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ボランタリーフォーラム③

ボランタリーフォーラムが無事に終了しました。

ああ、やれやれ。

めでたく今回は頭の中が真っ白にはなりませんでしたが、色々と反省点がありまして、昨日の夕方から今に至るまで悶々としていますが(^^;

まあ、自分自身に対するダメ出しをブログに書いても仕方がないので、ここには分科会の内容を書きます。

私の担当した分科会は、「介護保険制度の現在とこれから」。
20人くらいの人が参加してくださいました。

午前中は、町田市の地域包括支援センターの沼田さんという方からの課題提起。
沼田さんは措置の時代(介護保険の前)から福祉の仕事をしていたということで、その頃と今との比較ができる資料や、最近問題となっているような内容の資料(例えばコムスンだとか、介護従事者の確保の問題、家族がいて日中独居の人のヘルパーが使いにくくなっている問題など)を出しての講義でした。

それで、午後からはグループワーク。
自己紹介と、それぞれの参加者が何を思って、何を課題として今回の集まりに参加したのかを話してもらいまして。
それを分類していって、「課題を解決するためには何ができるのか」を話し合う。

2グループに分かれていたのですが、私が担当したグループには高齢者の新しい住まい方を考えている団体の人や家族会の人、従事者の人やボランティア活動をやっている人など、色々な方が集まっていました。



家族会の人が、その地域の議員さんに対して懇談会をお願いする活動をしているというお話があったり。

孤独死の問題に取り組みたいと考えている方もいまして。その方が色々と調べてみると、「地域包括支援センターは本来の『高齢者と地域とのつながり作り』にまったく力を入れることができず、要支援になった人の介護予防プランを作ることに追われて終わっているのではないか」と感じたという話。

2006年の介護保険改正で、介護認定のうち「要支援」の人は、今までのように居宅介護支援事業所のケアマネジャーが作るケアプランではなくて地域包括支援センターが作る予防プランを使うようになりました。介護保険ができた当初に、元気なのにたくさんヘルパーを使う人がいたり必要ないのに車椅子をレンタルしたりした人がいた反省から、軽い状態の人は重くならないように予防するサービス体系にした方が良いだろうということで変更になったのです。
たしかに私が働き始めたばかりの頃は、「なんでこの人がヘルパーを使うのかしら・・・」と思うようなこともあったけれど。でも、2005年くらいにはだいぶ介護認定も厳しくなって、必要な人でも今までどおりのサービスが使いにくいということも増えてきていました。2006年以前の介護保険の体制でも、結構厳しくなっていたんだから、それでも十分適正化されたはずなのに、さらにしくみそのものを厳しくしたから、使うべき人すら使えなくなってしまっている状況があります。

それで、要支援の人のプランを立てる地域包括支援センターは、さらに高齢者の総合相談窓口であり、権利擁護や成年後見も担当しなくてはならない。とてもじゃないけどこなしきれない状況になっているのです。

特養で働いている方からは、「施設職員はよく勉強しているし、『寝たきりにならないように』とか、『トイレに自分で行けるように』といったことを考えたいのに、人手不足で考えられない状態」「利用者も、自分の願いをスタッフに伝えたくても伝えることができない状態にある」というお話。


誰が高齢社会を担うべきなのか、と考えた時、「ボランティア」ということが思い浮かびますが、そのボランティアさんを支えるべきコーディネーターを配置する余裕もない状況。

すべて手詰まりの状態を打破するにはまずは介護報酬を上げることしかないだろう、という方向に話が進みました。

「でも、福祉に関心がある人の議論の中では、『これじゃあ介護報酬を上げざるを得ないね」という話になるけれど、福祉のことなんかまったく興味ない、というような人もいる社会の中では『介護報酬を上げたら保険料が上がる。保険料は皆が払わないといけないのに、介護保険を使う人は一部の人じゃないか。不公平だ。』という批判が出るでしょう。どうしましょうか」と私。

これは介護だけではなくて保育園の民間委託の話のときにも出た意見。「保育園ばかりにお金をかけているけど、保育園利用者なんて人口のほんの一部なんだから不公平だ」という考え方。
練馬区の「いきいき健康券」(65歳以上の人全員がもらえる券で、浴場や散髪、保養所に使える3千円分の券)も、介護保険を使っていない高齢者も恩恵を受けるべきだという視点で作られたんじゃないかと思います。

それに対し、配食サービスをやっている団体の方から「それにはまず、日本の社会の中で『福祉』とは何なのか、という再定義をしてみることが必要ではないか」という意見が出ました。
福祉は、生活保護を受けている人や介護保険を使っている人など、一部の人だけのものととらえるのではなく、もっと普遍的なものとして考えなくてはいけないはず。すべての人がどんなときにも安心して生きることができる権利の保障であるはず。
でも、日本の社会の中では非常に限定的なものとして捉えられがち。だからこそ、「一部の人のためにお金はかけられない」という理屈が出てきてしまう。
そもそも福祉とは何なのかをもう一度考え直した上で、「公助」はどこまでなのか、ということも議論してみる必要があるだろう、と。


