色い服を着た方が事務局長さんです。)

事務局長さんは震災当時、規模の大きな体育館の避難所の責任者も務められたそうで、観光のことだけはなく気仙沼の全体像についてもお話を聞かせてくださいました。

仮設住宅は最長2年でその間に災害公営住宅を準備し、そちらに移り住んでもらうというのが本来ある計画なのだけれども、もうすでに震災から2年がたって、まだまだ公営住宅に移行できる状況にはないというお話もありました。


震災前に比べて、宿泊客は半減、やってくる観光客は3分の1くらいに減っているというお話もありました。
気仙沼を訪ねる観光客は岩手・宮城県内の人が多かったということですから、震災を経てまだまだ観光に出かける状態にはないということがひとつの原因かと思います。

また、旅館・民宿なども被害に遭ったところが多く、使えるところは復興のための業者でいっぱいになってしまう場合もあって宿泊スペースがまだまだ十分でないことも観光としてのお客が減っているひとつの原因という話もありました。

ただ、観光コンベンション協会に問い合わせれば空いている旅館等を探すお手伝いもしてくださるそうですし、東京に住む私たちが観光旅行として出かけることもやはり大切な応援の方法だということを改めて感じました。


コンベンション協会で話を聞いている間、参加者の一人である私の伯父の加藤木照公さんは商店街に残っていました。その時に見たことなどは照公さんのブログをご覧ください。(こちら


この日の晩は、気仙沼復興商店街で花火のイベントがある予定だったのですが、夕方から急に冷たい風が吹き始めて、残念ながら中止になってしまいました。

そして我々は商店街のすし屋さんでお食事をしました。

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気仙沼への旅2013.3 ①

区議会が終わった直後の3月16日と17日、宮城県気仙沼に出かけてきました。

気仙沼は震災の起きた年の夏から繰り返し訪れて交流をしている地域です。(過去の経過はこちらをご覧ください。)

震災から2年を経て、私が交流をしている気仙沼復興商店街でもイベントを行うとお聞きしたので、これを機に今までカンパをくださった区民の皆さんにも呼びかけて、15人ほどで新幹線に乗って出かけてきたのです。

復興商店街のイベントに、私のいとこが主宰する和力も出演させていただきました。

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これに先立つ3月11日、大泉学園のゆめりあホールで「チカラ」というタイトルの公演がおこなわれました。これは、和力のメンバーと沖縄の民謡・舞踊をやる人たちがコラボレーションして行った舞台でした。

こういう組み合わせは初めてでしたが、とても素敵な舞台でした。

私のいとこ・朗さんが舞台で、「相手に合わせることだけではなくて、自分の個性を大事にし、相手の個性も尊重することによって新たに生み出されるものもあると思う」という趣旨のことを言っていて、なるほどなあと思いました。
普段の社会の中でも、自分の個性や考えを抑圧して他人に合わせなければならないという状況に置かれるのは苦しいですよね。それよりも、お互いの個性を認め合って発展していくと考えたほうがいきいきした社会になる気がします。

沖縄のエイサーは、東北に伝わるじゃんがら念仏踊りとルーツが同じなのだそうです。(wikipediaによれば、東北の僧侶が浄土宗を伝えるために沖縄に渡った際に伝えたものがエイサーのもととなるものだそうです。)

確かに私も以前、和力の舞台でじゃんがら念仏踊りを見た後に別な場所でエイサーを見たとき、「太鼓の持ち方とか、感じが似ているなあ」という感想を持ったことを思い出しました。

それで、今回の舞台では朗さんがじゃんがら念仏踊りをやって、その後ろで大工哲弘さんという方が沖縄の三線を弾くといった試みもされたのですが、これがとてもよかった。

まさに、異なる個性が融合して新たな魅力が生まれたという印象でした。


・・・とまあ、気仙沼から話がずれて「チカラ」公演の話が長くなりましたが、この公演は3月11日に行われたこともあり、カンパを集めてそれを気仙沼にある「岩井崎明戸虎舞保存会」というところに贈ろうという計画がありました。


虎舞は私はまだ見たことがありませんが、獅子舞のトラバージョンみたいな感じのようですね・・・気仙沼には和太鼓のグループ、虎舞のグループなど、伝統芸能を伝える地域団体がたくさんあったようですが、使う道具が津波の被害に遭ってしまい、これらも再建させるにはまだ時間がかかるのではないかと思います。


