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私の病気体験談⑩ 手術後の出血のことなど

3月26日、この日は入院する前からあらかじめ予約を入れてあった日だったので、病院に行き、術後の診察をしてもらいました。

3月24日頃から少し出血量が増えていて、「生理の一番多い時」くらいになっていたので、相談しました。術後に「生理の一番多い時」以上に出血量が増えた場合は病院に来るように言われていたからです。
内診で実際に手術の痕も診てもらいましたが、まあこの程度ならば術後2週間ではあり得る程度だろうということで、止血の薬を塗られて帰ってきました。手術から2週間くらいすると、傷口のかさぶたが取れて、出血することがあるそうなのです。


短時間ずつ仕事をするようになってからちょうど1週間になる3月28日。
そろそろ普通に仕事をするリズムに切り替えようと考えました。朝、寒い時間に駅でチラシを配るのはまだちょっとつらいけれど、それ以外の仕事はもう普通のリズムでやっても大丈夫だろうと自分なりに思ったのです。

4月末には区政報告会をやろうと考えて、その告知に使うはがきを大量に買い込み、重くなった袋を両手にぶら下げて事務所に向かいます。
「重い荷物を持って走ったら出血しやすくなるから気をつけろって言われたっけなあ。重い荷物持っちゃったけど走らなきゃ大丈夫だろう」と思いつつ。

前の週、家で作業をしながら発注してあった区政レポートの印刷物の配達も届き、3月中にやらなければならない政治団体の収支報告の提出作業などをし、この日は一日バンバン働きました。
なにせ、12月にがんが発見されてから、いつ治療が始まるのか、治療に伴い何ができなくなるのかなどがとても流動的で、はっきりしないまま数カ月を過ごしましたから、やっと手術が終わって、その疲れも取れてきて、動けるようになってきたことが嬉しくてずんずんと仕事をしたわけです。

この日は夕方には江古田のほうで人と会う約束があったので、それまでに仕事にめどをつけて、出かける準備をします。そのころになると昼間暖かかった天気が急に変わり、外は強い風が吹き始めました。

「嫌な天気だなあ」と独り言をいいながら、午後4時頃、出かける前にトイレに行くと、なんだかいつもよりひどい出血
うーん、これは生理の一番多い日をはるかに超える出血量だぞ、なんかおかしいぞ。

まあでも、その2日前に病院で診てもらって止血の薬を塗ってもらったばかりだし、ちょっと様子を見よう。でも念のため、病院に電話して相談しておこうと考えました。

駅に向かう道々、病院に電話をしますが、やはり私の判断と同様に、「2日前診たばかりだし、かさぶたがとれて出血をすることもある。熱やめまいなど他の症状がなければしばらく様子を見るように」と言われたので、なるほどと思いながら約束のあった江古田に向かいました。

それにしても出血はいっこうに減る気配を見せません。
私の事務所から駅に向かうあいだに、明らかにダブダブと血の流れ出す気配があり、だんだん歩くのも困難になってきます。
駅に着いたら生理用ナプキンを交換しましたが、それはもう、サスペンスで見る事件現場のような、大惨事でした(-_-)

約束していた人とお会いして打ち合わせをしている間にも、ザブザブと出血する感覚があり、だんだんと頭がくらくらして目の前が真っ暗になってきました(>_<)

その場で横にならせてもらって、もう一度病院に電話をしました。
病院の人は「なにせ2日前に診察したんだから来なくても大丈夫・・・」という感じがありましたが、江古田からのほうが病院には近く、いったん大泉の家に戻ってもっと具合が悪くなったときに大変だし、どう考えてもこの出血とめまいは尋常でないと思って、来院する約束をとりつけました。
タクシーに乗って病院に向かいます。

病院に到着したのは午後7時頃。夜間の救急外来です。
婦人科のお医者さんが来られるまで20分ほどの時間がかかって、ようやく診察してもらいます。

このときには、大出血のピークも過ぎて、めまいも落ち着いていました。

ただ、やはり出血量は少ないとは言えず、お医者さんが内診すると、膣のあたりに血とかたまりがたくさんある状態だったそうです。
レーザーによる手術は、切ってもそのときは血が出ないため、縫ったりはしないそうです。ただ、この日、診た感じでは2か所ほど少し傷が開いたようなところがあるので、後で溶ける糸を使って縫っておこうということになりました。

しかし、円錐切除をしたあとの傷口には麻酔が効かないそうで(-_-;)、痛み対策なしに縫います。
実際には痛みはほとんどないのかもしれませんが、器具があたる感覚と音があるため、なんだか痛い感じがしてしまいます。

「痛い―、痛い―、ひーひー」と叫んでいたら、ついていた看護師さんが私の手を握ってくれて、ちょっと感動。
不安や痛みがあるときに、手を握ってもらうだけでこんなに安心感が増すものなのか、としみじみ思ったし、目の前に痛がっている人がいるときにパッと手を出すということはたぶん教育だけでできることではなくてその看護師さんの感性によるところが大きいのだろうなあと感じて、その若い看護師さんを尊敬のまなざしで見ました。

縫い作業に恐れおののいたせいで血圧が80代に下がり、目がくるくる回り始めました。(目の前が暗くなるような感じです。)
終了後3,40分、簡易ベッドで休ませてもらいました。
たくさんの出血があったことと、緊張したことで血圧が下がっているので、たくさん水分をとってくださいと言われて、水をがぶがぶ飲みながら横になり、血圧が100代に戻ってきたところで、またタクシーに乗って帰ることにします。

翌日はまだ若干ふらふらしていました。でもそれはもしかしたら、検診台でひーひー怖がって足を踏ん張っていたせいで足がふらついていたのかもしれませんが(^^;

縫ってもらったおかげで、この翌日からは出血はほんとに微量に改善されました。

でも、せっかくようやくバンバン仕事をしようと思った矢先にひどい体調不良に見舞われたことがとてもショックで、2日ほどぼんやりしていました(-_-)


その後、4月22日頃(3月15日の手術から1ヶ月ちょっとたった頃)にようやく、完全に出血が収まりました。

もともと体力がある人なら若干の出血が続いてもそんなにつらくないのかもしれませんが、私が経験上、思ったのは、最初の2週間、かさぶたがとれて出血がある可能性があるので、可能であるならば術後2週間はあんまりあせって仕事のことを考えずに、ゆっくり療養できるのがベストなのではないかなということでした。


そして、手術からちょうど1ヶ月たつ4月16日にようやく、術後の検査の結果が出て、「がんが上皮内におさまっているから、これ以上取る必要はないですよ」といわれた、というのが、これまでの私の子宮頸がん治療体験のすべてです。

今後、2年くらいは3ヶ月に1度の検査を続けて、再発がないかを確認していくことになります。
腺がんという難しいがんである可能性が高いと言われた経緯があるので、今後無事、再発せずに済むのかが少し心配な気持ちでいますが、もし何か変化があったときにはまた報告を書きたいと思います。


今回の体験の中で、病気になった時の仕事のこと、医療保険のこと、周りとの人間関係のことなど、いろいろ感じたことがありましたので、次回のブログからはそのことを書きたいと思います。

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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