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①赤い羽根 ②あしがらさん

①赤い羽根


昨晩、共同募金会で働いている友人のブログを見ていたら、「明日は10月1日だからスーツを着て仕事に行こう」と書いていたので、ハタと、今日から赤い羽根が始まるということを思い出しました。


うーん、よりによって今日は月曜日、私はいつも大泉学園の駅に立つ日だから重なっちゃう。休んじゃおうかなあと思ったんですが、ここのところ月曜は祝日で、今日を逃したらまた祝日だから、なんとしても行こうと心に決めて行ったのでした。


はたして、駅の前は募金のボランティアの子ども達でいっぱいだ。ひぃ、と言いたくなるほどたくさん。


私もこっそり立っていましたが、なんだか、募金のそばに立って、赤い羽根に便乗して一緒に挨拶してる腹黒い議員みたいじゃないだろうか、と思えて、オドオド。


いっそのこと私も並んで「募金、お願いします」と言ってしまった方が気持ちが楽になりそうだけど、議員のくせに(?)そんなことやったらもっと腹黒い奴みたいだなあ、と思って辛抱。


ふと脇を見たら、パチンコ屋さんが大声で宣伝している。おお、この神聖な雰囲気の中で場違いなことをしているのは私とこのパチンコ屋さんだけだ、とひとりでパチンコ屋さんに親近感を覚える。


募金をした後に羽根をつけるというのが、どうしても私には理解できないのだけれど、でもやっぱ赤い羽根って広く知られてるんだなあとしみじみ。


私はこの1年数ヶ月、毎週毎週駅に立っていたって「あなた、誰?」と言われるのに、赤い羽根は年に1回だけなのに誰も疑いなく信じて募金する。羽根が一つの共通の理解になっているんだねえ、と思いました。


でも今日はマイクを使えなかったおかげで、いつもならば会釈をするだけの人々とちょっとゆっくり話ができたりもして、これはこれでまた良いなと思いました。


 


②あしがらさん


決算の質問が今日から始まりましたが、私は保健福祉費に関連する質問の準備をしています。


ホームレスの話を担当の方から聞いていて、ふと思い出したことがあってどうしても書きたくなりましたので、今日は議会の話とは離れた話。


大泉学園高校跡地のホームレスの施設の問題も、あと少しで前向きに進みそうになっているという報告を、委員会でもらっています。


無事施設ができれば、私も、機が熟すまで待っていた、映画の上映会を自分でやろうかなあ、など楽しく考えています。


初めてホームレスの話が出た頃にブログで書きましたが、「あしがらさん」というドキュメント映画のこと。(6月頃のブログですので、リンクしようかと思いましたが、今改めて読み直してみたら自分の文章が気恥ずかしかったのでやめました・・・笑)


何十年も路上生活をしていた「あしがらさん」というおじいちゃんが、みんなの力で支えられて、グループホームに入って、介護保険のサービスを受けて、人間らしい生活になっていく映画です。


あしがらさんは、私が働いていたデイサービスの利用者さんでもありました。


正確に言うと、映画を見て、訪ねて行って、働かせてもらうことにしちゃったんですが・・・。


あしがらさんとの思い出、個人情報という部分もあるから、どこまで書いて良いもんかといつも悩みますが、映画に出てるんだから最低限のことなら書いても良いかな・・・。


今は70代なかばのあしがらさん。正式にどんな症状なのかは詳しく聞いてませんが、認知症なのかな、精神的な疾患なのかな。独り言を言っていることも多い。


私が働き始めてしばらくしたときから、どうも私の存在を気にしてくれて、あるときから、「今、おいらの住んでいる家(=元路上生活者の住むグループホーム)は野郎ばっかりでさ、むさくるしいところだけど、来るかい?もう少し辛抱していれば、きっと楽をさせてやるからな」と私の手を握って言ってくれるようになりました。


話を聞いているとどうやら、これからどーんと一儲けして、私をお嫁さんにしてくれるらしい。


まあ、私以外でも女性スタッフや女性のボランティアさんがそばにいれば、 必ず手を握るんだけど(笑)


でも、その後に、私に「おいらにも色々付き合いがあるんだけどな、気にしないでくれ」と言う(笑)


そんなあしがらさんでしたが、時々、ドキッとすることを言うことがありました。


私は、社会福祉士の資格を取って、初めてそのNPOに就職した。


今でもそうですが、私は地域福祉マニア(?)なのだけれど、NPOの理想像と現実との違いに悩んだり、今日も区の職員さん達ともお話しましたが、制度の狭間になってしまうような一人暮らしの人に何もできていないということについて悩んだり。ああ、これからどういう仕事をしていくべきなのかと、とってもくよくよ悩んでいました。(悩んだ結果、議員になる道を選んだんですが。)


私になんか何もできない、所詮理想だけなのか、とくよくよ、じとじと、と悩んでいた。


プライベートの部分で、私自身がどういう人生を送るべきかということも、じとじとと悩んでいた。


家族にも、職場の人にも言わずに、じとーっと悩んでいたのです。仕事を辞めて他の仕事をしようかな、とか、人生って何だろう、とか。


そしたら、あしがらさんがトコトコと歩いてきて「お前、辞めちゃうのか?」と言う。誰にも何にも話してないのに。ギクッとしながら、「大丈夫、大丈夫」とそのときは笑顔で話をする。


 


その後も、私はくよくよ、じとじと、色々と悩んでいた。そしたら、またあしがらさんが近づいてきて、私の手を握って、「お前ね、人生には色々あるけど、そんでも生きていてこそなんだよ」と言う。


またもギクッとする。


誰にも何にも言っていない悩み事に対する答えのような言葉を、どうしてあしがらさんは言ったんだろう。


手を握ったままじっとあしがらさんの顔を見ていたら、あっという間にいつもの通り、「大丈夫、おいらがもうすぐ幸せにしてやるから」という話に戻っていたけれど・・・。


 


少し落ち込みから落ち着いて、しばらく考えて、選挙に出ることにして、私はそのNPOを辞めました。


あしがらさんにはそれからまだ会いに行っていない。


とても会いたいけれど、なんとなく会うのが怖いような、心がチクッとするような。


初恋の人に再会するような気分、という感じでしょうか。


だからなんだか会いに行けない。


私の中であしがらさんはとても特別な存在です。


 


ホームレスと一言で言っても、いろんな人がいるでしょう。括ることはできない。


でも、一人ひとりに名前があって、「ホームレス」という名前の人はいない。


それをなんとか、多くの人に分かってもらいたいなあと思います。


なんだか急に、あしがらさんのことを書きたくなって、前回予告とは異なる内容を書きました。


20071002092809.jpg ←あしがらさんと私。


かとうぎ桜子を育てる会

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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