自分のことは自分の意志で決めなくてはいけない、という意識を、介護が必要になる前の50代や60代のうちから高めておかなくてはならないだろう、という意見も出ました。

それから、「日中独居」の人の問題。家族と同居はしているけれど、家族みんなが仕事をしていて、一日のほとんどの時間を一人で過ごす高齢者が多い。私の祖母もそうです。
そうすると、まあ孤独死はしないだろうけれども昼間の家事はできないし、薬の管理も怪しい。でも、最近の介護保険制度では「家族がいるから良いでしょう」ということでヘルパーを使えないことが多い。
これは、介護の社会化を目指した介護保険の理念からずれているのではないか、ということです。

これについては時間が足りなくてあまり議論できませんでしたが、非常に気になる話です。


それから、こういった声を制度設計側にうまく伝えられていないのはなぜだろうかという話もしました。
その議論の中で、「社会福祉協議会のあり方」という話が出ました。
社協は本来、地域のニーズを汲み取ってそれを社会に提言していくのが使命なのではないか。ところが、行政からの委託事業を受けることに精一杯になって、使命が果たせていないのではないか。
そして、市民一人ひとりの立場から行政を動かすのは時間がかかるけど(一議員にも動かせないですからね 苦笑)、社協に対して「もっと役割を果たしてほしい」と言っていくのはすぐにできるのではないか、ということで、この話で議論が盛り上がりました。


そんな議論をまとめて、今度は他の分科会と合同の全体会へ。

これは、生活保護、障害者自立支援法、放課後子どもプランの分科会と一緒に、それぞれの分科会でまとめた提言を発表しあうものでした。この4つの分科会がセットで「福祉制度の崩壊から創造へ」という1つのカテゴリーになっていたからです。

DSCN2536.jpg

小さくて見にくいですが、右から、コーディネーターの川田虎男さん(日高市議)、生活保護分科会担当の安藤雄太さん(東京ボランティア・市民活動センター)、私、自立支援法分科会の金澤昌敏さん(第2川越いものこ作業所施設長)、放課後子どもプラン分科会担当の室田信一さん(同志社大学大学院)。

私からは、今まで書いたようなことを報告しましたが、自立支援法の分科会のお話で、「今、『緊急措置』ということで負担の軽減などが行われているけれど、そういう場当たり的なやり方ではなくて、自立支援法そのものを抜本的に見直すべきだ」という意見が出ていました。
以前私もブログで、「緊急措置なんてやり方はおかしい」と書いたことがありましたが。
私が「おかしい」と感じた理由は、法律そのものが障害者の命を保障するものになっていないにも関わらず、それを認めずに「なんだか分からないけど大変みたいだから、とりあえず助けてあげよう」みたいなやり方をしているせいなんだなあとしみじみ思いました。


・・・こうやって書いてみると、なかなかまともにまとまっていたみたいだ(笑)
反省しきりだったのですが。

何を反省していたかというと、「介護保険制度の現在とこれから」というのがあまりにテーマが広すぎて、議論が深め切れなかったなあと思ったこと。介護保険の問題点は上にも書いたように多岐にわたるので。
だから、昼くらいから「もう少し絞ったタイトルにすべきだったのではないか」と反省し始めまして。それにしてもタイトルについて考えるとなると、随分前にさかのぼる話だなあと思ったらだんだん落ち込んできまして。

それから、時間が予定より後ろに押せ押せになってきまして。まあそれは議論が活発だったということで仕方ないんじゃないかと思ったのですが。
でも、グループの合間に、主担当の柴田さんという人がそのことについてこっそりと「ごめんね・・・」と言うので、「わー、本番の最中に謝ってくれなくても良いのに・・・うえーん」と思ったりして(笑)

そして、フォーラムの一番最後の交流会で、川田虎男さんが「私たちのカテゴリーのテーマは『福祉制度の崩壊から創造へ』でしたが、カテゴリーそのものが崩壊していました」と言ったので「ひい」と思い(^^;

頭の中が真っ白にならないように気をつけながらファシリテーションと全体会の発表を担当したから脳みそが異常に活性化して、打ち上げでいくら飲んでもまったく酔わず、「珍しいじゃあないか。飲んでないのか。」と言われ。

打ち上げの席でも相変わらず主担当の柴田さんは「ごめんね・・・」と言っており(笑)

やれやれ。

まあでも、こうやって報告を書いてみたら、議論はまともにできてたみたいだから、まあ良いか。


※かとうぎ桜子を育てる会のホームページは
こちら

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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