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最近の活動と、考えていること

★知り合いからお花をいただきました。

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かわいいお花。
私にはもったいないですね(^^;

きれいなもの、可愛いものを目の前にすると、なんだかオロオロしてしまいます。
満開の桜とか、なついた猫とか。

生きているものはいつか必ず終わりが来るから、大事にしたいんだけど、いったい私に何ができるのか・・・と無力な自分を感じてしまう。私なんかのそばにあるのはもったいないと思って、お花の前でそわそわ、右往左往しています。

★ブログの更新、久々です。
5月9日の区政報告会の内容報告も入れたレポートを作って、この1週間は知り合いに渡して歩いていました。
自転車で配って歩いて、張り切りすぎてふくらはぎが痛くなって人生初のマッサージ屋さん体験をしてきました 自転車でチラシを配って足を痛くするなんて、ひどい運動不足ですね・・・。

★6月1日から議会が始まります。なんだかんだであと10日くらいしかないから、それまでに大泉でやるべき仕事がまだ残ってるわ、と重いふくらはぎをひきずりながら(^^;)毎日走り回っています。
夜、大学院に行って椅子に座ると疲れでハニワのように固まっています。

そんなわけでブログを更新できませんでした・・・という言い訳です。

★どんなタイプの仕事に就いていても同じだと思うのですが、尊敬できる先輩と同じ職場で働くことができるという恵まれた状況って、意外となかなかないですよね。
友達ならば気の合う人や好きな人を選ぶことができるけど、同僚は選べないもの。

私は福祉の仕事をしていた頃、ちょくちょく転職してましたが、比較的長く働いた職場は4ヶ所。
この4ヶ所のうち、「こんなに素敵な人の下で働けるなんて幸せだなあ」と感じることができたのは1ヶ所のみでした(^^;

職場が楽しいなんて、そうそう無いことなんだろうなと思います。

この、幸せだった「1ヶ所のみの職場」を離れて4年くらい経つのですが(夜間の福祉の専門学校を卒業したため、それにあわせて仕事も転職したんです)、それ以来、仕事ではあまり楽しい思い出もないので、「お給料って、嫌な思い、つらい思いをすることに対する代償としてもらえるものなのかな・・・」と納得していたこの4年くらいでした・・・(苦笑)

しかしまぁ今は、4年ぶり、我が人生2度目の、楽しい職場(←? 「議会」は「職場」かしら・・・??)だと思っています。

4月末に3人の会派を作って、それ以来、議会の会派控え室に行くたびになぜか楽しい気持ちになるんです。

これを前からブログに書きたかったんだけど、なぜ楽しい気持ちになるのかが自分でもよく分からないので書けなかったんです。
だから、いつも、「なんで北川さんと池尻さんに会うと私は楽しいのかしら・・・」とブツブツと独り言を言っていました(^^;


で、ようやくちょっと整理できてきたので、書きます。

そもそも、仕事をしていて「嫌だなあ」「不愉快だなあ」と感じるのはどんな時なのかを考えてみました。

ヘルパーの仕事をしていたとき、初めに疑問に持ったことがあります。それは、ヘルパーが「話し相手」を主な仕事にしちゃいけないと言われたこと。
掃除、洗濯、食事の準備、などなどをしながら、雑談的に話すことはあったとしても、じっくり腰をすえて利用者の困りごとを聞くのはヘルパーの業務ではないといわれた。

だけど、実際に高齢者と接していると、ちょっとした家事をこなしてもらうよりも「前よりも体や頭が思うように動かなくなった悲しさ」や、「知り合いがどんどん死んでいってしまう喪失感」など、心にたまったものを吐き出すことのほうが必要と思われる人もたくさんいました。