そんな中で縁あってつながりをもった岩井崎明戸地域の虎舞保存会に23万円を超すカンパを持って贈ろうというのも、今回の旅の目的の一つでした。

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「チカラ」公演に琉球舞踊で出演した植竹しげ子さんから、保存会の方へとカンパをお渡ししました。

カンパを受け取ってくださったのは保存会の会長さんですが、この方も奥さんとお孫さんが津波の被害に遭われたそうです。
わかめを作る仕事をされているということで、たくさんのわかめのお土産をいただきました。

国民健康保険条例改正への反対討論

更新が遅くなりましたが、区議会第一回定例会の最終日におこなった、国民健康保険条例の改正についての反対討論の内容を載せます。

動画はこちらのページの左端にある日程をスクロールしていただいて、3月15日の項の「討論・採決」という動画の6分20秒くらいのところから始まります。


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生活者ネット・市民の声・ふくしフォーラムを代表して、議案第53号練馬区国民健康保険条例の一部を改正する条例に反対の立場から討論をします。

この議案は、国民健康保険料の算定方法を従来の住民税方式から旧ただし書き方式へと変更する中で生じる保険料負担の増大を抑えるためにとられていた軽減措置を終了させ、今後2年間の非課税世帯の減額措置のみにするという内容です。

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(上記の図をクリックすると大きく表示されるのでご覧ください。住民税額の計算方式は所得から配偶者控除等、様々な控除を引いたうえで出されるのに対して、旧だたし書き所得はすべて基礎控除33万円を引くので、計算はわかりやすいですが、こどもや障害のある人がいるなど控除の対象になるものがある家庭ほど旧だたし書き所得のほうが「所得が多い」ように計算されてしまうことになります。)


国民健康保険の被保険者は、所得から基礎控除33万円をひいた旧ただし書き所得が200万円以下の人が全体の73.1%を占めています。年金で生活する高齢者や非正規・低賃金の労働者の医療を保障する制度になっている国民健康保険を持続可能な制度にしていくためにどう改革し、社会全体でどう支えていくかを考えなければなりませんが、今はその制度の課題を低所得の人たちにそのまま負担させるものになってしまっています。

そもそも2011年度に行われた旧ただし書き方式への変更は、所得の低い人、住民税において各種の控除の対象になる人ほど国民健康保険料の負担が重くなるという問題があり、たとえ軽減措置をとったとしてもなお負担が重くなるということは、以前から指摘をしてきました。
(詳細は2011年第一回定例会議事録の184ページ、当時同じ会派だった北川かつしげさんによる反対討論の内容を参照してください。)

今回また、軽減措置を終了させることによって、所得の低い人の保険料がさらに上がり、一方で所得の高い人の保険料が下がるという現象が起こります。

今回の改定によって起こる影響の試算によれば、たとえば年収200万円の給与所得者2人世帯は来年度には今年度と比べて3万4978円もの値上がりになります。住民税方式だった2010年度と比べれば値上げの額は6万5971円にもなるのです。年収200万円でこれだけ大きな負担増があれば、その世帯の生活に深刻な影響を与えることは簡単に想像できることです。

また、今回は減額措置の残った非課税世帯であっても、値上がりはあります。たとえば年収200万円の年金所得2人世帯が1万1567円の値上がりになります。そして2年後には減額措置もなくなりますから、さらに負担が重くなるのです。
一方、年収900万円の給与所得2人世帯では今回、1万5882円の値下がりになるなど、所得の高い世帯では保険料が下がるということが起こっています。

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(この図もクリックして、さらに拡大してご覧ください。グレーの線が2010年度までの住民税額方式。ピンクが2011年度、2012年度に取られた経過措置。この2線を比べるだけでも、所得の低い人ほど保険料が上がっていることがわかると思います。緑色が今回、非課税世帯への減額措置のみ入れたものです。改定のたびに所得の低い人ほど保険料負担が上がっていることがわかりやすいグラフだと思います。ちなみにこれは、区民生活委員会に出された資料です。)


このような現象は制度の矛盾と言わざるを得ません。

低所得世帯の大幅な負担増は、保険料を支払いたいという気持ちがあってもそれができない人を増やしていくことにもなりかねませんし、さらには保険料の支払いのみならず生活全般が立ち行かなくなることにもつながりかねません。それを防ぐためには少なくとも、高額療養費にあてられている一般財源を低所得者の負担軽減策に使うという現行の軽減措置を継続して行うべきですし、さらなる一般財源の投入によって対策を充実させるべきです。

