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「分かる」こと、「知る」ということ

★まだ日時も場所も詳細もまったく未定なのですが、年末あたり、何か楽しい会をやりたいなと思っています。
今まで私がやってきた会は、区政報告会とか「あしがらさん」(路上生活者に関するドキュメンタリー映画)の上映会とか、どちらかというと参加者と共に考えて意見を言う会だったので、今度はもう少しやわらかく、のんびり楽しめる会をやってみたいなと。

まずは想定できる場所探しをして、「区役所の中の会議室なんかも良いかなあ」なんて思っているところ。

そして出演者を想定して、お世話になっている方にご紹介いただいて、出演依頼を始めました。

何かのイベントを企画して、出演者を探して、依頼のために初めて連絡をとる、ということは、学生時代にイベントを企画するときからよくあったことです。
昨年の「あしがらさん」上映会にシンポジウム出演者として来ていただいた、北村年子さんや清野賢司さんもそうだったし。

そうそう、「あしがらさん」の監督・飯田基晴さんも、最近は色々と依頼しやすくなったけど、一番初めは学生時代に突如連絡をとって、「文化祭で上映会をしたいので来てください」とお願いしたのでした。

こうやって、突然連絡を取ることは、よくあることではあるんですが、でも何度やっても慣れないんですねえ・・・ドキドキしちゃう。

だから、今回もドキドキしながら電話をしました。
イベントの会場として区役所の中の会議室などを使えたらということを想定しているんですよ、というイメージを、先方に伝えようとしたのですが、ドキドキのあまりにこんな会話になってしまいました。

桜子「あの、実は、練馬区には区役所があるんです。」
先方「・・・。そうでしょうね。」
桜子「あ  いや、あの、そうではなくて、区役所の中に会議室があるんです。」


やれやれ、です。
出演については検討してくださるということでした。
無事、年末に会が開催できると良いのですが・・・。


★今週の初めから、大学院の授業がスタートしました。

履修の登録はまだだから、授業に参加してみて、授業の内容について説明を受けて、それでたいていは学生が自己紹介をするんです。

私は、自分の仕事の役に立ちそうな授業と、あとは逆に今までなかなか触れる機会のなかったタイプの授業を取るようにしています。

ある授業の自己紹介で、「私はこの分野はまだ勉強不足で分からないので、皆さんの意見を聞いてみたいと思って選びました」と言いました。

そう言い終わってみてしみじみと、そもそも「分かる」とは何だろう・・・ということを一人でぼんやり考え始めました。


何度かブログにも書いていると思いますが、私が社会に関心を持つきっかけのひとつに、ハンセン病の問題がありました。
17歳のときにこの問題を詳しく知って、「こんなことが起きていたのか。きっと他にも私の知らない、ひどい問題がたくさんあるに違いない」と衝撃を受けたのです。

まずは自分の身近な、家族や友達にこの問題を伝えることから始めようと思って、いろんな人に「ハンセン病の問題を知っている?」と言って歩きました。そのとき、さらに衝撃を受けたのは、友達の何人かが、「ハンセン病?ああ、知ってる知ってる」と軽く言ったことでした。

ちょうどこの頃、らい予防法の廃止に関連してテレビや新聞でも特集がされていましたから、多くの人が「耳にしたこと」はあったと思います。

けれども、「知る」とは何なのか。
小さいうちから家族と離れ離れで療養所に入り、二度とそこから出られない生活を強いられた人の気持ちを知っているのか。
結婚をしても子どもが産めない。人権に配慮のない断種手術等が行なわれ、万一子どもが生まれた場合にはすぐにその場で殺されてしまう。そういう思いをした人がどれだけいたか、どんな気持ちになったか、それを知っているのか。

もし、そこまで知っているならば、軽い言い方で、「ああ、知ってる知ってる」とは言えないはずだと思うのです。


きっと私も多くのことを、「聞いたことがある」だけなのに「知っている」と勘違いしていたのではないか・・・と思うと、ゾッとしました。

「聞いたことがある」と「知っている」という言葉は、厳密に区別しなければならないと思った、17歳でした。
そして、「知らない」ことを恥じて隠す必要はなくて、知らないならばそこから知る努力をすれば良いのだというふうに思いました。


さて、「聞いたことがある」→「知っている」からさらに進んで「分かる」とは何なのか・・・。

私は、「知らない」ことは恥ずかしくないけど、「分からない」というのはできるだけ使いたくない言葉です。分からないことは一刻も早く無くしたい。日々そう思っていました。

じゃあそれはなぜなのか・・・とつらつらと考えてみた。

そしてふと、「分かる」というのはきっと、自分自身の価値判断をするということなのだと思ったのです。事象について、事実として何があるのかは知っているにも関わらず、「なんだか分からない」ということがある。
それは、その事象に対して、自分がどの価値基準で情報処理していけばいいのかがはっきりしないということなんだなあ、と。


だからすごく嫌だけど、でも私にはまだ「分からない」ことがいっぱいあります。
嫌だから早く、無くしていきたいなと、しみじみ思いました。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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