しかし、それはヘルパーの業務ではない。分かってはいるけど、でも何かしなくちゃいけない気がして、当時の新人ヘルパー桜子(22歳)は、先輩職員に相談したわけです。

そこで返ってきた言葉が、「介護保険の制度上、ヘルパーは話し相手になっちゃいけないきまりになってるんだから、それをひたすら守るのがプロの仕事なんだ」ということ、「それを理解できないのはあなたが若くて社会経験が足りないからよ」という言葉でした。

うーん、この説明じゃ、納得いかないでしょう。
介護保険という制度に疑問を感じているのに、私個人の年齢は関係ないじゃないか・・・と思った。

今の私がもし「新人ヘルパー桜子」に説明するとしたら・・・
ひとつには、介護保険は「保険制度」であるために、保険料を支払った人が必要なときに給付を受けるしくみになっている。保険給付をどの範囲まで出すかは、当然決めなくてはいけない。一定の給付範囲を決めるときに、「話し相手になること」までヘルパーの業務に対する給付として出すべきではないと、介護保険を設計した人は考えたんでしょう。
こうなると、「そもそも、高齢者福祉を『保険制度』にすることが正しかったんだろうか」という疑問が出てくると思います。

高齢者の生活を守ること、高齢者が自分らしく生活できることは、介護保険だけでは支えきれない。ではどうするべきなのか・・・この問題は、特に非営利組織で介護事業に携わる人は問い続けなくてはいけないことではないかと思います。

もうひとつには、ヘルパーの業務と相談業務は別であること。
相談が必要と判断できるケースは、きちんと相談窓口につないでいくことで別な支援体制をとる必要がある。あるいは、とにかく話を聞いて欲しいならば傾聴ボランティアをお願いするという方法もあるかもしれない。いずれにしても、ヘルパーの業務の範囲でその人の生活のニーズに対応できない状況ならば、きちんとケアマネ等につないでいき、他の社会資源を活用できるようにすることが必要ですね。

以上のような情報提供とアドバイスをするべきではないかと、今の私は思います。


上記のような、新人ヘルパーと先輩職員のやりとりの例は典型的ですが、他のどんな職種でも同じ。どうあるべきか、何をすべきか、を説明するべきときに、「制度がこうなってるから仕方ないんだ」「今までずっとこうやってきたんだから仕方ないんだ」、極め付けに「あなたは若いから分からないんだ」というオトナが、世の中にはかなり多いと思います。

こういうオトナに出会うと、納得ができないし、心がすっきりしないですね。必然的に、尊敬できる先輩ではないなあと感じてしまうわけです。

かくかくしかじかと、以上申し述べた「尊敬できない先輩」の対極にあるのが北川さんや池尻さんなんだろうなと思うんです。
お二人の話を聞いていると、「そうか~、ナルホド~!」と思います。
うん、こういうオトナになれるなら、私もこれからもっと頑張って生きていこうという気持ちになるわけです。

どんなときにそう感じるのか、ブログに書いて説明するのにちょうど良い具体例がなかなか思い浮かばないものだから、なんだか説得力がないのですが(^^;
とにかく、議員であるという以前に、尊敬できる人と一緒に仕事ができるという体験はなかなか得がたいことだと、しみじみ思っているところです。

・・・しかし、心が穏やかになりすぎると、ブログに書くネタも思い浮かばなくなるもんなんですね(^^;

※かとうぎ桜子のHPはこちら

6件のコメント

[C221] ニーズとサービス

とはいっても、介護の制度を支えているヘルパーの大半は「そういうオトナ」なんですよね。

介護保険制度は福祉を営利寄りにしてしまいました。営利と言うことはサービスの向上だけではなく、利益もださなければならないということ。結果的に出来るサービスと出来ない(コストにあわない)サービスの線引きをしないといけないということ。

