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★「団塊の世代」 ★ボランティア

★「団塊の世代」
今日は、町会連合会の新年会に参加しました。

今、高齢化が進んでいることもあり、災害が起きたときに助け合わなくてはいけないという問題もあって、地域のつながりづくりが課題になっています。
そこにどんな人が住んでいるのかの把握は、ご近所さんのつながりが基本になる。
一方で、町会の加入率は下がってきてしまっている。

区としても、町会の活動支援が必要だということで、色々やっているということです。

区内の町会が連絡を取り合うための組織が町会連合会。

区としての支援の一環なのでしょう、新年会場に行くと、受付には区の職員さん達が立っていた。


受付してもらっていると、そこにいた職員さんが、突然私の顔を見て「団塊の世代!」と叫んだ。

えっ・・・
いったい、何のことだろう・・・

たしかに、私は音楽の趣味も、物事の発想も老けています。
会派の仲間で、打ち上げなんかで飲みに行って、カラオケなんかすると、倉田れいかさん(26歳)に「加藤木さんの歌う歌、ずいぶん古い歌ですねえ。私、知らない~」と言われたりして(笑)
その分、4,50代の人と話をすると妙に話が合ったりして。だから、「私の精神年齢は50代だ」とひそかに思っています。
だけど、外見だけは20代に見えると信じていたのに。(ちなみに私は27歳です。)

それなのに、私の顔を見て、「団塊の世代」という職員さん・・・。
ああ、私は、外見までもがそんな年に見えるんだろうか。

あまりのショックでしばらく受付に立ち尽くしてぼーっとしていたら、その職員さんが「あのときはありがとうございました」と言葉を継ぐ。

・・・ん?

その言葉を聞いて、我が頭の中の情報を整理。一瞬で頭をフル回転。

あ、そうだ。分かった。
以前、ブログにも書いた堀田力さんの講演
これが、団塊の世代の方々の地域参加について考えるということで行われた集まりだった。
そして、この講演の担当と、町会の支援をしている担当部署が同じだったのでした。

だから、「あの講演に来てくれてありがとう」という意味だったんだと、ハタと思い当たりました。

ああ、良かった。「かとうぎさんは団塊の世代ですね」という意味ではなかったのね。ホッ。


★ボランティア
昨日は、地域で活動している団体の交流会があるというのが、区報に載っていたので、見学させてもらいました。

いろんな分野でボランティアをしている団体が、地域別に分かれて情報交換をしていました。
私は、大泉地域の皆さんの意見交換を、脇からこっそり覗いていました。

人材不足について、というテーマで、みんなが意見を出し合っていた。
福祉分野は有給スタッフの不足というのもありますが、活動分野や団体数が増えている中では、ボランティアさんも集まりにくくなっているという話。

ボランティアさんに長続きしてもらうためには、その団体の活動の意義を伝えて、モチベーションを上げてもらえるようにしないといけないよね、という話だとか。
ボランティアをする側も、活動を通して勉強になることがあったり、得るものがあるのだから、どちらか一方が与える側、という関係ではなくて、お互いに与え合う関係だね、というような話や。
だからボランティアさん自身が、「相手のためにやってあげなくては」というだけではなく、「そこにいて楽しいからまた行きたい」と思えるような場所にしていくことも、ボランティアさんが集まるためには必要だね、とか。

そんな意見がありました。


そうそう。
私が、福祉の活動を始めたころの話ですが。
私が20歳になる時に母が亡くなって、私自身も生きていくのが辛いなあと思ったときがありました。
そのときにふと、「でも、今までいろんな人から愛情をもらってここまで大きくなったんだから、その愛情を誰かに返すことができるまでは頑張って生きよう」と思いました。
それで、色々と活動を始めてみた。

地域の手話サークルに入って、手話を習った。
こりゃあ、ボランティアといえるのかしらん?と思いながら。手話サークルに入ったからってすぐに聴覚障害者の役に立てるわけでもなくて、むしろ手話を教えてもらうばかりなんだから。
なんだい、役に立とうと思って手話サークルに入ったのに、ダメねえ・・・と思いまして。

ハンセン病の裁判の支援の活動をしてきたときも、いろんなことを元患者さんたちに教えてもらっていて、これまた私が役に立ったと言えるんだろうかなあ、と思った。

今までもらった愛情のお返しに、誰かのために何かをしなくちゃと思えば思うほど、逆にもっといっぱいの愛情をもらってしまう。
ありゃー。これじゃあいつまで経っても「愛情の返済」が終わらない(笑)

参った参った、と思いながら、大学を卒業し、福祉を職業にしました。

それで、ボランティアに関する活動をする人に出会ってやっと気づいた。
ボランティアっていうのは、どちらかが一方的に善意を与えるものではないということ。
「奉仕」とは違うのですね。

いつまでも愛情を返済できないと思って困っていたけど、そんな愛情のやり取りを楽しむのがボランティアなんだということに気づいた。
それに気づいたら、世の中で起きるいろんなことが急に楽しくなってきたのでした。

ボランティアさんをつないでいく職業にある人は、愛情のやり取りがより愉快に起きるようにコーディネートをしていくのでしょう。

そんなことを、皆さんの意見交換を聞きながら思い出しました。

楽しい意見交換の会でした。

※かとうぎ桜子を育てる会のホームページは
こちら

2件のコメント

[C156]

僕も昔は「ボランティアなんて・・・・」と思っていました。が、今はどっぷりはまって、色々なものが得られて、人に喜ばれて・・・いいことずくしだな~って思って活動してます。
もっと多くの人にわかってもらえたらいいな~って思う今日この頃です。
  • 2008-01-18
  • 投稿者 : うどんや
  • URL
  • 編集

[C159] うどんやさん

コメントありがとうございます。

そうですね~。どうやったら分かってもらえるんでしょうね。

うーむ・・・

始めるときから「ボランティアするぞ!ボランティアしてるぞ!よし!よし!」と気張らないようにすれば誰もがもっと気軽に楽しめるのかも知れないですねえ(^^;
  • 2008-01-20
  • 投稿者 : かとうぎ桜子
  • URL
  • 編集

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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