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気仙沼への旅2013.3 ②

気仙沼復興商店街・南町紫市場での和力の演奏が終わり、私たちは街を歩きながら一度気仙沼駅に戻りました。

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(前回私が行ったのは1月ですが、その時に比べていくつか大きな壊れた建物は撤去されていたものの、まだまだ大変な状況に変わりはありません。)

駅前にある観光案内所内に事務所を置く、観光コンベンション協会の事務局長さんからお話を聞く約束をしていたからです。

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(黄色い服を着た方が事務局長さんです。)

事務局長さんは震災当時、規模の大きな体育館の避難所の責任者も務められたそうで、観光のことだけはなく気仙沼の全体像についてもお話を聞かせてくださいました。

仮設住宅は最長2年でその間に災害公営住宅を準備し、そちらに移り住んでもらうというのが本来ある計画なのだけれども、もうすでに震災から2年がたって、まだまだ公営住宅に移行できる状況にはないというお話もありました。


震災前に比べて、宿泊客は半減、やってくる観光客は3分の1くらいに減っているというお話もありました。
気仙沼を訪ねる観光客は岩手・宮城県内の人が多かったということですから、震災を経てまだまだ観光に出かける状態にはないということがひとつの原因かと思います。

また、旅館・民宿なども被害に遭ったところが多く、使えるところは復興のための業者でいっぱいになってしまう場合もあって宿泊スペースがまだまだ十分でないことも観光としてのお客が減っているひとつの原因という話もありました。

ただ、観光コンベンション協会に問い合わせれば空いている旅館等を探すお手伝いもしてくださるそうですし、東京に住む私たちが観光旅行として出かけることもやはり大切な応援の方法だということを改めて感じました。


コンベンション協会で話を聞いている間、参加者の一人である私の伯父の加藤木照公さんは商店街に残っていました。その時に見たことなどは照公さんのブログをご覧ください。(こちら


この日の晩は、気仙沼復興商店街で花火のイベントがある予定だったのですが、夕方から急に冷たい風が吹き始めて、残念ながら中止になってしまいました。

そして我々は商店街のすし屋さんでお食事をしました。

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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