かとうぎさんには「そういうオトナは尊敬できない」ということで終わるのではなく、ではどうしたらそういうオトナも利用者さんのニーズにまで気を配ることにまで頑張ることが出来る社会を創れるか、ということまで考えてもらえたらいいな、と思います。
  • 2009-05-21
  • 投稿者 : katz
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[C222] コメントありがとうございます

katzさん、コメントありがとうございます。

私は議員の仕事以外はほとんど介護の仕事でしたから、事例として介護の話を出しましたが、今回のブログの本題は介護職員の質の話ではなく、「世の中に、楽しい職場なんてそんなにないよね」という話でした(^^;

これは介護の職場のみならず、一般的な事務の仕事でも、そして議員の間でも同じことが起こり得ると思うのです。

ちなみに、私が今まで唯一好きだった職場というのは、介護の事業所ではなくて福祉の研修機関でした。
そこで私は事務補助をしていたのですが、そこにいる職員さんたちは皆、私に事務の手伝いを依頼するとき、「その仕事は何の意味があることなのか」をまず教えてくれました。
だから、たとえ印刷だとか帳合だとかの単純作業であっても、その作業の先にある目標が私にも見えたので一生懸命仕事ができたし、自ら新たな仕事を探そうという気持ちになったものです。

私が今、北川さんや池尻さんと一緒の会派になれて良かったな、楽しいなと思えるのも、多分同じ理由からだと思います。

ところが、多くの場合は「ただ黙って従っていればいいんだ」という説明しかしてくれない。だから嫌になっちゃうのですね。

さて、katzさんの書いてくださったことに対するお答えを書きます。
上に書いたようなわけで、どんな職場でもこういう「人間関係のうまくいかなさ」は多いと思うのですが、それが介護の現場でも広がってしまうというのは、まずは教育の問題があるんではないかと思います。
介護保険が始まるのにあわせて、すごい数のヘルパーを養成しましたが、ヘルパー2級の資格を取るのは運転免許よりも簡単ですね。
しかも、高齢者の生活全体を見るような教育というよりもむしろ、「あなたたちは制度の枠内のことだけやって、難しいことは偉い人に任せて置けばいいのよ」的な教えられ方をした記憶があります。

ケアマネジメントは本来、その人の生活全体を見て、介護保険外のことも含めてマネジメントするべきなのに、それが現実にはなかなかできないのは、お金の問題もあるけれど、生活全体を見るという教育がされていないせいだと思います。

多くの人を雇うしくみを作ると、さまざまなタイプの人がその職につくということを考えれば、人の生活にかかわる職業に対する倫理観を持たないとやっていけないようなしくみを、システムとしてきちんと作らないといけないというふうに、私は思っています。
  • 2009-05-22
  • 投稿者 : かとうぎ桜子
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[C223] 話し相手~

なかなか尊敬できる先輩や、しっくりやっていける同僚というのはそういませんね。
勤めている間は「辛抱」。給料は「辛抱料」ということになります。
私の場合それがイヤで自営という形になりました。
まあ、いざやってみると大変というのが実情ですが。

さて、私の仕事も高齢者の家庭を訪問することが多いのですがその中で「仕事半分、話半分」というケースがけっこうあります。
高齢者の方は、話し相手がほしいようですね。
「仕事半分、話半分」でお金がいただけるわけですからありがたい話です。
朝そのお宅に行って午前の「おやつ」が出てきて、お昼は「昼食」まで用意していただいてその後は午後の「おやつ」、帰りには「おみやげ」が出てきます。
話の内容は、家族のこと、友人のこと、介護や病気のことなどいろいろ私に話してきます。
私はただ「はい、はい」と聞いているだけなんですが(笑)
でも御本人は満足しているようです。
ただ、これではご馳走になりに行ってるんだか仕事に行ってるんだかわかりませんが(笑)
でも事実なんです。
この話を友人や、いちおう同業みたいな人達に話しても全く信じてもらえません。
話し相手の需要ってあると思うのですが。
ヘルパーの方が出来ないこと、ダスキンとかのハウスクリーニングに頼むほどではない中間の仕事というのが特に高齢者の家庭内にはいっぱいあるんですけどね。
仕事が終わって最後に感謝されるのはやっぱりやりがいがあります。
おまけに、そこの家庭から別の家庭を紹介されることがよくあります。
ただし近い所とは限りません。とんでもなく遠いケースもあります。
たまにあるんですよ、群馬とか千葉の袖ヶ浦とか鎌倉方面とか。
  • 2009-05-22
  • 投稿者 : ベンチャーの貧者
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[C224] コメントありがとうございます

