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[C84] 港区にもこんな施設が

はじめまして、去年施行された「障害者自立支援法」は全くひどい法律です。先日自分は港区高輪にある精神障害者施設「あいはーと・みなと」という施設に行きました。この施設は精神障害者での通える施設で暮らせたり、楽しくするところです。

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大阪 その4―精神障害

712日は、前々回のブログで書いた、M-CANのスタッフの方の紹介で、精神障害者の関係の施設にお邪魔しました。


まず、地域活動支援センター菜の花。


 


 DSCN2269.jpg    DSCN2270.jpg



 


障害者自立支援法ができて、障害者の分野はいろんなところが変わりました。


自立支援法はいろいろと問題が指摘されていますが、特徴として


     今まで障害ごとにばらばらだったサービス体系が、精神・知的・身体で統一した法律で定められたこと


     地域生活の支援と就労支援という大きな柱があること


     今まで、本人の所得によって利用料が決まっていた(つまり、障害によって障害年金しかもらっていない場合は利用料はゼロだった)のが、一律1割負担となったこと


 


といったことが挙げられます。


 


利用者の目線からの問題点として一番言われているのは、1割負担の部分。多くの方が障害年金によって生活を成り立たせていたのに、例えばトイレに行く介助といった生きるために必要な支援を受けるのにも1割分の負担をしなくてはならなくなった。だから、食費とか家賃とか健常者でも必要な生活費の部分が払えなくなってしまう。



つまり、収入は健常者よりも少ないのに、必要最低限の出費が健常者よりも多くなるということです。これだと、家族に負担してもらうか、生活保護を受けるか、といった選択をせざるを得なくなってきて、「自立支援法という名前なのに、実態は全然自立じゃないじゃないか」と多くの利用者・福祉従事者が怒っているわけです。


また、事業者側からすると、今までやってきたのと施設の区分などの体系が変わるので、役所に提出する報告書類が変わってくる。


私がNPOで働いていたころはちょうど自立支援法に移行する時期で、経過措置期間の書類なんてのもあったりして、ようやく様式の書き方を理解し始めたらまた書類が変わったりしていました。しかも、一般的な感覚からすると「どっちでも良いんじゃないか」と思うような変更が多かった気がする。例えば、「この紙の中で名前を書く位置が変更になりました」といったようなものが多かった記憶があります。



自立支援法が始まった時期と介護保険改正は同じ2006年春でしたので、そんな事務的なところで、介護保険事業所も障害者関係事業所もやたらと大変な思いをしたものです。


役所の人も説明会で「私どももまだ分からないながら進めていますので、皆さんと一緒に走りながらやっていきたいと思います」と話していました。「こんな重要な制度の変更を走りながら考えないでくれよ・・・」と思いながら書類を眺めていたものです(^^;


 


どうして、こんなよく分からない変更がされたかというと・・・これは私の個人的な理解の仕方ではありますが、財政難で「障害者に全額出す余裕がない」となってしまったということと、「介護保険制度と障害者制度を将来的には統合したい」というのがあると思います。介護保険と障害者の制度を一緒にする場合には、今40歳以上の皆さんが支払っている介護保険料を20歳から徴収して、20歳以上の介護が必要な人全員の保険制度という形をとりたいということです。


そもそもなぜ障害者の制度と介護保険がまったく別に動いていたかというと、障害者は自分自身で社会を変える運動をしてきたという歴史があります。介護保険のケアマネジャーのような形で誰かにケアプランを立ててもらうのではなくて、自分のことは自分で決めるんだ、という考えで動いてきたのが障害者の方々。


本当は高齢者だって自分のことは自分で決めたいはずなんですけどね・・・。



でも、実際のところ介護保険のやり方は事務的にはすっきりしているのも事実。統合したら利用者も事業所も役所も事務が整理されるのは確かだなあと思います。40代以上の障害者や病気の方は、介護保険と障害者制度を併用している場合も多いですから。



本当は自立支援法を作るときに「統合しよう」という話になっていたと思いますが、やっぱり障害者の方にとって納得いかない部分もあり、また20歳から保険料を取ることに対して経済界の反対もあったりして、とりあえずは別々のスタートとなったように記憶しています。


ただ、自立支援法になって実質的には介護保険にかなり近い部分があって、例えば障害の判定の仕方はかなり介護保険の判定と似ています。(これは、「障害ごとの特徴が反映されなくて使いづらい」という声があります))


地域生活の支援と就労支援という分け方にしたのも、「就労支援」というのは高齢者の介護保険制度には入らないものだから、別に分けたほうが介護保険と統合しやすいからかなあ、なんて私は思っています。


 


それで、この「菜の花」は地域生活の支援のほうです。


隣接して精神病院「茨木病院」がありますが、ここの患者さんだけではなく、広く地域の精神障害者が利用できる施設だそうです。訓練をする施設ではなく、精神障害を持った方が地域の中での生活を日々楽しんで送ることができるように支援するための施設。例えばスポーツをしたり、クッキングをしたり。また、日々生活をする中で悩んでいることを相談できる「生活相談」も行っている。


 


DSCN2264.jpg


(休憩スペースの前で)


 


「菜の花」は、茨木病院の法人である医療法人清風会がやっています。


茨木病院のほうには、自立支援法で新しく始まった「就労支援センター」もあるということで、案内してくださいました。


 


