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前回の続き(リサイクル)

私は一応mixiというのにも登録していて、(このブログやツイッターをリンクしているだけなのでほとんど意味はないのですが 笑)そちらのほうに前回のブログの感想を寄せてくれた人がいました。

リサイクルって、どこまで進めればいいのかというのが難しいところだ、という趣旨の意見。

その意見を読んで色々考えました。

事業者が生産して販売しているものによって生じる廃棄物の資源化を、行政が税金を使って処理するということはたしかに疑問がありますものね。委員会でも、そんな議論をしていました。

ふと水俣病の問題などの環境問題を思い出したりもしましたが、便利を求める生活の構造を変えずに、リサイクルだけするのはなんだか変だし、限界があるとも思います。
たとえば、牛乳パックではなくて牛乳瓶で買って、瓶を返すしくみを使えば、紙パックの回収なんて必要ないわけですから。


ただ一方で、こういう形で社会構造を変えるのは一苦労ですね。もちろん努力をする必要はあるのだけれど・・・。
周りに目を配り、環境に思いをはせ、ひと手間をかけることができるような生活リズムを作るには、いろんな意味で余裕がないとできない面も現実としてはあると思います。

低所得で過重労働でへとへとになって帰ってくる人に、牛乳パックを洗って乾かして切って回収に出すことはできないかもしれない。ましてや牛乳瓶に変えるなんて余裕はないかもしれない。

そうなると、リサイクルに対する意識にも「格差」が生まれるのだろうなあと思います。


私は練馬に住む前は多摩市に住んでいたのですが、多摩市は古布の回収が集積所での回収だったんです。練馬に越してくるときに、「練馬の古布回収のしくみはどうなってるのか」ということが気になって、前から練馬に住んでいた、当時30歳くらいの知人に聞きました。
そうしたら、「さあ。私は可燃ごみに捨てている」と言われてしまったのでした。

こんなふうに、ごみの出し方は生活リズムや年代によって、意識の差があるのかもしれません。

ただ、意識が低い状態にある人を責めるのではなくて、そういう状態で生活をしなければならないほど労働環境等にも余裕がないという現実を踏まえたうえで、ごみの分別やリサイクルの問題をどうやって「みんなの問題」にしていくかを考えないといけないんだと思います。

そう考えると、ごみや資源の排出のしかたは、私たちの生活や生き方そのものなんだなあとしみじみ思います。

※かとうぎ桜子のHPはこちら

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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