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大阪 その3―総持寺いのち・愛・ゆめセンター


12日の授業が終わった後、室田さんが昨年度仕事をしていた茨木市内を案内して貰いました。


総持寺いのち・愛・ゆめセンター


DSCN2263.jpg


同和地区の人権問題についての拠点として位置づけられているようです。


人権問題のために設置されたという意味では練馬ならば女性センターみたいな位置づけでしょうか・・・。


同和問題というのは、なぜ起きているのか、私にはどうしても理解しがたいんですが・・・


日本の歴史のずーっと昔、身分制度があった時代に、差別を受ける人たちの「部落」があって、そこの出身の人が今の時代に至るまでずーっと差別されてるのですね。島崎藤村の「破戒」に出てくるのもそれですね。被差別部落の出身である主人公が、お父さんから「ここの出身ってことだけは言ってはならない」と言われていたけれども、ついに皆に明かして心が解き放たれる話。


これを読んだのは高校生の時ですが、なんだか釈然としなかった。ハンセン病の差別だとか女性差別だとか黒人差別だとか、それもいけないことだけど、「病気か健康か」「女性か男性か」「黒人か白人か」という、「違い」があるのは事実なわけで、差別を解消するためにはこの「違い」を認め合うことができるようになれば良いわけです。


しかし、同和問題の場合、その地域に住んでいる人の家柄かどうかという、とっても見えにくいことによる差別で、どういう線引きなのかが分からない。ナチスだとか内紛だとか、何でどう線引きしたのか分からない憎しみ合いにも通じるんでしょうか。


しかし、こうなると小学生の頃のいじめみたいなもんで、ただなんとなくの気分次第でのけ者にされている感じがして、一体どう解決していくのか分からなくなってきますね。


同和問題については、近年黒い組織が絡んでるとかも言われて、だから余計本質が見えにくいような。そもそも、なんで差別をするのかよく分からない問題だから、根本的な解決に至らないうちにねじ曲がっていってしまうんでしょうか・・・??


 


まあ、そんな感じで室田さんから「同和地区の施設に行く」と言われてから、道中私の頭の中は高校生以来の謎である「同和問題って結局何なんだろう・・・」という思いがぐるぐると回り始めましたが、とにかくそこで活動しているNPOのワーカーさんの活動が素晴らしいということで伺いました。


NPO法人 三島コミュニティ・アクションネットワーク(M-CAN)。


いのち・愛・ゆめセンターに事務局をおいて活動している団体。


一言で言えばこの地域の「住民のお互いの支え合い」をサポートしている団体、というところでしょうか。


介護保険を使っていない高齢者のためのミニデイサービス(街かどデイ・サービス)や、配食サービス、そして子育て支援。どれも、支える側も利用する側も地域の方。


そうした活動の中で見えてくる「ちょっと心配な人」を支えているのがM-CANのスタッフの皆さんのようです。一人暮らしの方が、福祉制度につながるまでの間、ちゃんと水分補給をしているか、お金がなくなってご飯も食べられないなんて状態になっている方をどう支えるか、など日々悩みつつ頑張っている姿が垣間見えました。


地域の中で支えあうには一つの団体だけで頑張っても足りない部分は出てきてしまう。そのため、近所の精神障害者の施設などとも協力し合っているということでした。(三島地域コミュニティサイトもあります)


地域の団体と協力し合いながら、地域限定で聞くことのできるミニFMを作ることも考えているとか。ホームページだけでは一部の人しか得られない地域の情報を、より幅広い住民と共有するための手段ですね。


あと、話を聞いていて印象的だったのは、隣接する総持寺青少年センターとの関係。ここは、児童館のようなところなので、教育委員会の管轄になる。


だけど、いのち・愛・ゆめセンターの中にある街かどデイ・サービスの利用者さんが、青少年センターの子どものイベントに歩いて出かけていく。


当たり前の感覚からしたら、「隣にある建物なんだから、興味あることがあれば出かけていくのは当たり前」と思うでしょう?


でも、私の経験からすると、「管轄が違うから」ということを盾にしてまったく交流をしていない場合も多いのです。ちなみに、いのち・愛・ゆめセンターの管轄は人権部、街かどデイサービスは高齢者福祉課、青少年センターは教育委員会の管轄。


以前私が見学に行った都内某市の建物は、1階部分が高齢者の憩いの家になっていて、2階部分は児童館になっていました。「日常的な交流はあるんですか?」と聞いたら「事故防止の観点から交流はしていません」という返事が返ってきたものです。


そんな事例を見てきたから、高齢者が当たり前に隣の子どもの施設に出かけていくのが私にはちょっと意外で、スタッフの方に聞いてみました。


私「あれ?隣に行っちゃうんですか?隣は、青少年なら、組織としては別なんですね」


スタッフさん「別ですよ」


私「ふむ、そんでも、行くんですね」


スタッフさん「行きますよ」


・・・「なんでそんな意味の分からない質問をするんだろう」という目で見られました(笑)


そう、きっとそれが普通の感覚であるべきなんですよね。


さっき挙げた某市のように「事故防止の観点」というと、なんとなくもっともらしい気がしてしまいますが、事故が起きないように細心の注意を払うのはどんな場面でも当然のこと。それでも万一事故が起こってしまった場合・・・誰が責任を取るのか、という処理が煩雑になるから、他管轄の団体とは交流しない、というのが実際のところなんでしょうね。


 


M-CANのスタッフさんには大変丁寧に説明をしていただき、施設見学もたっぷりさせていただきました。「最近連携を取っている障害者団体にも見学に行ってみては?今、電話しておいてあげるから」ということで、近くにある障害者の団体にも足を運ぶことに。これはまた次回のブログでご報告します。


今回、見学してお話を聞いてしみじみ思ったのは「人の力」のこと。前々回のブログでもちょっと書きましたが、今の社会の仕組みの中ではどうしても、目に見える建物や制度を作ることに力を入れがち。そして、それを活用して生きたものにしていくための人の力は軽視されがち。NPOが受けることのできる助成金の多くは、人件費として使えないのですが、そういうところでも人の力が軽視されていることがうかがえます。


例えば練馬区にもいのち・愛・ゆめセンターのようにその地域の人が活用できる新たなコミュニティスペースを作ったとしても、M-CANのスタッフさんのような人がいなければ、ただの箱でしかない。その施設の特徴を最大限活用して、地域の中で孤立する人を減らすために1軒ずつのお宅の事情を考え、ときに近くの他団体につないでいく力量・・・これは、福祉の仕事をしているから必ず持っているものとは言えず、なかなか普遍化されていないものです。


だからこそ、一方で「他管轄とは連携しません」と言い切る人もいれば、「連携するのは当たり前じゃないか」と思う人もいる。どう動くかはそれぞれ個人の持つ力量に任されてしまっているのが現状なのです。


どう普遍化していくかというのはとても難しいところだと思いますが、少なくとも「それは今の制度に当てはまらないからできない」「管轄が違うからできない」「縦割り行政が悪いんだ」というのはただの言い訳であって、今の状態の中でも間をすり抜けていきいきした活動をしている人はいるんだ、ということだけは分かりました。


かとうぎ桜子を育てる会ホームページ

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プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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