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身近な環境

今、大学院で受けている授業のひとつを紹介しましょう。

・・・たぶん、私よりも色々と詳しい人が、私のブログを読んでいるので、最近ブログを書くのに緊張します(^^;
いっそ国文学の話でも書くならば、かえって緊張しないかもしれませんが・・・。

まあでも頑張って書きます。。


トヨタ財団が1979年から97年まで行っていた助成事業。「研究コンクール」で、「身近な環境を見つめよう」というタイトルがついていた。

市民の活動に対する助成というのはあるけれど、市民の研究に対する助成、というのは面白い。ましてや今でこそ市民への助成はたくさんあるけど、1979年からやっているというのは、興味深いですね。私が生まれる前の年からですが。

公害問題等、社会問題に対する市民運動があるけれども、ただ反対運動になってしまって対案が出せないのは発展性が無い。市民が自分達の力で社会を変えていくためには、まずは市民が問題について研究をすることが必要ではないか、ということでできた企画だそうで。

「身近な環境」・・・狭い意味での環境問題ではなくて、自分の身の回りにあるすべてのことを意味します。それを改めて見つめてみる。普段の暮らしの中で、「なんでだろう」と素朴に感じているものを改めてじっと見つめてみることで、ぼんやりとしていたものがはっきりと見えてくる。


「身近なものって、あんまりじっくり見つめていないものだよ」と先生がおっしゃって、はじめに私達に言ったのは、「千円札の絵を描いてみて。」ということ。
皆さんも、ためしに描いてみてください。
どこに誰の絵が書いてあるのか。「千円」という文字がどこかに入っているのか。表の肖像はまあ分かるとして、裏側の絵なんか、まるで思い出せなかったりして・・・。
千円札は、お札の中でも一番身近で、多分毎日目にしているもの。それが千円札だということは当たり前に分かっているのに、改めて「それはどんなものか」と思い出そうとすると、思い出せない。

そんな身近なものを、改めて見つめることで、今まで見えなかった問題が見えてくるかもしれないし、解決方法が見えてくるかもしれない。


実際に助成を受けた研究テーマは、例えば・・・
・以前、インフルエンザワクチンの接種が義務だった時期、「インフルエンザの型が違っていれば効かないのにも関わらず、全員義務で接種することで、効果よりも副作用の危険のほうが大きいのではないか」と不安に感じたお母さん達が、まちのお医者さんと一緒にやった研究。(これによって任意接種に変わったそうです)

・日本に「サウンドスケープ」というものを紹介した団体。(サウンドスケープは、「自分の身近にある音」ですね。)

・都会にカラスがなぜ多いのかを研究し、ゴミの出し方などを提言した団体

などなど。

授業では、たくさんの面白い事例を聞きました。

こんな助成事業などが行なわれる中で、市民の活動はただ反対するだけのものから、政策提言につなげていくものへと成長していったのかもしれませんね。
その市民の声を受け止めていく受け手の側(実際に施策を作る人たち)の発想は、何十年も前の、私が生まれる前の時点で止まってしまっているような気がしますが・・・。

私自身はやはり、保育園の民間委託のことを事例にして論文を書くことになるだろうと思っていますが、そのこととは別に、今まで保護者の方たちが勉強してまとめてきたものは、きちんと研究として、区に対してだけではなく、もっと広い社会に向かって発信していったら良いんじゃないかな、と、改めて思いました。
私が研究するのと、当事者が研究するのとでは、違うはずですから。


そんなことを考えつつ、昨日で授業も3回目。それぞれの学生が「身近に感じている環境」を発表しあいました。
私にとっての身近な環境って、何だろう。
千円札が思い出せないように、日々接しているのにじっくり見つめていないものって、なんだろうなあ。
皆さんにとっては、どうですか?

私にとっては・・・
議会は、まだようやく1年だから、日々、目が血走るほど見つめているので(笑)、除外。
お酒は身近だけど、すでに毎晩ちゃんと見つめているし(笑)、学校の宿題にお酒に関するレポートを提出するのも気が引けるので、除外。

そうだ・・・「桜子」だし、大泉学園は桜がいっぱいだし、ということで、桜について書いてみることにしました。

以下、提出したレポート。

私は大泉学園に住んでいるが、駅から北に向かって埼玉方面まで続くバス通りはすべて桜の木である。花の季節には、長い桜のトンネルができる。

「桜」は、私の名前の一字でもあり、小さい頃からなじんだ存在だが、物心ついたときから私は「桜子」と呼ばれていたため、そこまで深い思い入れもなかった。
でも、区議会議員選挙に出ることになって、多くの人に名乗るたびに、「まあ、桜子ですか」と言われた。特に、4月にある選挙の直前には、「季節にぴったりの名前ですね」と言われ、しばらくは桜のことで話題が盛り上がったものである。

そこで改めて、日本人が桜に対して非常に反応をするということに気づいた。日本で今、「花」というと、それは桜の代名詞であるし、花見では人が桜の下に集う。桜の下でムシロを広げて宴を催す。お酒が入れば、桜を鑑賞しているようにも見えないが、とにかく桜を口実に人が集まる。「縁台で話すという文化がなくなった」と言われる現代では、もし桜が咲いてもいないのに野外で人が集まって宴会をしていたら、不思議な光景に見えるだろう。桜は、今の社会の中でもなお、人をつなぐ媒体の役割を果たしている。

奈良時代には、「花」といえば梅だった。それが平安時代になると、桜をさすようになる。はかない人生と重ね合わせて、桜を愛でたようだ。初めて桜を見た人は、乱れるように咲いたと思ったらたった1週間ほどで散る花に、さぞ驚いたことだろう。
貴族がそんな桜を愛で、歌を詠む。そんな文化が庶民の楽しみになったのは江戸時代。落語にも登場する。戦時中には、潔く散るという象徴にされてしまった苦い思い出もあるが、そんな時代を超えてもやはり桜は、今も特別な存在である。

なぜ人は桜を愛し、その下に集まろうとするのだろう。その理由を追求したらもしかすると、活発なコミュニティを形成するヒントが得られるのではないかという気がする。



昨日の授業では、それぞれが提出したレポートをもとに、グループ討議をしました。

花を見るために人が集まる、というのは、他の花でもありますよね。菜の花畑とか、紅葉狩りとか、「ヒマワリが咲きました」とか。だけど、よっこいしょ、と腰を落ち着けて、飲食物を広げるのは桜だけでしょう。なんでだろう。

季節限定だからかなあ。

こんなことを、昨日の授業で私は熱く論じていたのですが、ここでふと、「なんだ、桜についてといいながら、結局私の話は酒宴の話に至るのか・・・」とハタと気づきました。。

まあでも、なんのかんのとかこつけて、人が集まってじっくり座れば、新たな関係性が開けてくるでしょう。すれ違いざまにちょっと挨拶するよりも、もっともっと深い関係と広がりが生まれるはず。だから気になります。

答えは、見つかってないんですけど、なんとなく、調査したら面白そうじゃないですか?(^^;

※かとうぎ桜子を育てる会のホームページはこちら

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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