DSCN2267.jpg


 


精神障害は、昔精神分裂病と呼ばれた統合失調症や、うつ病などです。精神障害は、「障害」であると認識されたのが比較的新しく、病気としてしか認識されていなかったため、「病気が治ったら自分の力で就労する。病気が治らなければずっと入院」ということが多かった。


精神障害とつきあいながら地域で暮らして、可能な範囲での就労をするというのはまだまだこれからやっていかなくてはならない部分です。だから、知的障害者や身体障害者に対する就労支援は各地でいろいろな試みがあったものの、精神障害に関しては自立支援法ができてまったく初めて就労支援事業が始まるということで、全国各地で試行錯誤だということでした。


 


それから、茨木病院内のデイケアセンターも見せていただいた。デイケアは、リハビリのために日中通う施設。


 


そこのスタッフの方としばしお話。


 


デイケアに、近所の小学生が夏休みを利用してボランティアに来ている、とのこと。


子どもが精神病院の一室に来る事業・・・それはどんなきっかけで始まったのですか?と質問してみました。


小学生が茨木病院にやってくるのは12年前から始まったそうです。


 


茨木病院の前を通学する子ども達がいる。まだ精神状態の落ち着かない患者さんが大声を上げているところを通らなくてはいけない場合もある。


親御さんたちはとても心配する。「走って帰ってきなさい。あそこは怖いところ」と教えることもある。


でも、病院と学校、子ども達の関係がそんな状態でいいのかしら?と思った教師がいた。そして、病院ともつながりのあるお母さんに「なんとかできないかしら」と声をかけた。


で、私が今度お話を聞いたスタッフの方につながった。


「そしたら、話で聞くだけじゃなくて、子ども達が実際に来てみたらどうですか?」ということになった。


以来、交流が続いている。


親御さんは子どもを思えばこそ、不安を持つ。子どもがボランティアで行くと言っても最初は「そんなところに行くんじゃありません」という人もいる。


でも、実際に子どもがボランティアに参加してみる。で、「なんだ、なんてことないじゃん。精神病院に入ってる人だって、お友達に話すのと同じように大切に思いあって話をするだけで良いんじゃないか」と思いながら帰っていく。スタッフが子ども達に何も教えなくても、子ども達自身が肌で感じて帰っていく。そして親御さんに「大丈夫なんだよ。普通に接すれば良いんだよ。」と教えてあげてくれる。


それが、じんわりじんわりと広がっていく。活動を始めて12年経つからこそ、思いがけないところで芽を出している。もう少ししたら、初めてボランティアに来てた子達の子どもが小学生になってまたボランティアに来てくれるかもしれない。そうやって少しずつ少しずつ意識が変わっていくのかもしれない。


 


ながーい目で見なくてはならないのですね。苗木が育つのと同じ。細胞が生まれ変わるのと同じ。人の意識はなかなか変わらないけど、でも確実に変えていくことはできるのですね。


 


今回のエピソードも、ここ数回のブログと同じ結論になってしまいますが・・・。


精神病院と小学校の交流の架け橋は、一人の教師と親御さんだった。大きく物事を動かしていくのは、一人の人の意思なんですね。制度ではなくて一人の人の思いが重要。


 


そこで大泉のホームレスの話に戻りますが・・・


ホームレス自体が不安だという意見の方については、これからの動きの中で一緒に考えていくことができると思うんです。どうにかしたいという人の協力関係で良い方向に進むかもしれない。


しかし、そうなると5年じゃ短いんですよね。


板橋の施設に見学に行ったとき、その近所に住む人に「なんだ、もうあの施設使わなくなっちゃうの?もったいないね」と言われました。


そもそも、緊急一時保護施設に関わる事業を始めるときに、「緊急一時保護施設は迷惑施設だ」という前提で、各区5年おきで交代すると決めたところに問題があるのかもしれません。「皆の反対を少しでも抑えていくために、各区5年と説明できれば良いだろう」と。



せっかく施設を作る機会は、茨木病院のように、時間をかけてもプラスの方向に持っていくのが、専門家の役割かなあと思います。「専門家」というのは、福祉職も、行政も、です。



かとうぎ桜子を育てる会

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はじめまして、去年施行された「障害者自立支援法」は全くひどい法律です。先日自分は港区高輪にある精神障害者施設「あいはーと・みなと」という施設に行きました。この施設は精神障害者での通える施設で暮らせたり、楽しくするところです。

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桜子のツイッター

プロフィール

かとうぎ桜子

Author:かとうぎ桜子
1980年生まれ。

保育士、ヘルパー2級、社会福祉士の資格を使って福祉の仕事をしてきました。
制度だけでは一人ひとりが安心して生活するまちを作るには不十分だと考え、誰もが安心できるまちのしくみ作りをしていきたいと考えています。

2007年4月の統一地方選で練馬区議会議員に初当選。

2010年3月、「市民参加と公共性―保育園民営化を契機として」と題する修士論文を書き、立教大学大学院・21世紀社会デザイン研究科を修了。

2011年4月 無所属で2期目に当選。

2011年末に子宮頸がんが見つかり、2012年春に円錐切除の手術をしました。その後は今のところ再発もなく元気に仕事しています。
この経験を活かし、がん検診の啓発など健康に関する課題にも取り組んでいこうとしています。

2015年4月、3期目に当選。

会派は市民ふくしフォーラム。

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