特別区における話し合いの中で、今後の広域化に対応するためにこれ以上は経過措置をとらず本則に移行すべきという結論に至ったとのことですが、(注※国民健康保険料は23区は統一保険料にしているので、23区の中で話し合って決めることになっています。国民健康保険に関する国の動きとして、各自治体ごとに実施するのではなく都道府県という広域の単位に移行させようという厚生労働省の方針があるそうです。23区の議論の中では、「広域化するためには特別の軽減措置をとらずに旧ただし書き方式の本則に迅速に移行させたほうが分かりやすい」という結論に至ったようです。)区民に身近な自治体である区として、低所得世帯の生活の実情から目をそむけず、この制度的矛盾に立ち向かっていくべきです。
区として、区民の生活を守る目線に立った対応をすることを求めて、反対討論とします。

がん対策に関する調査のご紹介

以前のブログでがん検診の啓発について書きましたが、内閣府が「がん対策に関する世論調査」というものを行ったそうです。(こちら

この中から気になった点をいくつかご紹介します。

この調査は20歳以上の国民から3000人を抽出して面接をして聞き取ったものだそうです。

がん検診について、「多くの人ががん検診を受けない理由はなんだと思いますか」と聞いている部分があります。こちら
(ただ、この調査は調査対象者自身が検診を受けているかどうかは問うておらず、一般論として「検診を受けない人はなぜ受けないと思うか」という聞き方をしています。一般論じゃなくて自分の問題として聞いたほうがいいような気がするのですが、プライバシーに配慮するためとか、何か理由があるのでしょうか・・・)

多い順に見ていくと、
・受ける時間がないから(47.4%)
・がんであるとわかるのが怖いから(36.2%)
・費用がかかり経済的にも負担になるから(35.4%)
・健康状態に自信があり、必要性を感じないから(34.5%)
・心配なときはいつでも医療機関を受診できるから(22.0%)

さらに、地域・職業・性別・年齢などによる違いを見られる資料によれば次のような傾向があります。(こちら→エクセルで開きます)

・時間がない→20代~40代、雇用者に多い。
・がんであるとわかるのが怖い→40代以上に多い。
・経済的負担→20代~40代に多い。
・健康状態に自信がある→どの年代にもまんべんなくいる。

それから、「うっかり受診し忘れ」という項目は女性のほうが多かったです。


この結果を見て改めて思うのは、やはり啓発の際に、「がんの初期は、痛いとかなんとなく調子が悪いという自覚症状がない場合が多いので、検査をしないと早期発見はできない」という知識をきちんと伝えていくことがまず第一に必要だと思います。

「時間がない」という理由で先延ばしすると発見が遅れてかえって仕事を休む期間が長くなってしまうこと、発見が遅れればより治療費がかかること、健康に自信があっても自覚なく進行することはあること、「心配なときに受診する」のでは発見が遅れる可能性があることを知っていただく啓発の仕方が必要です。

それから、女性で「うっかり忘れ」の回答が多いのは、男性のほうが職場などで「受けなさい」と言われる機会が多いということもあるかもしれないと感じます。主婦のほか、自営業者、家族従事者などに向けた啓発の充実が必要なのではないでしょうか。


がんと分かるのが怖いという点については、正確な知識を学ぶ機会の充実が必要と思います。若い世代ほど経済的負担感を重く感じるのは、がん対策だけの問題ではなく、若年層の非正規化の問題なども絡んでくることでしょう。


次に「仕事と治療等の両立についての認識」という部分が興味深かったのでご紹介します。(こちら

「がんの治療や検査のために2週間に1度程度病院に通う必要がある場合に働き続けられる環境か」と問う質問に対し、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」の回答が、
・男性 28.4%
・女性 24.4%

「そう思わない」「どちらかといえばそう思わない」の回答が、
・男性 68.3%
・女性 69.3%

となっています。

女性のほうが若干、「そう思う」が少なく、「そう思わない」が多いのです。

これもまたがん対策とは別の課題として、ワークライフバランス(仕事と子育て等の家庭生活の両立)の難しさを女性のほうが実感していることの表れかもしれないと感じました。

Appendix

桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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