ベンチャーの貧者さん
コメントありがとうございます。

そうですか、高齢者の訪問も多いのですね。

高齢者が色々出してくれるのは、どう対応して良いか悩ましいですよね。
ヘルパーの場合は特に、貰っちゃうわけにもいかないというところがありました。

でも、人間って、何かをやってもらうより何かをしてあげる方が嬉しいんですよね。
いつも訪問してくれる人に、何かをあげたいという気持ちが、高齢者を元気にさせることもあるんじゃないかなと思います。だから、「高齢者が『何かをあげたい』と思う気持ちをどう受け止めるか」ということも結構悩んでいました。

話し相手になること、やりとりをすることという、人間らしい生活の保障は、現状ではベンチャーの貧者さんのように、もとは仕事で関わっていた人が担ってくれるかどうか、というところなのでしょうね。同じ状況になってもベンチャーの貧者さんのように気づくかどうかは分からないですし・・・人と人の関係というのは、そういうものかもしれませんが。
  • 2009-05-23
  • 投稿者 : かとうぎ桜子
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[C225] 話し相手

加藤木さんのヘルパー時代の先輩のアドヴァイスに衝撃を受けました。しかし、制度上そうなっているのだから仕方ない気もしました。確かに、一人の所でずっと話を聞いていたら次の家にいけなくなってしまうし・・。

この場に合うお話がありますので、聞いてください。

仕事柄、消防署の救急隊の方とお話しする機会が多くあります。

「ある日、119番通報で救急出動した。向かった先は一人暮らしの高齢者宅。
その方は体が苦しくて、救急車を呼んでみたが、症状を救急隊員に話していうちに、体が楽になってきた。そのうちに家族のことなども話し出してきた。
結局、すぐに病院に行かなくてもいいくらいに落ち着いてきた。

確かに通報した時は、苦しくて大変だったのかもしれない。
近くに頼れる人がいなくて、どうしようもなかったのかもしれない。
でも、その人は、いろいろなことを聞いてもらったから、救われたのかもしれない。
少しの間だったけど、救急隊員と話をして、落ち着いたのかもしれない。
救急車を呼ばなかったら、孤独死していたかもしれない。」

救急隊員は、本来の業務ではない「話し相手」になってあげた。
たまたま余裕があったから。

加藤木さんの先輩ヘルパーだったら
「病院行かなくていいんだったら、さっさと帰ってきな。それがプロだよ。」と
言ったのでしょうか?

本当のプロとは、何なのか、考えさせられました。


  • 2009-05-27
  • 投稿者 : アッキー
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[C227] コメントありがとうございます

アッキーさん

コメントありがとうございます。

事例のご紹介もありがとうございます。
そうですか・・・
見落とされがちですが、人間って、モノではないから、「栄養摂取、排泄、メンテナンス(健康管理)」だけしていて生きられるものではないですよね。

孤独死も、健康とか衛生状態の悪化によってだけ起こるのではなくて、寂しくて不安で死んでしまうということもあるのかもしれませんね。
教えていただいた事例を読んで、しみじみ思いました。

今、この人の話を聞いていたのでは次の対象者のところに行けない・・・というのであれば、じっくり話を聞ける人を探してくるということまでやらないといけないんだと思います。

今、目の前にいるその人が何を欲しているのか、その人そのものに目を向けずに、どこか上のほうだけ見て「これがプロだ」という風になるのは、恐ろしいですね。
  • 2009-05-30
  • 投稿者 : かとうぎ桜子
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桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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